ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第38話 暗殺のカラクリ

「マジか! で、どうやったんだ?」

「単純よ。死因はこれね」

 

 夜美は社長のスマホを全員に見せつける。しかし全員ピンときてないのか、首を傾げるだけだった。

 昨日一緒にいなかったトレーナーや術師世界に疎いヒカリはともかく、なんで王牙まで疑問符を浮かべているのかと一瞬呆れたが、すぐに彼の頭では仕方がないことかと納得して解説を始める。

 

「昨日の襲撃からP・Sは歌唱魔術を使うって説明したわよね?」

「たしか歌を聞かせることで術を発動させる魔術……だったっけか?」

「……あー、なるほど。そういうわけか」

 

 その情報だけでトレーナーの方は手口を理解したようだった。

 そう、これが普通の反応なのだ。ここまで情報が出揃ってわからないというのはやっぱり王牙の知能に問題があるのだろう。

 

「仕組みは単純よ。スマホに電話をかけて、そして歌唱魔術を発動させた。P・Sの歌は電波を伝って部屋中に響き渡り、周囲の人間を死にいたらしめる。術師が調査しなかったらこれで完全犯罪の成立ね」

「……! そっか。大半の監視カメラに音は入らない。だから誰も違和感を持つことはなかったんだ……!」

「で、でも電話番号なんてどっから手に入れたんだ……?」

「それこそ術師なら簡単よ。私がそこの警官に今やっているように、社長と接点のある人間を眠らせてスマホを奪えばいいのよ。ロックに関しても所有者が使用中だったら解除する必要もないわ」

 

 誰も彼女に反論する者はいなかった。それほど夜美の推理は完璧なものだったからだ。

 王牙は人型のロープを眺めて当時の現場をイメージしながら、なんとなく呟く。

 

「それにしても音楽で人を殺すなんて、どんな原理なんだ?」

「原理自体は簡単よ。あなたもヒカリに言ってたじゃない。歌には人を動かす力があるって」

「……お前、聞いてたのかよ」

 

 そのセリフは昨日銀座のアパート前で王牙がヒカリを慰めるために言ったものだった。おそらくまた盗音虫でも使っていたのだろう。あの時の気恥ずかしいセリフを思い出し、王牙は若干顔を背ける。

 

「歌唱魔術と最も相性がいいのが精神操作の術よ。私たちが誰かの言葉に一喜一憂するように、音には、特に言葉には人の心を揺さぶる力がある。被害者の二人もおそらくおぞましい幻覚でも見せられて心臓麻痺にさせられたんでしょうね」

「……許せない。音楽を殺人の道具に使うなんて……!」

 

 絞り出すようなヒカリの声。しかしそこに今まで聞いたことがないような感情が込められているのを全員が感じ取り、驚きとともに彼女に目を向けた。

 彼女は、怒っていた。これまでの人生で一度も抱いたことのないような怒りがその小さく華奢な体から湧き上がっていた。拳は握りしめられ、体は怒りで震えている。

 

「音楽は、歌は、人の心を動かして幸せにするものなの……! こんな使われ方、正しいはずがない……! たとえ術師の偉い人が正しいと言っても、一人のアイドルとして、私は絶対に認めない!」

「ヒカリ……」

 

 その言葉は普段の心優しい彼女からは想像もつかないほど厳しいものだった。

 王牙はそんな彼女の咆哮を、そして息を荒くして怒りを溢れさせるその姿を見て、落ち着かせるために頭に手を置く。すると少しだが彼女の怒りが緩んだ。それを見計らって王牙は彼女に笑いかける。

 

「安心しろヒカリ! お前の代わりに俺がその外道を捕まえてやる! そんでもってぶん殴ってその性根を叩き直してやる! それで歌に謝罪させてやろうぜ!」

「王牙……うん、お願い……」

 

 彼女はそれで正気に戻ったようだった。今までの激しさが一変して、元の穏やかな気性に戻る。その顔は怒りを撒き散らしてしまったことへの申し訳なさが現れていた。

 無理もないことだと王牙は内心呟く。彼女にとって歌とは人生そのものだ。昨日の枕営業の話といい、彼女は歌が汚されるなら自殺してしまいそうなほどそれを愛している。そんな彼女にとって歌が暗殺の道具に使われたというのはとても堪えきれないものだったのだろう。

 だけど王牙は怒りに震える彼女を見ていたくはなかった。その怒る姿はどこか悲しみで泣き叫んでいるようにも見えて、見ていられなかったのだ。

 ――だからその怒りは、俺が引き継ごう。

 そしてヒカリの前にふんじばって、彼女に一回殴らせてやる。王牙はそう決意した。

 

「……捜査はここまでにしましょう。もう十分ここで情報は得られたはずよ」

 

 夜美がタイミングを見計らってそう提案する。

 それに反対する者はいなかった。

 王牙たちは調査の跡を元通りに戻すと、社長室を後にした。

 

 ♦︎

 

 その日から驚くほど時間は早く進んだ。

 幸いなことに社長暗殺によって月末のライブが中止されることはなかった。すでにチケットは完売してしまっており、ライブ会場の確保にも多大な出費を重ねているため、人間一人の命のために中止するわけにはいかなかったのだ。現在では副社長が社長の業務を引き継いでなんとかライブの日までの調整を行なっていた。

 そしてその間ヒカリはと言うと……。

 

「ここが銀座ドーム……」

「名前の通り、銀色が目立つ建物ね。目が痛くなってきそうだわ」

 

 ヒカリたちの目の前。そこには東京では滅多に見ることができないような巨大なドームが君臨していた。

 東京都中央区に建てられた収容人数三万の大型ドーム。東京ドームなどといった五大ドームには劣るが、それでも今までのライブ会場が多くて数千人程度だったのと比べればヒカリにとっては初の大型ライブと言えた。

 こうして見ていると、ドームはまるで来るものを拒むようなプレッシャーを放ち、ヒカリを上から見下ろしているように感じる。アイドルを続けるか迷っていたころのヒカリだったらそのプレッシャーに耐えきれず、萎縮し切ってしまっていただろう。

 でも、今の自分は違う。今なら本当に自分の歌には人の心を変える力があるのだと胸を張って言える。何よりも、その自信をくれた彼が隣にいてくれる。

 だから大丈夫だ。ヒカリは負けないという意志を込めて、ドームに笑みを返した。

 

「はいこれ。これを下げていれば関係者として中に入れるから」

「おう。さすがにここまで広いと、中にいなきゃ護衛もできないしな。助かるぜ」

 

 王牙たちは関係者であることを示すカードを首にぶら下げる。

 

「それと、二人にはこれも渡しておくね」

 

 ヒカリは意味ありげなウィンクをしながら二枚の紙を差し出してきた。不思議に思いながら王牙はそれを確認し……目を丸くする。

 

「こ、これS席の、しかも最前列のチケットじゃねえか!?」

「どうー? すごいでしょ。二人のためにゲットしておいたんだからなくさないでね」

「いやいや。これ本当に受け取っていいのか? たしか定価で数万はするんじゃ……」

 

 王牙が戸惑うのには理由があった。

 ヒカリは今や国民的アイドルになりつつある日本の大スターだ。そんなアイドルの最前列のチケットとなると、血で血を争う騒動になってでも奪い合うものが出てくるほどの価値がある。

 定価だけで数万。身分証明書による対策が取られているので無理だが、もし転売できれば数十、下手したら数百万の価値がこれにはあるだろう。

 しかしヒカリはそんなこと気にせずに王牙たちにもらうよう促した。

 

「今度のライブは私の人生を変えるライブになるから。二人には一番近い場所で私を見守っててほしいんだ。そうしたら私、頑張れる気がするの」

「……わかった。なら俺も気合い入れてお前を応援するぜ!」

「ええ。私も応援しているわ」

 

 このやり取りの後、三人は無事ドームの中に入ることができた。ちなみにヒカリとはそこで別れることとなる。

 今回来たのは一週間を切ったライブの最後のリハーサルを行うためなのだ。それはアイドル衣装を着た本格的なものになるため、彼女は一旦更衣室に行かなければならないのだ。

 王牙たちは地図を頼りにあれこれ散策しながら、ライブ会場が見下ろせる二階にやってくる。一階のステージ周りには関係者が山ほどいて仕事をしており混雑していたためだ。

 

「結局、この調子じゃライブまでにP・Sを捕まえることは難しそうだな」

「あの襲撃以来音沙汰がないから仕方がないわよ。こういう捜索や調査は執行局の仕事だけど、今の私には命令権がない以上、動かすこともできないし」

「執行局?」

「……陰陽師院の裏の仕事を担当する組織よ。現地調査やスパイなどの隠密活動から、罪人の捕縛、監獄の管理、死刑まで幅広い分野を担当しているわ」

「……物騒な組織だな」

「裏っていうのはそういうものよ。陰陽師院も綺麗なところばかりじゃない。時には人道にも外れる行為を行うこともあるわ。執行局はその際たる例よ」

 

 夜美はその暗い所業を思い返しては、目を瞑りながら語り続ける。

 

「あなたも気をつけなさい。一応陰陽師院全体の決定としては今の私は様子見されることになっているけど、誰か別の人間が理由をつけて執行局の陰陽師を動かしていてもおかしくないわ。極秘の暗殺なんてよくある話だもの」

「マジか……気配の感知とか俺が一番苦手な分野なんだが……」

 

 言うまでもなく王牙は大雑把な人間だ。正面切っての戦闘は得意ではあるが、不意打ちなどは避け切れる自信がなかった。

 敵が裏担当の暗殺者であれば、隠形術を得意とするのは間違いないだろう。味方が使えば便利ではあるが、敵が使うと厄介なことこの上ない。陰陽術は本当にバリエーション豊かなのだ。夜美曰く、あらゆる場面で高パフォーマンスを発揮できるからこそ、陰陽術は世界最高峰の完成度を誇る魔術なのだとか。

 と、そんな風に語り合っていると、ドーム中に音楽が流れ始めた。この旋律は王牙もよく知っている。ヒカリの十八番『キリエ・エレイソン』だ。下を見れば天使のような衣装を身に纏ったヒカリが笑顔を振りまいて踊っていた。

 

「相変わらずすげぇ歌だな。敵さんもこれを狙ってるからヒカリを襲おうとしてるのか?」

「……さあ。わからないわ」

 

 何気ない質問だったが、夜美はらしくなく曖昧な返事をした。その目はヒカリを見下ろしつつも、心は思考の海に浸かっている。

 

「正直言うと犯人の目的が掴めないのよ。たしかに歌唱魔術を使う者にとって、ヒカリはこの上なく素晴らしいモルモットでしょうね。彼女には人並み以上の霊力も歌もある。もし歌唱魔術を使わせられたら特級すら殺しうる兵器に変えることもできるかもしれない」

「歌唱魔術の威力は歌い手によって変動するんだったか。特級を殺せるレベルってのは……想像もつかねえな」

 

 特級。たしか国を代表する大妖怪クラスに与えられる階級であり、単独で国一つすら滅ぼすこともできるのだとか。極級であるあのジェネシスには劣るとはいえ、そんな化け物すら殺せるかもしれない歌と聞いてゾッとした。

 

「でもそれなら予告状を出さないで最初から拉致をすれば済む話よ。なのにP・Sは遠回りにヒカリのアイドル関係者を次々と殺していき、自発的にアイドルを辞めさせようとしている。彼女の誘拐が目的だと仮定したら遠回りすぎるわ」

「誘拐したことを世間に知らせないためとか?」

「それも考え難いわ。たしかにアイドル期間中に誘拐なんてすれば世間は大騒ぎするだろうけど、彼女はあくまで日本のアイドルに過ぎないわ。国内では騒がれても、海外に出てしまえばその熱は外国に及ぶことはないはずよ」

「あー、たしかP・Sはフランス人もしくはフランスに縁のある人間なんだっけ?」

「ええ。録音式歌唱魔術を研究しているのはあの国のとある術師家系のみだったはずよ」

 

 問題があるとすれば、P・Sはどうやってその一族から一家相伝の術式を習得したのだろうか。夜美はさらなる疑問を浮かべる。

 有能な術式を国全体で共有し研鑽するアジア圏の国と違って、西洋の国では術式は一族固有のものであり、その血に連なる者にしか伝授されることはない。そして研鑽も一族の者のみで行うため、他家との情報交換などをすることは稀だ。

 その問題を解決し、連携を深めるためにイギリスに本部を置く西洋魔術協会が約百年前に作られてはいるが、歌唱魔術のようなマイナー術式を研究する一族が果たしてあそこに加入しているかどうか。そして加入していたとしても、元来の性質から術式の細部まで他者に伝授しているとは思えない。

 P・Sがその一族出身の者だったとしたら答えは簡単だ。しかしもしそうでなかったら……その先は考えるまでもないだろう。

 

「となると目的は術師的な理由による誘拐じゃないってことか」

「かといって暗殺という線もない。それだったら初手でヒカリを殺しているわ」

「じゃあ引退させること自体が目的とか?」

「何のために? トップアイドルを蹴落とすための誰かの陰謀だったらそれこそ引退じゃなくて暗殺を依頼しているわよ。そっちの方が戻ってくる可能性も消えてより確実だもの」

「……だぁぁぁ!! わからん! ぜんっぜんわからん! 頭がパンクしそうだ!」

 

 王牙は情報の詰め込みすぎで脳がオーバーヒートを起こし、頭を抱えて叫んだ。その様子を見て夜美はあきれるようにため息をつく。

 仕方がない。彼に頭脳労働が向いていないことなど最初からわかりきっていたことだった。だから推理は自分のみでやらなければならないのだが、考察の糸口が掴めない。

 ――何か、何かを見落としているような気がするのだけれど……。

 しかしどれだけ時間をかけても、今以上に推理が進むことはなかった。

 そうしているうちに日は暮れていき、ヒカリのリハーサルは幕を閉じたのだった。

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