「……あ、れ。千束、さん……?」
地下3階。敵を退け、千束の手を握った瞬間、るーあの視界が激しく歪んだ。
「因果の観測」――数秒先の未来を確定させるその力は、脳に凄まじい熱量を強いる。るーあの鼻から、一筋の血がすっと流れ落ちた。
「るーあちゃん!? ちょっと、しっかりして!」
千束の声が遠のく。崩落したビルの隙間から差し込む月光が、やけに白く、刺すように痛い。
「……心拍数、急上昇。体温40.2度。脳波が……スパイクしています!」
たきなが駆け寄った時には、るーあは完全に意識を失っていた。
DAの回収班が到着するより早く、ミカの運転するワゴン車が現場に滑り込む。
「千束、たきな! るーあを乗せろ。DAに引き渡せば、あいつは二度と『人間』として戻れなくなるぞ!」
ミカの鋭い判断で、一行は本部への報告を無視し、リコリコへと直行した。
―数時間後。店の2階、るーあの私室。
氷嚢を取り替えるたきなの手が、微かに震えていた。
「……無理をしたんですよ。千束、あなたの動きを完全に予測するために、彼女は自分の脳を焼き切るような計算を……」
「……ごめん。私のせいで、るーあちゃんにこんな……」
千束がベッドの傍らで俯く。いつも明るい彼女の影が、今はひどく重い。
その時、ベッドの上でるーあが小さく身悶えし、ゆっくりと目を開けた。
「……あ。……千束、さん……? たきな、さん……?」
「るーあちゃん! わかる!? 私だよ!」
「……。……。……あぁ、お腹……空きました」
その場にいた全員が、拍子抜けしたように脱力した。
「……まったく。目覚めて第一声がそれですか。重症ですね」
たきなが呆れたように、しかし安堵を隠しきれない声で溜息をつく。
「……ごめんなさい。ちょっと、格好つけすぎちゃいました」
るーあが、弱々しく笑いながら二人を見る。
「でも、あの時……千束さんが消える未来だけは、どうしても『確定』させたくなかったんです。……私、このお店が大好きですから。……時給も、いいですし」
「もう、そんなこと言わないでよ! るーあちゃんがいなくなったら、誰が私の無茶苦茶なパスを拾ってくれるのさ!」
千束がるーあの手をぎゅっと握り返す。
「……るーあさん。あなたの『力』は、もう本部も無視できないレベルに達しています。これから先、楠木司令たちがあなたをどう利用しようとするか……」
「……その時は、また逃げましょう」
るーあが遮るように言った。
「私が未来を視て、千束さんが弾を避けて、たきなさんが正確に射抜く。……最強じゃないですか、私たち。……あ、あとミズキさんに、お粥作ってほしいって伝えてください。……ただし、お酒は入れないでって」
階下からは、ミズキが「もう! 心配して損したわよぉ!」と叫びながら、出汁を引くいい匂いが漂ってきた。
リコリコの平和な夜。だが、るーあは知っていた。
自分の視界の端に、昨日まではなかった「黒いノイズ」が混じり始めていることを。
(……代償は、これだけじゃないみたいですね)
ロボ太、そして謎の組織。
彼女の力を狙う影は、刻一刻とこの「居場所」に近づいていた。
追記ログ:身体への急激な負担を確認