熟女の身体を奪う男子-男子高校生の暴走-   作:古都礼奈

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男子高校生の暴走

夕暮れ時の街は、沈みゆく太陽が吐き出す血のような残光に染まっていた。

 

田中太一は、その光を背に受けながら、どこか逃亡者のような足取りで住宅街の坂道を登っていた。

 

冬の訪れを予感させる冷たい風が、薄い学生服の襟元から入り込み、彼の痩せた身体を容赦なく撫でる。

 

しかし、太一が感じている悪寒は、気温のせいだけではなかった。

 

太一は、どこにでもいる平凡な男子高校生だ。

 

少なくとも、周囲からはそう見られている。

 

だが、彼自身の内側は、もはや形を保てないほどに崩壊しかけていた。

 

「受験、進路、将来……全部ゴミだ」

 

彼は足元の石ころを力任せに蹴飛ばした。

 

進学校に通い、教師や親の期待という名のレールの上を滑り落ちないよう、必死に爪を立てて生きてきた。

 

しかし、そのレールの先には何があるのか。

 

薄っぺらな成功、あるいは無機質な日常の繰り返し。

 

自分という存在が、透明なガラス瓶の中に閉じ込められ、呼吸さえも管理されているような、逃げ場のない閉塞感。

 

そんな彼にとって、近所に住む年上の女性、佐藤恵子の存在は唯一の酸素だった。

 

恵子は三十代後半。独身。古い一軒家で翻訳の仕事をしながら、世間の喧騒から一歩引いた場所で静かに暮らしている。

 

太一から見れば、彼女の生活は重力から解放された自由と、深い知性に裏打ちされた余裕の象徴に見えた。

 

「おばさん、入ってもいい?」

 

チャイムを鳴らすと、間もなくして聞き慣れた、落ち着いた声が返ってきた。

 

「あら、太一君。どうぞ、開いてるわよ」

 

ドアを開けると、そこには冬の寒さを忘れさせるような、柔らかい暖房の熱気と珈琲の香りが満ちていた。

 

廊下の突き当たりから現れた恵子は、ゆったりとしたカシミアのカーディガンを羽織り、眼鏡の奥でいつもの穏やかな微笑みを湛えていた。

 

その立ち居振る舞い、肌の質感、そして部屋に漂う洗練された空気。

 

そのすべてが、太一には神聖なもののように感じられた。

 

彼女のようになりたい、というよりは、彼女という「平穏なシステム」の一部になりたいという、どろりとした渇望が彼の胸を焦がす。

 

「どうしたの、そんなに改まって。顔色が良くないわよ」

 

恵子の柔らかな声が、太一の硬直した心を解きほぐす。

 

「ええと、特に理由はないんですけど、最近ちょっと疲れてて……。おばさんと話せれば元気が出るかなと思って」

 

太一は、自分でも反吐が出るほど子供じみた、そして白々しい言い訳を口にした。

 

本当は、彼女のその「平穏」を汚したいのか、あるいは自分もろとも破壊したいのか、自分でも正解が分からなかった。

 

ただ、この場に居座るための免罪符が必要だった。

 

「それは嬉しいわね。ちょうどお茶でも入れようかと思ってたところだから、一緒にどう?」

 

恵子はそう言うと、軽やかな足取りでキッチンへと消えていった。

 

一人残された太一は、リビングの深いソファに身を沈めた。

 

壁一面に並んだ洋書、使い込まれたデスク、整然と並ぶ翻訳の資料。

 

どれもが「佐藤恵子」という確立された人間を構成するピースだ。

 

ふと、デスクの端、無造作に積まれたペーパーウェイトの横に置かれた、場違いなほど古びた紙片が目に留まった。

 

「これ、なんだろう……?」

 

吸い寄せられるように、太一は立ち上がり、その紙を手に取った。

 

それは現代の紙とは明らかに質感が違っていた。

 

黄ばみ、ひび割れた羊皮紙のような手触り。

 

そこには、蛇が蠢くような、あるいは血管が脈打つような、不気味な墨色の紋様が記されていた。

 

見つめていると、文字が歪み、自分の意識を吸い込んでいくような錯覚を覚える。

 

「ああ、それね。おまじないの紙よ」

 

トレイにハーブティーを乗せた恵子が戻ってきた。

 

彼女は困ったような、それでいて少し楽しそうな顔で笑った。

 

「古い付き合いの友達から、冗談半分で教えてもらったの。その子、ちょっと不思議な趣味があってね」

 

「おまじない……?」

 

太一の指先が、紙に書かれた冷たい紋様をなぞる。

 

「ええ。紙に自分の願いを書いて、それを鏡の前で二人で唱えるの。でも、まさか本当に効果があるなんて思わなかったわ。試してもいないしね」

 

恵子のその言葉は、太一の中で燻っていた「暴走」の火種にガソリンを注ぐことになった。

 

自分ではない何者かになりたい。

 

この息苦しい「田中太一」という皮を脱ぎ捨てて、彼女のような、重力のない世界へ逃げ込みたい。

 

彼は冗談めかした口調を装いながら、しかしその瞳には抜き差しならない「飢え」を宿して言った。

 

「ちょっと試してみてもいいですか? おばさんの生活、本当に羨ましかったんです。一日だけでいいから、お互いの立場を体験してみたいなって。高校生なんて、もう疲れちゃいましたよ」

 

恵子は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

 

しかし、太一の切実な――崖っぷちから叫んでいるような――眼差しに、母性本能に似た危うい好奇心が疼いたのかもしれない。

 

「……ふふ、そうね。一日くらいなら、いいかしら。私も高校生に戻って、放課後にクレープでも食べに行ってみようかしらね」

 

彼女は冗談だと思い込んでいた。

 

それが、取り返しのつかない「転落」への招待状だとは夢にも思わずに。

 

二人はリビングにある、床から天井まで届くほど大きな三面鏡の前に立った。

 

紙片には、太一の手によって震える文字で「転身」と書き込まれた。

 

「いい、太一君? 息を合わせて」

 

恵子が太一の手を握った。女性特有の、柔らかくも温かい手の感触。

 

太一は、その温もりを永遠に自分のものにしたいと強く願った。

 

鏡に向かって、二人の声が重なる。

 

紙に記された、意味不明な音節を紡ぎ出したその瞬間。

 

突如として、部屋中の空気が真空になったかのような圧迫感に襲われた。

 

「……っ!」

 

視界が激しい白色光に飲み込まれ、三面鏡がキチキチと音を立てて歪む。

 

太一の自意識は、まるで高速で回転する遠心分離機にかけられたかのように、肉体という殻を強引に引き剥がされ、隣にある「未知の質量」へと、凄まじい引力で吸い込まれていった。

 

骨が軋む音。細胞が組み替えられる感覚。

 

そして、暗転。

 

田中太一という少年が守ってきた世界のすべてが、音を立てて崩壊した。

 

「……っ、う……あ、あ……」

 

暗闇から浮上した太一が最初に感じたのは、暴力的なまでの「重さ」だった。

 

自分の身体が、かつてないほどの密度と質量を持って、重力に押し潰されている。

 

膝を突き、床に這いつくばった時、掌に伝わったのは、今まで感じたことのない、じっとりとした柔らかい肉のクッションの感覚だった。

 

「これ……何だ、これ……」

 

喉を震わせて出た声は、自分自身の耳を疑うほど、しっとりと濡れた、落ち着いた女のテナーだった。

 

太一は震える手で、自分の新しい「身体」を確かめた。

 

まず、胸元にある。ずっしりと重く、下を向くだけで視界を遮るほどの膨らみ。

 

ブラジャーのワイヤーが肋骨に食い込み、呼吸を阻害している。

 

次に腰回り。太ももの内側が密着し、布同士が擦れる独特の感覚。

 

そして、一歩動くたびに全身の肉がぶるんと揺れる。それは、鍛えられた男子高校生の身体とは正反対の、締まりのない、しかし強烈な存在感を放つ「中年の女性の肉」だった。

 

「本当に……本当に入れ替わったんだ」

 

太一(の中身が入った恵子)は、這い上がるようにして三面鏡を見上げた。

 

そこには、自分が憧れていたはずの「美しい佐藤恵子」の完成された姿はなかった。

 

鏡に映っていたのは、照明の下で無惨に晒された、現実の三十代後半の肉体だった。

 

目尻の小じわ、重力に従って弛み始めた頬、化粧の下にあるくすんだ肌。

 

それは、彼が夢見ていた「自由な大人の女性」という幻想を、一瞬で打ち砕くほどに生々しい「老化」の始まりだった。

 

しかし、太一はその光景に、恐怖ではなく、得体の知れない熱狂を覚えた。

 

「これが、おばさんの身体……。うわっ、すげえ……本当に女なんだ。中まで、全部」

 

彼は、自分の――恵子の――服の上から、執拗にその肉をまさぐった。

 

柔らかく、底なしに沈み込むような感触。

 

男という清潔で固い殻を脱ぎ捨て、この重く、濁った「肉の沼」に沈み込んでいるという事実が、彼の脳を異常な快楽で満たしていく。

 

一方、隣にいた太一の肉体――中身は恵子――は、あまりの軽やかさに驚愕し、自分の意思とは無関係に溢れ出す男子高校生特有の荒々しいエネルギーに狼狽えていた。

 

「太一君……! どうしよう、本当に戻らなくなったら……!」

 

恵子(の中身が入った太一)の声は、低く、力強く、しかしその奥には三十代の女性としての理性が張り裂けそうなほどの怯えが混じっていた。

 

「身体が……すごく軽くて、心臓がバクバク言ってる。ねえ、戻りましょう。すぐにおまじないをもう一度……」

 

だが、太一はもう彼女の言葉など聞いていなかった。

 

彼の意識は、恵子のクローゼットへと向かっていた。

 

「いいじゃん、おばさん。せっかくの『体験』なんだからさ。もっと、面白いことしようぜ」

 

太一はニヤリと笑った。

 

それは、恵子の慈愛に満ちた顔を歪ませる、邪悪で倒錯した笑みだった。

 

彼はクローゼットを荒々しく開き、奥に隠されていた、ある「遺物」を見つけ出した。

 

それは、恵子がかつて演劇の小道具か何かで買ったのか、あるいは密かな冒涜心で持っていたのか、一着の紺色のセーラー服だった。

 

「ひひっ……。これだ。これだよ。これを着て、今から街に出るんだ」

 

「ちょっと待って! それはやめて!」

 

恵子(太一の肉体)は必死に止めようとしたが、慣れない男子高校生の身体は、反射神経こそ鋭いが、自分自身の意志に従わせるのが難しい。

 

太一(恵子の肉体)は、軽々と彼女をいなし、恵子が大切にしていたブランド物のブラウスを無造作に脱ぎ捨て始めた。

 

三面鏡の前で、無理やりセーラー服に身体を押し込んでいく。

 

バリバリと生地が悲鳴を上げる。

 

コルセットも何もしていない、三十代後半の、崩れ始めた上半身が、無理やりタイトな制服に詰め込まれる。

 

ジッパーが上がるたびに、肉がはみ出し、締め付けられる。

 

鏡に映し出されたのは、あまりにも無惨で、不自然で、滑稽な異形だった。

 

紺色の襟が、恵子のしわの寄った首を強調し、短いスカートからは、筋肉の落ちた、太い脚が突き出ている。

 

「これ……これが、俺なのか……?」

 

太一(恵子)は、自分の姿に見惚れた。

 

可愛らしい女子高生になれなかったことに絶望するのではない。

 

その「場違いな醜さ」に、最高の興奮を感じたのだ。

 

自分が、あの気高く完璧だった佐藤恵子の肉体を、こんなに汚らしいコスプレで辱めている。社会的ルールを破壊し、自分自身を公開処刑し、それでもなお、この「女の肉体」を完全に所有しているという倒錯した支配感。

 

「最高だ……。本当の意味で、俺は自由になったんだ!」

 

太一は叫び、恵子の悲鳴のような制止を振り切って、夜の街へと駆け出した。

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