DA本部の最深部、窓一つない冷徹な取調室。
るーあの視界は、さらに広がった「漆黒のノイズ」によって、もはや右半分が完全に消失していた。わずかに残った左の視界で、デスクを挟んで座る楠木司令を捉える。
「4050番。お前がるーあだな。以前会った時のお前とは、全くと言っていいほど違う。……お前も千束と同じように、何か『使命』があるんじゃないか?」
楠木の冷ややかな視線が、るーあの絆創膏の残る頬を貫く。
「……」
「黙っても無駄だ。いずれ分かる。お前の脳が、その『観測能力』の負荷にどこまで耐えられるか、医療班が精密にデータを取り始めている」
「……私を捕まえて何になるというのですか? 私は指令を無視した。もうお役御免のはずです」
るーあの声は、驚くほど枯れていた。
「お役御免? 笑わせるな。その眼……いや、その『脳』だ。千束の回避能力が『天性の才能』なら、お前の能力は『情報の物理的支配』だ。これを軍事転用できれば、リコリスは真の意味で無敵になる」
楠木の言葉が、るーあの頭の中に反響する。
その時、突如として激しい耳鳴りが彼女を襲った。
(……っ! また……!)
視界に残っていたわずかな光が、砂嵐のようにかき消えていく。
漆黒であった。
完全な闇の中に誘う。
「……? どうした、4050番。返答しろ」
「……楠木、司令……。残念ですが、その研究……無駄に、終わりますよ……」
るーあは、見えない闇の中で皮肉げに口角を上げた。
「……私の視界、今……完全に、消えましたから」
楠木が顔色を変えたその瞬間、本部ビル全体が大きく揺れた。
爆発音ではない。電子的な「悲鳴」だ。
『緊急事態! 本部全域のセキュリティ・ネットワークがダウン! 予備電源、作動しません!』
「何だと!? クルミか……!? いや、あいつ一人でこれほどの規模は……」
暗転した室内。非常用ライトすら点灯しない異常事態の中、るーあは暗闇の中で、誰かの足音を聞いた。
それはDAのスタッフでも、千束たちのものでもない。
「ヒヒッ……。ようやく見つけたよ、4050番。いや、……『壊れた観測者』くん」
スピーカーからではない。すぐ耳元で、ロボ太の合成音声が響く。
「DAの箱根旅行はどうだった? 楽しめたかな? ボクのプレゼント(ドローン)を壊したお礼に、もっと素敵な『暗闇』をあげるよ」
「……ロボ太。……あんた、本部にまで……」
「ボクだけじゃないよ。……『彼』も来てる。君のその、美味しそうな脳を欲しがってる人がね」
闇の中から、もう一人の気配が近づく。
視界を失ったるーあにとって、それは死神の足音に等しかった。
だが、るーあは震える手で、ポケットの中に隠し持っていた「あるもの」を握りしめた。
(……千束さん。たきなさん。……ごめんなさい、私……まだ、諦めるわけにはいかないんです)
「……観測できなくても、……『音』と『風』で、あんたの位置くらい……分かりますよ」
るーあが、闇の中で静かに銃口を向けた。
視界を失った狙撃手と、姿なきハッカー。
ただ、殺傷することは自身が許さない。
過去の記憶を視たくない、思い出したくない。でも、大切なものを守るために。
覚悟を見せろ、るーあ。意地を見せろ、観測者。
暗黒の独房で、絶望的な戦いの幕が上がる。
追記ログ:私は必ず遂行します、あっと言わせてみます。