ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第55話 星の巫女

 一方そのころ。王牙たちは手を繋いだまま町を走っていた。あんな爆発魔がいたのでは近くにいること自体が危険だと判断したからである。夜美に言われて咄嗟のことだったとはいえ、なぜ自分は敵であるはずの少女を引っ張っているのかという疑問は浮かんでいた。しかし放心状態で引かれるがままになっているこの少女を見ていると、今さら手放すわけにもいかないという庇護欲にも似た気持ちが湧き上がってくる。それで二人は結局爆心地から数キロ離れた住宅街まで行くことになったのであった。

 

「よし。ここまで来りゃ誤射されることはないだろ」

「……」

「……? おーい、どうしたー? 聞こえてるかー?」

「……ハッ。あ、あわわわっ! 殿方の手に触れてしまいました!」

 

 声をかけても反応がなかったので、頭を撫でてみると、彼女は途端に顔を赤くして慌てふためいた。なにこれかわいい。夜美や桜とは違った気弱な少女に癒された。

 

「わ、わ、私、お、お手を煩わせてしまったようで誠に申し訳ございませんでしたぁ!」

「いや急な土下座だなオイ!」

 

 彼女は精神が限界を迎えたかと思うと、次の瞬間には頭をものすごい勢いで地面にこすりつけていた。見事なまでの土下座である。そのあまりにも脆いガラスメンタルに見ているこちらが不安になってきた。

 とりあえず可愛らしい美少女が土下座している絵面はマズイと思ったので、王牙は慌てて彼女の前にしゃがみ込み、優しい声をかける。

 

「い、いやもういいって。別に俺気にしないからさ。な? だから女の子がすぐに土下座なんてするもんじゃないぜ? せっかくの綺麗な顔と服が台無しだ」

「……あ、ありがとうございまっ――」

「ごべっ!?」

「……あっ」

 

 だが場所が悪かった。彼の顎にガバッと勢いよく上げられる頭がクリーンヒット。結果、彼はかち上げられるような体勢となりのけぞってしまう。

 一瞬の沈黙。その後すぐさま綺羅々の額が再度地面に叩きつけられる。

 

「も、申し訳ありません申し訳ありません! 今すぐ治しますから!」

「いやだから土下座は大丈夫だって!」

 

 その後土下座するしないでわちゃわちゃと揉めることとなったが、なんとか王牙は彼女を立ち直らせることに成功した。現在は顎の治療で彼女が祈祷術を使ってくれている最中である。大した怪我ではなかったが、そこは彼女も譲ることはなかったので仕方がない。

 

「……一応聞いとくけど、俺ら敵なんだよな?」

「……ええ。そういうことになりますよね?」

「今さらだけど、やっぱ戦うのなしとかあり?」

 

 どうもこうやって弱い部分を見せられると、戦いづらいというのが彼の本音であった。彼女も同じようなことを思っていたらしく、困ったように眉をひそめる。

 

「私もそうしたいのは山々なのですが……友達が戦っているというのに、私だけ無傷で帰るなんてできません」

 

 だが、友達のために戦うという最後の言葉。それだけは強い意志が感じられた。それを聞いて王牙は彼女が他人のために戦うことができる強い少女なのだと認識を改める。

 

「はぁ……。わーったよ。じゃあ背中合わせで10歩歩いて、そこから正々堂々と勝負開始だ。いいな?」

「は、はいっ!」

 

 その意志を曲げさせてまで戦わないのは失礼だと思い、仕方なく王牙はその挑戦を了承することに決めた。

 二人は互いに逆の方向を向き、背中を突きつけ合う。体温と体温が重なった時「んっ」という少し煽情的なうめきが彼女から漏れたが、王牙はなんとか平常心を保つことができた。

 そして二人は数を数え合いながら10歩歩き、そこで同時に振り返って正面を向き合う。

 

「じゃ、やるか」

「お、お手合わせお願いしますっ」

 

 その合図と共に二人から炎のように青色の霊力が噴き上がる。解放された霊力は目に見えない圧を生み出し、周囲をピリピリとした雰囲気に作り変えていく。

 そうして霊力を解放していく二人だったが、徐々に王牙の顔に冷や汗が浮かび上がっていく。

 ……なんか霊力多くないか?

 それが綺羅々の霊力を見た王牙の感想だった。ジェネシスとか夜美ほどではないが、凄まじい圧を感じる。ぶっちゃけ先ほど戦った朝間とかいう男がカスに見えるほどの量だ。王牙はもちろん、もしかしたらあの忠則よりも多いかもしれない。

 ……ほんとに準二級なんですかね?

 王牙の冷や汗をよそに彼女は霊力を身に纏い、どんどん上空へ浮上していく。

 

「……あ、やっぱ空中浮遊は標準装備なんだな」

「霊装解放――『玉昴(たますばる)』!」

 

 宙に浮いた彼女が言霊を唱えると、彼女の体から霊力とは別の光が現れて、それが形を成していく。

 それは片手でも両手でも振るうのにちょうどいい長さのお祓い棒であった。

 お祓い棒。正式名称は大幣。シンプルな木の棒の先っぽに紙垂と呼ばれる飾りをつけた神社御用達の神聖な道具である。

 らしいと言うべきか、そんな巫女の必需品が綺羅々の手の中に顕現していた。

 

「『駆動心音(マキシマムハート)』、ダブルアクセル!」

 

 王牙もバイクのグリップを捻るように左手で右手首を二度捻ると、高らかなエンジン音が二度鳴り響き、彼の霊力が青色から桃紫色に変わって勢いが増した。

 

「霊力の色が変わった……?」

 

 その変化に驚いて、綺羅々はまじまじと王牙を見つめてきた。

 まあ珍しいと思うのも無理はない。普通、霊力の色というのは変わることはない。なぜならそれは種族特有のものだからだ。

 基本的に人間の霊力は皆青色だ。もちろんその中にも水色っぽい青だったり、紺っぽい青だったりと色々あるが、青から大きく外れることはない。実際、通常時の王牙の霊力も青色である。

 しかし彼の場合、能力を使うことでそれが桃紫色に変化してしまう。夜美はこの原因を、先祖由来の力を引き出しているため、霊力の色も先祖の影響を受けている可能性があると言っていた。まあメリットもデメリットもないらしいので、彼にとってはどうでもいいことなのだが。

 綺羅々はそれを物珍しそうにまじまじと眺めていたが、しばらくするとそういうものだと納得したのか、『玉昴』を構えてきた。そしてそれを魔法のステッキのように軽く振るう。すると周囲に色鮮やかな無数の弾幕が浮かび上がり、それが一斉に王牙に向かって殺到した。

 

「うぉぉおおおお!?」

 

 腕を交差させて防御の構えを取る。次の瞬間、スコールのように頭上から弾幕が降り注いだ。あまりの密度に体が強制的に膝を地面についてしまう。

 慌ててその場から逃れようとすると、今度は先回りした弾幕が退路を潰し、追尾弾が動きを封じてくる。

 単純な威力は爆発する弾を撃てる火花の穿天花ほどではない。しかし厄介なのが弾幕の種類だ。遅い弾幕に速い弾幕、さらには退路を断つための弾幕やら追尾する弾幕と多種多様な弾幕が飛んでくるせいで回避ができず、みるみると彼の体がズタボロにされていく。

 

「私の『玉昴』は火花ちゃんの『穿天花』のように霊力の弾丸を撃ち出します。でも、私のは色々と応用が効くんです。私の玉昴は撃ち出す弾幕の威力、速度、軌道、形状、そして性質……爆発するのか貫通するのかといったことまで細かく設定できます」

 

 例えばこんなふうに。

 そう言いながら彼女が『玉昴』を振るうと、先ほどまでの弾幕とは違い、まるで槍のように長く尖ったレーザーが数本、形成された。そしてすぐさまそれが放たれる。

 より霊力が集中している分、その威力と速度は今までとは段違いだった。まばたきした途端にレーザーは彼の防御など無意味であるかのように、体を腕ごと貫いて穴を空けた。

 

「っ……!」

 

 数箇所に風穴が空けられて王牙の表情が歪む。大穴でないだけマシなんて考えが激痛の最中で浮かび上がるあたり、だいぶ毒されてきたな、なんて苦笑いをする。

 

「らぁぁぁ!!」

 

 近くの民家の屋根に飛び乗り、そこから空に浮かぶ綺羅々に向かって飛びつき、拳を振りかぶる。しかし朝間の時のように綺羅々はそれをあっさりと避けてみせた。そして空中で身動きできない彼に向かって、お返しとばかりに弾幕の雨を集中砲火させる。これでは雨というよりは滝だ。怒涛の弾幕地獄に王牙はなす術なく呑み込まれ、地面に叩きつけられた。

 

「ゴッ……ガハッ……!」

 

 今のは効いた。一瞬意識が飛んだぞ。

 それほどのダメージを彼は受けていた。絶え間ない弾幕の攻撃ですでに衣服はボロボロになっており、ところどころで肌が露出してしまっている。そして地面に打ちつけたせいか、体だけでなく頭からも血が流れていた。

 

「……やっべえな。相性最悪なんてレベルじゃねえぞ」

 

 回らなくなりつつある頭で冷静に戦況を分析した結果、出てきたのがこの嘆きである。

 王牙には遠距離攻撃が不足している。なくはないがこんな遠距離で溜めが必要な王牙会心撃など放っても避けられるのがオチだろう。ぶっちゃけ詰みに近い。

 考えに考え抜いて……王牙はある決断をすることにした。ものすごく情けなく、バカらしい行動を取る決断を。

 

「……なあ。お前らってどうやって飛んでるんだ?」

 

 すなわち、正直に尋ねる。

 もうこれしかない。

 仕方ないのだ。あんな空中から弾幕撃たれたんじゃ勝負にならないのだから。とはいえこれはダメ元である。いくら気の弱く優しげな彼女でも、さすがに敵に塩を送るようなことは……。

 

「……へっ? も、もしかして飛べないんですか!? す、すみません! すみません! 卑怯な真似してすみません!」

「……うそーん」

 

 なんと彼女は王牙が飛べないことに気づくと、なぜか平謝りしてきたのだ。そしてすぐさま地上に降り立った。天使かこの子は。いや巫女だったわ。

 

「そ、その……罪滅ぼしと言ってはあれですけど、よろしければ簡単な原理くらいは説明しましょうか? それで飛べるかどうかは別ですけれど……」

 

 綺羅々は上目遣いでそう尋ねてくる。そこに邪心はいっさい見られない。

 一瞬ここで不意打ちすれば勝てるな、なんて外道な思考が生まれたが、即座にそれを切り捨てた。王牙の主義以前にこんな純粋な子を騙した時点で人として終わってる。

 

「その……頼む」

「わかりました!」

 

 王牙は恥を忍んで敵に頭を下げた。綺羅々はその弱みにつけ入ることもなく、素直にそれを了承してくれた。やっぱり天使かなにかに違いない。

 そうして彼女は空中浮遊について解説をしだす。

 

「空中浮遊には厳密に言えば二つの方法があるんです。一つは『空中歩行』。大気中の霊素を固めて透明な足場を作り出す方法。二つ目は『空中飛行』。直接霊力を纏って空中に浮かび上がる方法です」

「……そういえばさっきの朝間ってやつは飛んでいるというよりは立っていたな」

「はい。空中歩行は足の踏ん張りも効いて地上と同じ要領で動けるから、こっちを使う人が多いんです。反面移動速度なども走る速度に依存しますから、空中飛行よりは最高速度は落ちたりします」

 

 ふむ。空中で足の踏ん張りが効くというのは地味に大きいな。見た目ではわかりづらいが、全ての打撃攻撃は下半身が最も重要だ。拳を砲弾とするなら、足腰は土台だ。そして土台がなければ全ての打撃攻撃の威力は半減してしまう。……もちろん一定のセンスがあるのなら腰の捻りを利用してそれを無視できるのだが。

 

「……前者はなんとなくわかったんだけど、後者はどんな理屈だ? まさか霊力解放の噴射で飛んでるんじゃないんだろ?」

 

 王牙は次の浮遊方法について質問する。

 たしかに霊力を解放すると炎のような勢いで霊力が噴射するが、それだったら王牙も飛ぶまでは行かなくとも浮かび上がるくらいの経験は体験してるはずだ。しかし今のところ彼にそのような出来事が起きたことはない。

 綺羅々はそれに対してより詳しく回答をくれた。

 

「霊力って実は空気よりもずっと軽いんです。だから霊力で体を完全に満たすと浮力が発生するんですよね。その状態で移動したい方向とは逆方向に霊力を噴射することで飛べるようになります」

「体全てを霊力で満たす、か……」

 

 言うは易し行うは難し。

 しかし案ずるより産むが易しとも言う。

 要するにあれこれ考えるより前に動け、ということだ。というわけで王牙は心配よりも先に実践してみることにした。

 桃紫色の霊力を満遍なく全身に行き渡らせる。いつもと違って少しの隙間もなく、丁寧に。

 

「……お? おおおお!?」

「あ、浮きましたね」

 

 やってみること数分後。信じられないことに、王牙の体は本当に宙に浮かび上がっていた。と言っても数センチほどだが。それでも万物が縛られる重力から解放されたというのは事実である。

 

「これで動きたい方向と逆方向に霊力を噴射して……おわぁっ!?」

 

 試しに足から霊力を噴射してみると、カタパルトに引っ張られたかのように彼の体が上空に吹き飛んでいった。繰り返すが飛んだのではなく吹き飛んだのである。爆発に巻き込まれたかのような勢いであった。

 王牙はそのまま制御不能となり、ぐるんぐるんとあちこちを高速で飛び回る。トンボもびっくりな機動性であった。

 

「目、目が回る……!」

「つ、強く出しすぎです! もうちょっと霊力を押さえてください!」

「こ、こうか? って、うおおおおっ!?」

「今度は弱すぎです! それじゃあ落ちちゃいますよ!」

 

 アドバイス通り霊力を弱めた結果、今度は体を満たす霊力まで弱めてしまったらしく、王牙は逆さになったまま地面に急降下していった。さすがの王牙もスカイダイビングの経験はない。数百メートル上空の高所から落下するとなれば、さすがに冷静ではいられずに……。

 ……あれ?

 しかしどうしてか、落下の最中であるはずなのに王牙の心は凪のような平静さを保っていた。なんというか、怖いというよりも慣れたというような気がしてくる。

 その原因を思い出そうとする。そしてある少女の顔が頭に浮かび上がった。

 

「……やけに高所ばっかで修行すると思ってたら、このためだったのかよ」

 

 そう。王牙はすでに数百メートル上空から地面に叩きつけられるなんて経験を何度もしているのだ。具体的にはあの夜美の修行の中で。酷い時には1000メートルから叩き落とされたこともあった。その経験が彼の頭を冷静にさせているのだ。

 ……そういえば今月末に教えるつもりだったと彼女は言っていた。ということはやはりあれらの修行は王牙の全体的な能力の底上げとは別で空中にいる時の心構えを作っておくためのものでもあったのだろう。

 

「霊力調整……こうか?」

 

 空中で体勢を立て直し、再び下に霊力を放出する。

 すると今度は頭の中のイメージ通りに空を飛ぶことができた。ほおを撫でる夜風が心地よい。見上げれば、闇夜に浮かぶ星々が手に届きそうなほど近くにあるようだった。これはたまらん、と彼の口の端が自然と持ち上がる。

 

「す、すごいですね。最初からそんなに飛べる人、初めて見ましたよ。私なんて下を見るだけで怖くてしょっちゅう気絶してたのに……」

 

 空の景色を感慨深く眺めていると、綺羅々が下から上がってきた。彼女は心底驚いており、その可愛らしい目は見開かれている。

 

「……今さらだけどよ。これ俺に教えてよかったのか?」

「……あっ」

 

 慌てて彼女は玉昴を構えるが、もう遅い。

 ……こいつ、俺が敵だってこと忘れてただろ。

 

「うぅ……なんで私はさして余裕もないのに敵に塩を送ってしまったんだろ……私のバカァ……」

「ま、まあ手合わせってお前言っただろ? 殺し合いするわけじゃねえんだし、試合を成り立たせるために必要だったってことで……」

「……そ、そうですよね。これは私がバカなんじゃなくて試合だから教えただけなんです。だからまだセーフですよね……?」

 

 この子、大丈夫なのだろうか。たしかに外見は非常に愛くるしいが、こんなあたふたオロオロしてる少女がアイドルなんてやっていけてるのだろうかと柄にもなく心配になったのだった。

 

 ちなみに結論から言うと、十分やっていけてる。というのもアイ研は他のメンバーのアクが強すぎるのもあって、純粋無垢な彼女はアイ研唯一の良心として多くのファンがいるのだ。他のアイ研メンバーがどれだけ暴れても、彼女が涙目でオロオロするだけで周囲の人間は癒やされるのだとか。通称『アイ研が生み出した奇跡の美少女』の名は伊達じゃない。

 

「んじゃこれで条件はイーブンになったことだし、やるか」

「は、はい!」

 

 王牙は改めて拳を構え、臨戦体制に入る。

 初めての空中戦。もちろん不安は多い。だけどそれ以上に王牙の胸は高鳴っていた。まるで新しいおもちゃをもらった子どものように。

 ――こいつは楽しい戦いになりそうだ。

 彼の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

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