「……閉店なんてさせませんよ。いや。させてたまるものですか。――そもそも、これは私の責任ですからね。この責任は私が対応しますよ」
ミカの「閉店」宣告に対し、るーあは力なく、けれど真っ直ぐな拒絶を返した。その顔には、自分を追い詰める絶望を無理やり押し殺したような、引きつった笑顔が張り付いている。
(私が「躍進」しすぎた。私が「余計な真実」に触れた。……だから、世界(システム)がリコリコを排除しようとしている)
るーあの脳内で、数千通りの「最悪の未来」が火花を散らす。そのどれもが、千束やたきなが傷つき、この店が瓦礫の山になる結末を指し示していた。
「元凶はここいらでお暇しますかな。……さぁって、掃除の時間だ」
るーあは、カウンターに置いていたお気に入りのマグカップをそっと奥に押し込み、エプロンの紐を解いた。その手はもう、震えていない。
「るーあちゃん、待って! 一人で何とかしようだなんて、そんなのリコリコ失格だよ!」
千束が手を伸ばすが、るーあはそれを鮮やかな身のこなしでかわした。今の彼女には、千束の動きさえも「予測可能な軌跡」として完全に視えている。
「千束さん、たきなさん。……二人は、ここで『日常』を守っていてください。……外の掃除は、私一人で十分です」
「……馬鹿なことを。アランの掃除屋を相手に、一人でどうするつもりですか!」
たきなの叫びを背に、るーあは店の扉を開けた。
外は、異様なほど静まり返っている。だが、るーあの瞳には、建物の影、屋上、地下道……あらゆる場所に潜む「死の予兆」が、黒いノイズとなって渦巻いていた。
―放浪の幕開けである。
「……。……。……観測開始」
るーあが呟いた瞬間、彼女の周囲の空間が微かに歪んだ。
昨夜作り出した「亜空間」の応用。彼女は自分自身の存在を、現実世界の因果から一時的に「切り離した」。
シュンッ――!
屋上からの狙撃。だが、放たれた弾丸はるーあの体を透過し、背後のアスファルトを砕く。
「……? 当たっていないだと!?」
「残念。今の私は、この世界の『住人』じゃないんですよ」
るーあは虚空を掴むように手を動かす。すると、敵の潜んでいる位置の因果が次々と書き換えられ、彼らの銃がジャミングを起こし、足場が崩れ始めた。
戦いではない。それは、世界をバグらせる「ノイズ」による蹂躙。
「……ミカさん。リコリコは、私が守ります。……だから、少しだけ旅に出させてください」
るーあは一度も振り返ることなく、混乱に陥る追跡者たちの間を通り抜け、街の雑踏へと消えていった。
―放浪の観測者
一時間後。リコリコの周辺から敵の気配は完全に消え去っていた。
だが、そこにはもう、るーあの姿もなかった。
「……あいつ、本当に行っちゃったよ。……私たちのこと、観測しなくていいのかな」
千束が、誰もいないカウンターを見つめて呟く。
「……。……。……あの子のことです。どこにいても、私たちの『平和な未来』だけは、ずっと監視し続けているに違いありません」
たきなは、るーあが置いていったエプロンを丁寧に畳み、棚に置いた。
その頃、るーあは縁もゆかりもない遠い街のベンチに座り、一人で安物のアイスを齧っていた。
「躍進」の代償として、彼女は居場所を失い、独りきりの観測者として、世界の歪みを直す長い旅を始めることになったのだ。
物語は「リコリコの日常」から「孤独な放浪記」へと、大きく動き出すようである。
追記ログ:観測を開始します。