たきな「ここまでこれたのもみなさんのおかげですね」
千束「よ!るーあちゃん!」
クルミ「―次は5,000UAだな」
――カランカラン
「はぁーい! るーあ、只今参上!! 今日は~シフト日ーっ!」
いつもより一段と高いテンションで、るーあが喫茶リコリコの扉を勢いよく開けた。昨日の「モノクロ事件」の衰弱ぶりが嘘のように、頬には赤みが差し、足取りも軽い。
「……るーあさん。うるさいです。まだ開店準備中ですよ」
たきなが呆れたようにカウンター越しに視線を向ける。その横では、千束が「あはは、るーあちゃん復活早いね! さすが若い!」と、いつもの調子でコーヒー豆を量っていた。
「えぇっと、今日のタスク……は……っと。……ん?」
るーあはエプロンを締めながら、ふと動きを止めた。何か、脳の端っこに引っかかる違和感。躍進した観測眼が捉える未来のノイズではなく、もっと初歩的で、生活に密着した「何か」を忘れている気がする。
(……なんだっけな。結構重要なやつだった気がするんだけど。……ついに記憶力まで観測の代償で落ちてきた? あぁ、もしかして……あれか。健康診断ってやつ?)
そういえば、DA所属のリコリスには定期的なメディカルチェックが義務付けられているはずだが、リコリコに転属してからというもの、そんな「普通の行事」からは遠ざかっていた気がする。
「あ、そういえば健康診断っていつだっけ?」
何気なく、たきなに問いかける。
「――昨日です」
「……。……。……なんで昨日にそれ言わないのぉー!? たきなさん!!」
るーあの絶叫が店内に木霊する。
「いや、昨日からるーあさん、ミカさんに『バイト禁止・完全休養』を言い渡されてたじゃないですか。安静にしておくのが最優先です」
「あ、そうだったー。昨日からバイト禁止だったんだー(棒読み)」
るーあは、わざとらしく棒立ちになった。躍進しすぎて「禁止事項」すら観測から漏れていたらしい。
「まぁまぁ、健康診断なんてDAの息苦しいやつでしょ? リコリコならミカがちゃんと見てくれるよ」
千束が笑いながら、るーあの前にハーブティーを差し出した。
「これ、クルミが取り寄せた特別なやつ。脳の疲れに効くんだって」
「……。……ありがとうございます」
るーあは一口、その温かいお茶を啜った。
だが、その瞬間。
(……? 味が、しない?)
一瞬、舌が痺れたような感覚。いや、味覚そのものが消えたわけではない。ただ、情報の密度が「薄い」のだ。
躍進した彼女の感覚にとって、通常の「刺激」はもはやノイズに等しく、脳が勝手にフィルタリングしてしまっている。
「……どうしたの、るーあちゃん? お口に合わなかった?」
「あ、いえ。……とっても美味しいです。……ちょっと、熱かっただけです」
嘘をつく。
自分の体の中に、静かに、しかし確実に「毒」が回っている。それは敵が盛ったものではなく、自らの過剰な力が生み出した副作用。
平和な店内の光景。
だが、るーあは観測してしまった。
窓の外、通行人の中に紛れて、じっとこちらを観察している「眼」を。
(……ゴーストじゃない。……もっと、組織的な……。DAの回収班か?)
「……。……。……たきなさん。やっぱり私、今日はお休みします。……ちょっと、散歩にでも行ってきますね」
「……? 具合が悪いなら寝ていなさいと言ったはずですが」
「大丈夫ですよ。……ちょっと、自分の『健康状態』、確かめてきたいだけですから」
るーあは、笑顔を作って店を出た。
静かな日常の裏側で、彼女を狙う包囲網は、すでに「毒」のようにじわじわとリコリコの周囲を侵食し始めていた。
追記ログ:何だか観測されている気がします。一体誰が...