(まずいです!今までにない程まずいです!)
モノクロの静止画に閉じ込められた喫茶リコリコ。るーあは、視界の端で固まったままの千束とたきなを、焦燥と冷静が入り混じった目で見つめていた。
「はぁ……。どうしたもんかねぇ~~」
「へへ。お前は確かに世界に平和をもたらしかけている。――だが、その代償が重すぎたな!!」
ゴーストが歪んだ笑い声を上げ、ゆっくりと指を鳴らす。その音さえも、水中に響く反響音のように低く、長く引き延ばされて聞こえる。
「白黒の世界はフィルムカメラでしか見たことがなかったよ。これもまた一興」
「なっ……。自分の置かれている状況を分かっていないのか?」
ゴーストが動揺を見せる。死に体のはずの少女から、絶望の気配が微塵も感じられないからだ。るーあは、一歩を踏み出そうとして、全身の筋肉が悲鳴を上げるのを感じた。
「――私の体は鉛のように重いよ。後ろに重機でも背負っているかのようにね……」
一ミリ動くのに、数分を費やすような感覚。だが、るーあの脳内では、外の世界とは逆の現象が起きていた。
(脳が熱い。処理速度が現実を追い越したなら……さらにその先、「未来の確定」まで加速させてやる……!)
るーあは目を閉じた。色を失った視覚を捨て、代わりに脳内に「色彩」を強制的に再構築する。
千束が淹れようとしていたコーヒーの琥珀色。
たきなが直してくれたリボンの紺色。
そして、今まさに自分を「調整」しようとしているゴーストの、どす黒い殺意の色。
因果が加速する。
「……見えた。0.1秒後、あんたはボウガンを撃つ。その軌道、……『確定』させました」
「な……!? 動けるはずが――」
カチッ。
ゴーストが引き金を引く。しかし、るーあはそれよりも早く、重機を背負っているはずの体で「倒れ込んだ」。
それは回避ではない。自らの重さを利用した、最短距離の沈み込み。
「ぐっ……!?」
矢が空を切り、るーあが倒れざまにカウンターの角を蹴り上げる。
その衝撃で、静止していたはずの「小倉トーストの皿」が宙に舞った。
「モノクロの世界じゃ、あんたのステルスも台無しだよ。……ほら、影がくっきり浮き出てる」
舞い上がった粉砂糖が、ゴーストの輪郭を白く縁取る。
るーあは、重力に逆らうように片手で床を突き、弾かれたフォークを指先で弾き飛ばした。
――キィィィン!!
フォークがゴーストのデバイスを直撃し、火花が散る。
「……あ、色が戻ってきた」
バリバリと、世界がひび割れるような音が響く。
次の瞬間、千束が淹れていたコーヒーの香りが鼻を突き、日常の騒がしさが一気に耳へ流れ込んできた。
「……あれ? るーあちゃん、なんで床で倒れてるの!?」
「るーあさん! 敵です、構えて!」
千束とたきなが、コンマ数秒の遅れでゴーストの存在を認識し、即座に武器を抜く。
デバイスを壊されたゴーストは、苦々しく舌打ちをした。
「……『観測』で、物理法則の重みすらねじ伏せたか。……面白い。だが、君の脳はもう限界のはずだ」
「……へへ。……一回寝たら、治りますよ、たぶん」
るーあは、膝をついたまま不敵に笑う。
0.1秒の反撃。それは、躍進の果てに掴み取った「意志」による勝利だった。
だが、るーあからは、一滴の赤いインクがポタリと床に落ちた。
追記ログ:どうやら『思い』が因果観測を加速させたようだ