ビルから飛び降りて、王牙はクレーターの中心近くに着地する。そこには白目を剥いたまま倒れ伏している朝間がいた。
「おーい生きてるかー? ……ダメだなこりゃ。息はしてるけどしばらく喋れそうにないわ」
ほおをペチペチとビンタしても反応はない。できれば尋問とかしたかったのだが、この分じゃ無理そうだ。どうしようかと頭をかいていると、空中からドサドサと何かが落ちてきた。
それは先ほど王牙が倒した朝間隊の連中だった。彼らは一様に光の縄のようなもので体を縛られていた。
見覚えがある。これは護法術の『口縄』だ。
「まったく。一番の情報リソースを潰してどうするのよ。私がいなかったら何も聞けずに終わっていたわよ」
「お、来てたのか夜美」
「当然よ。それにしても、この程度の敵にこれだけの時間がかかるなんて、まだまだみたいね」
夜美は空に浮かんでいた。どうやら朝間の言っていた通り、空中浮遊は誰でも取得している必須技能だったらしい。彼女のは朝間と違って空中に立っているというよりもふわふわと浮かんでいるように見える。
「うっせえ。飛べないせいで時間がかかったんだよ。こいつから聞いたぞ。空中浮遊は必須技能なんだってな。なんで教えてくれなかったんだよ?」
「今月末に教えるつもりだったのよ」
「いや最初に教えてくれりゃよかったじゃねえか……」
「あのねぇ。空中浮遊っていうのは一般人だと3から5年の修行が必要な技術なのよ? 中には一生習得できないなんて術師もいるわ。修行を始めて一ヶ月で教えてあげることがどれだけ異常なのかわかるかしら?」
「そういうお前はどれくらいで覚えたんだよ?」
「……5分ね」
「自慢かこのヤロウ!?」
勢いに任せて食ってかかるも、彼女は素知らぬ顔でそれをスルーした。そして朝間を蔑んだ目で見下ろす。
「顎が完全にイカれてるわね。このままじゃ話すこともままならないはずよ」
「どうするんだ?」
「最低限口が利ける程度には治療してあげるわ。そこからは尋問よ。何が目的でこの香霊町に来たのか、洗いざらい吐いてもらうわ」
「そういやこいつの話でわかったんだが、お前陰陽師院だと死んだことになってるみたいだぞ? 少なくとも末端のこいつらはそう信じてたぜ」
「ま、妥当ね。両儀宗家の巫女は陰陽師院の象徴。幻魔になって生き延びてるなんて世間で知られたら組織が大きく揺らぎかねないわ」
どうやらその話は彼女も予測していたものだったらしい。彼女はしばらく何かを考え込むと、王牙に顔を向けた。
「じゃあ私は治療した後に隠れておくから、あなたが尋問しなさい」
「おう。任せとけ。こういうのには慣れてるんだ」
「痛めつけるんだったら指にしなさい。20本までは潰すことを許すわ。爪を剥ぐとかも死ににくいのに激痛になるからおすすめよ」
「こええよ!? なんで俺以上に手慣れてるんだよ!? つーか20本までって指は20しかねえよ!」
「……秘密よ」
王牙はドン引きした。前からサドだと思っていたが、まさかここまでとは。やはり女王様と拷問スキルはセット扱いなのだろうか。そんな呆れた視線を無視して夜美は祈祷術のために手をかざす。
「――霊装解放『
「っ!? 護法終式――『玄武宝珠』!」
それは突然の出来事だった。視界の端から突如、無数の光弾が殺到してきたのだ。その数は十では到底足りない。数十……いや百にも届き得るほどの数だ。
夜美はとっさに無詠唱で作れる結界の中で最高硬度を誇る『玄武宝珠』を張る。六角形の小さな結界が連結していき、ドーム状の大きな結界を作り出した。
そして、光弾の嵐が結界を襲った。
光弾は着弾するたびに爆発を起こす。通常の火薬のように黒煙を撒き散らすものではなく、まるで花火のように色鮮やかな爆発だ。しかしそれに見惚れている暇はない。なにせその爆発が何十何百と連鎖してくるのだから。たまに誤射して朝間隊の隊員に当たってもお構いなしで爆発は続いた。
「っ……!! ぐっ……うっ……!」
押されている。結界にヒビが入っていくのを見ると王牙は焦燥感が増してきた。
冗談じゃない。いくら詠唱がないとはいえ、これは終式の結界なのだ。先月の異界で東京ドームに生き埋めになった際も、数十トンという瓦礫を受け止めてヒビ一つ入っていなかった。それを10秒程度でこんな……!
万事休止。そう思い、いざとなったら盾となれるように彼女の前に立つ。しかししばらくするとその光弾の嵐は嘘だったかのように収まっていった。そして光弾が一つも撃ち込まれなくなったことを確認すると、王牙は緊張が途切れて大きく息を吐く。
「な、なんだったんだ今のは……?」
「……どうやらある意味最悪な連中が来たみたいね」
「最悪な連中?」
「あっれー? やっぱ夜美姫様じゃん! おっはー! 死んだって聞いてたけどやっぱ生きてたんだねー!」
「おおおお、お久しぶりです巫女姫様……っ!」
道路の向こうからそんな声が響く。そして月明かりに照らされて、二人の少女が姿を現した。彼女たちは王牙に向けてそれぞれ挨拶をしてくる。
「直系春夏秋冬部傘下、アイドル研究会所属の
「あ、どーも。香霊第一校番長、我道王牙だ。よろしく」
「いやなに普通に挨拶してるのよ」
「だって名乗られたら返すのが礼儀だろ?」
「そーだよ! 夜美姫様だって『名乗りは陰陽師の伝統だ』って毎回言ってたじゃん」
「うっ……」
そう名乗ったのは明るげな雰囲気の少女だった。奇妙なことに、黒のウサ耳と網タイツ付きのバニースーツの上に赤い着物を羽織っている。普通だったら変だと思うが、どういうことかそれは彼女に非常に似合っていた。
彼女は黒く長いツインテールを揺らして「キャハッ⭐︎」と笑いながら、チョキの形にした指を片目に当ててポーズを取っている。その目の中にはキラキラと輝く星が浮かんでいる。いや、どちらかと言うとあれは花火か? ともかく、特徴的な瞳孔をしていた。
だが王牙が一番気になっているのはその手の中の物騒な獲物。ピースしている方とは反対の手には神社で見かけるおみくじを巨大化したような筒が握られていた。
「お、同じくアイドル研究会所属の
「綺羅々ちゃん、今夜だよ?」
「へっ? はわわわ! す、すいません! すいません!」
反対に気弱そうにもう一人の少女が謝罪した。その服装を見て、思わず王牙は目を丸くして声を震わせる。その怪しげな動作に綺羅々はこてんと可愛らしく首を傾げた。
「……」
「あ、あのっ、なんですか? 私をじっと見て……。あ、も、もしかして何か不愉快になる部分でもありました? あ、私の存在自体が不愉快でしたよね申し訳ございません」
「……み」
「み?」
「……巫女だ。本物の巫女だ!」
「ちょっと待ちなさい! 本物の巫女だったら毎日見てるじゃない!」
夜美が講義の声を張り上げた。過去一番と思えるほど大きな声である。しかし彼はそれ以上の大きな声で叫んで彼女を黙らす。
「うるせえ痴女巫女! テメェの服装見返してみろ! どこが真っ当な巫女だ!? 彼女を見習え! 脇も胸元も背中も露出していない由緒正しき紅白の装束! 長い黒髪! それをポニーテールに束ねる和紙! そしてあの清楚そうで慎ましやかな態度! さらには美少女! あれこそが理想の巫女さんだ!」
「ぶっ……!」
「なっ……だからこのデザインは私のせいじゃないって言ったでしょうが! 私だってああいうオーソドックスな巫女装束が良かったわよ!」
「でも最近、夜美姫様のせいで脇出し巫女装束が流行ってるんだよなぁ」
「そそそそんな、神にも等しき両儀宗家の巫女姫様を差し置いて、私ごとき端女が理想の巫女なんて、さささ、差し出がましすぎますぅ!」
あーもうグダグダである。
綺羅々と名乗った少女は畏れ多すぎたのか、ただひたすらに何回も夜美に向かって頭を下げていた。下げすぎて残像が見え始めるくらいだ。それを見た火花は腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。
「くふふっ! そこのイケメンのお兄さん、わかってるねー! 綺羅々ちゃんは我がアイドル研究会が育てた奇跡の美少女なんだよ。陰陽師院じゃものすごい人気なんだから!」
「ひぃぃぃぃ!」
賞賛の嵐を浴びてどんどん綺羅々の顔が青ざめていく。それを見て王牙は悪いとは思いつつ内心面白いなこいつと思っていた。あれである。思わず撫でてあげたくなるような小動物的な可愛さがあるのだ。しかしこれ以上は爆発してしまいそうなのでやめておこう。
「で、こいつらは?」
「アイドル研究会。前言ってた陰陽師院最悪のテロリスト集団よ」
「ひっどーい! 私たちは自由に人生を楽しんでいるだけなのに!」
「事実じゃない。周り見なさいよ。たった1分の掃射でもう周辺が廃墟と化したわ。おまけに別の陰陽師まで巻き込んで。今が夜で遮境門が張られてなかったら大惨事になってたところよ」
先ほどの大量爆発の余波で周囲はボロボロになっていた。道路にはあちこちにクレーターができており、ビルを含めていくつもの建物が倒壊してしまっている。
なるほど、たしかにこれはテロリストだと思った。
「これ、直るのか?」
「……最低でも数日はかかるでしょうね」
「だいじょーぶだいじょーぶ! こういう大規模被害のために記憶改竄の術もあるから! いくら建物を壊しても地震とかの自然災害のせいって思われるから、怪しまれることはないよ」
やり口が手慣れすぎている。彼女は建物破壊に関してなんとも思っていないようだった。
一応遮境門にはカメラなどの電子機器を無効化する効果もあるし、それと記憶改竄の術を合わせれば完全犯罪が成立するだろうが、それでも多少の違和感は持たれることだろう。もっともそんな些細なこと、彼女にはどうでもいいことなのだろうが。
「それで? この町には何をしに来たのかしら? その口ぶりだと私を追ってきたってわけじゃなさそうだけど……」
「そ、その……一応任務なので」
「なんかディストピアスの構成員がこの町に潜伏してるらしいよ。私たちはその捕縛ってわけ」
「ひ、火花ちゃん!?」
あっさり任務をバラした火花に綺羅々はオロオロと慌て始める。
「あの反陰陽師院の組織が……」
「テロリストが犯罪者を捕まえようとしてるのか。ジョークか何かか?」
「どうせ光天京でまた問題起こして法界から追い出されたのでしょうね。罪人の捕縛は本来執行局の仕事だろうし」
「酷い! まあその通りなんだけどさ。まったく、迷惑なもんだよ。神楽ちゃんとは離れ離れにされちゃうし」
神楽というのは、おそらくアイ研の会長なのだろう。前に夜美がその名前を出していたので、王牙はそれを覚えていた。
「そういえば、火花の目の前にいるのも犯陰陽師院の人たちだよねー?」
火花は華のようににっこりと笑うと、その手に持ったおみくじの筒のようなガトリングを突きつけてきた。月光に照らされてキラリと砲身が冷たい光を放つ。
「私は別に陰陽師院をどうしようとは思っていないわ。もちろん襲われたら反撃するけど」
「でもなー。幻魔は処刑しなきゃだしなー。火花ちゃん優等生だからルールに厳しいしー?」
どこがだ。周りの惨状を見ろ。
彼女は言葉とは別で明らかにニヤニヤと笑っていた。あれは獲物を見つけた獣の目だ。その目は夜美の横髪に混じって垂れ下がっているうさ耳に向けられている。
「ひ、火花ちゃん! 本気でやるんですか!? 相手はあの巫女姫様ですよ! わ、私のようなエセ巫女が出雲の巫女姫様とお手合わせお願いするなんて……おこがましすぎますぅ!」
「じゃ〜綺羅々ちゃんはあっちのお兄さんをやってよね。それなら文句ないでしょ?」
「あ、あんなイケメンで私の名前以上にキラキラしてる人と、私みたいなダメダメ巫女が戦うなんて、無理ですよぉ!」
「もう誰でもダメじゃん」
なぜかもう一人の方は王牙を直視するなり勝手に慄き、震えていた。なんというか庇護欲が湧いてきたのでらしくなく彼は優しげに声をかける。
「その……大丈夫か? なんかスッゲェ震えてるし、疲れてんならそこらの瓦礫の上に座って休んでていいぞ」
「あ……あぅ……」
「ああー! 綺羅々ちゃんの魂が緊張のあまり口からどっかに行っちゃった! ……というわけで綺羅々ちゃんの仇ー!」
「理不尽すぎる!?」
火花が穿天花の砲身をこちらに向けてくる。ものすごい霊力が集中していき、そこから爆発光弾の雨霰が発射される――前に一枚の護符が筒に突き刺さり、そして爆発した。
「っ……!?」
「火行始式――『発破』」
それは陰陽師が最も最初に覚える五行術の一つだ。一枚の護符に爆発する力を持たせ、それを放つ。単純で単発だと威力が低いが、数十枚同時に使えばかなりの威力になるし、紙ゆえに色々な場所に貼り付けられるということで即興の地雷としても使われることが多い。
今回は一枚のみ。ゆえに小規模な爆発しか起こらなかったが、穿天花の砲口を動かすには十分だった。照準がズレたことで火花はすぐに攻撃を中断する。
「はぁ。もういいわ。どうせあなたは断っても無理やり襲ってくるタチだろうし。だったらここで潰して二度と挑もうとは思えないほどの恐怖を与えてあげる」
夜美はため息混じり黄金の刃を持った大鎌『月影』を出現させた。そして肌に突き刺さるような濃厚な殺気を無差別にばら撒く。それで火花と綺羅々も表情を引き締める。
「王牙。あなたはそこの綺羅々を連れてって相手でもしていなさい。このバカ兎には私がお灸をすえてやるわ」
「いいの? そっちのお兄さんに綺羅々ちゃんの相手なんかさせちゃって」
「……まあ、きっと、たぶん、おそらく、なんとかなるでしょ」
「信用ねえなぁ」
まあ毎回ズタボロになって彼女に担がれている手前、言い返せないのだが。仕方なく王牙はいまだにあわあわと慌てている綺羅々の手を取った。
「へっ?」
「ほら。ここ危ないから離れるぞ」
「は、はわわっ! と、殿方って手が……!? 婚姻前なのにそんな……!」
「? 何をそんなに顔を赤くしてるんだ?」
茫然自失している彼女を引っ張るようにして王牙はその場から離れていった。
残ったのは夜美と火花のみ。そうなった途端、二人は体から霊力を解放し始めた。火花が青色で、夜美が銀色だ。そしてふわりと宙を浮かび、漆黒の夜空へと上昇し始める。
「それにしても残念だなぁ。あのお兄さんも私がやりたかったのに」
「欲張りな女ね。私が相手してあげるというのにまだ足りないのかしら?」
「だって火花、弱い者イジメ大好きだもーん!」
明るい口調とは裏腹に、彼女の目には薄暗い光が灯っていた。その口は獰猛な獣が牙を剥き出しにするかのように笑いかける。
「ええ。私も、嫌いじゃないわ」
夜美は頭上に浮かぶ三日月のように口を歪めると、妖しくも美しい笑みを浮かべる。
「さあ、処刑の時間よ」