ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第17話 戦いの結末

「『身体能力強化』。言ってしまえばありふれた能力ね。術師の中には霊力強化だけで能力ありの彼をも上回る力を発揮できる者もいる。だけど……」

 

 夜見はそう区切ったところで、意識を目の前に集中させた。

 そこにあったのは、半分に割れた境内。

 神社が半壊したというわけではない。文字通り、境内の半分が山ごと崩れ落ち、崖と化してしまっているのだ。

 もちろん幻想召喚の儀式陣なんてものはかけらも残さず消し飛んでしまっている。触媒として捧げられていた夜美の心臓も同様だ。

 それを成したのは、その手前で倒れ伏している青年。

 

「呆れた馬鹿力。まるで鬼神ね。でも、今回ばかりは素直に褒めてあげる。……頑張ったわね、王牙」

 

 夜美は意識を失ったままの王牙の元へ、地面の汚れも気にせず座り込む。そしてその頭を穏やかに撫でた。

 その時彼女が浮かべていたのは、氷の嘲笑ではなく、慈愛に満ちた嘘偽りのない笑みだった。

 

 ♦

 

 落ちていく。深い深い闇へ。浮遊感はない。まるで水の中に沈むかのように、緩やかに、王牙の体は落ちていた。

 ああ、このまま寝ていたい。闇の世界は安楽に包まれている。歩く必要も立つ必要もない。常に脱力して漂っていられる。王牙はその微睡の中でゆっくり目を閉じようとした。

 その時、闇を切り裂いて、空から手が伸びてきた。真っ白な雪のような肌をした、美しい手だ。しかしそこからは包み込むような温もりが感じられた。この冷ややかな闇の世界では感じられないものだ。

 王牙は無意識のうちに、その手に手を伸ばして――。

 

 

「……はっ!」

 数分の失神の後、ようやく王牙は目を覚ました。慌てて飛び起きようとして、しかし言葉にすることすらできないほどの激痛に苛まれ、地面に打ち付けられる。

 

「ぎゃぁぁぁっ!?」

「動けるわけないでしょ。あなた今、全身の骨が砕け散っているのよ。残った霊力でなんとか呼吸と会話くらいはできるようにしてあげたけど、完治は当分先だと思いなさい」

 

 と、その時頭上から声がした。

 王牙は苦痛を堪えて仰向けになる。やっぱり夜美がそこにはいた。彼女は相変わらず凛とした表情を浮かべている。雰囲気は初対面の時と比べて多少柔らかくなったように感じるが、彼女が満面の笑みを見せてくれる日は遠そうだ。まあ、そんなところが彼女らしいと言えばらしいのだけど。

 

「まったく、こんなバカな能力者見たことないよ。これからは少しはまともに能力を扱えるよう、修行でもすることだ」

「忠則! 無事だったか!」

「当然だ。僕を誰だと思っているんだい?」

「五十歩百歩よ。あなただって私があと数秒解凍するのが遅れてたらあの世行きだったわよ。まったく、どっちも死にかけるなんて、ほんと情けないわね」

「……理不尽だ」

「ドンマイ」

 

 忠則が死にかけたのは間違いなく彼女が原因だと思うのだが……。少し彼が可哀想に思えてきた。

 とはいえ気絶前に見たものは幻なんかではなく、忠則は痩せ我慢しているだけで歩くのも精一杯なのだとか。

 まああのジェネシスの『無窮障壁』すら完全には防げなかった氷だ。五体満足でいられたのは奇跡に等しいだろう。なんにせよ、凍傷で腕切断とかはないらしいので一安心である。

 

「忠則、それ背負ってちょうだい。私はさっさとシャワー浴びたいわ」

「い、いや待てよ! まだ俺には祭りがぁぁああっ!?」

「いや、だから無茶だって。立てもしないのにどうやって祭りに行くつもりなんだ?」

 

 忠則は乱暴に王牙の肩を担ぎ上げてきた。それだけで全身が悲鳴をあげる。

 彼の言う通りだ。さすがにこれ以上動き回るのは無理だということは王牙にもわかっていた。

 しかし王牙にも譲れない約束があるのだ。

 

「……それでも、俺は……」

「……」

 

 夜美はそんな王牙を見て、いつものように呆れたり、嘲笑したりすることはなかった。彼が嘘をつくことを嫌い、約束に命をかけているのを知っているからだ。その理由はおそらく能力と、なんらかの暗い過去によるものだということは察することができる。そして彼にとってそれは信念のようなものであることも。

 それでも彼女は沈黙を続け、頭にふと浮かび上がった解決策を封じ込めることにした。

 

「……維持者がいなくなったことで異界はもうすぐ崩れるわ。だからそろそろ行――」

 

 

「――どこに行くつもりだ?」

 

 一言。その声を聞いた途端、全員の呼吸が止まった。

 いや、止められたという方が正しい。突然発生した膨大な霊力がのしかかり、肺が悲鳴をあげているのだ。

 冷や汗が噴き出る。湧き上がっていく焦燥。現実否定。しかしどれほどの祈りだろうがその現実を変えることはできず、王牙たちは声のする上空へ振り返ってしまう。

 ――そこに、絶望はあった。

 

「やっと楽しくなってきたんだ……。宴もたけなわにするには、まだ早いだろう?」

 

 理不尽が舞い降りてくる。

 その脇腹には拳の跡が焼印のように刻まれた、痛ましい傷が見えた。

 だが、それが纏う圧死してしまいそうな霊力は健在。どこにも弱っているような雰囲気はない。

 ――ジェネシスは、生きていた。

 

「……すまねぇ。俺のミスだ。最後の最後で……俺は……!」

「勘違いするなよ。僕はもともとお前に期待はしていなかった。ただそうでもしなきゃ勝てないから賭けただけだ。大敗の覚悟はできていた。……だから、お前が僕たちのことを気に病むことはない」

「そうね。あなたのせいじゃないわ。作戦を考えたのは私よ。あなたは役割を果たした。私の計算は間違っていた。感謝こそすれ、恨む気持ちは微塵もないわ」

 

 二人は戦闘の構えを再び取る。だがそれは見せかけだ。もう二人とも余力はまったく残されていないはず。そして王牙も。

 対してジェネシスはダメージを受けているものの、王牙と違って死に体というほどではない。

 ――完全な詰み。そんな言葉が頭に浮かび上がってしまった。

 

「いい拳だ……この私が顕現して以来、ここまでダメージを受けたことはない! これが痛みか! これが苦しみか! フフフ……ハハハハッ!」

 

 ジェネシスは笑う。吐血するのもお構いなしに、大口を開けて笑う。それが王牙たちには悪魔の笑いのように聞こえてきた。それほどまでに、今の彼は狂気で満ちている。

 そしてひとしきり笑い終えたあと、ジェネシスは口の血を腕で拭い去る。

 

「……ふぅ。貴様たち人間の輝き、堪能させてもらったぞ。ならば私も究極の輝きを見せなければな」

 

 言うがいなや、ジェネシスは地を蹴り、仮初の月を背景に上空に立つ。そして虚空を掴むように拳を握りしめた。すると何もない空間にどこからともなく光の粒子が集中していき、一つの武器を形作っていく。

 

「あれは……霊器……なのか……?」

「違う……あれは……神器よ……!」

 

 それは言うなれば「ブレードランス」と表現すべきものだった。

 全長は3メートルほど。元々2メートル近い身長を持つジェネシスだったが、その武器はそれを上回るほど長い。

 特徴的なのは、その半分ほどが巨大な刃で構成されていたことだろう。その刃は両刃で分厚く、まるで鉄塊のように重い。そしてその下、もう半分は槍の柄のように長い柄が取り付けられており、おおよそ人間が扱える武器ではないように思える。

 だが、そんな形状よりも重要なのはその威圧感だ。存在しているだけで空間が悲鳴を上げ、世界が軋んでいるように見えるほどの重圧が伝わってくる。これに比べれば、忠則の『浄海』は棒切れに等しかった。

 

「フッ……さあ『ガテライア』よ。天を溶かせ。喝采をあげよ!」

 

 ジェネシスはその武器を天に掲げる。するとそれに呼応するように、嵐のような勢いで大気中の霊素が刃に流れ込んでいった。

 

「な、なんだ……あれは……!?」

「まさか……世界中の霊素を集中させているの……!?」

 

 極限まで溜め込まれた霊力がスパークし、刃が目も開けられないほどの光を纏っていく。その光はどんどん闇を飲み込んでいき……やがて夜の空全てが白い光で覆い尽くされた。

 ジェネシスは血振りをするように戯れに剣を振るう。それだけで荒れ狂う霊力の奔流が暴れ回り、周囲の大地を溶かし、砕いた。

 

「馬鹿げてる……極式以上じゃないか! あんな特大の霊力の塊が解き放たれたら、星が内部から吹っ飛ぶぞ!?」

「心配するな。この異界は私の全力に一度だけ耐えられるよう作ってある。滅ぶのはここだけだ」

 

 なんの安心もできない。要するに、ジェネシスは地球が吹っ飛ぶ威力の技を王牙たちに放とうとしているのだ。

 スケールが違いすぎる。たとえ万全の状態であっても、王牙にはあれを防ぐ手立ては思いつかなかった。

 

「さあ、名残惜しいが、お別れだ」

「……ちくしょうっ……ちくしょうっ……!」

「六天天神地祇もろとも、灰燼と化すがいい!」

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「――『アルテマブレイク』!!」

 

 天を突き刺すガテライアが振り下ろされる。その刀身に天雷を纏い、通り過ぎた空間をも焼き尽くして、それは地上に落ちてくる。余波だけで山が悲鳴をあげ、地割れが巻き起こっていく。

 これが世界の崩壊。

 王牙たちは余波で死なないようにするだけで精一杯だった。そうして神の雷が解き放たれ、王牙の視界が白に包まれ――。

 

 

「――なにっ?」

 

 ――ることはなかった。

 恐る恐る目を開けると、ガテライアの刃から天雷が消え去っていた。それはジェネシスにとっても予想外だったらしく、彼はそこで今日初めて困惑の表情を露わにした。

 

「――やっぱりね」

 

 全員が混乱する中、夜美がそんなことを口にした。

 彼女は一歩前に出ると、ジェネシスを嘲笑するような冷たい笑みを浮かべる。

 

「あなたの能力はたしかに強力よ。最強と言っても過言ではないわ。でも弱点はあった。どんな存在であろうと霊力を生み出すためには霊素を取り込むある器官が必要となる」

「……まさか……!」

 

 龍魔はハッとしたように自身の体を見下ろした。王牙によってつけられた拳の跡。

 それが刻まれたのは――左脇腹だ。

 

 

『その霊素というのは霊力の元となる物なの。生物は呼吸とともにこれをある臓器に取り込み、吸収することで霊力を生み出すわ。それが霊臓よ』

『霊臓があるのは左脇腹あたりよ。とはいえこっちも、霊素同様に霊力の低い人間には感じられないし、見えないから、一般的には知られてないわね』

 

 

「王牙にはあなたの中にある霊臓を破壊させたわ。医者でもない限り正確な位置はわかるわけないし、ほとんど博打に近かったけど……どうやら賭けには勝ったようね」

「きっ……さまぁ……!」

「私たちより自分の心配をしたらどうかしら。世界を滅ぼすほどの霊素。そんなものが今のあなたに取り込まれたら――コントロール不能な霊力が溢れ、内部で暴走を始めるわ」

 

 そう言い終えた途端、ジェネシスの体から爆発にも似た轟音が鳴り響く。

 たまらず彼は吐血し、胸を押さえた。だがそれでも音が鳴り止むことはなく、やがて彼は愛剣たるガテライアを取り落としてしまう。

 

「……さ、帰るわよ」

「い、いいのかよ? あいつが倒れたのか見届けなくて」

「やっぱりあなたって馬鹿ね。言ったでしょ。世界を滅ぼすほどの霊力が暴走するって。今のあいつはスイッチが入った生きる地球破壊爆弾そのものよ」

「げっ!?」

「わかったのならさっさと走りなさい。巻き込まれでもしたら死んでも死にきれないわ」

「は、はい巫女姫様!」

 

 夜美は先導を切って階段を駆け下り始めた。忠則は血相を変えてそれを追いかけようとする。一段一段降りるごとに衝撃が背負われている王牙の体に響くが、文句を言っている場合ではなかった。転んでもおかしくないほどの勢いで三人は境内から遠ざかり始める。

 

「お……のれ……おのれぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 背後から恨みのこもった叫びが響いてくる。だがそれに足を止めることなく、二人は走り続ける。

 そしてようやく麓に設置されていた鳥居が目に入った。その中へ全員一気へ飛び込んだ。

 同時に、境内の方では白い霊力が空を埋め尽くすほど膨張していき――異界全てを消し飛ばすほどの爆発が、巻き起こった。

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