「もうしないと約束をね」
「私は事が済んだら、謝罪しに行きます。リコリコのみんなとDAにね。あんたはどうすんの? やっぱりニートにでもなるのかな(笑)」
るーあは、空になったアイスの棒を咥えたまま、隣のシンを茶化すように覗き込んだ。
「躍進」した観測眼で見れば、彼の未来の選択肢は霧に包まれているが、今の彼には「組織の犬」だった頃の殺伐とした気配はない。
「……ニートか。悪くない響きだが、お前のような騒がしい観測者に付きまとわれては、安眠もできそうにないな」
シンは自嘲気味に鼻で笑い、パーカーのフードを深く被り直した。
「謝罪、か。……DAはともかく、あの喫茶店の連中がお前の謝罪を黙って受け入れるとは思えん。特大のパフェか、あるいは実戦形式の『お仕置き』が待っているだろうな」
「うっ……。たきなさんのシリコン弾、地味に痛いんですよね……」
るーあは想像して身震いした。だが、その想像こそが、今の彼女にとって唯一の心の拠り所だった。
潜伏のプロと、観測の天才...一体どういう風の吹き回しだろうか...
二人は、追っ手の目を晦ますために街の地下深く、廃線となった古い地下鉄の連絡通路へと移動した。
「いいか、4050番。……るーあ。これから私たちがやるのは、単なる逃走ではない。『逆観測』だ。アランがこちらを追うための因果を、こちらから先に塗り替えていく」
「逆観測……。つまり、敵が『ここにいるはずだ』と思う場所を、あらかじめ『誰もいない場所』に書き換えるってことですね?」
「理解が早くて助かる。……だが、それにはお前の脳への負荷が懸念される。亜空間列車のような派手な真似は控えろ。……あれは、世界のバグを広げすぎる」
シンは手慣れた手つきで、持ち出した最小限の機材を壁に設置していく。
元・調整者。潜伏と暗殺のプロである彼が作る「安全圏」は、リコリコの賑やかさとは正反対の、冷たくて静かな場所だった。
メニューは「逃走」逃げるが勝ちということだそうだ。
「……ねぇ、シンさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「どうして、私を助けるような真似をしたんですか? 組織を裏切ってまで」
シンは手を止め、暗闇の中で自分の掌を見つめた。
「……お前が、あまりにも楽しそうに『未来』を変えるからだ。……調整者は、決まった未来をなぞるだけの歯車に過ぎない。だが、お前は……数学Aが苦手なクセに、計算外の答えを叩き出し続けた」
「……あはは。褒められてる気がしませんね」
「褒めている。……崩壊しかけていた私の『均衡』を壊したのは、お前のその無鉄砲な躍進だよ」
シンがモニターを起動すると、そこには現在のリコリコ周辺の監視映像が映し出された。
千束たちが無事であることを確認し、るーあは小さく安堵の息を漏らす。
「……よし。休憩はおしまいです。……さぁ、私たちの『特別メニュー』の調理、開始しましょうか」
逃走と潜伏。
そしてその先にある、世界を裏側から書き換えるための反撃。
二人の逃亡者は、暗い地下道から、光り輝く地上の「システム」を見据えていた。
追記ログ:いよいよ始まります