千束「じゃあ、千束特製スペシャルエクレアを...」
るーあ「―ん~いまはそういう気分じゃないですね~」
「おはよーございまーす。るーあ、シフト入りまーす……」
大きくあくびをしながら、るーあが喫茶リコリコの扉を開ける。昨夜の「エクレア回収作戦」の疲れか、あるいは連日の特訓のせいか、足取りはいつにも増してフラフラだ。
「おはようございます。るーあさん、髪がハネてますよ。身だしなみもリコリコの品質のうちです」
たきなが呆れ顔で、手際よくるーあの寝癖を直し始める。その横では、千束が「見て見て! 今日のモーニング、新作の『小倉トースト・デラックス』だよ!」と、相変わらずハイテンションに皿を並べていた。
カランカラン、と乾いた音が響き、常連客が数人入ってくる。
コーヒーの香りと、穏やかな話し声。
今日も平和な一日が始まる――。
るーあがカウンターの奥で布巾を手に取った、その時だった。
(……え?)
るーあの視界から、突如として「色」が抜け落ちた。
昨日までの「黒いノイズ」ではない。
世界が、古いモノクロ映画のように白と黒だけに変貌し、すべての音がスローモーションになる。
「千束、さん……? たきな、さん……?」
るーあが声を絞り出すが、二人の反応はない。
いや、二人は動いている。しかし、その動きが**「コマ送り」**のように断続的になっているのだ。
『……あ……あ……る……あ……逃げ……』
通信機から、激しい電子ノイズに紛れてクルミの声が聞こえる。
だが、その声もすぐに、不気味な「笑い声」にかき消された。
「ヒヒッ……。躍進のしすぎだよ、4050番。君の脳が、ついに『現実』の処理速度を追い越しちゃったみたいだね」
―静寂の侵入者が現れた。
「……ロボ太」
るーあが振り返ると、店の入り口に、誰もいないはずの場所に、あのノイズ混じりの人影――ゴーストが立っていた。
周りの客も、千束も、ミカでさえも、静止画のように固まったままだ。
「これは……あんたがやったの?」
「いいや。これは君自身の『観測』が招いたバグだ。……未来を視すぎた代償として、君の脳は今、現実を『静止画の連続』としてしか捉えられなくなっている」
ゴーストがゆっくりと歩を進める。その足音だけが、異様に大きく響く。
「この無音の世界で、君は何を守れるかな? 錦木千束も、井上たきなも、今はただの人形だ」
ゴーストの手には、以前よりも禍々しい形状のデバイスが握られていた。
「『調整』を開始する。……君の躍進を、ここでゼロに戻してあげよう」
孤独な戦いを強いられるるーあ。
(動け……動け私の体……!)
るーあは必死に手を伸ばすが、自分の体さえも鉛のように重い。
因果の糸は見えない。予測線も出ない。
ただ、冷徹な死神の接近だけが「現在」として突きつけられる。
「……ふざけ、ないでよ……。せっかくの、小倉トースト……冷めちゃうじゃ、ないですか……!」
るーあの瞳の奥で、消えかかっていた「青い光」が、激しく火花を散らした。
モノクロの世界で、彼女の意志だけが、鮮やかな色を求めて咆哮する。
静寂を切り裂く、一発のノイズ。
最大の危機が、リコリコの平和なモーニングタイムを粉々に砕こうとしていた。
追記ログ:たとえ因果観測が限界を迎えても、焦る必要はないのです。