風岡雄次郎は仮面のヒーローになりたい   作:アークル・オルタ

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第6話「悪魔(あくま)相乗(あいの)りする勇気(ゆうき)

 公園での勝己たちとの戦いから数日後の日曜日。俺の家には四人の人間が集まっていた。

 二人はこの家に住む俺と母さん。そしてもう二人は客人のいずっくんと引子さんだ。俺は机を挟んで、ソファに座るいずっくん親子と向かい合っていた。そこへ母さんがキッチンからやってくる。

 

「すみません、引子さん。雄次郎がどうしてもこの四人で話をしたいって聞かなくて……」

「いえいえ、私は構いませんので」

 

 お茶を持ってきた母さんが、申し訳なさそうに引子さんに頭を下げる。それを引子さんは、いつもの柔らかい笑みで返した。

 母親同士の会話が済んだところで、引子さんの隣にいたいずっくんが俺に聞いてきた。

 

「……ゆうちゃん、それでどうして僕を呼んだの? お母さんも一緒に」

「とても大事な話をしたくて来てもらったんだ。それには、お母さん達にも一緒にいてもらわないといけないから」

 

 俺は姿勢を正し、真正面から二人を見ながら答える。いずっくんはまだピンと来ていないのか、さらに問う。

 

「大事な話って?」

「……俺たちの夢、ヒーローになることについての話だよ」

 

 そう言った瞬間、いずっくんは肩を小さく揺らし、不安そうな表情で俺を見始める。隣にいる母さんと引子さんも息を呑む気配を隠さなかったが、俺は話を続けた。

 

「最初に謝っておく。これから始める話は、きっといずっくんと引子さんに辛い思いをさせてしまうと思う。そこは申し訳ない」

 

 俺はいずっくんと引子さんに頭を下げた。

 

「でも、どうか最後まで聞いてほしいと思う。いずっくんにまだ、ヒーローになりたいって気持ちがあるのなら。引子さんも、いずっくんの夢を応援したいと思っているのなら」

 

 突然の謝罪に続いた俺の言葉に、いずっくんと引子さんは顔を見合わせる。急にこんなことを言われて困惑しているのだろう。

 だが幸いにも、こちらの意図が伝わったのか、二人は俺の方に顔を向けた。沈黙を破ったのは、いずっくんの小さな声だった。

 

「……わかった」

 

 その返事に、俺はゆっくり頷く。そして本題に入った。

 

「いずっくん。俺たちの夢は、将来ヒーローになることだ。いずっくんはオールマイトみたいな、どんな時でも笑顔で人を助けるヒーローになりたいって、前に言ってたよね。……その気持ちはまだ、変わらない?」

「……うん」

 

 声は震えていたが、いずっくんは確かに前を向いて俺の話を聞いていた。

 

「俺もそうだ。俺もいつかヒーローに、仮面ライダーになりたいって本気で思ってる。でも俺たちがそれを叶えるには、大きな壁がある」

 

 『壁』という言葉に、いずっくんは一瞬肩を震わせ、バツの悪そうな顔を浮かべる。俺は静かに続けた。

 

「俺たちには“個性”がない。この前、お医者さんに診てもらった通り、俺たちはこの世代では珍しい“無個性”だ。ヒーローは皆、“個性”を使って敵と戦うから、それがない俺たちにはヒーローはかなり難しいと思う。いずっくんも、そう思ったんだよね?」

「……雄次郎、それは」

 

 辛い事実を口にする俺の前で、いずっくんは視線を落とした。

 それを見た母さんが思わず口を挟む。恐らく病院での一件もあって、いずっくんや引子さんの前で“無個性”のことに触れるのはまずいと思ったのだろう。

 だが俺は、母さんが会話に入ってきたのをこれ幸いとばかりに、今度は母さんに目を向けた。

 

「そこで、母さん(・・・)に聞きたいことがある」

「私に?」

 

 俺は普段のように『お母さん』とは呼ばなかった。その異様さに、母さんも俺が真剣に話をしたいことを察したのか、じっとこちらを見つめる。

 

「元プロヒーローの母さんに聞きたい。母さんは“無個性”でも、ヒーローになれると思う?」

 

 母さんは沈黙したまま、いずっくん、そして引子さんを順に見た。二人の前で言うべきかどうか、考えているのが分かる。

 しばらく熟考した後、母さんは深く息を吐き、俺と目を合わせた。その目は普段の優しいものとは違い、歴戦の猛者のような力強さを帯びていた。

 

「……雄次郎。あんたが将来ヒーローになりたいって思ってるのは私も知ってるし、母親(・・)としてはその夢を応援したいと思ってる」

 

 『母親』という言葉を強調したあたりで、俺は察した。今目の前にいるのは、元プロヒーローとしての母さんなのだ。

 

「……けどね、お母さんも元プロヒーローだから、ヒーローがどんな仕事なのか知ってる。それを踏まえて言わせてもらえれば、“無個性”でヒーローになることは、不可能に近いわ」

 

 母さんの口から出た残酷な言葉に、俺もいずっくん親子も息を止める。引子さんがいずっくんの肩に触れるのを横目に、俺はさらに聞いた。

 

「……理由を聞いてもいい?」

 

 母さんは頷き、理由を語り始めた。

 

「まず、そもそもヒーローというのは、あんたもさっき言ったように“個性”を悪用する敵と戦うことが仕事の基本になる。奴らが“個性”を使ってくるから、私たちも“個性”を使って奴らを制圧する」

 

 そう口にしながら、母さんは目の前の机に置かれた自分のカップを風で浮かせてみせた。それは周囲のものにはほとんど風の影響がなく、カップだけが安定して浮かんでおり、かなり繊細なコントロールができていることが俺にも理解できた。

 

(これが母さんの“個性”か……)

 

 “個性”の実演に俺たちが関心を寄せていると、母さんは話を続ける。

 

「ヒーローが“個性”を使うことを認める国家資格、それが私たちが持つヒーロー免許なの。つまり現在のヒーロー公認制度は、有資格者が“個性”を使えることを前提に作られてる。“無個性”でヒーローになった人は、私の知る限りただ一人もいないわ」

 

 母さんはそう言って、浮かせていたカップをゆっくりと机に降ろす。

 

「敵の中には、平気で他人の命を奪う奴がいる。私たちヒーローの仕事は、常に死と隣り合わせなの。……お母さんの昔の仲間にも、後遺症が残るような大怪我をしたり、命を落としてしまった人もいた」

 

 悲しい表情で話すその姿を見て、俺は母さんが元No.4ヒーローだったことをようやく実感した。

 現在最多の事件解決数を誇る現役No.2のエンデヴァーにも迫る実績の母さんなら、凶悪な敵犯罪の解決に携わっていてもおかしくない。きっとその中で、悲しい経験も幾度となくあったのだろうと察した。

 

「もちろん、ヒーローの仕事は戦闘だけじゃないし、中には全然戦闘向けの“個性”じゃないヒーローも世の中にはいるよ。でも、そういう人たちも体を鍛えたり、“個性”を活かす工夫を重ねたり、サポートアイテムを使ったりして、自分の弱点をカバーし備えている。そうじゃないと、他のヒーローとのチームアップのとき、自分の命どころか仲間の命を危険に晒すことに直結してしまうから。それに、たとえ仲間の命は守れたとしても、遺された人たちからすれば、自分の命も守れなかったら意味がないのよ」

(……遺された人)

 

 ―――その時、自分がこの世界に転生したきっかけの出来事を思い出した。

 俺もあの時、自分の命を犠牲にして誰かの命を救った。だがそれは、前の世界の両親からすれば「息子が死んだ」という深い悲しみを背負わせてしまったことに違いない。

 目の前にいる母さんと、前の世界の母さんが重なり、俺はいたたまれない気持ちになった。

 

「自分の命を犠牲にしてでも誰かを守るのは、ヒーローの美徳とか言われてるけど、私からすれば『他人の命を守りながら、自分の命も守る』。それがヒーローに課せられた最大の使命だと思ってる。そんな仕事を、力のない“無個性”でやってのけるのは、並大抵のことじゃない。これが元プロヒーローとしてのお母さんの見解よ」

 

 真剣な眼差しで母さんは話を終える。リビングに重い沈黙が落ちた。

 そこで示されたのは、ある意味で優しくも厳しい元プロヒーローからの意見だった。

 

「……そうか。分かったよ、母さん」

「ゆうちゃん……」

 

 俺はしばらく考えた後、ようやく口を開いた。いずっくんは唇を噛みしめ、今にも泣きそうな顔をしている。現実を突きつけられて、かなり堪えたようだ。

 ―――だが、俺の方は違った。

 

「つまりは、『他のヒーローの足を引っ張ることもなく、自分も含めたみんなの命を守りながら、敵を倒すくらいの実力を身に着ければ、“無個性”でもヒーローになれないわけじゃない』ってことだね」

「ゆうちゃん!?」

 

 俺の放った言葉に、いずっくんが驚愕する。

 母さんたちも驚きのあまり、少しの間固まっていた。

 

「……雄次郎、あんた自分が何を言ってるのか分かってるの?」

 

 ようやく俺の意図を理解したのか、母さんが呆れたように眉をひそめて尋ねてくる。きっと息子の正気を疑っているのだろう。

 

「分かってる。それがどれだけ難しいことなのか、母さんの話を聞いてみて、より実感できた。俺たちが目指す場所は、“戦わなければ生き残れない”。“個性”のない俺たち“無個性”の人間には、そこに立てるかどうかも怪しいし、仮に立てたとしても命を失うリスクが大きすぎる。……母さんはそれを心配しているんでしょ?」

 

 しかし俺は正気で、母さんの疑問にも平然と答えた。

 母さんの見解は尤もだ。力がなければ自分を守ったうえで他の人を救うことなどできない。このままヒーローになったら、かつての俺のように大切な人を遺して死んでしまうのが目に見えている。

 だからこそ、この話は想定内(・・・)だった。

 

「そうならないためにも、俺たちは実力をつけないといけない。“個性”を持っている人と同じ、いやそれ以上に。それには、普通の人の何倍も努力しないといけない。そこで母さんには、協力(・・)してほしいんだ」

「協力?」

 

 俺の『協力』という言葉に、母さんが眉を寄せる。

 

「母さんの持つヒーロー活動に必要な知識や技術を教えてほしい。勉学だけじゃなくて、体作りとか戦闘の立ち回りなんかも全部」

 

 つまりそれは、ヒーローとしての母さんに俺が弟子入りし、特訓を受けるということだ。

 現にヒーローの家系の人には、ヒーローになるための“個性”の訓練などを親に教えてもらう人もいる。公的な場所での“個性”の使用は厳禁だが、家などの私有地についてはその限りではないからだ。

 そしてこの世界の俺の母さんは、元No.4ヒーローのサイクロン・レディだ。母さんなら、引退したとはいえ今でも実力は申し分ないはず。

 この人のヒーローとしての知見を幼少期から取り入れていけば、普通の人の何倍も鍛えられるだろう。ヒーロー科に入るための体作りとしては好都合だ。

 だがそれだけでは、“無個性”でヒーローになるには物足りない。だからこそ、俺はもう一つ母さんから学ぼうとしていた。

 

「それと母さん、確かコスチューム開発のライセンス持ってたよね。できればサポートアイテムの開発技術も学びたい。母さんも現役時代、自分のコスチュームやサポートアイテムを自分で作っていたんでしょ? 俺もそれに倣って、自分がヒーロー活動をするためのアイテムを開発したい」

 

 俺がサポートアイテムの開発技術を学びたいと思ったのには理由がある。

 この世界のヒーローは、自分の“個性”の活用法を広げたり弱点をカバーするためにサポートアイテムを使用することがある。調べたところによると、最近では疑似的に“個性”を再現したサポートアイテムの開発も進んでいるようで、それを使えば自分とは異なる“個性”を発揮することも理論的には可能らしい。母さんが経営する会社でも、同様のものをいくつか開発中とのことだった。

 

(……もしかしたら、あの二人(・・・・)のようになれるかもしれない)

 

 その情報を知った時、俺の頭の中で二人の仮面ライダーが思い浮かんだ。

 一人目は、『仮面ライダーV3』に登場するライダーマン―――結城丈二だ。

 彼は元々、デストロンという悪の組織の科学者で、同じ組織の大幹部ヨロイ元帥の謀略により硫酸プールで右腕を溶かされるという悲劇に見舞われた。しかし、結城を慕う部下たちにより、失った右腕を『カセットアーム』と呼ばれるアタッチメント型の義手にする改造手術が行われ、それと連動するヘルメットや強化服を装着することで、彼は4番目のライダー、ライダーマンとなった。

 全身に改造手術を施された改造人間が多い昭和ライダーの中で、ライダーマンは右腕だけが改造され、残りの体は人間のままだ。にもかかわらず、彼は他のライダーと遜色ない戦いを繰り広げ、V3の相棒として活躍した。

 そして二人目は、『仮面ライダーアギト』に登場する仮面ライダーG3―――氷川誠。

 彼は元香川県警の警察官で、ある海難事故に遭った船の乗客を全員救助した経験を買われ、その後警視庁の内部組織『G3ユニット』に所属することになる。その中で、チームの班長にして機械工学博士でもある小沢澄子が設計・開発した特殊強化装甲服『G3システム』の装着者に選ばれ、彼は仮面ライダーG3となった。

 G3はその後の平成ライダーに多く見られる、「人体への改造や超自然的な力ではなく、強化服を装着して変身するタイプの仮面ライダー」、まさにその先駆けだった。正直、劇中での活躍は相手がアンノウンという強敵であったがために芳しくなかったものの、その後開発された強化型のG3-Xと氷川本人の成長もあり、“ただの人間”として最後まで戦い抜いた。

 この二人のライダーは、前の世界の俺にとって特に大きな存在だった。

 生身の人間が強化服を装着して戦うというコンセプトは、「これなら俺も、仮面ライダーになれるんじゃないか」という希望を見せてくれたからだ。俺が前の世界で大学の工学部に進学したのも、そのときの影響が強かったからだろう。

 そしてこの世界に来て、サポートアイテムの情報を調べた俺は思った。

 このサポート技術を応用すれば、カセットアームやG3システムのようなものも開発できるのではないか。あの二人のコンセプトを、今度こそ現実にできるのではないかと。

 これが、俺がサポートアイテムの開発技術を学びたい理由だ。

 

「体を鍛えてフィジカルを強化しつつ、それでも足りない部分は自分の作ったサポートアイテムでカバーする。これが、俺の考える“無個性”でもヒーローになるための方法だ。母さんには、どうかそれに協力してほしい」

 

 俺は、自分が考案したヒーローになるためのプランを提示し、母さんに向けて頭を下げた。それを見たいずっくんが、俺に問いかけてくる。

 

「ゆうちゃん……、本気なの……?」

 

 いずっくんは、まるで信じられないものを見たかのような表情をしていた。

 俺は少し微笑んで、いずっくんにある話をするために向き直る。 

 

「……いずっくん知ってる? 夢って持つと、時々すっごく切なくなるんだけど、時々すっごく熱くなるんだ。俺もいずっくんがあの時声をかけてくれたおかげで、ヒーローになるって夢を持てた。だから今、すっごく熱くなれてる」

 

 それは『仮面ライダー555』の乾巧、木場勇治、海堂直也が語った、“夢”というものの本質だった。俺は彼らの言葉を借りて、いずっくんに語りかける。

 

「……けど、夢って言うのは、呪いと同じなんだよ。呪いを解くには、夢を叶えなきゃいけない。途中で挫折した人間は、ずっと呪われたままになってしまう」

 

 『呪い』というおどろおどろしい言葉に、いずっくんが怖がっているのが分かった。

 胸の奥が痛むが、ここで俺が怖気づくわけにはいかない。

 

「俺は、この夢を呪いになんてしたくない。呪いになんてさせない。そのために母さんが言ったような茨の道を突き進むことになったとしても、俺はヒーローになることを、仮面ライダーになることを諦めたくない」

 

 俺は力強くそう宣言した。それを見たいずっくんの目が、一瞬光を取り戻す。

 

「そしていずっくん。俺は君にも諦めてほしくないんだ。見ず知らずだった俺に『助けを求めてる顔をしていた』からと話しかけたり、自分が本当は怖くても、いじめられてる子のために立ち上がった君は、間違いなく俺のヒーローだった」

 

 思い出すのは、どちらもあの公園での出来事。

 あの瞬間、俺はこの世界で仮面ライダーと同じくらい尊敬できるヒーローに出会った。

 

「いずっくんは、ヒーローになるべき人間だ。そんな君が、憧れていたヒーローへの道を諦めようとしているのを、俺は黙って見ていることはできない」

「ゆうちゃん……」

 

 いずっくんが小さく俺の名をつぶやいた。目元には涙が滲んでいる。今にも決壊しそうだ。

 だがここで止めるわけにはいかない。俺は自分の中で感情が昂り始めているのを感じつつも、話を続けた。

 

「いずっくんも夢を叶えたいとまだ思っているのなら、ヒーローになりたいって本気で思っているのなら、どうか俺と一緒に目指してくれないか?」

 

 それは言うなれば、俺の夢に向けた努力にいずっくんを巻き込むということだ。

 『夢に向けた努力』と言えば聞こえはいいが、俺が母さんに提示したプランも成功するかは未知数。実際は行き先に着くかも分からない泥船に過ぎない。

 

「……俺は今、いずっくんに酷いことをしている。自分が夢を呪いにしたくないからって、友達がヒーローになるのを諦めるのを見たくないからって、あるかも分からないほんの僅かな可能性を見せて、言葉巧みに君を同じ泥船に乗せようとしている」

 

 俺は親友と母親たちの前で、自分の行いを懺悔する。

 我ながら悪いやつだと思う。転生して前の世界と合わせて20年以上生きている俺はともかく、いずっくんは普通の4歳児だ。そんな小さい子に、なんて酷なことをしているんだと。

 

「……言ってみれば、俺はいずっくんを誑かす悪魔(・・)だ。それを分かってもらった上で、いずっくん。俺は君に聞きたい……」

 

 そして俺はとうとう、いずっくんに究極の選択を迫った。

 意図したわけではなかったが、その言葉は奇しくも“二人で一人の仮面ライダー”の片割れが言った台詞と同じだった。

 

『「悪魔(あくま)相乗(あいの)りする勇気(ゆうき)、あるかな?」』

 

 手を差し伸べながら、俺はそう言った。

 リビングの空気が震え、一瞬いずっくんの呼吸が止まった。

 しばらく沈黙が流れた後、いずっくんの小さな手が俺の手に重なる。

 

「……ゆうちゃんは悪魔じゃないよ」

 

 手元を見つめながら、いずっくんは俺の自嘲の言葉を否定した。

 

「ゆうちゃんは……、僕を助けてくれたヒーローだよ……」

 

 胸が熱くなる。いずっくんは涙を拭うこともなく、必死に言葉を続けた。

 

「ゆうちゃんが、ヒ……、ヒーローになるのを諦めないって言うなら……」

 

 声は震えていた。だがその眼差しは、まっすぐ俺の瞳を捉えていた。

 

「僕だって……、ヒーローを諦めない……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 その決意を耳にした瞬間、俺は思わず目頭が熱くなるのを感じた。

 いずっくんの言葉に頷き、俺は母さんの方へ向き直る。

 

「……母さん、これが俺たちの覚悟だよ。母さんの持つヒーローに関する“総て”を、俺たちに叩き込んでほしい」

 

 いずっくんも涙を拭い、俺の隣で小さく頷いている。

 母さんはしばらく俺たち二人を見比べていた。その視線は厳しくもあり、同時にどこか揺れていた。

 そして、ゆっくりと引子さんの方へ向き直る。

 

「……引子さん、出久くんはこう言っていますが、あなたはどう思いますか?」

 

 引子さんは視線を落とした。その表情には、母親としての不安と、息子を信じたい気持ちが入り混じっていた。

 

「……私はヒーローじゃないですから、出久が夢を叶えるために具体的にこうするとか、素人の私では何もしてあげられません」

 

 それは無理もない話だ。引子さんは普通の家庭の主婦で、うちの母さんのようにヒーローの知識を持っているわけではない。

 俺のプランも、きっとすべてを理解できたわけではないだろう。もしかしたら、母さんの語ったヒーローの現実を聞いて拒否してしまうかもしれない―――そう思った。

 

「ただ、それでも親として息子の夢を全力で応援したい。陽さんが出久に、ヒーローになるために必要なことを教えてくださるのなら、私としては本望です」

 

 しかし、それは杞憂だった。

 引子さんは涙を拭い、姿勢を正して母さんに深く頭を下げた。

 その言葉は、母親としての最大の決断だった。

 

「陽さん、どうか出久をよろしくお願いします」

「……分かりました」

 

 母さんは一瞬驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。

 引子さんが顔を上げると、母さんは俺といずっくんに視線を合わせる。その瞳には、もう迷いはなかった。

 

「雄次郎、出久くん。二人の覚悟、確かに受け取った。私が持っているヒーローに必要なこと全部、二人に教えるつもりで行く。かなり大変だと思うけど、ついてきてね」

「もちろん」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 俺は即答した。いずっくんも涙を拭いながら、力強く頭を下げた。

 

―――――

 

 こうして、俺といずっくんの“無個性”でヒーローを目指す“旅”が始まった。

 険しい道のりだが、俺たち二人に迷いはない。

 ―――俺たちの心には、風が吹いていた。




【次回予告】

我らが風岡ライダー、次のお話は……。

“無個性”でヒーローを目指す覚悟を固めた雄次郎と出久。

小学校に入学した二人を待っていたのは、にぎやかで忙しく、確かに未来へつながる日々だった。

次回
   新章「小中特訓時代編」
   『将来(しょうらい)(ため)のライダー分析(ぶんせき)
                 に、ご期待ください。

不定期投稿としていましたが、今後は週1回(19:30)の定期投稿に切り替えようと思います(話のストックがある際は随時更新します)。ベースとなる「更新曜日」について皆様の希望を伺わせてください。

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