ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第45話 銀座のキリエ

 銀座の怪人の死後、王牙たちは異界から出ることにした。

 主人を失った影響か、異界は大地が割れ、空間にヒビが入り、消滅していった。

 異界を作るには膨大な霊力が必要になる。そんな霊力をどこから持ってきていたのかとふと疑問に思ったが、夜美曰く土地の龍脈を利用していたのだろうとのことだ。

 光天京がある法界が日本中の主要な龍脈を用いて形成されているように、異界とは本来土地の龍脈を利用するものらしい。でなければ世界を構築するだけの霊力を個人で賄うことはとてもできないのだとか。そしてそれを維持するための術が解けたことで、銀座ドームの異界は消えたのだろう。

 

 それからは大変だった。王牙たちは急いで浮世の銀座ドームに向かい、ヒカリを届けた。内部ではスタッフたちが大慌てで捜索しており、どこにいたのかと尋ねられたが、誘拐と言えば文句を言われることはなくなった。

 そして今に至る。王牙は夜美に肩を貸されてなんとかステージの目の前、最前列に立っていた。

 

「……やっぱり席に座ってた方がいいんじゃないかしら? いくら支えてるって言ってもけっこう辛いんでしょ?」

「だ、大丈夫だ……。それに今のあいつにはできるだけ俺たちの姿が見えるようにしてえんだ……」

「はぁ……。私の肌に触れられる男なんてあなたくらいなんだからね? 感謝しなさいよ」

 

 そう言われてしまえばどうしようもない。夜美は口では文句を言いながらも、彼を支え続けることに決めた。

 王牙は銀座の怪人との戦いで身体能力を三倍にまで引き上げてしまっていた。その反動が今きているのだ。おかげで王牙は歩くことですら肉離れが連続で起きたような痛みが発生しており、顔を歪ませていた。

 それでも最前列に立とうとするのは、やはりヒカリを気にしてなのだろう。彼女は恩師を失い、悲しみのただ中にある。そんな彼女に孤独を感じさせないために、彼はそうして気張っているのだ。

 帰っている最中は慰めの言葉すらかけることはなかったのに、不器用な男だ。しかし夜美はそんな王牙のことが嫌いではなかった。

 

「っと……噂をすればだな」

 

 会場全体が突然暗くなっていく。しかし観客たちに動揺はない。むしろこの時を今か今かと待ち侘びていたようで、空間全体に緊張感が満ちていく。

 そしてその闇を切り裂くように一筋のスポットライトがステージに当てられ――スーパーアイドル桐絵ヒカリが現れた。

 

「みんなー! 遅れてごめんねー! でももう大丈夫! 私が来たよー!」

「「「ウォォォォッ!! ヒカリン!! ヒカリン!!」」」

「す、すごい歓声ね……!」

「ああ……! ドーム規模となるとさすがにやべえな……!」

「今日はここ銀座ドームに来てくれてありがとー! 今日は遅れた分もめいいっぱい歌って踊って、みんなをキラッキラにしてあげるよー!」

「「「ウォォォォオオオオオオッ!!」」」

 

 鼓膜が破れたかと錯覚するほどの大歓声がドーム中に響き渡る。王牙たちは思わず空いている手で耳を塞ぐも、それは焼け石に水のようであった。

 

「フォォォォッ!! ヒカリン!! ヒカリン!!」

「あらあら、お父さんったら……」

「知り合いにもすげえのいたな」

「まるで獣ね」

 

 中でもヒカリのお父さんはすごかった。もはや発狂した猿か何かである。王牙たちは自然と彼と目があわないようにした。関係者だと思われたら困るし。

 

「じゃあ最初の曲、いっくよー!」

 

 ヒカリは華麗にターンを決めると人差し指を突き出し、ウィンクをした。偶然だろうか。その時彼女はたしかに王牙と目があった気がした。

 そして軽快な音楽が流れ始め、一曲目が始まる。

 

 

 ♦︎

 

 

 先生が死んだ。それは心を引き裂くような痛みを私に与えた。控え室に戻って一人になった時も、泣き出しそうになったし、今日だけは全てを投げ出したくもなった。

 でも、それでは先生も浮かばれないだろう。

 私はアイドル。みんなに歌と元気を届ける存在。そんな私が泣いていたら、きっと私の歌も枯れてしまうだろう。だって音楽は心を映す鏡なのだから。

 だから私は歌うよ。悲しみを振り払って。それがアイドルとしての私のプライドだから。

 それに、ここには絶対に笑顔にさせたい人がいるから。

 

「みんな今日は長い間ありがとー! それじゃあラストナンバー『キリエ・エレイソン』、いっきまーす! みんな、キラッキラになってね!」

 

 そしてライブの最後が近づき、十八番の曲が流れ出す。私はイントロを聴きながら、とある一点を見つめる。

 そこに、彼はいた。

 

(ふふっ。そんなに辛いのなら帰るなり席に座るなりすればいいのに。優しいなぁ、ほんと)

 

 彼が私を気遣って最前列に立っていることなどお見通しだ。そこにほのかな優しさを感じ、自然と胸が暖かくなる。

 王牙は先生を倒したことに責任を感じていた。けどそうじゃない。そうじゃないの。私も、そして先生もきっと、君を恨んでなどいないんだよ?

 王牙は狂気に堕ちた先生を救ってくれた。彼のおかげで先生の心は解放され、正気に戻ることができた。たとえそのせいで死んでしまったとしても、私は今すごい感謝している。

 だって失われた思い出も取り戻すことができて、最期に正気の先生と話せたのだから。

 音楽家にとって最も大切なものは心。なぜならそれがなければ音楽を作ることも歌うこともできないのだから。それを取り戻してくれただけで、先生はきっと救われたはずだ。

 でも、その思いはたぶん彼には伝わっていない。

 だから、この歌は君に捧げるね。

 これは私の感謝の気持ち。君に救われた人がいたってこと、きちんとわかってほしい。

 

 歌う。踊る。光のカーテンの中で思いの丈を込めて歌い続ける。けどその視線はずっと彼に向けていた。

 ……思えば、彼には助けてもらってばっかりだ。

 自分の歌に自信が持てなくなった時に、彼は私の歌が好きだと真剣に言ってくれた。それでどれだけ救われたことか、たぶん彼は理解していないだろう。

 今私がアイドルをしていてるのも、このステージに立てたのも、全部彼のおかげ。そう考えていると頭の中が彼でいっぱいになって、胸が熱くなった。

 そこでようやく気づいた。

 ……ああ私、恋してるんだなって。

 

 やがて最後の一曲が終わっていく。歌詞は違うけれど同じ慈悲の歌を歌い終えると、天地が決壊したかと思えるほどの拍手と大喝采が上からも下からも噴き出していた。

 私はそんな中で、再び彼のいる場所に目を向けた。

 彼は見ているこちらが嬉しくなるほどの笑顔を浮かべていた。

 

 ♦︎

 

「いやー、ヤバかったな今日のヒカリちゃん! 初めてのドームライブだからかな? すごい気合い入ってたよな!」

「ああ。特に最後の『キリエ・エレイソン』なんて見てるこっちがドキドキしちゃったよ。恋をするって、ああいう気持ちなんだろうなぁ……」

「バーカ、俺らオタクがアイドルなんかと付き合えるわけないだろ。現実見ろ現実を」

「くっそー。でもこの胸の高鳴りが止まらねえんだよぉ!」

 

 そんなファンたちのたわいのない会話が銀座ドーム周辺から聞こえてくる。王牙たちはそんな彼らに紛れてベンチの上に座っていた。

 夜美のような目が覚めるほどの美少女がこんな人混みの中にいれば大騒ぎになってもおかしくないのだが、彼らの視線がこちらに向けられることはない。

 夜美は現在隠形術で気配を薄くしていた。そのおかげでこうして目立たずに済んでいるわけだ。陰陽術の中だと派手な五行術や護法術にばかり目が行きがちだが、日常生活において最も役立っているのは間違いなくこの隠形術だろう。

 

「それにしても今日の歌は本当にすごかったよな。前にカラオケで聴いた時とは段違いだぜ。やっぱり色々吹っ切れたおかげなんかな?」

「……鈍いわねあなた」

「へ? 何がだ?」

「今日のヒカリがすごかった理由。歌にこめていた心。女だったら誰でも察せるわよ」

 

 夜美はそう言うとプイッと拗ねたように顔を背けてしまった。

 えぇ……。俺何かした? もしかして長い間彼女に触れていたのを不快に思われたのだろうか? それはあり得る。なにせ彼女は名家のお嬢様だ。『付き合うまで手を握ることすらダメ』なんてルールが彼女の中にあっても不思議ではない。

 

「その……もしかして色々触ったの不快だったか? 悪かったな。帰りはちゃんと一人で歩くからよ……」

「……別に……ない」

「へっ?」

 

 それは空気に溶けてしまうほど小さな呟きだった。王牙が聞き返すと、彼女は相変わらず拗ねた様子でこう漏らした。

 

「……別に、不快なんて思ってないし」

「そ、そうか。じゃあお前なんで拗ねてるんだ……?」

「拗ねてもないし! ……はぁ、私はどうしてこんなやつに……」

 

 いや拗ねてるじゃん! とツッコミたくなったが、それをしたら最悪鎌で殴られるので王牙はグッと堪えることにした。この状態でのダメージは本当にシャレにならない。いらぬ怒りを買う必要はないだろう。

 

「とにかく、帰りも私が肩貸してあげるから。いい?」

「ああ。ありがとな」

「あと、あなた肩借りてる時に遠慮して私に体重があんまりいかないようにしてるでしょ? あれもやめなさい。怪我人なんだから大人しく甘えてればいいのよ。具体的にはもうちょっと密着して、抱きしめるように私の首に腕をかけて……」

「お、おう……」

「あと、今度一緒にカラオケ行くわよ。今度こそ私が百点を出してみせるわ」

「……ははぁ。お前もしかしてヒカリに対抗心燃やしてんのガギャァァアアア!!」

 

 ニヤニヤと笑ってやった途端、拳が王牙の腹に突き刺さった。そして本当にシャレにならない痛みが走る。

 そのままベンチで横になって悶絶していたせいで気づけなかったのだが、この時の彼女はその雪のように白い肌を真っ赤に染めていた。

 しかしそれを見ることは叶わず、そのまま悶絶していると、人混みを縫ってこちらに近づいてくる影が一つ。

 

「みんなお待たせー。……って、あれ? 王牙どうしたの?」

「なんでもないわ。少し処刑しただけだから」

「処刑に少しとかあんのかよ……!」

「あーなるほど。ダメだよ王牙。夜美さん照れ屋なんだから」

「あなたも処刑が必要みたいね?」

「冗談冗談」

 

 ヒカリはおどけるように笑った。夜美相手にこの態度を取れるのだから彼女も見た目に反してなかなか肝が据わっている。夜美もこれ以上反応すれば逆にからかわれると思ったのか、これ以上追求することはなかったよ

 

「じゃ、ここだと万が一で見つかっちゃうかもだし移動しよっか。肩は私が貸してあげる」

「待ちなさい。その必要はないわ。あなたもライブ後で疲れてるでしょ? 私がやるから」

「いやー。私この通り元気ピンピンだよ? 夜美さんこそ今まで王牙を支えてたからお疲れでしょ? いいよいいよ、私はやりたくてやるんだから」

「……ふーん」

「……へー」

 

 なぜだろうか。急に雰囲気が戦闘時みたいにピリピリし出している。彼女たちはうっすらと笑みを浮かべていたが、それは和やかなものではなく、まるで威嚇しているように見えた。

 笑顔とは本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為がうんたらかんたらという説があった気がするが、この光景を見ているとそんな説にも一定の信憑性があるように思えてくる。

 

「よし、こうなったら二人で左右それぞれを担当するってのはどうかな?」

「……妥協としては悪くないわね」

「いやよくねーよ。なんだよその罰ゲーム。俺を羞恥心で殺すつもりか?」

「私の隠形術で見えなくするから安心しなさい」

「今日これほど隠形術をありがたくないと思った日はねえな」

 

 そうして「よっ」というかけ声と共に王牙は両腕を抱えられ、警察に連行される犯人みたいに立たされた。

 これだけで末代までの恥である。せめて同じ隠形術なら夢幻祭に参加する時にかけてくれた『傀儡駆動』にしてくれればよかったのにと内心愚痴る。あっちはあっちで体を無理やり動かしているわけだから今この体でやればめちゃくちゃ痛くなるのだろうが、それでも王牙のプライドはそっちの方がマシだと思うのであった。

 

「はぁ……。んで、どこ行くんだ?」

「本当は私の家でお祝いパーティーに参加して欲しかったんだけど……王牙がこの体じゃね。だから今日は近場で少し話して解散にしよっか」

「ああ。わりぃな気を遣わせて」

「まさか。これくらい大丈夫だよ。それよりも近くに川があるから、そこで一旦休も?」

 

 そうやって王牙たちは銀座ドームを出て、その川に辿り着いた。別にここが特別な観光地というわけではない。橋の下にある普通の川だ。しかしそんな川でも夜になれば街の色とりどりな光を反射して絶景に見えるのだった。

 王牙たちは河川敷の側に置かれたベンチに座り込み、休憩をする。すると夜美が仮衣を解いて巫女装束に戻ると、その振袖のように長い袖から缶ビールを取り出し、渡してきた。

 

「はい、どうぞ」

「うおっ!? 今のどうやったんだ!?」

「私の神御衣の袖口は亜空間と繋がっているの。普段は邪魔にならないように、そこに物を収納しているってわけ」

「……そういえば、いつも袖から護符出してたな。あんな大量にどうやって仕込んでるんだろって思ってたけど、そういうことだったのか……」

「うわっ、しかもこれキンキンだよ! キンキンに冷えてる!」

 

 さすがは国宝の防具。四次元ポケット付きとは恐れ入った。しかもどうやら亜空間に収納すれば、その物の時は止まってしまうらしい。ビールが冷えているのもそれが理由だ。

 ヒカリは缶をほおに当てて大はしゃぎしていたが、しばらく経つと我に返って夜美を凝視した。

 

「って、未成年飲酒じゃんこれ!?」

「まー気にすんなって」

「陰陽師の風習よ。事件が解決した後は宴会を開くことになっているの。本当だったらもっと高い日本酒もあるのだけれど、この場所じゃ盃を出すのにもかさばるから。今回は缶ビールを用意させてもらったわ」

 

 たしかに、テーブルがないから盃と日本酒の瓶は邪魔になるだろう。ここでは片手で飲める缶ビールの方が適しているのかもしれない。

 酒を当たり前のように出され、しかもそれに動じない王牙を見て、ヒカリは頭を抱えてうなる。

 

「う、うーん……いいのかなぁ?」

「嫌だったら別のにする? 一応お酒以外のドリンクも収納してあるから、よければそっちに変えるけど」

「……ううん。なんか仲間外れみたいで嫌だもん! だから、今日で私、大人になるね!」

「あ、おい! トーシロがいきなり一気飲みすると――」

「うみゃぁぁぁぁ!? 苦いぃぃぃぃ!!」

「ほら、言わんこっちゃねぇ……」

 

 慣れてくれば舌が変化して美味く感じるのだが、そうでなければ酒はただの苦くて喉が焼けそうになる不味い水である。実際ヒカリはそう感じていたようで、舌を出しながら涙目になっていた。

 

「ほら、そいつ飲んでやるからお前は普通のにしとけ」

「え、あ、それ、間接キス……」

「ぷはぁ! ……あ? なんか言ったか?」

「……うぅ、な、なんでもない……!」

 

 王牙は飲みかけのビールをヒカリから奪い取ると、それを逆さにして一気に飲んでしまった。それを見た途端、ヒカリは羞恥心から顔を赤くして動揺してしまう。しかし王牙は「一口とはいえ、一気飲みしたせいで酔いが回った」と、見当違いな推測を立てるのだった。

 やがて夜美は普通の炭酸飲料の缶ジュースをヒカリに手渡す。そして全員の手に飲み物が渡ると、彼らはそれを掲げた。

 

「そんじゃ、俺たちの」

「私たちの勝利と」

「ライブの成功を祝って!」

「「「乾杯」」」

 

 カチン、と三つの缶がぶつかり合って、音を立てる。それを合図として三人は缶をあおった。

 特別な料理も、楽しい芸もない、静かな宴。食べ物も夜美が保存していた桃団子くらいしかない。

 しかしそれでも三人はその心地よい静寂に酔いしれるのだった。

 

「……で、どうだった、かな?」

「何がだ?」

「その……ライブだよ。私今日一生懸命歌ったんだけど……」

 

 ヒカリは人差し指同士を合わせてもじもじとしていた。その顔はほんのり赤らんでいる。

 

「ああ、最高だったぜ。あの男もお前の歌を聞いた時にこんな気持ちになったのかな。なんと言うか、許してもらえているようで気持ちがスッとしたよ」

 

 王牙は彼女の恩師を殺したことを気に病んでいた。たとえあの時は殴ることしか頭になかったとはいえ、正気に戻った怪人を思い出すと何か他に方法があったのではないかと思えてしかたがなかったのだ。

 特にヒカリに関しては王牙を恨んでいると思っていた。しかしあの歌を聴いていると彼女に『そんなことはないよ』『助けてくれてありがとう』と励まされている気持ちになった。

 

「ふふっ、ならよかった。最後の歌は本当に君のことを想って歌ったんだからね? 今日は特別なんだから」

「スーパーアイドルの十八番を独占か。これ以上ない贅沢だな」

「今度うちで雇って歌ってもらいましょうよ。お給金は弾むわよ?」

「するかボケ! いくらかかると思ってんだ!? つーか今回の依頼でようやく借金返せるってのに、また借金しようとしてんじゃねえよこの貧乏神!」

「何よこのドケチング!」

「あ、あはは……事務所を通さない営業は一応禁止されてるから、それくらいに……」

 

 王牙たちはそうやって談笑をした。しかし『依頼』という言葉を聞くとヒカリが少し寂しげな表情を浮かべる。

 

「依頼か……そうだよね。これで終わりなんだよね……」

「……ええそうね。今回の事件の黒幕である銀座の怪人はいなくなった。護衛依頼はこれで完了ね」

 

 そう聞くとヒカリの顔がよりいっそう暗くなる。

 護衛が始まって一ヶ月経つか経たないかなのに、ヒカリの中ではすでに王牙たちが近くにいることが当たり前になってしまっていた。王牙たちがいたから学校で孤立していても気にせずに済んだ。孤独を感じずにいられた。しかし今後のことを考えると彼女は胸が塞がれるような思いに囚われてしまう。

 そんな時、王牙が彼女の頭をポンポンと叩いた。

 

「なーにしけたツラしてやがんだよ。依頼が終わっても俺たちは友達だろうが。お互い別の街に住んでるし、毎日は無理かも知れねえけどまた遊べる日くらいあるだろ?」

「……依頼が終わっても、私と友達でいてくれるの?」

「当たり前のことを聞くんじゃねえよ」

「あだっ!」

 

 王牙は軽いチョップを彼女の額に決めた。これはお仕置きだ。バカらしいことを言った彼女への。

 

「王牙の言う通りよ。別の街とはいえ同じ東京。またすぐ会える日がくるわ」

「うん、そうだね……そうだよね! よーし、元気出すぞー!」

 

 彼女は伸びをするように立ち上がると、悲しみの表情から一転、笑顔になった。

 そして彼女は何か決心したのか不敵に笑うと、ベンチの背もたれに背中を預けている王牙に馬乗りになるように急接近する。

 

「じゃあ依頼主を120点満足させたということで、私からのボーナスをあげちゃうよ! ちょっと目を閉じてくれる?」

「目を? まあいいけど……」

 

 王牙は何も疑いもせずに目蓋を閉じる。

 次の瞬間、チュッという音と共にほおにほんのりとした熱が伝わってきた。

 

「へっ……?」

「な、な、なっ……!?」

「じゃ、じゃあねみんな! また今度会おうねー!」

 

 ヒカリはのぼせたかのように顔を真っ赤に染めてそう言うと、脱兎のごとくその場から逃げ出した。

 王牙は何が起きたのか理解できておらず、目をパチクリとさせる。その隣では夜美が今まで見たこともないほど大口を開けて驚愕していた。

 

「……すげぇなアイドルって。ボーナスでキスが出てくんのか」

「なわけないでしょうが!?」

 

 我道王牙17歳。

 友情は知っても恋を知らぬ漢であった。

 

 ♦︎

 

 そうして次の日。王牙は久しぶりの登校をすることになった。

 ヒカリの護衛の件で欠席していたので次のテストの成績が非常に心配だが、よくよく考えればどうせ授業を受けようが受けないが赤点ギリギリになるのは変わらないだろうから問題ナシと開き直ることにする。

 借金の振込も確認できたし、これでようやく自由だ。王牙は自分の未来が光差しているように思えてきた。これもヒカリ様々である。

 

「よー! 久しぶりだな王牙ー! 一ヶ月もいないから心配したぜぇ。キヒヒッ」

「やあ。ずいぶんお楽しみだったようじゃないか? ふふっ」

「……んだお前ら、久しぶりにあったら気色悪い笑み浮かべやがって。なんかいいことでもあったのか?」

「さあ。すぐにわかるよ」

「ああ。もうすぐでな」

「……?」

 

 なぜだろうか。クラスメイトの下竹と倉伏からは下水道レベルで下劣な雰囲気が漂ってきていた。

 王牙の直感が今すぐ逃げろと叫んでいる。しかしこれ以上出席日数を減らすわけにはいかないので、わけがわからずとも席に座り続けることに決めた。

 ……そしてその意味をすぐに理解することとなる。

 

「おーし、ホームルーム始めるぞー。……っとその前にだな。我道お前、勝手に無断欠席しおって! 何を考えとるんだ!」

「電話でちゃんと休むって言っただろ?」

「答えを聞く前に切るやつがいるか!」

 

 担任の牛丸が雷のように怒鳴った。しかし王牙の中ではすでに筋が通っていることなので、彼は特に気にせずグデーっと背もたれに寄りかかって机に足を乗っけている。

 

「いやいや牛丸、ここは生徒の意を汲んでくれよ。俺だって理由もなく休みたかったわけじゃねえんだぜ? ただちょっと用事が入ったから仕方なく休んだわけで……」

「その用事というのはアイドルのライブを見に行くことか? んん?」

「へっ……?」

 

 王牙の顔色が真っ青になる。牛丸はスマホを取り出すと、一つの写真を見せてきた。

 そこにはヒカリのライブの最前列で夜美に肩を借りながらライブを楽しむ王牙の姿がバッチリ映っていた。

 

「いやほんと忙しそうだな。忙しすぎてアイドルのライブに行くとは。いいご身分だとは思わないか?」

「えっ、いや、その……」

 

 いやおかしい。この写真はどうやらライブ映像の一部を拡大して切り取ったもののようだ。あの牛丸が果たしてアイドルのライブ映像をそんな目を皿にしてみるようなことがあるだろうか? 

 そこまで思い至った時、ハッと王牙は振り向く。

 ――そこには、ゲスイ笑みを浮かべた例の変態たちがいた。

 

「ブルータス、お前らかぁぁぁぁぁぁ!!」

「バーカ! 死ねよ王牙ァァッ!! テメェなに『アイドルなんて微塵も興味ないぜ(キリッ)』みたいな顔しながらちゃっかり最前列の席確保してんだぁぁぁ!!」

「同時に美少女とデートですか? ほんといいご身分だねぇ。地獄に堕ちろ」

「王牙君、サイテーです」

「王牙君、これは酷いと思うな」

 

 下竹と倉伏、ついでに形見と桜の罵倒が放たれる。それを皮切りにクラスメイトたちは一斉に席を立つと、王牙にガラクタの雨を投げつけてきた。

 

「いだっ!? あだっ!? いや違うんだ! 違うんだこれはぁぁぁぁ!!」

「問答無用! お前には反省文百枚書かせてやるから覚悟しろ!」

 

 ガラクタの弾丸が飛び交う教室の中、王牙の嘆きがこだまする。しかしそれを拾ってくれる神はいなかった。

 そうして王牙はこっぴどく叱られたあと、泣く泣く原稿用紙に反省文を書き続けることになるのであった。

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