ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第53話 春夏秋冬部

 朝間の脇差と王牙の拳が衝突する。

 一瞬の硬直。しかしすぐに二人は次の攻撃の動作へと移る。朝間は脇差の短さと軽さという利点を活かして、素早い斬撃を連続で繰り出す。しかし王牙の拳はそれを上回る器用さを持った武器だ。それら全てを弾き返し、反撃の一撃を繰り出した。

 朝間は空中で身を捻ると、地面を転がってそれを回避。さらには腕の力だけで飛び出すように加速。地面スレスレで横になったまま足を狙って残像すら見えるほどの突きを連続で繰り出してくる。だが王牙は動じない。その場で前方宙返りしてそれを避け、勢いを利用して踵落としを叩き込んだ。

 間一髪のところで朝間もそれを避ける。

 衝撃でアスファルトが割れ、砂煙が舞い上がる。それで両者の体は一時的にだが隠された。

 

「……ただの野良じゃないらしいな。ずいぶん戦闘慣れしている。なるほど、読めたぞ。お前はディストピアスの未確認の構成員だな? さしずめ潜伏中のお仲間の援護に来たってところか。これはいい報告ができそうだ」

「なんのことだ?」

「とぼけるな。そこまで戦闘慣れした能力者なんてこの国じゃディストピアス所属以外ありえないだろうが」

 

 どうやらなにか盛大な勘違いをされているようだ。王牙はそれを解こうとしたが、彼は聞く耳を持たない。むしろ嬉しそうに自らの脇差を撫でていた。

 

「ディストピアスの新メンバーの発覚。そしてそれの捕縛。これで俺は昇格間違いなしだ! 感謝するぞ家畜!」

「あ? 誰が家畜だこのボンボン野郎。甘やかされて肥え太った豚風情が、俺に勝てると思うなよ」

「ほざけ!」

 

 吐き捨てるとともに朝間が一直線に飛び出してきた。そして脇差を振るう。しかし王牙との距離はまだ5メートルはあるはずだ。それに訝しい目を向けながらも、空振りの後にカウンターを決めようと王牙は拳を振るう。

 ――しかし直前に朝間が口の端を釣り上げたのを見て、咄嗟に攻撃を中止して両腕を交差させた。

 ――そして脇差が空気を切るとともに、腕に衝撃が走った。

 

「なにっ……!?」

「ちっ……勘のいいやつだ!」

 

 鋭い何かが腕に当たって火花を散らしている。見ると朝間は脇差を中途半端に振り抜いた状態で停止していた。その腕に力がこもっているところを見ると、まるで空気の壁でもあってそれが脇差の刃を途中で受け止めているかのようだ。

 朝間は脇差を引き戻すと、先ほど同様斬撃のラッシュを繰り広げてきた。だがそれは先ほど見た。王牙は変わらずそれを拳や腕で弾き、かわしながら、彼の意図を探ろうとする。……だがとある斬撃を体を逸らして回避した途端、彼の体が切り裂かれた。

 

「っ……見誤ったか……!?」

 

 距離を間違えたのかと思い、王牙は先ほど以上に大きく体を動かして斬撃を避けていく。それに対して朝間は突きを繰り出してきた。だが所詮は切先が折れた脇差だ。大した長さも貫通力もない。それでも一応警戒して、彼はバックステップで回避しようとした。――が、次の瞬間、王牙の腹部に穴が空いた。

 

「っ……!?」

 

 慌てて王牙は数十メートル後ろに飛び退いた。息を整えるとともに思考を働かせる。

 傷はそこまで深くはない。能力によって強化された強靱な肉体が鎧の役目を果たし、軽傷で済ませているのだ。おかげで戦闘に支障は出なさそうだ。

 しかし問題はあの脇差にある。先ほど解放の呪文を唱えていたことからも、あれは間違いなく霊器だろう。

 霊器。主に妖怪や能力者の魂を使って作られる特殊な武装。能力者が狙われる理由の大半もこれにあるという。当然あの脇差も何かしらの能力があるのだろう。それで王牙の防御をすり抜けて傷を与えてきた。まずはそのカラクリを見抜かなければ。

 

「休む暇なんて与えるわけないだろ!」

 

 王牙が睨むだけで何もしてこないのに気がつき、朝間は自分から距離を詰めてきた。この間で約10秒。追撃するには遅すぎる。口では強がっているが、及び腰になっているのが見え見えだ。

 やっぱりこの男は大したことはない。霊器を持ってるから最低でも準二級なのだろうが、少なくとも忠則やジェネシス、銀座の怪人など、これまで戦ってきた相手と比べると気迫が劣っているように感じた。

 それにあの脇差、骨喰(ほねばみ)のカラクリはだいたい予想ができている。あとはそれを検証するだけだ。

 

 朝間が相変わらず刃の届かない間合いであるにも関わらず脇差を振るってきた。しかし何を思ったのか、王牙は拳を何も見えない場所に向かって繰り出す。そこは脇差の刃がもっと長かったら、空気を切り裂いていたであろう場所だった。

 そしてなぜか空振るはずの拳と刃が金属同士がぶつかった時のような甲高い音をあげ、朝間が吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

「やっぱりな。そいつは折れた刃先から透明な刃を伸ばせるんだろ。それも日本刀なんかよりもずっと長く。そうだろ?」

「な、なんでそのことがわかった……!?」

「だから頭使えよ頭を。さっきみたいに乱戦で混ぜて使うんならまだしも、観察しやすい初撃からそうバカスカ能力使ってれば嫌でも予測がつくんだよ!」

 

 最初に骨喰の見えない刃を偶然防御した時、肌から伝わってくる情報から王牙には腕に当たるそれが刃の形状をしていることに気づいていた。そして避けたつもりが当たってしまう斬撃。これらの情報から王牙はその能力を見抜いていたのだ。

 

 『骨喰』はもともと薙刀に使われていた刃だった。戦場では多くの敵を斬り、多くの血を吸った。

 だが戦国時代が終わると、薙刀のように戦場に特化した携帯に不向きな武器は廃れていく。それで刀は鍛治師によって無理やり折られ、脇差に変えられた。

 薙刀直しという技法がある。その名の通り、薙刀の刃を普段使いができるように変える技法のことだ。戦国の世が終わった当時では珍しいことではなかったらしい。それは倉庫で腐らせておくには惜しいという武士たちの決断だったのだろう。

 だが『骨喰』はそれに納得しなかった。そして戦場でもない場所で刃を折られたことを恨み、結果付喪神と化した。その結果、彼はそのまま霊器と化したのだ。

 大量の血を吸った刃。それが意思を宿すようになり、恨みを持ったことで付喪神と化した脇差。それが彼の『骨喰』に宿る魂の正体だ。

 特筆すべきはその長さにある。彼の折れた刃先から伸びる透明な刃の全長は10メートル。それを好きに伸縮させることができる。

 それはかつての薙刀としての長さを取り戻そうとする彼の願いが成就したもの。

 

「だが種が割れればそいつの能力は、大したことがねえ!」

 

 今度は王牙から攻めることとなった。迎撃のため朝間が骨喰で弾幕のような突きを繰り出すが、王牙は巧みなステップで前進しながら次々とそれを避けていく。さらなる抵抗をしようと朝間は骨喰を伸ばして薙ぎ払ったが、それもまるで見えているかのように王牙の手が刃を受け止める。

 

「そいつの弱点は伸ばす刃の形状は変化させられないってところだ。だから刃先の直線上に体を置かなければ当たることはねえ。そして刃が伸びていることを前提で動けば、防御することも容易い」

 

 そのまま刃を握りしめて思いっきり引っ張る。すると朝間の体が王牙の方に引き寄せられていった。そこから彼は頭突きを繰り出した。それは顔面に直撃。朝間は鼻血を噴き出しながらよろける。だがそれだけでは終わらず、今度は突き上げるような左アッパーが彼の腹部に突き刺さった。そして体が衝撃で若干浮き上がったところで足払いをかける。同時に体を捻り、反対の足での後ろ蹴りが朝間を吹き飛ばした。

 

「ゴハァッ……!?」

 

 追撃のために王牙が地面を駆ける。だが吹っ飛んでいる途中で朝間が停車中の車にぶつかったことで爆発が起こってしまった。その爆風と煙のせいで王牙は彼の姿を見失ってしまう。

 

「だーくそ! これ戦闘後にお前らが直すんだよな!? こっち持ちとかにはならねえよな!?」

「ガハッ……! こ、この俺の顔に泥を塗りやがって……! ゆ、許さねえ……! 修復の心配よりも今日自分が生きられるかどうかの心配をするんだな!」

「っ、そこか!」

 

 煙に浮かび上がったシルエット。それめがけて王牙は突撃する。しかし当たる直前に朝間は跳躍して避けたらしく、煙が吹き飛ぶだけで終わった。

 これだけならば特に驚くことはなかっただろう。しかし問題はそのあとだ。朝間は跳躍して王牙を飛び越すと、途中でその空中で足を止めたのだ。

 

「なんだそりゃ……? 宙に浮いてやがる。おい、そいつも霊器の能力なのか!?」

「何を言っている? この程度、準二級以上なら誰だってできることだろ?」

「えっ?」

 

 俺、できないんですけど。

 しかし時すでに遅し。そのわかりやすいリアクションで彼はそのことを察してしまったらしい。先ほどまでの必死な顔をやめ、再び見下すような表情に戻った。

 

「お前、もしかしてだが空中浮遊もできないのか?」

「……」

 

 反論したい。だがそうなると嘘をつかなければならなくなる。ゆえに王牙にできることは沈黙のみだった。

 

「だったらこの戦闘、俺の勝ちだ!」

 

 高笑いしながら朝間が刃を振り下ろしてきた。王牙はそれを横に跳んで回避する。先ほどまで立っていたコンクリートの地面が二つに割れる。

 

「俺の骨喰《ほねばみ》の最大射程は10メートル! こいつはバカな霊器でな。恨んだはいいものの、正確な元の長さを覚えているわけじゃないんだよ。だからこうやって本来以上の長さにも伸びることができる!」

「ドジっ子ってレベルじゃねえぞ!?」

 

 身長で見栄を張るガキか! というツッコミは口に出る前に回避を優先したことでかき消された。しかしその後も調子づいた朝間は棒切れでも振り回すかのように空中から一方的に攻撃してくる。

 幸い太刀筋は夜美はもちろん、忠則なんかよりもずっと劣っているので見切るのは容易い。しかしこのままではらちが明かない。

 そういえば銀座の怪人を追いかけている時も夜美が飛んでいる姿を見たことがある。おそらくあれはこの男が使っているのと同じ技術なのだろう。王牙はこの時ばかりは、自分に空中浮遊とやらを教えてくれなかった夜美を恨んだ。

 

「調子に乗ってんじゃねえよ!」

「護法順式『鍬刃矢(くわばや)』!」

 

 勢いよく跳躍して空中に飛び出す。狙いはもちろん朝間。しかし王牙が途中で方向転換できないのに対してあちらは空を自由に歩き回れる。結果、王牙の突撃を避けることは彼にとって造作もなかった。そしてその直後に彼は護符をばら撒き、霊力で巨大な弓矢を空中に形成する。その矢尻はよく見れば二股に分かれていた。

 そして左手を振り下ろすと同時にそれが放たれる。勢いよく飛び出した矢はその先端で王牙を挟み込むと、そのまま地面に突き刺さり、彼をそこにくくりつけた。

 

「ちっ……抜けねえぞコレ!」

「トドメだ!」

「誰が!」

 

 仰向けの状態のまま必死に抜け出そうとするが、体を挟む矢はちっとも抜ける気配がない。その隙に朝間は心臓めがけて鋭い突きを繰り出してきた。

 だがギリギリその軌道を見抜いた王牙が左腕でそれを防ぐ。舞い散る火花。刃が押し留められているうちに残った右腕で鍬刃矢を打ち砕き、王牙はその場から脱出する。

 

「ちっ……しつこいな。だがいつまでそうやって凌いでいられるかな。その間お前をじわじわとなぶり殺しに……」

「そんなの知るかよ!」

「っ、どうやら学習能力がないようだな半妖!」

 

 彼の言葉を遮って王牙は再び空中に突撃した。

 不意を突けばいけると考えたのだろうか。だったら甘い。そう朝間はほくそ笑み、空中でサイドステップを決め、今回も余裕で回避する。そしてまた護法術を叩き込もうとした時――彼の右腕が桃紫色に光り輝いている光景を目にした。

 王牙は左手で右手首を捻り、アクセルのような音を響かせると同時に霊力を集中させる。そしてそれを振り抜き――拳から衝撃破を解き放った。

 

「『王牙会心撃』!!」

 

 先月の銀座の怪人戦を見ればわかる通り、王牙は遠距離攻撃を使う相手とは相性が悪い。一応の飛道具として唯一の必殺技である『王牙会心撃』があるのだが、前回はこれを連発したせいで簡単に見切られてしまった。

 だから今回は隠すことにした。たとえ相手が手の届かない場所にいたとしても、耐えて耐えて……必ず当たる時まで温存していたのだ。その封印が今解放された。

 その技の存在を知らなかった朝間はなんの抵抗もできないまま衝撃破に呑まれ、吹き飛ばされていった。そして近くのビルの中に突撃していってしまう。それを見届けた王牙はすぐに地面を蹴ってビルに空いた穴から自らもそこに入り込んだ。

 

「ご……ガハッ……!? く、くそ……単細胞のくせに……舐めたマネしやがってぇぇぇ!!」

「俺はバカだけどよ、頭使わねえわけじゃねえんだ。計算とかはからっきしだが、生き残るための知恵はなかなかあると思うぜ」

 

 いわゆる戦闘IQというやつである。それに関して言えばバトルセンスの塊である王牙は天才と言っていいほど頭が回るのであった。

 朝間は口からゲロのようなものを垂らしながら、激昂して骨喰を振り下ろそうとする。しかしその斬撃は途中でザクッという音を鳴らして止まった。見れば透明な刃が天井に突き刺さり、運動を停止させていたのだ。

 

「ここだったら長い武器は振り回せねえだろ。テメェの終わりだ二流野郎」

「に、二流だと!? どいつもこいつも……! 俺は名門生まれのエリートだ! 生まれながらの選ばれし者なんだぁぁぁ!!」

 

 両者は同時に駆け出した。

 骨喰(ほねばみ)を元の脇差の長さに戻し、朝間は怒りに身を任せてそれを振り回す。だが王牙は冷静にそれを受け流し続ける。そこには序盤に見たような拮抗した戦況はなかった。

 王牙は戦えば戦うほど強くなる。その戦闘技術はまるで乾ききった大地が水を吸収するように、秒刻みで成長し続けているのだ。もはや今の朝間では彼の相手を務めるには力不足であった。

 それを見せつけるかのように、カウンターのボディーブローが深く、朝間の腹部に突き刺さる。本日何度目かの唾液を吐き出して腹部を押さえ、たたらを踏んだ。

 

「テメェを選ぶのは生まれでもなんでもねえ! テメェ自身だ! そんなつまらねえしがらみをまず噛み砕いて、出直してきやがれ!」

 

 王牙は近くにあったディスクを持ち上げ、それを彼の頭部に叩きつけた。表面に穴が空き、彼の胴体が両腕ごとすっぽりとそこにハマる。まるで拘束具でもつけられているような状態となった。そうなると当然彼は脇差を振るえなくなる。そして王牙の格闘ラッシュが始まった。

 まず右の回し蹴りが脇腹に突き刺さった。その衝撃で彼の体がくの字に曲がる。その出っ張りを叩き直すように、続いてスレッジハンマーが反対側の脇腹に炸裂。さらにはおまけで再びのボディーブローが突き刺さる。そこからはマシンガンの如き拳のラッシュが彼をメッタ打ちにした。

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉっ!!」

 

 あらん限りの力を込めて朝間は無理やりディスクを引きちぎった。そして最期の抵抗と言わんばかりに骨喰(ほねばみ)による突きを繰り出す。

 しかし王牙はそれを近くにあった椅子を盾にすることで防いだ。しかも椅子に深く刃が突き刺さったせいで容易には抜けなくなり、脇差はその軽さという利点を失った。結局は最後の最後まで王牙の思惑通りであった。

 王牙は右手首を捻り、霊力を集中させる。そしてトドメの一撃を繰り出す。

 

「『王牙会心撃』!!」

「ひあああああああっ!!」

 

 渾身の一撃が朝間の顔面に叩きこまれた。その衝撃によって彼の体はビルの壁をいくつも突き抜けていき、しまいには外へと放り出される。そして地面にクレーターを残すほど激しく激突した。それ以上彼が動くことはなかった。

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