ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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51話 雲踏静音

 春水との手合わせがあった日から数日後。

 王牙は珍しく朝のホームルームから教室にいた。いつもだったら寝坊で遅刻しているところだが、今朝はカーテンの隙間から差し込んできた日差しが偶然顔に当たってしまい、目が覚めたのだ。ゆえに彼はダルそうに肘をついて顎を手に乗せながら、担任の牛丸の話を聞いていた。

 

「うーし。じゃあ今日もホームルーム始めんぞー。……っと、その前にだ。お前たちに新たなクラスメイトを紹介する」

「クラスメイト? ついこの間夜美が来たばっかじゃねえか。どうなってんだ牛丸」

「たまたま重なる日もあるだろう。元々このクラスはどこぞのバカがいることが考慮されて人数が少ないからな。今後も同学年の転校生は全部うちが受け持つことになる」

 

 どこぞのバカ……?

 いつものグループはそれぞれ疑わしい人間に目を向けた。

 倉伏は下竹に。下竹は王牙に。王牙は……形見に。

 

「なんで私の方見てるんですか!?」

「まあまあ形見。俺たち四バカだろ? 疑われるのも仕方がないって」

「さも私も問題児であるかのように語るのはやめてください! これは冤罪! 濡れ衣です!」

 

 もちろん形見の抗議を真面目に取り扱う者はこのクラスにはいなかった。牛丸含めてだ。彼女はもうそういうキャラとして固定されてしまっているのである。

 

「よし。じゃあさっそく入ってきてくれ」

 

 戸がガラリと引かれ、中に入ってきたのはこれまた目を惹く美少女だった。しかも夜美や桜、形見のどれとも違うタイプのだ。

 

「それじゃあ自己紹介よろしく」

「ッス……えー、あー、雲踏静音(くもふみしずね)。よろー。じゃ、自己紹介終了ね」

 

 一言で言うなら、ダウナー系ギャル。全体的に気だるげで眠そうな雰囲気をしており、周囲の目線を浴びても我関せずでマイペースを貫いている。

 まず目につくのは布地が胸部分までしかなく、へそと脇が露出した改造セーラー服と、これまた丈が非常に短いミニスカート。服とスカートはガーターベルトを思わせるような二本の紐で繋がれており、それがどこか煽情的な雰囲気を感じさせる。そのあまりの際どい着こなしから、もはやその服は制服の意味を成してはいなかった。

 さらに特徴を述べると、髪は空を思わせるような水色。それを可愛らしくサイドテールにしてまとめている。そんなアンバランスさがいっそうギャルっぽさに拍車をかけていた。

 

「おお、今回もまた美少女だ!」

「うちのクラス、顔面偏差値ドンドン高くなっていくねぇ。約一名誰かさんが足を引っ張っちゃってるけど」

「ああん? テメェは性根が腐ってるじゃねえかこの外道!」

「誰も君のこととは言ってないんだけどなモンキーパンチパーマ」

 

 前の席の二人はバチバチと火花を照らして睨み合っていた。ぶっちゃけうるさい。ということで強制的に黙らせることにした。

 

「ったく、くだらねえやつらだな。顔の良し悪しで人生上手くいくんだったら俺は院にぶちこまれてねえよ」

「うっせえクズ! イケメンに俺の気持ちがわかってたまっか! その顔面醜く凹ませてやらぁ! 死ねぇ!」

「テメェがな」

 

 下竹は本気の本気で拳を振り下ろしてきた。しかしそれより早く王牙の拳が醜い猿の顔面に直撃。拳が顔に陥没してしまう。

 

「可哀想に。醜い顔がさらに醜くなっちゃった」

「心とお揃いになってお似合いだろ?」

「ふっ。そうかもね」

「じゃあお前も同じにしてやるよ」

「へっ?」

 

 言うが否や王牙の拳が倉伏の顔にも埋まった。抜いた後も拳の跡がくっきりと残り、倉伏の顔は彼が言う『醜い顔』に変形していた。彼らはそのまま気絶してしまうのであった。

 

「うし。これでようやく寝れる」

「あ、あいつら大丈夫なの……?」

「あれがうちのクラスの平常運転だ。じきに慣れる」

 

 突発的に始まった不良バトルとそれになんの疑問も持たないクラスに、さしものダウナー系ギャルも目を皿のように丸くしていた。

 

 ♦︎

 

 昼休みがやってくる。

 王牙たちは珍しく教室に机を並べて集まっていた。その理由は教室の一角で食事をしている例の転校生にある。

 

「……静音、だっけか。めっちゃ一人で食べてんな」

「まあなんとなく関わらないでオーラが出ているからね。ほら、周囲の人たちも自然に彼女を避けている」

「やっぱ顔だけじゃ人生どうにもなんねえんだなぁ……(チラッ)」

「……なんで私を見るのよ」

 

 夜美を眺めながらそう言っていると、彼女が不機嫌そうに反抗してきた。

 

「ほら夜美ちゃん笑ってー。スマイルスマイル〜」

「二度とそのマヌケな笑顔を晒せなくしてあげましょうか?」

「ひえっ」

「バカ、テメェがこいつを挑発するにはレベルが足りねえよ」

 

 夜美のひと睨みで下竹は心臓発作を起こしたかのように顔を真っ青にして動かなくなった。ムチャしやがって……。骨は拾ってやらんからな。

 

「でも、やっぱり一人なのは可哀想じゃないかな?」

「そうですね。こんな世紀末みたいなクラスですし、どう馴染んだらいいのか戸惑っているのかもしれません」

「い、いや世紀末は言い過ぎだろ。他のクラスだって殴り合いの一つや二つよくあることだろ?」

「ありませんよ!? どこのヤンキー漫画の不良高校ですか! ここは清廉潔白、純朴な若人が集う清く正しき高校です!」

「王牙が入学できた時点で清く正しいわけないだろ」

「そーだそーだ。阿鼻地獄の間違いじゃないかい?」

「ひでえ言い草だ」

 

 おそらく高校としても苦肉の策だったのだろう。ここ高麗町は少子高齢と過疎化が進んでおり、年々新入生の数が減ってきている。それで贅沢言っている場合じゃないとなった結果、内申点がズタボロな王牙でもこの平均的な高校に入ることができたのだった。まあ彼のせいで今年の新入生が半減したのだから、間違った判断だったのだろうが。かと言って殺人の前科持ちを退学させようとしたら、殺されるかもしれないと本気で教員たちは怯えているので、これからも王牙が学校から追い出されることはないだろう。

 

「ふーむ。しかたねえ。転校生ってのも気になるし、話しかけにでも行ってみるか」

「じゃあ勝負しようぜ! 誰が一番上手くあの子とコミュニケーションを取れるかでな!」

「ふっ、いいのかい? 僕が有利すぎる気がするけど」

 

 倉伏はナルシストぎみに髪を撫でながらそんなことをのたまう。さすがナンパに慣れきった詐欺師は自信がおありのようだ。しかし彼は別として下竹までもがなぜか自信に満ち溢れた顔をしていた。お前ついこの間もナンパ失敗して警察のお世話になったばかりだろうに。

 一番槍に名をあげたのもその下竹であった。彼はがっつくような勢いでドンドン静音に接近し、話しかける。

 

「よ、よお! 俺さ! 下竹昇って言うんだけどさ! 一緒にご飯なんてどうかなぁ……って……げふふっ」

 

 なんだあの性欲に塗れたゲスな笑顔は。欲望が隠しきれていないぞ。

 

「キモっ。消えて」

「ガハッ!」

 

 まあそりゃそうだ。下竹は侮蔑を帯びた冷たい声であっさり撃沈させられた。あれはしばらくは立ち直れなさそうだ。

 

「じゃあ次は僕だね」

 

 さて、本命の登場である。彼は性欲丸出しな下竹と違って爽やかな笑みを浮かべて歩いていく。いつもの王子様スタイルだ。完全に慣れきっている。

 

「やあ。一人で暇じゃないかい? よかったら僕とおしゃべりしてくれないかな?」

「別に。暇してないし。つーか興味ない」

「……まあそんなこと言わずにさ。このクラスってちょっと変でしょ? だからいろいろと教えてあげようかと思って……」

「いやだから困ってないって。しつこい。消えてくれない?」

「ア、ハイ……」

 

 倉伏は沈黙を抱えたままこちらの席に戻ってくる。

 

「……ふっ、どうだい。バッチリだったろ?」

『なにがっ!?』

 

 どう見てもコミュニケーション失敗じゃねえかおめでとうございます。強がってはいるが、倉伏は相当プライドが傷つけられたようだ。額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。この外道は女だろうが夜道で襲うことは躊躇いないだろうし、少し警戒をしておくとしよう。王牙は内心腹を抱えて笑いながらそう決めた。

 

「じゃ、次は私たちだね」

「ええ。私も委員長として彼女を放ってはおけませんし、できる限り努力してみせます」

 

 お次は桜と形見の女子二人組が挑むようだ。とはいえさほど心配していなかった。なにせあちらにはこの王牙とも仲を深めることのできるコミュニケーション能力を持った桜がいるのだ。……自分で言ってて悲しくなってきた。

 ともかく、彼女がいればどうとでもなるだろう。

 

「やっほー。静音ちゃんだよね。私は富士宮桜。でこっちが委員長の……」

「藤堂形見です。よろしくお願いします」

「むー。形見ちゃん固すぎるって。それじゃあ静音ちゃんも話しづらいよ?」

「や、別にそんなことはないけど……」

「そう? だったら嬉しいな! 形見ちゃん、けっこう最初は誤解されやすいところもあるから。でもすっごくいい子なんだよ!」

 

 ほら、さっそくもう桜がペースを握ってしまっている。圧倒的な陽キャパワーにさしもの静音もタジタジしていた。

 彼女の良さの一つにその人柄のわかりやすさがあると思う。彼女は自分よりも他者を、それも側から見てもわかるほど本気で褒めるのだ。そして相手の良いところを見つけるのが非常に上手い。

 褒められて嬉しい人間はいない。それがお世辞でないとわかったのなら尚更だ。

 

「静音ちゃんって一見ずぼらに見せてるけどものすごく身だしなみに気を遣ってるんだね。髪の毛とかものすごいツヤツヤしてる……」

 

「この制服ステキだね! 私も制服とかアレンジしてみたいんだけど、コツとかあるの?」

 

「このクラスってみんな異常にテンション高いから、静音ちゃんみたいな大人しく子は大歓迎だよ! なんか話してて落ち着くんだー」

 

「へ、へえ……」

 

 静音は桜の誉め殺しに無関心を装うので精一杯のようだ。これは堕ちるのは時間の問題だろう。

 そうして女子たちは次第に話を膨らませていき、一通り盛り上がったところで桜たちが帰ってきた。その顔はなんだか満足げだ。

 

「話してみた感じ、ものすごく良い子だったよ。意外とこのクラスにも馴染めそうな性格だったし、これだったら心配は無用だったかなー。それと連絡先ももらえたよ!」

「あのダウナーな雰囲気を取り入れて、この教室も少しは落ち着けばいいのですが……」

「……お前ら、すごいな」

 

 未だに精神的ショックから立ち直れずにいる役立たずどもとは大違いだ。

 その戦果に感心したところで、王牙は次に夜美に目線を向けた。彼女もその視線に気づいたようで、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「ふふっ、任せておきなさい。私たちは同性だもの。その点であなたたちより圧倒的なアドバンテージがあるわ。ここで私がコミュ障じゃないことを証明してあげる」

「誰もそこまで言っちゃいねえよ……って、聞いてねえか」

 

 夜美は自信ありげに静音の元に歩みを進めていく。

 

「少し話をしても構わないかしら?」

「失せろ。あんたと話すことなんてなにもない」

 

 夜美は速攻でUターンして戻ってきて……机に顔を乗せて突っ伏した。

 

「ああ! 出雲がものすごいダメージ受けてる!」

「この下竹を下回る会話内容だったからね……。僕だったら自殺してるよ」

「なるほど。あの氷の女王様の心を一瞬で叩き折るとはあいつ、やるな」

「少しはフォローしてあげて!?」

 

 桜があまりのいたたまれなさに声をあげるが、まああれだ。日ごろの行いというやつである。彼女に同情する者は誰もいないのであった。

 

「んじゃ大トリはやっぱり俺か。あんまし会話には自信ねえが、やれるだけやってみるぜ」

「ハードルさりげなく下げようとしてんじゃねえよタコ」

「そーだそーだ。思いつく限りの罵倒を吐かれてフラれてしまえ」

 

 バカたちのヤジを背に受け、王牙は彼女と対峙する。

 

「……なに?」

 

 間近で見て改めて思ったが、不思議な少女だ。その美しさと気だるげな雰囲気は、見ているだけでこちらの心も落ち着かせてくれる。

 彼女は胡乱げな瞳を王牙に向けてきた。

 

「いや、ちょっと話をって思ってな」

「はぁ……転校生に対するおせっかいのつもりだろうけど、よけーなお世話だよ」

「その反応からすると、俺たちが意図的に話しかけに行ってたのには気づいていたか」

 

 王牙はバツが悪そうに頭をかいた。静音は余計な気遣いをされたと思ったのだろう。どこか不機嫌そうに王牙に冷たい目線を向けている。

 弁明をするため、しかたなく彼は近くにあった誰かの椅子を引っ張ると彼女の対面に座り、目線を合わせる。

 

「悪いな、遊びみたいな感覚で話しかけちまってよ。でもみんな悪いやつらじゃないんだ。半分は心配する気持ちもあったんだろうよ」

「……わかってる。でもうち、会話苦手だから……」

「安心しろよ。うちのクラスは校内で一番変人が多いことで有名なんだ。多少会話でどもっても誰も気にはしねーよ」

「別にどもるわけじゃないし。ただうち、がさつで口悪いから、ちょっと嫌われやすいし」

「そうか? 俺は別に嫌いじゃないぜ。お前の雰囲気」

「っ……ハッ、何それ。ウケる。うちに適当言うのはいいけど、他の女に気軽に同じこと言っちゃダメよ? 勘違いするやつ出るかもしれないし」

「……なんのことだ?」

 

 静音はやれやれと呆れたような仕草を取ると席を立った。どうやら教室の外に行くようだ。

 

「そうだ。せっかくだし連絡先交換しとこうぜ。お前なんとなくだが気に入ったし」

「はぁ。まあいいか。……はい完了。女の子の連絡先ゲットしたからって浮かれてたら速攻ブロックするから。んじゃ」

 

 ぷらぷらと手を振りながら彼女は教室を出ていった。

 ふむ。少なくともバカ二人よりかは上手く会話できていただろう。彼女が満足したかはともかく、とりあえずミッションコンプリートだ。王牙は得意げな顔をして元の席に戻った。

 交換した連絡先をもらおうと池の鯉の如く変態たちが群がってきたが、彼女の名誉のためもちろん渡すことはなかった。

 

 ♦︎

 

 放課後。雲踏静音は一人自宅への道を行く。周囲には誰もいない。そうなるように人気の少ない道を選んだのだ。夕日によって伸びた大きな影が彼女のお供だった。

 ……いや、もう一人いたか。

 

『……あの王牙って人、見た目は怖いけどいい人だったね』

 

 突如彼女の頭の中にそんな声が響く。幼い少女の声だった。その調子はどこか楽しげだ。

 

「……別に。まだ今日会ったばっかじゃん。本当にいいやつなのかまだわからないよ」

『またまた照れちゃって〜。『好き』って言われた時もまんざらでもなさそうな顔してたじゃん』

「『雰囲気が嫌いじゃない』ね。言葉歪めて事実改変すんのやめてくれません? ぶっちゃけうざい」

 

 からかうような少女の声に静音は眉をひそめたままそう返す。すると少女の声が一段と低くなり、真面目なものに変わった。

 

『あの人も、私と同じなんだろうね……』

「たぶんね。十中八九、あんたと同じだ」

『……お姉ちゃんはどうするの?』

「……別に」

 

 誤魔化すようにそう言い、足を早める。

 彼がなんであろうがどうでもいい。静音にはやるべきことがある。そのためにはなりふり構ってはいられないのだ。

 ……だが、できるのなら。傷つけ合うことだけは避けたいものだ。静音は心のどこかでそう思った。

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