リコリス新人アルバイト『るーあ』の観測日記   作:田上るーあ

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第四十一話「反撃の狼煙、因果の逆転」

「それじゃあ、始めますか……」

 

るーあが指先を宙に滑らせると、異空のピンク色の空に、無数の幾何学的なウィンドウが展開された。

かつては「観測」するだけだった彼女の瞳。しかし今、その青い輝きは、現実を直接書き換える「干渉者」としての色を帯びている。

 

「シンさん、準備はいいですか? この街の『死角』を、アランを引きずり込む『蟻地獄』に作り変えます」

 

「……ああ。お前が因果を編み直す間、外縁部の『認識阻害』を維持する。……だが、一つ忘れていないか?」

 

シンが顎で示したのは、るーあの手元で激しく明滅している通信端末だった。

 

 

 

 

「……あ。これ、リコリコの専用回線……!?」

 

本来、この「死角の街」は外部との通信が完全に遮断されているはずだ。だが、画面にはクルミ特製のリスのアイコンが、力強く足踏みをしながらメッセージを表示していた。

 

【受信中:送信元 喫茶リコリコ】

内容:あんたが勝手に引いた「境界線」、こっちで少し書き換えといたから。

追伸:たきなが「勝手に出て行った罰として、帰ってきたらパフェ10杯完食の刑です」って言ってる。千束は「死ぬ気で楽しみなさい!」だって。

 

「……。……あはは、ひどいなぁ。パフェ10杯なんて、脳より先に胃が爆発しちゃいますよ」

 

るーあの目から、一滴の涙が零れ落ちる。

彼女が一人で背負おうとした「孤独な隔離」を、リコリコの仲間たちはハッキングという名の「絆」で軽々と突破してみせたのだ。

 

 

 

 

「……よし。勇気、もらっちゃいました」

 

るーあが端末を強く握りしめると、メッセージが光の粒子となって「死角の街」のシステムへと溶け込んでいく。

 

「シンさん、作戦変更です! 閉じ込めるだけじゃ足りない。……この街の『バグ』を増幅させて、アランのメインサーバーに逆流(バックドラフト)を仕掛けます!」

 

「……正気か? そんなことをすれば、アランはお前を明確な『敵』として認識し、総力を挙げて潰しに来るぞ」

 

「望むところです。……観測されるのが嫌なら、観測できないほどの『光』になってやればいい。……リコリコの看板娘を怒らせると、賞味期限切れの未来を掴まされるって、教えてあげましょう!」

 

 

 

 

空の色がピンクから、激しい青へと変色していく。

それは、るーあが放った反撃の狼煙。

遠く離れた東京の空の下、喫茶リコリコでは千束が空を見上げ、たきなが銃の整備を終え、ミカが静かにコーヒーを淹れ直していた。

 

「……聞こえたよ、るーあちゃん。……派手に暴れておいで!」

 

千束の言葉と同期するように、死角の街のビル群が、巨大な電子の城壁へと姿を変えていく。

逃亡生活は、ここで終わり。

リコリコからの「返信」を受け取った観測者は、今、最強のカウンターを世界に叩き込もうとしていた。

 

 

「はぁーい! リコリコ看板娘、るーあが行きまぁぁす!!」

 

異空の街の中央。るーあの叫びと共に、街を構成していた「死角のデータ」が一斉に反転を開始した。

かつて彼女を追い詰めた「黒いノイズ」は、今や彼女の指揮下にある「青い雷鳴」へと姿を変え、現実世界のネットワークへと逆流していく。

 

「……計算外だ。4050番、その出力は何だ!? 脳が焼き切れるはずの演算量を、どうやって維持している!」

 

虚空から響く、アランの調整者たちの焦燥に満ちた声。

彼らにとっての「誤算」は、るーあが孤独ではなかったこと。そして、彼女の脳がリコリコからの通信を「外部メモリー」として利用し、演算負荷を分散させていることだった。

 

 

 

 

「シンさん、右から来る因果の波、全部叩き落としてください! 私がアランの喉元に『お土産』を届けるまで!」

 

「……無茶を言う。だが、リコリコの看板娘に頼まれては断れんな!」

 

シンは背負っていたボウガンを構え、るーあの周囲に展開される「現実の裂け目」から侵入しようとする守護プログラムを次々と射抜いていく。

一発放つごとに、アランの監視網に巨大な穴が開いていく。

 

「見えた……アランのメインサーバー、第4階層! ここを書き換えれば、私やシンさんの『ロスト記録』は、ただの『長期休暇中』に上書きされます!」

 

「……休暇だと? 随分と贅沢な書き換えだな」

 

「あはは! ついでに、リコリコの今月の光熱費もタダにしちゃいましょうか!」

 

 

 

 

るーあが両手を広げると、空に浮かぶ無数のウィンドウが一つの巨大な「鍵」の形に収束した。

それは、アラン機関が何十年もかけて築き上げてきた「均衡(バランス)」という名の支配を、内側から食い破るための論理爆弾。

 

「アランのみなさん、これがリコリコ流の『おもてなし』です! ……因果逆転、実行!!」

 

――ドォォォォォン!!

 

物理的な音ではない。情報の奔流が世界を駆け抜け、アランのデータセンターの半分が「観測不能」のブラックホールへと消し飛んだ。

同時に、るーあを縛り付けていた「4050番」という認識番号が、全世界のシステムから完全に抹消される。

 

「……。……。……終わった、のか?」

 

シンが武器を下ろし、静かになった異空を見上げる。

空のピンク色は消え、そこには少しずつ、現実の夜明けの光が差し込み始めていた。

 

 

 

 

「……はい。……たぶん。少なくとも、明日から『掃除屋』に追い回される心配はなくなりました」

 

るーあは、ふらつきながらも笑顔で親指を立てた。

その瞳の青い光は、もはや狂気ではなく、自分の未来を自分で選ぶ「自由」な輝きに満ちている。

 

「……さぁ、シンさん。帰りましょう。……冷める前に、パフェを食べなきゃいけないんですから」

 

「……10杯だったか。……私は一口も手伝わんぞ」

 

二人の逃亡者は、もはや逃亡者ではなかった。

自らの手で因果を逆転させた観測者たちは、朝日が昇る水平線に向かって、懐かしい「家」への帰路につき始めた。




追記ログ:帰りましょう、みんなのいるところに
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