ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第29話 謎の術師P・S

 タクシーを降りると、ヒカリはすぐに目の前にあるカフェに入店した。

 中は窓がないせいで薄暗く、狭い。外に店の看板がないため、一般人からはそもそも店として認知されてすらいないだろう。

 しかしその実、ここは業界の人間が密談の場所としてよく使う場所であった。いわゆる隠れ家である。だからこそ、ヒカリは相談場所をここに設定したのだ。

 フードを外し、店主に顔を晒す。客を確認すると店主は無愛想に部屋番号を呟くと、それっきり押し黙り、新聞を読み始めてしまった。

 最初は寡黙すぎて失礼なのではないかと思ったが、それは違う。ここでは余計な詮索をしないことがルールなのだ。彼が必要最低限の言葉しか発しないのはそういう理由があった。

 ヒカリは言われた通りの番号が書かれている部屋にたどり着く。この中は防音仕様となっており、外に会話が漏れることはない。

 彼女は不安を紛らわすために一度深呼吸をすると、固い顔をしたまま扉を開いた。

 

「……来たようね」

「あんたが依頼主か。てっきり例の妖怪の仲介者と一緒に来ると思ってたが……」

 

 そこで見たのは、明らかに一般人ではない雰囲気を放つ男女の二人組であった。

 まず目に入ったのは、鮮やかな桃色の髪。その肌は雪のように白く、美しい。そしてアニメやゲームで見るような魔改造された黒の巫女服を身に纏った絶世の美少女が、たおやかに紅茶を口に含んでいた。

 ヒカリは芸能界で活動しているので、何人もの美女に出会ったことがある。

 しかしこれは違う。比較にならない。別格だ。

 目に入れた瞬間に見惚れてしまい、あまりの衝撃に喉が凍りついたかのように息を止めてしまった。

 容姿はもちろんのこと、座り方から紅茶の飲み方、一挙一動が気品に満ちている。ヒカリたちが付け焼き刃で身につけている所作がお遊戯に見えてくるほどだ。

 そんな芸能界の中ですらお目にかかれない絶世の姫君がこの日本の一体どこにいたのかと目を丸くしながら、隣に視線を映す。

 品よく座っている少女とは対照的な印象を受けるのが同じソファに座っている青年だ。こちらも絶世とはいかないまでも体や顔立ちは非常に整っている。

 その鋭い眼差しと、ワックスでもつけているかのように乱雑にはねている青と赤の髪は、さしずめワイルド系王子様といったところか。背もたれにどっぷり寄りかかり、気怠そうな顔をしているのも相まって余計にそんな言葉が似合っているように思える。

 真反対でありながらも、であるからこそ妙にしっくりくる組み合わせ。月と太陽? いや美女と野獣といったところか。そんな二人がソファでくつろいでいる一枚絵は、まるでドラマのワンシーンをヒカリに連想させた。

 戸惑いながらヒカリはローテーブルを挟んで反対側のソファに、まるで借りてきた猫のように肩をすぼめながら座り、彼らと対峙する。

 ……この場所を選んだのはこちらなのに、これではまるで自分が見知らぬ場所に招待されたみたいだ。

 

「は、はじめまして。私、桐絵ヒカリと申します」

「知ってるわ。テレビでもよく見るしね。私は夜美よ」

「我道王牙だ。へー、話には聞いてたけど、そんな有名なのか」

「……貴方はなんで私より物知らずなのよ」

「俺テレビとか見ねえし」

 

 青年と少女は軽く言葉をぶつけ合っている。雰囲気から察していたが、やっぱり凸凹なコンビであるようだ。

 ヒカリは青年の方が自分にカケラも性的な欲情を目に宿していないことを察し、ひっそりと胸を撫で下ろす。アイドルをしてからというものの、ファンはもちろんのこと、大田のような芸能界関係者から五十代を過ぎてそうな老人にまでそういった目で見られることが多々あった。……まあ、隣にこれほどの女性がいるのだから、目は相当肥えているのだろう。

 

「ええと……それでその……お二人は本当にオカルトの専門家さんなんですか……?」

「……なるほど、仲介者からはそう説明を受けたのね。ならまずは私たちの職種について説明させてもらうわね」

 

 特に異論はなかったので、ヒカリはこくこくと頷いた。

 そこから語られた内容は驚愕のものであった。少なくとも昨日までのヒカリだったら絶対に信じなかったであろう。

 しかし実際に夜美が手から炎を出したり、衣服を一瞬で変更している場面を見せつけられ、ヒカリは否が応でも世の中に潜む妖怪と、その退治屋の存在を認めざるを得なくなった。

 トレーナーが警察よりも頼りになると言っていた意味がようやくわかった。

 これなら、もしかしたら……。

 

「さて、私たちに関する説明は以上よ。それじゃあ依頼の内容について話してもらえるかしら?」

 

 突然開かれた新たな世界。そこに期待が高まっていくのを自覚しながら、ヒカリは口を開くことを決めた。

 

 ♦︎

 

「今月末に、私が銀座ドームで大規模ライブを開催するのは知ってますよね?」

「ああ。おかげでお前のファンだとかいう周りは大騒ぎだぜ。この前もマシンガントークでお前の魅力についてさんざん語られたよ……」

 

 下竹と倉伏だけなら適当に腹パンして黙らすことができた。しかしそこに中学時代からの恩人である桜が加わると、そうもいかなくなる。荒み切った中学時代から救ってくれた恩人を無視して嫌われる覚悟はさすがの王牙にもなかったのだ。だから彼女の話は真面目に聞かねばならず、そうなると話題に便乗して変態二人組も相乗りしてきて、非常にやかましい雑談となる。

 桜の方はまだいい。熱は持っているものの、それは歌が綺麗だとか顔が可愛いだとかの常識の範囲内の話となる。

 だが下竹と倉伏、こいつらはダメだ。彼らの話は全てが下半身に直結するものとなっており、聞いていて耳が腐りそうになる。

 ヒカリはそんな事情は知らないだろうが、厄介ファンの危険性については知っていたらしく「あはは……」と申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていた。

 

「その後、たびたび私や事務所、またその周辺の関係者にある手紙が送られるようになったんです」

「手紙?」

「はい。封筒も紙も真っ黒。不気味な手紙です」

 

 ヒカリはバッグからその手紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。

 たしかに真っ黒だ。それに加えて文字は血を思わせる赤色で、本能的な恐怖を煽ってくる。王牙たちはそこに書かれている内容に目を通した。

 

『スターライトプロダクション社長、高橋ハジメ様へ。

 我は天上よりの遣い。天空の声を聴きし者。その天啓をここに。

 ――桐絵ヒカリを芸能界より引退させよ。天啓は絶対である。拒否権はない。引き留めんと欲すれば、天よりの呪いが降りかかることだろう。

 再度繰り返す。――桐絵ヒカリを引退させよ。

 

 P・Sより』

 

「これって……」

「脅迫状ね」

「『P・S』……なんて読むんだ?」

「……『ポケモン』?」

「それはPMだ」

「じゃあ『パワプロ』?」

「それはPP」

「一人称視点シューティング?」

「それはFPSだ。つーかいい加減ゲーム脳から戻れよお前」

 

 ぺしん、と頭を叩く。そこでようやく彼女は正気を取り戻したようだった。先ほどまでのマヌケな発言などなかったとでも言うように澄ました顔でヒカリに問いかける。

 

「これ以外にもあるのかしら?」

「はい。私含めて色々な人がこの手紙をもらっているみたいなんです。中の文はコピーってわけじゃないですけど、内容は全部同じです。……私を引退させるようにと」

 

 ヒカリは続けてバッグから黒い封筒を複数取り出した。その中にはヒカリにあてられたものもある。一通り目を通したが、彼女の言うことに間違いはないようである。

 

「これだけなら厄介なアンチの仕業って流すことができるけど……何か起きたのよね?」

「……はい。この手紙をもらってからしばらくすると、その人が死亡する事件が起こったんです。死因は心臓麻痺。一件だけなら偶然と捉えることもできますけど、それが立て続けにもう三件起こっているんです。だから、このままじゃうちの社長や私も……!」

 

 ヒカリはそこまで口にすると、恐ろしさのあまりか顔を青ざめたまま細かく震え始めた。

 無理もない。今まで一般人として暮らしていた彼女は自分の命について明確に意識したことなどなかっただろう。ましてや自分が命を狙われるなど夢にも思っていなかったはずだ。

 王牙はテレビで見たような笑顔を消し、恐怖で怯える彼女を見てなんとかしてあげたいと思ったが、残念ながら王牙にできることは殴ることしかない。ゆえに頼りとなる己のパートナーに目をやる。

 

「それで、なんかわからねえのか?」

「……手紙自体は普通のものよ。なんらかの術がかけられているわけじゃない。これだけじゃまだなんにもわからないわ。死亡時の写真や映像なんかはないのかしら?」

「そ、それなら三人目の被害者が映っている監視カメラの映像があります!」

「よくそんなもの持ってるな」

「その……三件も起きてるのに事故で片付けられそうなのを知って、担当の警察の人のパソコンから無断でデータをコピーしたんです。私も死にたくないですから……」

 

 彼女は自らのノートパソコンを取り出すと、そこにUSBを差した。あの中に犯行現場の映像が入っているのだろう。

 そして少しの操作の後、とある一室を映したモノクロの映像が流れ出す。

 

「音がないな。旧式の監視カメラか」

 

 テレビのニュースで犯罪事件を見る時に思ったことがあるだろうが、監視カメラというものは基本的に低画質に設計されている。それは通常のカメラとは求められる役割が違うからだ。

 監視カメラはどんな時でも十分な証拠となる最低限の映像が撮れればいいので、通常と違い赤外線技術が導入されている。これによって画質は劣化するものの、暗い場所でも犯人の容姿を映すことができるようになっているのだ。またほとんどの映像は使われることなく放置されるため、高画質にしてもコスパが高くなってしまうからという理由もある。音声がついていないのもそういった経費削減が理由だ。

 監視カメラの中の一室にはディスクに座った男が忙しなく周囲に目線を配りながら仕事に励んでいた。その周りには屈強そうな見た目の黒服が数人立っていた。おそらくボディガードだろう。

 と、そこまで状況を確認したことで、変化が起きた。突如仕事をしていた男がもがき苦しみ始めたのだ。彼は喉や胸、耳を掻きむしるように触れ、椅子の上でのたうち回る。ボディガードたちはどうしたらいいかわからず右往左往するばかり。だが彼らも次第に主人と同じように次々と苦しみ出す。

 そうして男たちは天に手を伸ばし救いを求めたかと思うと、口から血みどろの泡を噴いて倒れ、死亡した。

 

「っ……以上が、私の持っている資料の全てです。うっ……!」

「無理すんなって! しばらく目瞑って休んでろ!」

「い、いえ……既に一度見た映像なので……」

 

 吐いてしまいそうなほど顔色が悪かったのですぐに駆け寄り、その細い体を支えた。どう見ても大丈夫じゃない。映像の中で死んだ男は目玉が飛び出そうなほど目を剥いており、言葉にできないほど苦しそうであった。あんな拷問のような死に様を見せつけられれば取り乱すのも仕方がなかった。

 

「それで? なんかわかったか?」

「術式を特定することはまだ。でも明らかにこれは呪殺よ。それも陰陽術ではない別の術式によるもの、ね」

 

 夜美は固い顔で断言した。そして巫女袖からお守りのような物を取り出すと、それを彼女に手渡す。

 

「今回の依頼を聞いて急いで作っておいたのよ。それにはある程度の呪いを弾く効果と、呪いを感知して私に伝える効果があるわ」

「そんなもんも作れるのか」

「腐っても巫女ですもの。ただし、呪いを弾く効果に関しては期待しないことね。それは防げて順式相当のものだから」

 

 霊器でもなく、霊力が込められた道具。あれも王牙が購入した『簡易遮境門』と同じ呪具に分類されるものなのだろう。日常生活のポンコツっぷりを見てると想像できないが、やっぱり彼女は自分で言うだけあって相当すごい術師のようだ。

 

「でも順式レベルまでしか防げないってのが不安だな。もうちょっといいもの作れないのかよ」

「無茶言わないでよ。本来祈祷術に分類される解呪術を一般人にも使えるようにするだけで苦労するのよ? それにそのお守りは連絡する機能がメインよ。私がいれば神の呪いだろうがなんだろうが解いてみせるわ」

「な、なんだかよくわからないですけどありがとうございます。……ちなみにこれ、押し売りとかじゃ……」

「失礼ね。これも依頼料のうちに含まれてるわ。心配しないでもタダであげるわよ」

「よ、よかった……」

 

 どうやらまだインチキ霊媒師の疑いはかかっていたようだった。まあ不安を煽るだけ煽って物を売りつけるのは悪徳宗教の常套手段であるから仕方がない。

 

「それで、これからのことを話すわね」

「そうそう。結局何すりゃいいんだ?」

「当然、護衛よ。敵の正体がわからない以上、私たち二人はこれから付きっきりであなたの警護をするわ」

「つ、付きっきりですか!? それはその……学校とかもあるので、困るというか……」

「常にべったりくっついているってわけじゃないわ。あなたが学校生活を送っている時は屋上で待機してるし、芸能活動中はスタッフや観客に紛れたりするわよ。だから安心しなさい」

「そ、そうですか……」

 

 たしかに、変装や隠密なんかも陰陽術があれば可能だろう。極めれば核兵器を上回る火力を出せる一方で、隠密や回復などもこなすこともできる。陰陽術というものがどれだけ万能なのかということを改めて実感した。

 せめて始式だけでも覚えれたら、便利なんだろうなぁ。

 だがご存知の通り、王牙は夜美が太鼓判を押すほど絶望的に陰陽術の才能がない。そのレベルは百年に一度と鼻で笑われたほどだ。

 

 ともかく、そういうことで話はまとまった。

 契約書などのやりとりを交わしたあと、三人は一緒に店を出た。

 もう護衛任務は始まっている。気合いを入れていると、ヒカリがふと問いかけてくる。

 

「そういえば、夜も護衛してくれるとのことでしたけど、寝る場所とかは……」

「……最悪野宿ね。もしくは式神と王牙を庭に置いていくとか……」

「待て待て! なんで俺だけなんだよ!?」

「だって私、野宿とかしたくないし……」

「俺だってしたくねえわ!」

 

 つーか、お前は俺んちに来るまで野宿生活だったろうが! 王牙はすかさずツッコミを入れた。

 

「あのー、よかったらうちの倉庫貸しますよ?」

「……雨風が凌げるだけマシかしらね。それでいいわ」

 

 野宿生活回避……と言っていいのだろうか? まあ屋根の下で寝れるだけマシだと王牙は考えることにした。

 だが問題はまだあったようだ。「そういえば」と夜美が呟く。

 

「あなた、明日も学校よね? また仮病でも使う?」

「あ、それなら大丈夫だ。ちょっと待ってろ……」

 

 そのことについては王牙もちゃんと対策を考えておいたのだ。

 彼はスマホを手に取ると、普段は絶対にかけないであろう番号を入力した。そしてスマホの奥から毎朝よく聞く声が届いてくる。

 

『……えー、こちら香霊第一高校の牛丸です。ご用件は――』

「よー、牛丸! さっそくで悪いんだけどさ、俺用事ができたからしばらく学校休むわ! それじゃっ!」

『この声、我道か!? ええい、何を言って――』

 

 ツーツーツー。

 用件を言い終えると、王牙は躊躇いなく電話をぶち切った。

 よし、これで大丈夫。名づけて『バカ正直に学校休むって言おう』作戦である。これなら嘘をつく必要もない。欠点があるとすれば次の登校時に恐ろしい天罰が待っていることだが……まあ、未来のことは未来の自分に任せておけばいいのだ。

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