ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第34話 仮面の襲撃

「その……ごめんね。突然泣き出しちゃって」

「芸能界ってのはそれだけストレス溜まる場所ってことだろ? 別にいいさ」

 

 上着が濡れてしまったが、女の子の涙を受け止めることができたのだからこれも本望だろう。

 

「それでどうだ?」

「どうって?」

「考えはまとまったか?」

 

 王牙の問いにヒカリはキョトンとした顔を一瞬浮かべた。しかしすぐに笑みを浮かべ、彼女は答えを出した。

 

「私はもう迷わない。どんなに暗い闇にだって、私の歌で立ち向かってみせるよ」

「それで芸能界を追放されてもか?」

「うん。それに、今の時代歌を届けるのに必ずしも芸能界にいる必要はないの。ネットで歌を届けるだけだったら私だけでもできるし、顔も出す必要はないしね。どこでだって私は歌っていけるよ」

「そうか……曇り一つない、いい答えだ」

 

 たしかに、最近は顔を出さないで大ヒットしている歌手も増えてきている。それにVチューバーという存在がやっているように、仮想の肉体を使って踊ることもできる。

 王牙はヒカリを見下ろした。

 もう彼女の顔には翳りは見えない。その目は出会ったころのように、いや今まで見たことがないほど輝いているように見える。

 もう大丈夫だろう。今の彼女ならどんな闇だって照らせるはずだ。その一助になれたのなら、これほど嬉しいことはない。

 

「それにしても、夜美のやつ遅いな。いい加減戻ってきてもいいころのはずだが……」

「ここら辺の土地勘ないだろうし、迷ってるのかな? ハッ、それかもしかして誰か知らない男の人に襲われてたり……!?」

「そりゃ男の方が心配だな」

 

 それをやるくらいなら王牙は迷わず地雷原の中を裸足で全力ダッシュすることを選ぶだろう。

 あれは猛毒を持った黒バラだ。触れようとすればただでは済まない。しかし花の品種など女を襲うようなチンピラが知っているわけないので、そういう意味ではまだ見ぬ犠牲者のことが心配になるのであった。

 

「桐絵……ヒカリ……」

 

 その時だった。

 街灯が降ろす光のカーテン。その外の闇から低く唸るような声が聞こえてきた。

 王牙たちは一斉にその声がした方へ振り返る。

 そうしてしばらく待ったあと、彼らの目に映ったのはゆっくりと足を引きずるように歩いている一人の成人男性だった。

 

「え、えーと……私に何かようですか?」

「桐絵……ヒカリ……き、りえ、ヒカ、リ……リリリリ……!」

「っ! 退がれヒカリ!」

 

 王牙は嫌な予感を感じ、とっさに彼女の前に立ちはだかった。

 その途端、男の目の色が変わる。突然正気を失ったように白目を剥いたまま、獣のような雄叫びをあげて襲いかかってきたのだ。

 その手には包丁が握られていた。

 

「ちっ……!」

 

 王牙は突き出されたナイフを腕で受け流す。男は突進の勢い余って王牙を追い抜き、よろけた。しかし懲りずに再度走り出し、そのナイフを突き立てようとしてくる。

 

「ヒャァァァッ!」

「しゃらくせえ!」

「っ……!」

 

 だが、所詮はただの人間。王牙の敵ではなかった。

 王牙はタイミングを合わせるように体を捻ると、回し蹴りを放つ。それは男の手を蹴り砕き、包丁を遠くへ吹き飛ばした。

 

「一丁上がり。俺を殺すんだったらもっとデケェ武器を持ってくることだったな」

「……ヒュォォォオオオオ!!」

 

 男は獲物をなくした途端、突如狂ったように地面を叩き出した。するとそれと呼応するようにみるみると男の筋肉が膨れ上がっていく。シャツの繊維は突然の急成長に悲鳴をあげ、そしてとうとう引きちぎれていった。まるで下手なB級映画の怪人みたいだ。

 そして最終的の二回りほど大きくなった男は、血走った目をするとその丸太のような腕で近くの街灯を握る。そしてそれを引っこ抜き、ブンブンと振り回し始めた。

 

「アドバイス聞いてくれてありがとよ。死ね。それを恩師にぶつけんじゃねえよ!」

「ヒュォォォォオオ! ヒョァヒョアヒョォォォッ!!」

 

 男は猿のように奇妙な声をあげながら街灯を振るう。王牙はヒカリに当たらないように前に出ると、それを受け止めた。

 

「王牙っ!」

「平気だ! それより離れてろ! このレンジなら下手したらお前まで巻き込みかねない!」

「で、でも……!」

「この程度の三下、どうにでもなる。だからさっさと行け!」

「っ……うん。信じてるから!」

 

 彼女は心配そうだったが、それでも自分が足手纏いになることを自覚したのか、この場を走り去っていった。

 それでいい。王牙はヒカリが街灯の攻撃範囲から離れたことを確認すると、片手でポケットをまさぐり、立方体の道具を取り出した。

 これは八百神社で買っておいた『簡易遮境門』だ。お値段10万円なのが痛いが、夜美がいない以上贅沢を言っている場合ではない。王牙がそれを空中に投げると立方体は破裂し、透明な結界が周囲に張られた。

 一方の男は街灯を押し当てたまま、その自慢の怪力で王牙を押し潰そうとしていた。

 はぁ、とため息をついて、王牙はノックでもするように片腕を軽く振るう。それだけでバネで押し出されたように、街灯が弾かれた。

 

「実力は四級程度といったところか……。ちっ、半端な力しやがって。下手に能力使ったら殺しちまうなこりゃ」

 

 少し疑わしいが、相手はおそらく人間だ。なんというか、妖怪独特の濁った霊力のようなものを欠片もこの男からは感じないのだ。おまけに感じる霊力も一般人と大して変わらない。

 王牙の『駆動心音《マキシマムハート》』は技量不足ということもあって、微調整が効くようなものではない。現状の最低倍率が二倍なので、ただでさえ怪力の王牙が能力使用状態で人間なんて殴ったら、一瞬で男はスイカのように弾け飛んでしまうことだろう。

 

「かといって、あの長いリーチは厄介だな。俺の腕はそんな二メートルも三メートルもねえし……」

 

 街灯の長さは人間三人分以上、だいたい8メートルといったところだ。そんな長距離にはさすがに王牙の拳は届かない。

 懐に潜り込むしかないかと考えていたその時、ふと近くに電柱が生えていることに気づいた。

 

「……いいこと思いついたぜ」

 

 王牙はニヤリと犬歯をギラつかせ、悪どい笑みを浮かべる。そして腰を沈めたかと思うと体を捻ってくるりと一回転。そして勢いのままに草を刈り取る鎌の如く、鋭い水面蹴りを繰り出し――電柱を根本からへし折った。

 

「よいしょっとぉ! うーし、ちょうどいい重さと長さだ」

 

 幹を切られた木のように倒れるそれを王牙は難なくキャッチする。その重さと長さは間違いなく男が握る街灯以上であった。にも関わらず王牙はそれを棍のように頭上で激しく回転させ、巧みに操る。

 

「ヒョ、ヒョォォォ……!?」

「んだぁ? やっと格の違いに気づいたか? だがもうおせえ」

 

 ダンッ! とアスファルトが割れるほど強く王牙は踏み込むと、両手で握った電柱を野球のスウィングのように振り切った。

 負けじと男も電柱を振るい――両者激突。

 そして一瞬で街灯はへし折れ、男はそれを通して伝わった衝撃で数メートル宙に浮かび上がる。

 王牙はその機を見逃さず、五メートルほど高く跳躍すると――電柱を振り下ろし、男を地面に叩きつけた。

 

「ヒョ……ォッ……!」

 

 分厚い筋肉が鎧となったおかげで、男はミンチにはなっていたなかった。しかしもはや息をするのも苦しいようで、か細い悲鳴をあげると、すぐに意識を失った。

 すると男の体に異変が生じ、肥大化した筋肉がどんどん萎んでいく。まるでパンパンに入れていた空気が抜けていくかのようであった。

 そしてしばらく待っていると、男は上半身裸のまま、元の体に戻った。

 

「こ、これ……いったいなんなの……?」

「さあな。だがわかってることは一つ。敵はようやく俺たちを狙い始めたってことだ」

 

 謎の殺人鬼P・S。

 その魔の手が近づいてくるのを感じる。

 王牙は不気味な予感に勘づきながら、夜美へと電話をかけるのであった。

 

 ♦︎

 

「……所詮は我が音楽に酔いしれただけの凡愚か。催眠音波を介しての強化はやはり限界があるな」

 

 その一部始終を、男は近くの廃墟ビルの上から見下ろしていた。

 その姿は異様であった。二メートル近い背丈。だがしかしその胴体や四肢は肉がついていないように細く、少しでも触れれば折れてしまいそうだ。男はそんな体を黒のタキシードとマントで覆っていた。

 しかしなんといっても目を惹くのは、やはりその顔面だろう。そこは鳥のくちばしのようなペストマスクで全体が覆われており、素顔が醜いのか美しいのか判別すらできなくなっていた。

 

「最近彼女の周辺をうろつく者の正体を暴くため、刺客を送り込んではみたが……やはり独立術師だったか。だが無駄だ。何人たりとも私の計画を止めることは許されない……!」

 

 男はまるで舞台俳優のように大袈裟なリアクションとセリフを言い、体で怒りを表現する。

 

「おお……我が音楽の天使よ。案ずるな。君が涙する日はもうこない。なぜなら、この私が必ず……!」

 

「――『この私が必ず』……何かしら?」

「っ……!?」

 

 男は背後を振り返った。

 そこにいたのは漆黒の巫女。先ほどまでは耳を隠して現代風のファッションをしていたが、今ではその隠形術は解かれて、真の姿が露わになっている。

 男は警戒を数段階高めた。

 ――強い。先程の脳筋な男とは明らかに違う。この雰囲気、歴戦の猛者のそれだ……!

 

「占いで適当に失せ物を探していたら、まさか容疑者に先に出会えるとはね。覚悟しなさいこのペルソナ仮面」

「……これはこれは。ようこそ、美しいお嬢さん《マドモワゼル》。だが困るな。ステージへの登壇は観客には許されていないのだよ」

「そのキザったらしい口調は作ってやってるのかしら? だとしたらやめた方がいいわよ。センスなさそうだし。共感性羞恥でこっちの方が恥ずかしくなってきそうだわ」

 

 キレッキレな毒舌を披露したあと、夜美は右手に握った大鎌――『月影』を一閃した。そして威圧するような不敵な笑みを浮かべる。

 夜美にとってこれはチャンスだった。ヒカリの精神問題はお人好しの王牙が解決してくれた。あとは目の前にいる男を排せば、今回の依頼は達成だ。

 

「こっちは早く帰って久々に家で眠りたいの。悪いけど速攻で終わらせてもらうわ」

「悪いが、ここで終わるわけにはいかないのだ、よ!」

 

 叫ぶと同時に、男は手を勢いよく振り下ろし、何かを地面に叩きつけた。すると真っ黒な煙が噴出し、夜美の視界を覆う。

 

「煙幕? ふん、こんなもの……!」

 

 夜美はすぐさま術式を脳内で構築する。その間わずかコンマ1秒未満。そして大鎌を握っていない左手を前方に突き出した。

 

「木行始式――『木枯らし』!」

 

 言の葉が唱えられた途端、彼女の前方に何十何百もの枯葉を乗せた突風が発生した。それは人を吹き飛ばすにはまったく足りない。それもそのはず、『木枯らし』は本来枯葉を飛ばして敵の視界を遮る術なのだから。しかし煙を吹き飛ばすには十分すぎる威力だ。

 秋風によって晴れた視界の先では、P・Sがビルからビルに次々と飛び移ってこちらから逃走している姿が見えた。すぐさま夜美は同じようにビルを跳び回り、追跡を始める。

 

「しつこい女性は嫌われるぞマドモワゼル!」

「あなたが言える立場じゃないでしょうが! このアイドルストーカー!」

「なっ……アイドルストーカー……!?」

 

 そのあんまりな称号に一瞬P・Sは動揺を浮かべた。

 どうやら自覚がなかったらしい。おまけにペストマスクに黒のタキシード。夜美からすればまごうことなき変態である。タキシード仮面が許されるのは平成初期までなのだ。

 何はともあれチャンスである。ショックのあまり一瞬動きが止まったP・Sめがけて、夜美が霊力でできたお祓い棒――御幣を投げつける。

 

「護法順式――『自戒棍(じかいこん)』!」

 

 そして指をクイっと天に突き出す動作が合図となって、御幣が空中でなんと分裂。数十もの針となってP・Sに降り注ぐ。

 彼は咄嗟にマントを広げて盾とした。おそらくあれは霊力的な強化が施された呪具の一種なのだろう。その証拠に針はその布地を貫けず、突き刺さるだけで停止してしまっていた。

 

「ま、問題ないけれど」

「っ……これは……マントが重く……!?」

 

 突如、P・Sの体が沈み込む。とてつもない重さ。これでは身動きが取れない。

 彼がマントを見ると、そこには丸太のように大きな鉄の柱がいくつもマントと接着していた。それがP・Sの数倍の体重を彼に付与し、身動きを取れなくしているのだ。周辺にも同じような柱が生えているのを見て、彼は先ほどの術の効果を悟る。

 

「着弾地点に重りを生み出す術か……直接体に当たっていたら危なかった」

「シッ!」

 

 夜美はその隙を見逃さず、空中で落下しながら月影を振り下ろした。しかしそれよりも一つ早く彼はマントを脱ぎ捨て、その場から離脱してしまう。結果、夜美の刃はマントを切り裂くだけで終わった。

 

「でももう同じ手は使えないわよね。――『自戒棍』」

 

 再び夜美の手から御幣が投げつけられ、それらが分裂。無数の針と化す。まるでショットガンのようだ。

 だが今度はP・Sも冷静だった。彼は猫騙しでもするように、大きな柏手を打った。パァン! という音が鳴り響く。そして一言、

 

「『フォルテシモ』」

「っ……!?」

 

 衝撃波が発生。夜美の針たちはそれに巻き込まれ、あっけなくバラバラとなって砕け散ってしまった。

 

「この術式……陰陽術じゃないわね」

「その通り《ビアンシュール》。聡明なマドモワゼルには、ご褒美を与えなければね」

「っ……! 護法始式――『円月』!」

 

 P・Sは何かを取り出すと、手首の動きだけでそれを放り捨てた。爆弾か何かかと思い、夜美は丸い結界を前に張って身構える。しかしそれは彼女に届くことはなく、二人のちょうど真ん中辺りで落ちてしまう。

 

「……音楽プレイヤー?」

 

 まるでライターのように小さなそれの正体を、夜美は最近得た知識の中から素早く抽出する。

 しかし、なぜ?

 そう疑問に思った途端、その機械から爆音とも言うべき音量の歌が流れた。

 その歌はまるでオペラのようであった。素人の夜美でもわかるくらい、その声は澄んでいる。しかし音量のせいで台無しになっており、それが彼女の脳を揺さぶる。

 

「っ……!? これは……歌唱魔術……!?」

「では本日の舞台はここまで。また会う日を」

「っ、待ちなさい!」

 

 急いで追いかけようとするが、足元がふらつく。うまくバランスが取れない。視界もぐにゃぐにゃと歪んでいるように見える。

 おそらく今の歌は五感を揺さぶるタイプのものだったのだろう。だが夜美とて陰陽師院では知らない人がいないほどの一流の陰陽師。一分も経たずに敵の術を解析すると、五感の異常を解くための祈祷術を自身に施す。

 

「……逃げられたわね」

 

 しかし動けるようになった時にはすでにP・Sの姿はなかった。霊力の痕跡も見当たらない。うまく隠しているのだろう。夜美は取り逃したことでプライドが傷つけられたことに顔を歪め、悔しがる。

 

「……とりあえず戻りましょうか」

 

 だが敵の大まかな実力と魔術は見えた。世界最高峰の完成度を誇る陰陽術ですら欠点があるように、歌唱魔術も決して破れない魔術ではない。

 次こそ捕まえる。夜美はそんな決意を込めて大鎌を一閃させた。

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