「後をつけていますね……どうしたらいいでしょう...」
リコリコを出て数分。るーあは路地裏の結露したカーブミラー越しに、一定の距離を保って移動する複数の「点」を観測していた。
足音を殺し、気配を周囲に溶け込ませるプロの動き。だが、躍進したるーあの感覚は、彼らが踏む砂利の微かな音や、無線機から漏れる極小のノイズさえも鮮明に拾い上げてしまう。
「はぁ。昨日も今日も何なんですか! 本当に……。どいつもこいつも、私の休日を邪魔して……」
るーあは立ち止まり、深く溜息をついた。
右の路地からは二人。左のビル屋上からは一人。そして正面、曲がり角の先にもう一人。
逃げ場を塞ぐ、完璧な包囲網。
「それは、お・い・と・い・て、……」
るーあはスニーカーの紐をギュッと結び直し、不敵に口角を上げた。
戦う? いいえ、今の自分は「バイト禁止・完全休養」の身。無駄な体力を使うわけにはいかない。
「逃げるが勝ちじゃぁぁぁぁぁい!!!!」
ドォン! と地面を蹴る音が響いた瞬間、るーあは文字通り「爆走」を開始した。
ただの全力疾走ではない。
一歩踏み出すごとに、0.5秒先の「障害物の配置」と「追跡者の視線」を計算し、最短かつ死角となるルートを瞬時に弾き出す。
無駄な体力を使わないとは何だったのか...
ある人はこう言った。爆速で疾走する者を見た、と。
目にもとまらぬ俊足ぶりだ。
「なっ……速い!? 追え!」
背後で焦ったような男たちの声が響く。
だが、るーあは止まらない。
(3秒後、右からトラックが来る。その影に隠れて左の路地へ! 2秒後、上のエアコンの室外機から水が垂れる、それを避けて加速!)
「ふふーん! 捕まえられるもんなら、捕まえてみろー!」
狭い路地裏を、まるで重力がないかのように跳ね、曲がり、加速する。
追跡者たちが角を曲がった時には、るーあの姿はもう影も形もない。彼らにとって、それは「逃走」ではなく、物理法則を無視した「消失」に見えたはずだ。
「……ふぅ。……はぁ、はぁ……」
駅前の雑踏に紛れ込み、るーあは自動販売機の陰で荒い息を整えた。
心臓が激しく脈打ち、視界の端がチカチカと点滅する。やはり、無理な加速は脳への負担が大きい。
(……巻いた、かな。……でも、今の奴ら……DAじゃない。装備も、動きの質も……もっと『機械的』だった)
るーあがポケットからクルミ特製の端末を取り出そうとした、その時。
「――逃走経路の選定、98点。ですが、心拍数の上昇による判断力の低下を計算に入れていませんね」
真上から、冷ややかな声が降ってきた。
「……っ!?」
見上げると、そこには歩道橋の欄干に腰掛けた、あの「ゴースト」がいた。
だが、様子がおかしい。彼の周囲には、先ほどるーあを追っていた男たちが、人形のように無機質な動きで整列していた。
恐ろしいものだ。あの数のものを操るなど並大抵の力では不可能だ。
「お疲れ様、4050番。……君の『健康診断』、私が代行してあげよう」
ゴーストの手には、見たこともない巨大な「黒い立方体」が握られていた。
それは、るーあの観測眼を根底から狂わせる、最悪の「毒」だった。
追記ログ:逃げるが勝ちですね。こういう時は