第46話 修行
――香霊町。
東京の端の端にある、ほとんど誰にも知られていないような田舎町である。
特徴と呼べるのは夢幻山と万湖山という二つの山が互いに向き合い、町を囲っているという点。それゆえ東京のはずなのに自然豊かではあるが、それ以外は特に何もない少子高齢化が進んだ町だ。
そんな誰の記憶にも残らないような町に四月、奇怪な運命の交差によって巡り会った男女がいた。
五月の末、彼らは借金を返済するためにスーパーアイドル桐絵ヒカリの護衛依頼を受け、見事それを完遂する。
それから数日後のこと。
家の屋根に桃髪兎耳の巫女――出雲夜美は腰かけながら、じっと夜空に浮かぶ星を眺めて黄昏ていた。
彼女は星を掴むように手を伸ばし、ギュッと力を込める。手のひらに集中していくのは己の霊力。しかしそれは彼女が満足できる量では決してなかった。
「……ダメね。幻想召喚されてから二ヶ月、新しい体に馴染めば力も戻ってくると思ってたけど……これじゃ今後も期待できそうにないわ」
二ヶ月経っても夜美の霊力の上限は少しも増えてはいなかった。それはこの問題が時間経過では解決しないことを意味する。
「このまま十二神将が派遣されたら、とても……」
彼女は頭の中に暗い未来を思い浮かべてしまい、ため息をついてしまう。
このまま対策を取らなければ、彼女が今想像した未来は間違いなく現実になることだろう。
しかし、希望は残されている。
「王牙。あなたならもしかしたら、なんとかできるかもしれないわね」
彼女の意識は今座っている屋根の下で寝ている王牙のことに移っていた。
はっきり言って彼の才能は異常だ。
あの日、忠則との戦いから王牙の霊力は急速に増えていった。それこそ、ジェネシス戦では霊力だけなら忠則と並ぶほどになっていた。そして今、銀座の怪人《ファントム・オブ・ザ・シルバー》との激戦を経て、彼の霊力は出会った時から十数倍に、霊力だけなら一級クラスに成長している。
恐ろしい才能。まるで血が失った力を取り戻しているようだ。それは成長というよりも、回復に近いように感じた。
だが、今のままではまだまだ二級程度の実力しか発揮できないだろう。霊力の高さと戦闘能力の高さは=ではない。彼には一流の戦士として足りないものが多すぎた。
「なら、私のやるべきことは……」
夜美は立ち上がった。そしてとある考えを実行に移すことを決意し、夜空を見上げる。その黄金の瞳には、天に輝く月は映ってはいなかった。
♦︎
土曜。それは全学生にとって至福の時間が始まる曜日だ。
今日と明日。その二日間だけはわずらわしい学校へも行かずに済み、自由な時間を満喫できる。……はずだったのだが……。
「なーんで俺は休日にも関わらず山にいるんですかねぇ?」
「どうせ暇だったんだからいいでしょ? つべこべ言わずにとっとと構えなさい」
「毎日がホリデーなお前と違って学生の休日は貴重なんだよ。せっかく先週届いた新作ゲームやりたかったのに……」
「大丈夫よ。それなら私がすでに全クリしておいたから」
「全然よかねえよ!? おまけにあれセーブデータ一つしか作れねえやつだったよな!?」
「あ、ちなみにパッケージ真ん中のヒロインは後で寝取られて敵になるから強化アイテムは使わない方がいいわよ」
「死ねこの外道!」
王牙は怒った。その怒りは有頂天に達した。今なら殺意の波動かなんかにも目覚められそうだ……。
青筋を浮かべて邪悪なオーラをみなぎらせた彼を無視して、夜美は話を進める。
「じゃあ体が温まったところで、修行を始めるわよ」
「燃え上がってんのは憎しみの感情だけなんだがな……いてっ!」
ボソッとそう呟くとスネを蹴られてしまった。これ以上ぐちぐち言ってると今度は陰陽術でもくらわされそうなので、おとなしく彼女に従うことにする。
「これから毎日4時間、ここで修行を行うわよ」
「それはいいけどよ……それって強制か?」
「……遊びの予定が入ったのなら事前に言いなさい」
「お、ダメ元で言ってみたけどそこら辺は考慮してくれるんだな」
てっきりいつもみたいに強引に押し通すのかと思った。内心意外そうにしていると、彼女は拗ねるように口を尖らせた。
「私だってあなたにはけっこうの恩義を感じているのよ? だから私の恩返しの一つは、あなたの日常を守ることだと考えているわ」
「その割には毒舌吐かれることが多い気がするんだが……」
「黙って聞きなさい」
言ってて恥ずかしくなったのだろう。真っ赤に顔を染めたまま取り出された大鎌の柄が、王牙の鳩尾にクリーンヒットした。たまらず彼は悶絶してしまう。そして何事もなかったかのように彼女は話を再開する。
「そしてそのためには強くなることが必要なのよ。私と関わった以上、あなたは絶対に戦いに巻き込まれることになるわ。それを生き残るにはあなたは力が足りなさすぎる」
「言って……くれる……じゃねえか……」
「事実だもの。忠則はたしかに陰陽師院で見ても上澄みだけど、所詮は準一級でしかないわ。あそこにはその上に一級が、特級が、そして極級がいる。そんな相手に今のまま勝てる自信があるのなら好きにしなさい」
「……」
はっきり『弱い』と突きつけられてプライドが傷つけられたが、ぐうの音も出なかった。あれから2ヶ月が経った今でも王牙は忠則に完全勝利できる気がしなかったからだ。
聞けば先月末に戦った
そう冷静に判断したからこそ、王牙は黙って彼女の修行に従うことにした。
「それにしても修行……修行ね……。具体的になにすんだ? やっぱ山だから坂道ダッシュとか?」
「そんなので能力者のあなたの体力を減らせるわけないでしょ。せっかく異界にいるんだから、もっと派手なことをやるわよ」
そう、ここは山と言ってもただの山ではない。八百神社がある万湖山、その異界の中なのだ。王牙たちはその一角にある木々が開けた場所を借りていた。黄金の紅葉に囲まれ、円状の広場になっているここはたしかに修行に打ってつけだ。
しかし、夜美はその手に握っていた月影を虚空に消し去ると、脱力するように腕をぶら下げて構えた。てっきりいつもの大鎌スタイルで戦うのかと思っていたため、王牙は面食らってしまう。
「おい……そりゃ一体なんの真似だ」
「見ての通りよ。今日は徒手格闘同士で戦うわよ」
「大丈夫かよ……」
「ま、今のあなたには負けないわよ。あなたは徒手格闘の基礎ができていないから」
「……言ってくれるじゃねえか」
その一言はさすがに見過ごせなかったらしい。喧嘩で百戦錬磨だった誇りを持つ彼はさっそく手首を二度捻り、アクセル音と共に能力を解放する。
「『駆動心音《マキシマムハート》……ダブルアクセル!」
「さ、好きな時からかかってきなさい。ストレス発散用のサンドバッグにしてあげる」
「ほざけ! そっちこそゲロ吐かせてやるぜ!」
両者、共に負けることなど考えていないという表情を浮かべている。
そうして微風が吹いたことを皮切りに、二人は急速に接近し合うのだった。
♦︎
(何度も側で見てきたからわかるけど……やっぱり天才ね、あなたは)
しばらく戦ったあと、彼女はそう結論づけた。
足払いで彼の体重を崩す。片足が浮いて倒れそうになったところに、夜美はすかさずかかと落としを繰り出した。
しかし彼は普通の人間ではあり得ないような体勢から体を曲げてそれを避けてみせる。見てから思考して避けたのではない。野生の勘で、本能で避けたのだ。
たかが勘。しかしごく稀にその勘を必然的に働かせられる人間がいる。
彼がその一人だ。先ほどからああやって通常確実に決まる攻撃を繰り出しているものの、そのほとんどが勘だけで避けられてしまっていた。
そしてその不安定な体勢から体を捻り、殺人級の拳が繰り出される。空を切るそれは大砲の弾のような風切り音を鳴らした。
猫のような体の柔らかさと、鎧のように硬い筋肉。相反するはずのそれを、王牙の神秘的な肉体は両立させてしまっている。
それだけじゃない。驚異的な身体能力と精神力。それでもって狼のような野生の勘。
彼はおおよそ戦士が求めてやまない先天的な素質の全てを、高次元で持ち合わせていた。
おそらく単純な才能だけだったら世界で十本指に入れるだろう。頂点を知っている人間として、夜美はそう断言する。
しかし何度も言うように、戦闘能力と才能はイコールではない。
「ラァァッ!!」
王牙が疾風の回し蹴りを放ってきた。当たってもいないのに地面に生えていた草や地面が吹き飛んでいく。草刈り鎌と呼ぶには大雑把すぎるそれは、当たれば妖怪の骨をも容易く砕くだろう。
しかし彼女はそれを前方に飛びながら避けると同時に、その勢いを利用してカウンターで前蹴りを繰り出した。片足で立っている彼にそれを避ける余裕はなく、その蹴りは顔面に直撃する。
「っ……! まだまだぁ!」
兎の幻魔としての夜美の蹴りは、普段は陰陽術をメインで戦っているとは思えないほどの威力だった。あまりの鋭さと急所を貫く正確さに、頑丈なはずの王牙の意識が一瞬飛んでしまった。
すぐに正気に戻った彼は、一撃で意識を刈り取られたことに憤怒して速くて硬い拳を振り回す。腕の一振りで突風が発生する様は、まるで台風のようだった。
しかし、当たることはない。
夜美は受け止めることはせずに、腕で腕を払うようにして王牙の連撃を全て捌いていた。
そして焦って王牙が今日一番の大振りな拳を振り下ろそうとした時に、カウンターで正拳突きをお見舞いする。その拳は強化された彼の腹筋を貫き、体をくの字に折り曲げさせた。
そしてそれを勝機と見て、間髪入れずに夜美は彼の懐へ飛び込む。王牙は迎撃しようとするが、腹の痛みで一瞬動作が遅れてしまう。そしてそれは致命的だった。
「『月兎蹴り』」
カミソリのようなサマーソルトキックが王牙の顎に直撃し、顔を跳ね上げた。
なんと言う威力。脳を揺らされたことで彼の意識が再び朦朧とする。そのせいで彼は気づけなかった。攻撃がまだ終わっていないことに。
夜美はサマーソルトキックと同時に天高く跳び上がっていた。そして空中で足を伸ばしながら何回転もし、空中に円月を描く。そして遠心力で加速させた足を一気に振り下ろし、痛烈なかかと落としを、跳ね上がった彼の顔面へ叩き込んだ。
グシャっという音と共に鮮血が飛び散る。
王牙はなす術もなく意識を失うのであった。
♦︎
「……マジか」
一度目の模擬戦終了後、王牙はお通夜のような表情で座っていた。そこには隠しきれないショックがありありと浮かんでいる。
「やっぱり俺も空手とかボクシングとか、武術を身につけるべきなんかな?」
「いいえ。浮世に広がっている一般武術は術師や妖怪を相手にすることは想定していない。習うのならそういう相手を想定している専門の武術を習った方がいいわ。だけど、個人的にはあなたは下手に武術を習って型を意識するよりも、今みたいな型破りな喧嘩殺法でいったほうが合ってると思うわ」
「……そうなのか? 今だって俺の拳全部見切られてたじゃねえか。そんなにわかりやすいのか、俺の拳って」
そう。問題はそれだ。先月も先々月の戦いもそうだったのだが、王牙の拳はとにかく避けられやすいのだ。戦闘のたびに何十回と打ち込んできたが、当たった回数よりも外された回数の方が数倍多いだろう。それが彼の自信を喪失させていた。
しかし夜美は首を横に振る。
「あなたの拳はそんなに貧弱じゃないわ。速いし、重くて硬い。術師界隈から見ても一級品よ」
「じゃあどうして……」
「予備動作が大きい」
王牙の質問を遮り、夜美はすぐさま答えた。
「毎回全力で殴ることを意識しすぎて、拳を出すために一瞬の溜めができているのよ。たとえ拳そのものが見切れなくても、その予備動作を見れば相手にはいつ攻撃が来るのかわかってしまうわ」
「そ、そうだったのか……」
知らなかった。自分にそんな癖があったなんて……。
驚愕の事実に彼は唖然としていた。
「あなたはたしかに喧嘩じゃ百戦錬磨なのかもしれないわ。でもそれは怪獣が人間の戦いに参戦しているようなものなのよ。とにかく攻撃すれば当たる。だから技術も工夫も必要がない。そういう環境でずっと戦ってきたせいで、あなたの拳にはそんな悪癖が生まれたんでしょうね」
「……」
言われてみればそうだ。術師世界に飛び込むまで、王牙は苦戦というものを感じたことがなかった。
どんな相手でも拳を振れば倒せた。倒せなかったことはなかった。しかしそんな戦いを積み重ねてきても得られるものはプライドだけだったというわけか。
王牙は何も言えず、悔しげに拳を握りしめる。
「……大丈夫よ。何回もの死闘を経て、あなたの拳は格段に読みにくくなっているわ。私でなかったら捌けないほどにね」
「そんなふうに俺は意識したことはねえんだが……」
「頭で考えなくても、体が自動的に学習しているのよ。敵がどう避けるのかっていうパターンをね。それで無意識的に最適解の攻撃をどんどん繰り出せるようになってるようね。まったく、呆れた才能だこと」
もはや忠則でも彼と無傷で戦うことは不可能だろう。
誰にでもできることではない。その凄まじすぎる才能に、まるで敵を殴り殺すためだけに生まれたような男だと夜美は内心冷や汗を垂らす。
「……まあそうかもな。ごちゃごちゃどの型やら技やら出すか考えるよりも、勘で戦うほうが俺らしいか」
「そういうこと。さ、二回戦を始めるわよ。これから私は模擬戦のたびにあらゆる攻撃と回避を体に叩き込んであげる。あなたは何も考えず、思うがままに拳を振ってみなさい」
そこから先はひたすら実戦となった。王牙は何回も何回も夜美に挑んだが、そのたびに地面を転がされる結果となった。
だが、彼女が言っていることがわかってきた気がする。三十回ほどからだが、なんとなくどこをどう攻めるべきか、どのように拳を突き出すべきか無意識でもわかってきた気がするのだ。
そうやって手応えを感じながら、王牙たちは修行の初日を終えた。
♦︎
「うーっす、王牙……」
「やあ王牙。おはよう……」
後日。王牙はいつも通り学校に登校していた。
教室では見慣れた変態二人組がグデーっと机に突っ伏しながら挨拶してくる。心なしか彼らの雰囲気がどんよりしているように感じた。
それを疑問に思っていると、横から別の声がかけられる。
「おはようございます王牙君。今日は珍しく遅刻しなかったんですね。いいことです」
「王牙君おはよー!」
「ああ、おはよう。それとな形見。俺だってしたくて遅刻してるわけじゃないんだぞ。半分くらいは朝っぱらから喧嘩売ってくるバカのせいだ」
「じゃあもう半分は自分のせいってことですね」
「毎週三日以上遅刻するの、さすがに私もどうかと思うな」
「うげっ……」
痛いところを突かれたと苦い顔をする王牙。
跳ね散らかした髪だったり毎日同じ私服を着ていることからわかると思うが、王牙の私生活はズボラだ。目覚まし時計は普段かけないから寝坊することも多いし、遅刻のもう半分の理由はそれになっている。
『嘘はつかない』が信条である王牙だが、彼の中では遅刻などの校則違反はそのルールには抵触していない。なぜなら彼はその校則を守ると口にしていないからだ。法律も同様、彼は自らが同意していないので必ずしも守る必要はないと考えている。
そもそも両親が犯罪者であり、かつ自身も幼少期から食べ物を得るために散々盗みや強盗をしてきた王牙にとって、犯罪とは身近なものだった。
ルールは他人ではなく自分が決めるもの。それが彼の根底にある考えだ。ゆえに自分が決めたならともかく、他人が強いるルールに従うつもりはない。もちろんそれが彼が社会不適合者と呼ばれる理由の一つになっているのだが、彼は別に気にしてはいなかった。
「ま、まーいいじゃん。それよりもあっちのバカどもがなんかテンション下がってんだが、心当たりとかねえか?」
「あー、それはたぶん……」
「全員席につけー。ホームルーム始めんぞー」
桜が口を開きかけたところで、担任の牛丸がいつも通り厳つい顔をしながら教室に入ってきた。そのせいで会話は中断され、二人は急いで着席してしまった。しかたなく王牙も周囲に合わせて自分の席に戻る。
「今月でもう六月か。お前らちゃんと勉強しとるか? 月末には中間テストがあるからサボっとるなよ?」
「……パードゥン?」
突然の核爆撃級の発言に思わずそんなアホみたいな声が漏れた。そして同時に例の二人が暗くなっていた理由がわかった。王牙は死んだような目を教壇に向ける。
「特にだ! お前らバカ三人組! お前らの去年の成績は散々だった! 今年も同じような成績を取るんだったら留年もあり得るから、くれぐれも覚悟しとくんだな!」
「そ、そんな閣下! お慈悲を! 靴舐めますから!」
「いらん! わしの靴が逆に汚れるわ!」
「おまけで肩揉みますよ?」
「お前は祖父におねだりする孫か!」
「牛丸! 俺を留年させたくなかったら解答用紙を事前にくれ!」
「お前は正々堂々と不正を働こうとするな!」
激昂した牛丸のチョーク三連発が炸裂。王牙たちは同時にそれを顔面にくらい、椅子ごとひっくり返ってしまう。
「おおよそ150キロ……いい球投げるじゃない、か……」
お前けっこう余裕あるな……。
下竹の最後の呟きは王牙以外に誰にも注目されることはなく、消えていくのだった。
「さて、では静かになったところでお知らせだ。今日から転校生がこのクラスに入ることになった」
「転校生ぃー?」
椅子を元に戻し、王牙は怪訝な顔を浮かべる。今までそんな話一度も聞いたことがなかったのに、ずいぶん急な話だ。
しかし次の瞬間、教室に入ってきた人物を見て、王牙は目玉が飛び出してきそうなほど驚愕した。
「……ふん。予想通りだけど、ずいぶん貧相な教室ね」
「えー、紹介すっぞー。彼女は――」
「――出雲夜美よ。言っておくけど仲良くするつもりはないから気安く話しかけないでくれると嬉しいわ」
手ですくいあげるように髪をたなびかせながら、彼女は冷たくそう言い放った。
後ろに結ばれてなお、地面に届きそうなほど長い桃色の髪。そして白磁器のように滑らかで美しい肌。満月を思わせる黄金の瞳は人間離れしていて、とても同じ種族とは思えない妖しい魅力を漂わせている。
見間違いなどではない。あんな傾国の美女みたいな女が世の中に二人といてたまるか。
彼女は間違いなく、王牙の家の居候の夜美であった。
普段の痴女巫女服と違って、セーラー服を着用している彼女には、どことなくいつもと違う魅力を感じる。
「おぉ……めっちゃ美人……!」
「す、すごい……これほど二次元寄りの二・五次元美少女見たことがない……!」
「ちなみに数値としてはどれくらいだ?」
「10億3000……11億5000……13億6000……! だ、ダメだ! これ以上見てたら僕の目玉が爆発してしまう!」
「捨てちまえそんなスカウター未満の役立たず」
倉伏は彼女のあまりの美しさに目も開けられない状況になっていた。というか本当に痛そうに目を押さえている。
「それではお前の席は……」
「先生。私は彼の後ろの席がいいわ」
いや指差すなよ。
ご指名を受けたのは王牙の後ろの席だった。ちなみに空き席などではなく、普通に男子が座っている。
「いや、あそこは空き席じゃ……」
「譲ってくれないかしら?」
「え、えっと……」
「譲 っ て く れ る わ よ ね ?」
「い、イエスマム!」
「よろしい」
「いやよろしくねえよ」
王牙は床に転がっていたチョークを彼女に投げつけた。だが彼女は表情を変えることなく首を振ってそれを回避した。
「あ、椅子と席も持っていってほしいわ。見ず知らずの男が使った椅子なんて使いたくないし」
その言葉に心臓に釘でも打ち込まれたかのようにショックを受けた男子生徒は、泣く泣く椅子と机を引きずって別の場所に映っていった。
「ふむ。硬いわね。こんなので毎日何時間も過ごすの? 先生、明日からはここにソファを持ってきていいかしら?」
「……頭が痛くなってきたぞ。どうして俺のクラスには問題児ばかりが集うんだ……!」
牛丸はそのあまりに酷い夜美の態度に絶句し、こめかみを押さえていた。
やっぱりこうなったか。
夜美の性格はお世辞に言っていいものではない。むしろその美貌がなかったら許されないレベルで酷い。例えるならこちらも楊貴妃とかの傾国の美女レベルだ。
そんなわけで偉そうな彼女だが、実際彼女は生まれてこの方偉かったのだから仕方がないと擁護しておこう。
だがそんな事情を知っているのは王牙だけで、大半の人間は夜美の常識はずれの行動に唖然としていた。それでも嫌悪感が男女ともに少なかったのはその容姿に加えて普段から王牙たちのせいでハチャメチャな展開に全員が慣れきっていたおかげだと言える。
「……王牙。お前には今日まで散々怒鳴ってきたが、今日だけは同情するぞ」
「同情するなら金をくれ」
「やらん。むしろ面倒ごとをさらに持ってきたお前を殴らなかっただけ感謝しろ」
そんなこんなで王牙たちのクラスは新たな問題児を加えたまま、一日をスタートするのであった。