セリアのプロローグ
――私には
物心が付いて、何かの拍子にふと追憶したときその違和感に気づいた。
恐らくこの世界とは違う、五次元を跨いだ奇妙な記憶。あるいは多分、これから起こる未来や、直交する可能性の世界たちを、まるでゲームのように観測した記憶。
人の立ち絵が変わるがわる現れては一定の動きと配置、そして情景をありありと語る地の文によって描写される、ビジュアルノベル、と言えば良いのだろう、そんなハイテクな予言が私の頭の中で確かな形を保って存在している。
このゲームの名前は……刺々しくゴシックな雰囲気で象られたタイトルが想像できて、描かれていることを愚直に思い出すなら……
【魔法少女ノ魔女裁判】
自分が住んでいる世界なのに、こうして一つの出来事が切り取られラベル付けされていて、それを俯瞰するというのはなんとも形容し難い感覚を覚える。
さらに不可思議なのが、この記憶にあるものを私は「知っているだけ」であること。前世を知っているということは加えて経験も人格も引き継いでいるものだと思い込んでいたが、それはきっと周囲から学んだ伝統的な超心理学的事象への価値観、一方的な決めつけによって塗り固められた浅はかな考察だったのだろう。
実際、私はその記憶を経験したことがないし、この記憶の本来の持ち主の、あったであろう人柄や口癖や趣向といったものは全く保持していなくて、まさしく記憶だけそこにあるのだ。
「私がいなくてもちゃんと成り立たせてくださいね、良いですか?」
少女は目を薄く開いて後輩部員たちを覗き込む。
この物語の主人公はこの、右肩に編み込まれたおさげをかける丸い黒縁眼鏡がトレードマークの少女。
中学生、
校内の情報収集や携わる新聞の一コマを利用した簡単な企画で一大新聞ブームを引き起こした。
それはとある中学校の、2年と半年という短い期間の、一般性に突出しすぎないくらいの小さな物語だが、輝かしい私の歴史でもある。そんな新聞を一部の生徒たちを除いて名前すら気にされることもなく掲示し続けた、それが私。
『先輩は高校に入っても新聞部に入るんですか?』
『お疲れ様でした!』
『企画班の後継は任してください』
あれよこれよと励まされ質問され話し込んでいる時間もあっという間に終わり、私に控えていたのはもはや高校受験の合否だけだ。
一人、制服のまま近所のコンビニの駐車場、邪魔にならない広場付近に屯ってイカの揚げ物を頬張っている。
将来など時間のことを考える度、予言のことが気になった。
このお古の記憶を予言だと感じたのには理由があった。
最近ステージやライブなどといった分野で新進気鋭の女性アイドルとしてその名を上げる同い年が、物語の登場人物と同じ【蓮見レイア】だったからだ。
それだけじゃない、【牢屋敷】に関する情報こそ無かったが【魔法が使える少女は島に収監される】などという都市伝説がまことしやかに囁かれていた。
私は憂いでいた。
何度も言うように、これは【私】が主人公の物語。前世の人は、その魂こそ同じなのかもしれないが、とにかく顔も家族も覚えていない。
故に私はちゃんとしたこの世界の住人であり、将来を考える少年たちの一人でしかない。悲痛な運命が恐ろしくないかと言われれば嘘になる。
「……私も収監されるかもしれない」
私はあのアイドルと同年齢だった。
もしも収監されるのだとすれば、予言とタイミングが同じだ。
「そうなったら……私は高校に行けない……」
「それどころか親とも会えずに死んでしまう……」
眼前のアスファルトの凸凹に挟まっていた砂塵が形を為していく。それは1:2の長方形を組み、いずれその中にとある様子を描きだした。
それは【顔が横倒しのフクロウ】と【死神然とした六対の腕を持つ化け物】が収まった光景。
正直に言うとこの記憶も時間が経って朧げなところもある。だがこの凶悪な絵面は、当時これを思い出した齢一桁の少女にとって気苦労堪らないもので、だから印象深い。
「どうしよう……私はこの記憶を授かって、何をすれば良い……」
将来。人生には無限の可能性があるからこそ、建設的で慎重なブループリントが求められる。
人によってはそれを考えるのが何よりも苦痛で面倒だ。可能性を絞り込む、というのは往々にして現実主義による理想の切り崩しと欲望・願望の壁を打ち壊す努力が必要だから。
だが私はこの記憶を携わった時点で最初から一つの可能性だけだと宣告されていたのだ。
将来、私は、死ぬ。
例えこの記憶を元に誰かを助けたとして、予言から逸れた世界で何ができる。
「遮二無二取り組んでもダメ、かな……」
ここのところ心に虚無主義が混じり始めている。
可能性三つで、もっとも有望なのは何かの儀式を知っている人間が最初から現れてくれること。それ以外は……
「じゃあ大人しく命を捧げればいい?だけどそんなこと……」
「無理……死ぬ勇気も痛めつけられる勇気もない……」
あーでもないこーでもない。
そうやって思考を目まぐるしくかき混ぜているうちにも時間は一刻、また一刻と過ぎていた。夕陽の明かりが切れかけている。
いずれ緩やかな風に乱され投影したものの形が失われていく。
もし記憶が正しければ、私はそこにねじ込まれても端役にしかなれない。
じゃあきっと、私に物語は訪れない。それどころか未来もない。
この記憶が正しければ、それ以外なら殺されるだけだからだ。
そうやって吐き気を催し肝を冷やしながら過ごすような、合否結果を待つ数ヶ月。
私はその間祈っていたのは合格発表などではなく、延命処置や奇跡的なお目溢しだった。