亜空間から現実の「喫茶リコリコ」へ帰還した翌朝。るーあは、昨夜手に入れた「機密データ」の衝撃を隠すように、努めて明るく、そしてどこか開き直ったテンションで店に入った。
「はぁーい! おはよーございまーす! るーあでーす!! っと言っても、休暇中なので何もできませーん(笑)」
「おはようございます。……とでも言うと思いましたか? るーあさん」
カウンターの奥から響いたのは、いつもの冷静なトーンではない、地を這うような低い声。たきなが、一切の感情を排した無表情で、るーあの前に仁王立ちしていた。
「昨日、散歩に出かけたとか言って、ついて行ってみれば。ハチャメチャに逃げるわ、挙句の果てには『列車が通過しまーす』とか言って亜空間に行くとは、どういうことでしょうか?」
「い、いやー……それは……その……」
(見られてたんじゃないですか!? なんであの時、周りを観測しなかったんだ私……! 躍進しすぎて基本中の基本を忘れてたぁぁ!!)
るーあは冷や汗を滝のように流しながら、たきなの鋭い視線から逃げるように泳がせる。
「駅前で電車を召喚するリコリスなんて聞いたことがありません。DAの資料にも、そんな『公共交通機関召喚能力』の記述はありませんでしたよ」
尋問、というよりも心配であるだろう。無理もない。亜空間から列車を出現させたのだから。驚くのは至極当然である。
「いや、たきなさん、あれは召喚っていうか、因果の収束による空間の一時的な――」
「説明はいいです。……それより」
たきなは、るーあの手首を掴んだ。その手は、少しだけ震えていた。
「……あんな無茶をして、脳への負荷はどうなんですか。昨日の今日で、また消えてしまうんじゃないかと思いました」
「……。……ごめんなさい、たきなさん」
るーあは、観測眼を使うまでもなく悟った。たきなは怒っているのではない。るーあが「自分たちの手の届かない場所」へ一人で行ってしまうことを、心から恐れていたのだ。
「……たきなさん。実は、昨夜の亜空間で……ちょっと『見ちゃいけないもの』を見つけたんです」
るーあは、カウンターの下でクルミからくすねた端末を起動した。画面には、昨夜解析した「アジャスター(ゴースト)」の正体に関するデータが流れる。
「これ……アラン機関の古い記録です。10年前、ある理由で『除名』されたリスト。……その中に、ゴーストのバイタルデータと一致する名前がありました」
「……除名されたリストだと?」
「はい。……名は、『九条』。千束さんと同じく、アラン機関からの支援を受けていたはずの天才……でも、彼は『能力の暴走』で廃人になり、記録上は死亡したことになってます」
その時、店の奥からミカがゆっくりと姿を現した。その表情は、かつてないほど険しい。
「……るーあ。それ以上は、お前の身を危うくする」
「ミカさん……。知ってたんですか? あのゴーストのことを」
「……。……彼は『調整』されたのだ。過剰な力を持ちすぎたがゆえに、システムの一部としてな」
―静まり返るリコリコ。
躍進したるーあが手にした真実は、あまりに暗く、あまりに歪んだ過去だった。
「……偽りの平和の上に、私たちは立っている……。……店長、教えてください。私は……私も、いつか『調整』されるんですか?」
るーあの問いに、ミカは答えなかった。
追記ログ:責任は、私がとらなければならない