ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第42話 幻の怪人

 それに気づいたのはほとんど偶然だった。直感も直感。いや生存本能が導いた偶然だったのかもしれない。

 P・Sは目の前で不気味な光を放つその拳が繰り出されるよりも早く、両腕を体の前に挟むことができた。

 しかし彼の幸運はここまでだった。

 直後、かつてないほどの衝撃が腕を貫通して男に襲いかかる。それは『人の身ではない』男をして無事では済まないと思わされるものだった。

 気がついた時、P・Sは劇場の壁にアートの如くめり込んでいた。両腕はどちらともあらぬ方向に折れ曲がっており、体中からは血を流している。どう見ても重傷だ。

 

「ギヒャヒャヒャヒャッ!! 楽しくなってきたぜぇ!」

 

 悪魔のような笑い声が響く。

 血に染まったかのような紅い瞳がギラギラと輝いている。彼の額には青筋がいくつも浮かび上がっており、それは彼の凶暴化の始まりを告げていた。

 

「さーて、これでイーブンだなぁ? オラ、こいよ。どんだけすげえ声で囀ろうが関係ねえ。その喉ごとぶっ潰してやる」

 

 王牙はそう言って顎を差し出すような仕草を取り、挑発する。こちらも頭から見るのもはばかられるほどの出血をしており、重傷だ。

 ――しかし、忠則やジェネシスの時ほどじゃないな。

 彼は自らの怪我の具合をそう切って捨てた。むしろほどよい怪我はアドレナリンを分泌させ、彼の闘争心と凶暴性に油を注ぐ結果となった。今の彼は敵をどれだけ悲惨に轢き潰すことしか興味はなく、そのせいで彼の顔には鬼も逃げ出すほど狂気的な笑みが浮かんでいる。

 

「お……のれ……! 『ゴスペル』!」

「させっかよ! 『王牙会心撃』!」

 

 P・Sは壁から抜け出すと、仮面の下で血反吐を吐きながら何かの歌を歌い出した。教会で流れていそうな体に響く歌だ。おそらく聖歌というやつなのだろう。

 それをさせまいと腕を捻ってエンジン音と共に霊力を溜め、桃紫色の衝撃波を撃ち出すが、P・Sは歌いながらそれを避けてしまう。

 

「ちっ……この……!」

 

 『王牙会心撃』の連発。王牙の拳から発せられるそれは重く、そして速く、簡単には避けられない。少なくとも王牙はそう確信していた。

 だがその予想に反して男はまるでどこに撃ち出されるかわかっているかのように次々と衝撃波を避けていく。

 

「……破壊力は抜群。威力と速度も十分。だが、拳に霊力を集中させるのに毎回手首を捻る必要がある以上、そこに隙が生じているぞ。十メートル内なら考えなしに打っても当たるだろうが、それを越えれば避けるのはたやすいな」

「お前、傷が……!」

「完治には程遠いがね。だが、両腕は問題なく動かせるようになった」

「っ……!?」

 

 ――『フォルテシモ』。

 今度は避けることができなかった。王牙は受け身も取れず吹き飛び、観客席の破片の中に体を打ち付けられる。

 反撃に再び『王牙会心撃』を放つも、十メートル以上では避けるのは容易だという宣言通り、彼には当たることがなかった。

 圧倒的な経験。そして技量の差。そんな言葉が王牙の脳裏によぎった。

 相手はジェネシスのように無限の霊力や強靭な肉体を持っているわけではない。しかしだからこそそれを補うように彼の技量は磨かれており、それが王牙の攻撃を封殺していた。

 そう、言ってしまえば王牙は搦手に弱かった。

 

「さて、劇の開演といこうじゃないか! 冥土の土産に見せてやろう! 我が人生の写し身! 生涯を描いた一曲をな!」

 

 

「――水行順式『御神(おみ)渡り」

 

 タァン! という足を踏み鳴らす音が劇場内にこだました。

 するとその直後、劇場の入り口の床から冷気がほとばしり、ステージに押し寄せてくる。そのあまりの速度と王牙のみに集中していたこともあって、P・Sはそれに反応できなかった。そして彼の足元の地面が凍りついたかと思った次の瞬間、そこから巨大な氷柱が生えてきて、彼を氷の牢獄に閉じ込めた。

 

「残念ながら劇は幕締めね」

「――夜美!」

「ここから先は――処刑の時間よ」

 

 入り口から姿を現したのは頼れる相棒の夜美だった。彼女は余裕を感じられるほど優雅な歩みで、ゆったりと王牙の元に近づいていく。その姿は普段と違って絶対的な強者の風格を纏っていた。

 彼女は王牙の傷を一目見て目を皿のようにして驚き……そして呆れるように顔に手を当てる。

 

「……ハァ。時間稼ぎをしてればよかったのに。あなた、私がいることすっかり忘れてたでしょ?」

「うっ……!」

「バカでしょ。いやバカなのね。相手は明らかにテクニカルな戦法を好むタイプじゃない。あなたみたいな猪突猛進するしかない脳筋はいいカモよ。さぞ彼は戦いやすかったでしょうね」

「い、いやでも一応ダメージ与えたし……」

「それはあなたが相手の予想以上にバカだったおかげよ。普通その怪我で動けるとは思わないわよ。同情するわ」

「なあどっちに同情してんだ? もちろん俺だよな?」

 

 本当に助けに来たのか、それともトドメを刺しにきたのかわからなくなる。王牙は絶え間なく繰り出される彼女の毒舌に瀕死寸前だった。

 それにしても……と彼はステージの方へ目を向ける。

 

「相変わらずすげえ威力だな。一撃だ一撃」

 

 P・Sを閉じ込めた氷柱は屋根を突き破るほど巨大なものだった。

 夜美の陰陽術の腕は超人的だ。順式でも終式に近い威力を出すことができる。防御力が高くないP・Sにはたまらないものだっただろう。

 王牙は彼が氷の標本状態で動けないことをいいことに、今までしこたま頭を削られた分の意趣返しも込めて舌を出して下品に挑発を行った。が、それは背後から夜美が鎌で殴りつけたことで止められる。

 

「まったく。一応言っとくけどそれはまだ意識を保ってるわよ? さっきのも丸見えだったんじゃないかしら?」

「マジ? それ大丈夫なのかよ!?」

「ええ。歌唱魔術を扱うための口も、音楽プレイヤーを取り出すための腕も封じたわ。もうこれで歌唱魔術は使えないはず」

「なるほどな。そういえばこいつが握ってる縄もらってもいいか?」

 

 王牙はP・Sの右手に握られた『パンジャブの縄』を指差した。縄は長すぎたせいで半分以上の面積が氷の外からはみ出ており、今では力なくステージの床に横たわっている。王牙の首を散々に振り回したとは思えない光景だ。

 

「いいけど、なぜかしら?」

「あれも呪具らしいぜ。実際にやられたからわかるけど、見た目以上に伸びるみたいでさ。あれあれば不良引きずり回すのに便利かなって」

「……待ちなさい。今伸びるって言った?」

 

 夜美はバッとその縄に目を向けた。

 次の瞬間、縄は自ら勢いよく伸び出した。そして蛇のように動き回ると、狙いを定めて突進し――ステージの脇にあったレバーに引っかかり、その取手を下ろしたと同時に引っこ抜いた。

 

「な、何が……!?」

「やられた! あの呪具、触れてる限り自由に操ることができるのよ!」

 

 夜美はすぐさま月影が持つ黄金の刃で『パンジャブの縄』を切断する。だがもう遅かった。

 劇場全体が揺れ始める。地震でも起きたのかと錯覚しそうだ。そしてそれが収まった途端、劇場内のありとあらゆる場所から一つの音楽が流れ始めた。

 

「う……るさっ!?」

「歌の録音……くるわよ王牙!」

 

 オルガンの重厚な音楽が劇場を振動させる。酷く重いその音は聞いている者全員の心を惑わせ、不安を抱かせた。

 その音楽が流れることによって歌唱魔術が発動。氷の牢獄は粉々に砕け散り、中からP・Sが飛び出してきた。

 

「さあ開幕だ! 我が名はファントム・オブ・ザ・シルバー! 『銀座の怪人』なり!」

 

 高らかにそう宣言する。

 そしてオペラの歌詞が流れてきた途端、彼の姿は何十何百と分裂し、地面と空を覆った。

 

「ふ……増えた……!?」

「……いえ。違うわ。これは……!」

 

 何かを察した夜美はとっさにその場で体を捻った。

 すると風圧が彼女の白髪を揺らし、その背後にあった観客席を吹き飛ばす。

 銀座の怪人の得意技『フォルテシモ』だ。

 

「気をつけろ夜美! そいつ見えない衝撃波を放ってく……カハッ!」

 

 大量の怪人からの見えない攻撃。

 当然そんなものを避けれるはずもなく、話している途中で王牙は腹に衝撃を受け倒れた。

 

「銀座の怪人……『オペラ座の怪人』のオマージュか何かかしら?」

『その答えは否と言っておこう。私はかつてのオペラ座の怪人であり、銀座の怪人でもある!』

「――そこっ!」

 

 声が聞こえてきた方向へ夜美は月影を振り下ろした。しかしその刃は怪人に当たったかと思うと、手応えもなく素通りしてしまう。

 

『ハズレだ』

「……っ!」

 

 そしてその隙を狙った衝撃波がとうとう彼女を捉えた。華奢な夜美の体が勢いよく劇場を転がる。彼女は王牙ほど頑丈ではない。ゆえに一撃でも苦しそうに顔を歪めた。その様子を目に入れて王牙の頭に血が上る。

 

「テンメェ……!」

「待ちなさい王牙……! 冷静になるのよ……っ!」

 

 溢れる怒りのまま拳を乱雑に振ろうとしたところで、その原因である彼女に呼び止められる。それで少し彼も頭を冷やした。

 ……そうだった。この場にはヒカリもいるのだ。適当に『王牙会心撃』なんて放ったら彼女に誤射する可能性がある。それだけは避けねばならなかった。

 

「でも、それじゃあこの状況をどうすれば……!」

「……わかってると思うけど、あれらのほぼ全ては本体じゃないわ。この術は幻覚系ね。おそらく聞いた者の五感を惑わせて、私たちに幻の怪人を見せつけているんだわ。でもここまでの規模の歌唱魔術なんて前代未聞よ……!」

 

 いや、それでもありえない話ではない。相手が本物のオペラ座の怪人なら、歌唱力はレジェンド級だ。歌唱魔術でこれほどの現象を引き起こせるのにも納得がいく。夜美はそう思った。

 だが問題は、どうしてこの人物が実在しているのかだ。なにせ『オペラ座の怪人』は二十世紀前半、フランスの作家ガストン・ルルーによって描かれたゴシック小説、つまるところ架空の話なのだ。当然その中の登場人物である怪人は実在しない。

 ……そういえば最近どこかで小説に関する話を聞いたような……。

 

 

『……ん〜? そういえば、誕生日にある小説をプレゼントした日から、レッスンを始めたようなきがしますね〜』

『その小説って?』

『……ごめんなさい。音楽に関する海外の小説だった気がするんだけど〜……なにせ学校の古物市イベントで買ったものだから〜』

 

「……まさか……!」

「わかった! 歌唱魔術ってことはこの歌の放送を止めりゃいいんだろ!? だったらスピーカーをぶっ壊せば済む話だ!」

 

 そこまで考えたところで彼女の思考は中断させられた。視界の先では王牙が霊力を纏った拳を突き出し、衝撃波を放っていた。

 それは劇場内で一番大きく目立っていたスピーカーに直撃……するも、歌と音楽が鳴り止むことはない。

 

「バカね。そんなあからさまな弱点を隠してないわけないじゃない。たぶんスピーカーはこの劇場中に仕込まれているのよ」

「劇場中って……この空間全部にか!? 無理ゲーだろ!?」

 

 王牙はあまりの理不尽に苛立ちながら叫んだ。

 そう、この劇場は銀座ドームの内部を改装したもの。その広さは通常のオペラ劇場などよりもずっと広く、さらには無数の観客席によって無数の隠しどころが生まれてしまっている。全部のスピーカーを探し出すことなど不可能。できたとしても長い時間がかかってしまうことだろう。

 

「でも放送を止めるというのはいい考えよ。銀座ドームと基本的な構造が同じなら、どこかに放送室があるはず。そこで再生機を止めれば全てのスピーカーを止めることができるはずよ」

「どこだよそれ!?」

「……それは……」

「私、わかるよ! 放送室がどこにあるかわかる!」

 

 とその時、劇場の隅からそんな叫びが聞こえてきた。

 ヒカリだ。彼女は今まで隠れていた柱から身を乗り出して、震える体で力強く声をあげる。

 

「本当か?」

「うん! 私の初めての大型ライブだもん! 楽しみで仕方なくて何度も銀座ドームの地図を見て当日を妄想してたの! だからどこに何があるのか全部覚えてるよ! だからお願い! 私も協力させて! ここでずっと守られていて、私だけ隠れているのなんて嫌なの!」

 

 ヒカリは隠れながら、その一部始終を見ていた。

 王牙が自分のために観客席に叩きつけられ、血まみれになっていくのを。

 その時彼女の中にあったのは友達が死んでしまうことへの恐怖と、自分が発端で始まったこの戦いを止められない無力感、そして自分への怒りだった。

 何度あの時飛び出さなければと思ったことか。しかし記憶の中にあるものとは豹変してしまった先生が自分まで殺しにきたらと思うと、怖くて動くことができなかった。

 ――でも、今動かなかったら絶対に後悔する!

 そんな覚悟が彼女の体を支えていた。

 

「……わかったわ。あなたの手を借りなければ状況は打破できそうにないしね。問題は……」

『行かせると思うか?』

「っ……くっ……!」

 

 続きを話そうとしたところ、彼女は『フォルテシモ』の衝撃波によって再び吹き飛ばされた。このコースだと彼女もまた観客席に体を打ちつけることになるだろう。

 しかしそうなる直前、王牙が彼女を抱き止めてクッションとなり、代わりに観客席からのダメージを引き受けた。

 

「王牙! 大丈夫!?」

「……俺が足止めを引き受ける」

「えっ?」

「片方がヒカリと放送室に行ってる間、もう片方はここであいつを引き止めなきゃならねえんだろ? だったら俺が残るぜ。たぶんそれが一番だろうからな」

「……この作戦は囮側の負担が大きいわ」

「わかってる。大量の敵から一方的にサンドバッグにされるんだろ? だったらなおさらお前にはさせられねえよ。仲間がそうなるくらいなら、俺がボコられる方がマシだ」

 

 王牙の覚悟もまた固かった。

 こうなっては絶対に意見を変えるつもりはないだろう。王牙の狂気じみた精神力は夜美がよく知っているからだ。

 

「……危ないと思ったら逃げることも考えなさい。いいわね?」

「ハッ。そりゃ無理な相談だな。仲間置いて逃げれっかよ。俺に生きてほしいのならお前らはさっさと仕事を終わらせることだ」

「まったく。相変わらず生意気ね。……じゃあ、行くわよ!」

「う、うん!」

 

 夜美はそれだけ言うとヒカリを引き連れて劇場の外へ出ていった。

 

『行かせると思うか!?』

「だろうな」

 

 そんな声が聞こえてくる。当然夜美たちが放送室に向かえばP・Sが止めようとするのは容易に予測できることだった。だから彼はこうした。

 

「『王牙会心撃』!」

『ふん……どこに撃って……まさか……!?』

 

 分身する前ですらロクに当てることができなかったのに、今のP・Sに攻撃を当てることは不可能だ。そんなこと王牙にもわかっていた。

 だが狙いはそこじゃない。

 『王牙会心撃』の衝撃波は劇場を横断するように飛んでいき、たった今夜美たちが通り過ぎた出口の上に直撃した。それによって天井が大破。巨大な瓦礫がいくつも落ちてきて、出口を塞ぐ。

 同じように王牙は全ての出口の上に『王牙会心撃』を放ち、その瓦礫によってこの劇場を脱出不可の監獄に仕立て上げた。

 

「お前の『フォルテシモ』は俺の『王牙会心撃』と違ってそこまで威力は出ない。観客席はぶっ壊せても、この巨大な質量の瓦礫を砕くことは簡単じゃねえだろ?」

『貴様……!』

 

 P・Sの声が苛立ちを含んだものへと変わる。それを聞いて気分が良くなった王牙は不敵な笑みを浮かべると、左手で手首を掴み、三度捻った。

 

「『駆動心音(マキシマムハート)』、トリプルアクセル!」

 

 体からさらなる桃紫色のオーラが噴出し、王牙の筋肉を刺激する。限界ギリギリの強化によって体中に膨張寸前のエネルギーが行き渡り、彼の肌は血管が浮き上がった。

 青筋を浮かべたまま、王牙は人差し指をくいっと動かして挑発する。

 

「さあ、制限時間いっぱい、全力で俺と遊ぼうぜ。なぁに、退屈させやしねえよ。テメェにはオペラなんかより、俺とのおままごとのほうがよっぽどお似合いだ」

『……いいだろう。ならばお前には地獄すらも生温い拷問をくれてやる!』

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