ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第50話 出雲式拷問修行

「ぬぐぐっ……!」

 

 高所特有のひんやりとした空気が肌を撫でる。少しの衝撃だけで石ころが岩肌を転がり、落下して……そして見えなくなった。

 周囲に空は見えるものの、鳥の姿は見当たらない。

 当然だ。ここは普通の鳥たちが飛ぶ高さを遥かに超えてしまっているのだから。

 ここは万湖山。その端にある標高1000メートルもの切り立った崖。

 そんな場所に王牙はいた。

 

「くそったれ……! あいつ俺を殺す気かよ……!」

 

 王牙は全身から滝のように汗を流している。彼の両手両足と胴体にはそれぞれゴツくて巨大な金属の枷のようなものが付けられていた。

 

『はい、これ』

『なんだこりゃ?』

『『造鉄鋳』で作った重りよ。両手両足、胴体にそれぞれ5キロ、合計25トンね』

『にっ……!?』

『あなたにはこれをつけたまま、能力なしでこの崖を10往復してもらうわ』

 

 悪魔かあいつは。いや幻魔だったわ。

 というわけで現在王牙は重りをつけたまま絶賛クライミング中であった。恐るべきは彼女の観察眼か。王牙自身も知らなかった霊力強化ありでの身体能力の限界ギリギリを見抜いて、この重りの重さは設定されている。つまり上手い具合に霊力で体を強化できなければ、王牙は潰されてしまうことになる。彼女はこれで王牙の身体能力と霊力コントロールの両方を底上げしようとしていた。

 しかしやってみればわかるが、この修行はとにかくキツイ。動くだけでもいっぱいいっぱいなのに崖を登らされるこの修行は口では言い表せないほどハードなものだった。

 

「ファイトォ……! イッパァァァツ!!」

 

 それでも王牙は頑張った。筋肉が砕けそうになるほどの痛みを感じながら、根性だけで崖を這い上がった。そして今、壮大なかけ声とともに右手が地面を掴んだ。

 

「あら、予想よりちょっと遅かったわね」

 

 だがその瞬間、悪魔が現れた。

 夜美は嫌な予感のする笑顔を浮かべながら、王牙を見下ろしていた。そのハイヒール風の草履は彼の右手に触れるかどうかの位置に置かれている。

 

「まあ最初じゃこんなものかしら。最終的には1時間で10往復できるようになってもらうから、もっと頑張ることね」

「いや無理だろ!? 一回登るのに30分近くかかったんだぞ!? 降りる時間も合わせりゃ、まだまだこれから……」

「そこのところは大丈夫よ。帰りは一瞬だから」

「へっ?」

 

 彼女はそう言うと、その高級そうな草履ハイヒールの踵を優しく右手の上に置いた。

 

「あ、あの……靴が俺の手の上にあるんだが……?」

「帰りはここから突き落としていくわ。それで防御力の向上を図る。他にも意図はあるけど……ま、それは今後のお楽しみってことで」

「いや全然楽しみじゃねえよまじふざけんなよお前ぜってぇ――あっ」

 

 彼女の踵が手に突き刺さる。その痛みで王牙は地面を掴んだ手を離してしまい――途端、臓器が浮かび上がり、寒気が湧き立つような浮遊感に襲われた。

 

「ち、ちくしょうがァァァッ!!」

 

 そうして王牙は天国の一歩手前から深い深い奈落の底に叩き落とされ――巨大なクレーターを作るのであった。

 

 ♦︎

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 次の日。王牙は別の修行を行っていた。

 地上から100メートル上に浮かぶ無数の岩の足場。術で浮かされたそれら一つ一つは片足2個分と非常に狭く、そして岩と岩の間は全力でジャンプしなければ届かないほど広かった。

 それらの足場を次々と飛び越えていって、夜美たちの待つ対岸にまで辿り着く。もちろん重りありで。それが今回の修行である。

 これだけ聞くと前回よりはマシに思えるが、もちろんそんなに甘いはずはなく。

 

「ごばぁっ!?」

「やったぁ! クリーンヒットッス!」

「テメェ絶対後で覚えとけよぉぉぉっ!!」

 

 足場を渡っていると、突如炎の弾幕が飛んできた。それらの一つが当たって爆発すると、彼は足場を踏み外してそのまま勢いよく落下していく。そしてクレーターを地面に作り上げた。

 

 そう、この修行、渡る途中で妨害攻撃が挟まるのである。しかも妨害役は二人。ご存知夜美と八百神社の妖怪巫女、火車夏転だ。

 もちろん威力は加減されている。夜美なんてただ敵を衝撃で吹き飛ばすだけという殺傷性もクソもない護法術の始式『衝弾』を使っているし、夏転が出す炎もまた見た目が派手なだけで多少火傷する程度のものである。

 しかし威力が少ない分必要なリソースも少ないのか、それらが雨霰のように大量に飛んでくるのだ。やってられるか。

 王牙は地面に落ちたあと、すぐに五行術によって生やされた木を登っていき、再びスタート地点の足場まで戻ってきた。

 

「あはは! ザーコザーコ! もう20回も落ちて悔しくないんスか?」

「うっせえ! そのうぜえ顔面絶対に捻り潰してやる!」

「わ、口で勝てないとわかったら暴力! サイテー! サイテーっスよお兄さん!」

 

 あの猫は煽ることしかできないのか……!?

 先っぽに炎を灯しながら尻尾を揺らし、嘲るように笑う彼女に王牙はキレる寸前だった。実際額にはいくつもの青筋が浮かんでいた。その怒りに任せて足場を渡っていく。

 

「はぁ。冷静さを欠くなって言わなかったかしら?」

「げっ!?」

 

 その途中で彼女の指先から放たれた『衝弾』のレーザーが当たり、王牙はまたもや地面に落とされる。

 それから何度もチャレンジしたが、結局今日の修行が終わるまでに対岸を渡り切ることはできなかった。

 

 ♦︎

 

 これら以外にも王牙は来る日も来る日も様々な修行を受けた。

 地上500メートルもの高さがある岩の柱。その針のように鋭くなった先端に木の板を敷き、その上で座禅をひたすら組む修行。

 森の中で目隠しをし、幹に跳ね返って不規則に飛び回る霊力弾を防ぐ修行。

 どれだけズタボロになろうが、夜美がいる以上まったく問題にならない。彼女の圧倒的な祈祷術の腕によって骨折の一つや二つだと数時間も経たずに完治してしまうのだ。おかげで怪我は休む口実にならず、王牙は毎日の放課後に過酷な修行を続けていた。

 だが、そのおかげで色々実りはあったように感じる。

 例えば自分の能力についてだ。『駆動心音(マキシマムハート)』の効果を彼は今までなんとなくで把握していたが、色々な検証を重ねた結果、さらに詳細が明らかになったのだ。

 『駆動心音《マキシマムハート》の効果は正しく整理するとこうなる。

 ・身体能力を強化できる。倍率を上げることで更なる強化が可能。

 ・倍率を上げれば上げるほど骨と筋肉にその分の負担がかかる。

 ・また倍率を上げると、その分体力の消耗が激しくなる。

 

 とまあこんな感じだ。肉体に負担がかかるのはわかっていたが、スタミナまで削られるというのは王牙も知らない事実だった。

 

「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」

「怒ってる? もしかして怒ってるっスか? でもこれまでのは全部お兄さんのためを思って――ぷぎゃっ!?」

「あのうぜえ煽りはテメェの趣味だろうがぁ!!」

 

 そして数週間後の今日。王牙は待ちに待った実戦訓練の日に、今までのストレスを全て夏転にぶつけていた。

 二倍強化された拳の連打を彼女は必死の形相で捌いていく。しかしそのうちの一つが顔面に当たり、彼女は鼻血を出しながら吹き飛んだ。

 それを王牙は追いかける。しかし距離が空いたことで余裕ができたのか、彼女は体勢を立て直して着地すると手をかざした。するとそこに体全体を覆えるほど巨大な木製の車輪のようなものが出現する。

 仏教の法具の一つ、法輪である。

 あちこちに刃が突き出してえらく物騒なそれを握ると、火炎が噴き出し始める。その様子は数ヶ月前に戦った忠則の霊器『浄海』を思い起こさせた。

 火車は猫である前に車の妖怪でもある。つまりこの法輪は彼女の武器であると同時に体でもあるのだ。それを彼女はブーメランのように思いっきり王牙に投げつける。

 

「『車輪斬』!」

「っ……!?」

 

 それを彼はスライディングで回避。走る速度を保ったまま夏転に近づいていく。

 しかし法輪の攻撃はこれで終わりではなかった。先ほども言った通り、あの法輪は彼女の体の一部なのだ。当然自在に操ることができる。法輪は王牙にかわされたあと、急カーブして彼の背中に襲いかかった。

 だが目隠し修行のおかげか五感が冴えまくっていた王牙はあっさりとそれに気づき、空中に高く跳び上がることでそれを回避した。夏転は自身に迫る法輪をキャッチすると、それを鏡でも掲げるように両手で天にいる彼に向かって突き出した。すると法輪の中心部から炎の弾丸が噴き出す。

 

「『鬼火玉』!」

「っ、この……!」

 

 連続で放たれた炎を王牙は空中にも関わらずスラスラと避けていく。修行であれだけ高所からの落下を経験したのだ。空中での姿勢制御はもはやお手のものであった。スラスラと炎弾を避けていき、そのまま体重が乗った拳を彼女に振り下ろし――。

 

「うげっ!」

 

 彼女はそれを法輪を盾にして防御した。しかしその怪力のせいで体勢が崩れてしまう。

 

「止めだオラァ!」

「げろにゃん!?」

 

 腹パン一発。いい感じの一発が鳩尾に入り、夏転は悶絶して地面に転がった。そして口をリスのように膨らませたかと思うと……木陰にダッシュして去っていってしまう。

 そしてそれからしばらくののちに、とても乙女が出しているとは思えないような声が見えないところで響いた。同時に何かを口から出していたようだが、これ以上は文字で起こすのはやめておこう。彼女の尊厳のために。

 

「そこまでよ!」

 

 修行相手がまさかの逃亡という事態に王牙が困惑していると、試合の中止を告げる宣言が響いてきた。そこで彼は能力を停止させた。すると彼の身を覆っていた桃紫色の霊力が霧散する。

 

「色々経験を積ませるために夏転を読んだのだけれど……彼女じゃもう戦いになりそうにないわね。仮にも同じ二級なのに、情けない」

「まあ、たしかに。厄介さって面じゃ前の銀座の怪人の方が数倍ヤバかったな」

 

 夏転も銀座の怪人も夜美の評価では総合的な戦闘能力は二級相当らしい。しかしここまで楽に戦えているのは、怪人の方は策を用いるトリッキーなタイプだったからだろう。そのせいで王牙は翻弄されてしまい、苦戦するハメに遭った。

 一方で夏転との戦いは純粋な正面からのぶつかり合いだった。彼女のは力でねじ伏せることを好む妖怪らしい戦いぶりだったが、それは王牙の得意な戦場でもあった。そしてその結果、正面衝突では王牙の方に軍配が上がったため、彼女はなす術なく敗れたというわけだ。

 

「……そう。あなたはあの戦いを経て、また急激な成長しているのね。もはや二級という枠組みから逸脱しかけているほどに」

 

 一方で夜美はその成長の早さに戦慄すら覚えていた。

 一般的な術師が一生涯をかけて辿り着けるかどうかというレベルが準二級である。しかし彼は最初に出会った時からそのレベルの強さを手にしていた。それだけでは止まらず、忠則とジェネシスとの死闘を経てすぐに二級の領域に足を踏み入れていた。そしてそれから一、二ヶ月で、彼はさらなる飛躍をしようとしている。

 もし、このまま一年を乗り越えることができたのなら、その時はきっと……。

 その未来を想像して、夜美の心には畏怖と期待が入り混じった感情が湧き上がってくる。

 

「今のあなたがするべきこと。まずは身体能力や霊力コントロールを中心とした基礎能力の向上。それとできるだけ多くの戦闘経験を積むこと。これはわかるわよね?」

「ああ。散々説明されたしな。基礎能力の向上は単純に俺の能力の強化につながる。元が強ければ倍化した分もさらに強化されるし、倍率も三倍を超えた時の負担が軽くなるからな」

 

 重りをつけた状態でのロッククライミングなど、地味な修行が多かったのはそのためだ。その効果は既に実感できており、今では三倍にまで倍率を上げても歩くのも辛いような筋肉痛にはならなくなっている。この調子でさらに体が頑丈になっていけば、もしかしたらそれ以上に倍率を上げることもできるようになるかもしれない。だから王牙は地味で拷問じみた修行内容であっても、モチベーションが下がることはなかった。

 

「じゃあもう一つの方は?」

「そっちは実感ないけど、あれだろ? 俺の体が自動的に戦闘技術を学習していくとかいう……」

「ええ。私も弟子を多く育ててきたけど、あなたほど楽な相手はいなかったわね。だって適当に筋トレさせて、戦わせてるだけで勝手に強くなっていくんだもの。教え甲斐がないわ」

 

 たしかに、王牙は夜美に修行をつけてもらってはいるものの、彼女の技術を会得したという感覚はなかった。いまだに術は一つも使えていないし、彼女特有のしなやかで鋭い暗殺拳のような格闘術も教えてもらっていない。

 だけど、王牙は強くなっていっている。夜美との戦いで得た経験を無意識的に学習しており、どんどん技術が洗練されていっているのだ。今の彼の拳をただの喧嘩殺法とバカにできる者はもういないだろう。

 

「ただ、ここまで成長が早いと、もう一つおまけで課題を追加したいわね」

「というと?」

「ずばり、新技の開発よ」

 

 ビシッと夜美は王牙わずか指さして、そう言った。

 

「新技?」

「あなた、あの『王牙会心撃』とかいう恥ずかしい名前の技しか必殺技を持ってないじゃない」

「恥ずかしい言うな」

「それじゃあバリエーション不足だわ。それにあの技は威力はすごいけど、溜めが必要っていう欠点がある。現に前回の戦いじゃほとんどかわされてしまったのでしょ?」

「……そりゃあ、まあ」

 

 言い訳はなかった。

 『王牙会心撃』を放つには、一度手首を捻って霊力を溜める必要がある。そのため隙が大きく、銀座の怪人戦ではそのことごとくがかわされてしまっていた。

 

「ということで、今の技の欠点を補えるような新しい技を考えておくことね。とはいえ、これは修行の時間じゃなくてもできることだから、今は次の相手との戦いに集中してもらうわよ」

「は? 次の相手って……」

 

 言った瞬間、黒い影が一瞬で夜美の隣に舞い降りた。枯葉が舞い散る中、見えたのは漆黒の装束。しかし王牙は彼が足を止めるまで、その気配はおろか、輪郭すら掴めていなかった。

 

「ちょうどいいタイミングで来たわね。最後の修行はこの春水と戦ってもらうわ」

「……」

 

 その正体は、八百神社のもう一人の戦力、甲賀春水だった。ミステリアスな雰囲気を漂わせる彼だが、その正体は夏転曰く河童の忍者らしい。彼はいつもの黒装束を着ており、腕を組んでいる。その目からは何も伺えないが、ずっと黙っているせいでどうにも不機嫌そうに見えた。

 

「意外だな。夏転ならともかく、あんたは自分の戦いを誰かに見せるタイプじゃないと思ってたんだが」

「……ヤオ様の御命令だ。お前は昔からあの方のお気に入りの信者だからな。できる限りは手を差し伸べたいのだろう」

「信者? 俺が?」

「……よく廃墟になっている浮世の方の神社や湖を掃除したり、供物を捧げていただろう」

「……いやまあ。そりゃセーフハウスにするなら掃除くらいはするだろ」

 

 王牙は幼少期から一人暮らしかつ荒れていたせいで、家に突撃されることも少なくなかった。そのために八百神社をセーフハウスとしてよく利用していたのだ。掃除や供物も場所を使わせてもらっている礼のようなものだった。

 初対面のはずなのに彼女がどこか親しげだったのはそのためだったのかと、今さらながら納得がいった。

 

「……それもまた立派な信仰だ。信者の証としてお前は怪我の治りが早かっただろう。それはお前が能力者であるのも理由の一つだが、それと同時にあの御方の加護がお前に与えられているからだ」

 

 ああ。夜美もやけに怪我の治りが早いことを気にしていたが、半分は彼女のおかげだったのか。自然治癒能力向上とは、なんとも不老不死の八百比丘尼らしい加護である。しかし実際ものすごい役に立ってるのでヤオ様様だ。そう言われると少し信仰しても良い気がしてくるのだった。

 

「……ただ、高校に入ってからはあまり来なくなったと嘆いていらっしゃった」

「……なんかすまねえ」

「……それはあの方に直接言うことだ」

 

 とりあえず今度からは定期的に酒でも持ってこよう。王牙はそう決めたのだった。

 

「はいはい。話はそこまで。時間もないしさっそく始めてもらうわ」

「……わかった。胸を貸してもらうぜ、春水」

 

 そこそこの数の修羅場を乗り越えたおかげで、王牙には彼の実力をある程度感じ取れるようになっていた。

 彼は、強い。夏転や、おそらく今の自分よりも。

 立っているだけなのに、ピリピリとした威圧感が伝わってくる。

 しかし王牙の頭には逃げるなどという考えは微塵もなかった。むしろ強者との戦いに血がたぎっており、凶暴な笑みすら浮かべていた。

 覚悟を決めると、王牙は全力を出すために己の中に宿る霊力を全開にした。桃紫色の霊力が突風のように体から吹き荒れる。対する春水もクナイを逆手に構えると、赤い霊力をみなぎらせる。

 一瞬の沈黙。そして黄金の紅葉が二人の間に落ちたのを合図に、二人は一斉に飛び出した。

 

「ぜあぁぁぁ!!」

「……シッ!」

 

 王牙が雄叫びをあげながら怒涛の連打を繰り出す。しかし彼はまるで川を流れる水のごとくスイスイとそれら全てを避けてみせた。

 速い……! そして、上手い……!

 スピードはもちろん、絶妙な足捌きや体の姿勢で回避しやすい距離を常に保ったり、王牙の拳を誘導したりしているのだ。

 それでも王牙は連打を続ける。今の王牙には近づいて殴る以外の戦法がないから。

 そして王牙が連打のし過ぎで酸素を使い果たしてしまう。そして呼吸をしようとしたところで、戦況は一転。

 春水はいきなり攻めに転じて、その鳩尾に掌打を叩き込んできた。

 

「ぐっ……!」

 

 体勢を立て直して着地した時にはすでに春水の姿は目の前にはなかった。かと思った次の瞬間、尋常ではない速度で横から繰り出された拳が王牙のほおを殴りつけた。すぐさま反撃するも、その時にはすでに下手人は姿を消していた。

 

「くそっ……早すぎる……! ガアッ!?」

 

 さすが忍者というべきか。目で追い切れないほどその速度は凄まじかった。その速度を維持したまま彼は木々を利用して周囲を縦横無尽に飛び回り、死角からの攻撃を浴びせてくる。右を殴られ、そちらに顔を向けた途端に背中に衝撃が走る。振り返ったと思ったら上からも衝撃が。それを追おうとしたらまた別の方向から攻撃がやってくる。

 まさに蜂の巣。畳み掛けるような速攻に1分足らずで王牙の全身数十箇所は青く腫れ上がり、ズタボロになっていた。

 

「こ……これじゃあ勝つどころか、一発当てることすらムズイぞ……!?」

「ああ。言い忘れてたわ。春水は一級相当の妖怪よ。死ぬ気でやらなきゃ本当に命が危ないかもね」

「一級だと!?」

「――水遁『水魔手裏剣』」

「ぐあぁっ!!」

 

 その階級に驚いた次の瞬間、木陰から飛び出してきたいくつもの手裏剣が彼の体を切り裂いた。その正体は霊力を纏った高圧水流だ。

 だが恐ろしく速く、鋭い。

 何か光るものが見えたと思った次の瞬間には体から血が噴き出していた。

 王牙は拳に霊力を注ぎ込み、手首を捻った。そしてエンジン音を撒き散らしながら、拳を突き出す。

 

「『王牙会心撃』!」

 

 桃紫色の衝撃破が前方の何もかもを薙ぎ倒した。

 しかしそこに手応えはない。

 そして技を撃ち終わった一瞬の隙を差すように、矢のような勢いの跳び膝蹴りが彼の顔面を貫く。

 

「ぶっ……!? ガハッ……!」

 

 衝撃で口内を切ってしまい、血が吐き出される。

 王牙は今になって夜美の言葉を実感していた。

 技のバリエーションが少なすぎる。だから春水のトリッキーな動きに対応できない。

 夜美が春水と戦わせたのは、このことに気づかせるためだったのかと王牙は悟った。

 

「必殺技と言っても、別に攻撃に囚われなくていいのよ。あくまで最後に敵にダメージを与えられればいいの。例えば護法術のような技を開発するとか」

「……護法術。護法術か……」

 

 思いつく護法術といえば敵を縄で縛り上げる『口縄』だ。しかし霊力コントロールが甘い彼ではあのような縄を作り上げるのはまず不可能だ。

 だが、身動きを封じるというアイデアはいいかもしれない。それが叶わないなら敵にデバフを与えるとか。

 例えば……こういうように。

 

「『王牙煙遁術』!」

 

 それは咄嗟の思いつきだった。

 敵が近づいてきたと察知した途端、王牙は両手を組んでハンマーを作り上げると、それを地面に叩きつけた。そして衝撃破と共に砂煙が周囲を包み込む。術とついているが間違いなくゴリ押しの技であった。

 

(これで視界は奪った! あとはどっちが先に敵を見つけられるかの運試しだ!)

 

 先に敵を見つけられた方が先制攻撃を加えられる。しかも王牙だったら一発当たればそれが十分勝機になり得る。半ば賭けのような方法だったがこれしか今は思いつかなかった。

 そう考えている間に黒い影が煙の中にうっすらと浮かんでいる箇所を見つけた。

 

「そこだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 王牙は先ほど地面を叩いた際に取っておいた石ころを振りかぶると、それを全力で投げつけた。ただの石と思うなかれ。たとえ石ころと言えど彼が投げればそれは余裕で弾丸並の速度と化す。風圧の壁をぶち抜いて石飛礫はどんどん加速していき――その人影を貫いた。

 

「……なんだ? 肉を貫いたにしちゃ変な音のような気が……なっ!?」

 

 命中した音が聞こえたと思ったその時、不思議なことが起きる。なんと王牙の周囲に数十もの人影が浮かび始めたのだ。

 

「――木遁『影分身』」

「デコイか!? この……!」

 

 すぐさま偽物を全部消し飛ばそうと、王牙は左手を右手首に添え、霊力を集中させようとした。しかしその一瞬が命取りだった。溜め始めるが否や、どこからともなく無数の水圧手裏剣が飛んできて、彼を滅多刺しに貫いた。

 

「く……そ……新技お披露目の時くらい……花持たせてくれ、よ……」

 

 血を流しすぎたせいか、視界が霞んでいく。体が言うことを聞かない。遠くなっていく意識を繋ぎ止めようとするが、絶え間ない手裏剣の嵐によってそれも断ち切られていく。そうして彼は限界を迎え、砂煙の中意識を失って倒れた。

 こうして今日の過酷な修行は幕を閉じたのであった。

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