クルミ「がんばれるーあ。たったあと6日働くだけじゃあないか」
るーあ「それがつらいんですー」
――カランカラン
「るーあ、只今戻りましたーっと」
鉄骨が落下する修羅場を潜り抜けてきたとは思えないほど、軽いトーンでるーあが店に足を踏み入れる。制服の裾についた僅かな砂埃をパンパンと払い、何事もなかったかのようにカウンターへと向かった。
「おかえり、るーあちゃん! 遅かったじゃない、クレープのハシゴでもしてたの?」
千束がキッチンから身を乗り出し、期待に満ちた(あるいは不穏な)笑顔で迎える。その手には、どろりとした紫色のソースがたっぷりとかかった、およそ食べ物とは思えない色彩のパフェグラスが握られていた。
「いやぁ、ちょっと途中で『鉄骨』が降ってきたり、自称『調整者』とかいう不審者に絡まれたりして……。あ、そのパフェ、一口食べただけで一週間の記憶が飛びそうな因果が見えるんですけど」
「失礼ですね。それは千束が三時間かけて調合した『トロピカル・ナイトメア・パフェ』ですよ。さあ、座ってください」
たきなが背後から音もなく忍び寄り、逃げ道を塞ぐように椅子を引く。
―静かな夜。街を深い眠りに誘う夜である。
「ねぇ、るーあちゃん。さっきの『調整者』って話、詳しく聞かせてよ」
千束がパフェを差し出しながら、ふと真面目な顔になる。るーあは観念してスプーンを手に取り、毒々しい色のクリームを口に運んだ。……意外にも味は悪くない。いや、むしろ脳に突き抜けるような糖分が、酷使した神経を癒していく。
「……なんか、私の『観測』が世界のバランスを壊してるとか言われました。確率を操る
「バランス、か。真島が言っていたことと似ているね……」
千束が少しだけ目を伏せる。店内の空気が一瞬重くなるが、それを打ち破ったのは、2階から降りてきたミカの足音だった。
「るーあ。お前が遭遇したその男、『アジャスター』と名乗ったと言ったか」
「はい。DAの記録にもないような、変な装備でした」
「……。かつて、DAが設立されるより遥か昔から、歴史の影で『過剰な才能』を間引いてきた組織の噂がある。彼らは正義でも悪でもない。ただ、世界が一定の方向に傾きすぎることを嫌う……いわば、世界の『免疫システム』だ」
ミカの言葉に、るーあは背筋が凍るのを感じた。自分が「躍進」すればするほど、世界という巨大な生物が自分を「病原菌」として排除しようとする。
「へぇー、免疫システムねぇ。じゃあ、私たちはさしずめ『元気すぎる細胞』ってところかな!」
千束が明るく笑い飛ばし、るーあの背中をバシッと叩いた。
「いいじゃない、るーあちゃん。世界が君を消そうとするなら、それを上回るくらいの『躍進』を見せてやればいいんだよ。私たちの日常を邪魔するヤツは、全力で追い払う。でしょ、たきな?」
「……。掃除の手間が増えるのは御免です。次からは、鉄骨を落とす前に一言相談してください。もっと効率的な迎撃ポイントを指示します」
たきなの冷徹(?)な激励に、るーあは思わず吹き出した。
「あはは、そうですね。……店長、お代わりください。この『ナイトメア』、意外と癖になります」
「……そうか。なら、次はもっと刺激を強くしておこう」
ミカが少しだけ口角を上げ、新しい豆を挽き始める。
その夜更け。閉店後のリコリコの窓の外、街灯の届かない暗がりに、ノイズのような人影が立っていた。
「……観測を否定せず、受け入れたか。……錦木千束の影響か、それとも彼女自身の資質か」
ゴーストは、手元の端末に刻まれた「4050番」のデータを「要監視・最高優先」へと書き換えた。
「躍進の時間は、長くは続かない。……世界が君を飲み込むか、君が世界を塗り替えるか。……見極めさせてもらおう」
影は夜の闇に溶けるように消えた。
リコリコのカウンターでは、るーあが千束とたきなに挟まれ、明日からの「超効率的・防犯訓練」の計画を無理やり立てさせられていた。
リコリコの夜は、まだまだ終わらない。
追記ログ:調整者、ですか。観測し甲斐がありますね!