黄昏時に   作:紲結、

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エピローグ

――ああ、そっか。

私は、失敗したんだ、そう思ったのは、目を開けたときだった

見渡す限り、何もない

空も、大地も、夕焼けもない。上も下も分からない、ただ白いだけの世界。痛みもなければ、寒さもない。身体の感覚さえ曖昧で、自分が本当にここにいるのかどうかすら分からなかった

……いや、違う

失敗したんじゃない、私は、ちゃんとやり遂げたのだ

 

お姉ちゃんを助けた。甲斐先輩も、翼先輩も、沈先輩も、地華先輩も、みんな現実に帰した

それなら、これでいい⋯これで、よかったんだ

 

「……なんてね」

 

口にしたつもりだった

けれど、声は出なかった

そもそも、私はもう口を動かせているのだろうか

 

自分の身体を見ようとしても、そこには何もない。手も、足も、指先も。いつも当たり前にそこにあったはずのものが、どこにも見当たらなかった、少しずつ白い糸として解けていく

 

ああ、そうか終わるんだ

今度こそ、本当に

 

現実世界で起きることもない、冥に引っ張り戻されることもない。何度も何度も繰り返してきた、あの忌々しい異界への再挑戦も、もう終わりだ

 

そう考えると、不思議なくらい心が落ち着いていた

……嘘だ

 

本当は、怖い

怖くて、怖くて、仕方がない

死にたくなんかなかった

普通に生きたかった

朝起きて、学校に行って、くだらないことで笑って、帰り道に寄り道をして。いつか大人になって、誰かと一緒に歳を重ねて

 

そんな、ありふれた未来が欲しかった

お姉ちゃんとやっと会えたんだから一緒にいたかった

もっと話したかった

もっと、もっと

 

「……会いたいなあ」

誰に届くわけでもない言葉が、心の中に浮かんだ

お姉ちゃん、私のお姉ちゃん

最後に見たあの顔を、私は覚えている

驚いて、戸惑って、それでも私を見つけてくれた、あの顔を

 

私が聖鎖だと伝えたとき、お姉ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。

嬉しかったのかな

悲しかったのかな

それとも、何が起きているのか分からなかったのかな

 

……うん

きっと、全部だ

私だって、そうだったから

 

お姉ちゃんに会いたかった⋯でも、途中で会ってしまったら、きっと離れられなくなる

今度こそ一緒に帰りたいと、欲張ってしまう

だから、これでいい、これでよかったんだ

 

「……聖鎖ちゃん、君は本当に馬鹿だね⋯大馬鹿だよ」

 

不意に、声が聞こえた

聞き覚えのある声だった。

 

何度も私を叱って、何度も呆れて、それでも最後まで付き合ってくれた、あの声

 

「……冥?」

 

返事はない、姿も見えない

それでも、確かに聞こえた気がした

 

「……ごめんね」

 

私は謝った、何に対して謝っているのか、自分でも分からなかった。

勝手に決めたこと

勝手に犠牲になったこと

最後まで、自分が幸せになる可能性を信じきれなかったこと

きっと、冥なら怒るだろう、また馬鹿だと言われるだろう、何かもう言われた気もするけど

 

……うん、でも

それでいい

最後くらい、怒ってほしい

いつもみたいに呆れて、ため息をついて、それでも私の名前を呼んでほしい

 

私は、聖鎖なのだから、聖華じゃない

 

たとえ、この世界から私の痕跡が消えてしまったとしても

たとえ、お姉ちゃんが私の顔を思い出せなくなったとしても

私は、私だった、それだけは、誰にも奪わせたくなかった

……ああ、でも、少しだけ

ほんの少しだけでいいから

お姉ちゃんに、覚えていてほしかったな、私が妹だったこと。

一緒に生まれて、一緒に過ごして、同じ空を見上げていたこと

くだらないことで笑って、喧嘩して、仲直りして

そんな日々が、本当にあったこと

……欲張りだなあ、私。

みんなが生きている、それだけで十分なはずなのに。

 

最後の最後まで、私は自分の幸せを捨てきれない

生きたかった、帰りたかった

もう一度、お姉ちゃんに会いたかった

冥に会いたかった、皆と、笑いたかった

それでも、それでも、私は

 

「……皆が、幸せなら」

 

その先の言葉は、もう続かなかった

白い世界が、ゆっくりと遠ざかっていく

世界から私という存在が、少しずつ薄れていく

名前も、記憶も、想いも

 

全部、ほどけていく

 

怖い、怖いよ

誰か誰か、私を

 

――私を、覚えていて

 

最後に浮かんだのは、夕焼けの色だった

お姉ちゃんと見た空、帰り道の風

何でもない日常

私が、本当はずっと欲しかったもの、前世から望んでいたもの

ああ、綺麗だな

こんなにも綺麗だったんだ

世界って

生きるって

誰かを好きになるって

失いたくないと思うって

全部、全部

こんなにも、愛おしかったんだ

……お姉ちゃん、どうか笑っていて

私のことなんて忘れてもいい、私の顔が分からなくなってもいい

ただ、幸せになって、私が守りたかった明日を、生きて

それが、私の最後の願い

そして私が聖鎖として、この世界で生きた証

――さようなら

私の、大好きな世界

――さようなら

私の、大好きな人たち……短い時間だったけど、怖いことばっかだったけど

主人公君⋯⋯皆を悲しませたら許さないから、でも

いつか、どこかで

もう一度、会えたなら

今度こそ普通の何処にでもいる1人として

皆と一緒に、笑えますように

そう願って

私は、『黄昏時』の向こう側へ消えていった

 

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