ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第57話 花火兎

 一方、別の夜空にて。

 夜美と火花は互いに向き合いながら、空中で静止していた。前者は凍てつくような冷たい表情を、後者は世の中を舐めくさっているいるような不敵な笑みを浮かべている。

 彼女たちの手にはそれぞれ大鎌とおみくじの筒に似たガトリング型の霊器『穿天花』が握られている。

 

「それにしても夜美姫様にウサ耳が生えちゃうなんてね。どう? これからは私みたいにバニースーツとか着てみない?」

「絶対にお断りよ。誰がそんなハレンチな服着るものですか」

「正直、夜美姫様の巫女装束の方がハレンチな気がするけど……」

「なんですって!?」

「嘘ですなんでもありません!」

 

 ボソッと呟いたつもりの火花であったが、それは禁句であった。夜美は最近居候先の青年にそのことを指摘されて地味に気にしているのだ。そのことを知らずに地雷を踏み抜いたため、火花は心臓が凍るほどの殺気を浴びせられて顔を青くした。

 

「はぁ。まあいいわ。神楽は元気かしら?」

 

 神楽。彼女たちの所属するアイ研の会長であり、夜美の幼馴染の一人だ。その破天荒な性格からぶつかり合うことも多かったが、なんだかんだ言って気になってしまった。

 

「問題ないよ。悟空が死んだ時のベジータみたいな顔して毎日過ごしてるよ」

「大問題じゃない!」

 

 どこが大丈夫なのだろうか。明らかに重症である。

 思わず突っ込んでしまったが、それを聞いた火花は意外そうに目を丸くしてこちらを見つめてきた。

 

「わーお。冗談半分で言ったけどそれで通じるんだ……。夜美姫様なんか変わった?」

「別に。仕事がなくなれば娯楽に通じる時間も出てくる。それだけの話よ」

「なるほどー。あの仕事が恋人な孤高の女王様が……」

 

 火花は何か感じ入るものがあったのか、しみじみとした表情を浮かべる。

 会話の内容でわかったかもしれないが、彼女たちは法界出身であるにも関わらず浮世への造詣が深い。それは春夏秋冬部という組織の特徴でもあった。

 『春夏秋冬部』。季節が変わるように、新しい風を招き入れるという意味を込めて名付けられたこの組織は主に法界ではなく浮世に関する仕事を担当している。その仕事は多岐に渡り、浮世の監視から情勢調査、世俗組織との交渉など様々だ。その関係で浮世に影響を受ける者が多い。

 そしてこの仕事内容が貴族階級の陰陽師からは敬遠されている理由であった。

 陰陽師院では光天京を離れて仕事をする者を見下す風潮が昔からある。要するに光天京の外での仕事は底辺のすることだと見なされているのだ。逆に京内で働くことのできる陰陽師はエリート扱いされ、賞賛を受けるようになる。

 同じ法界内でも京内や京外でそのような差別があるのだ。プライドの高い貴族連中にとっては、浮世での長期滞在任務など流刑に等しいものと考えているのだろう。

 春夏秋冬部がその役割の重要さにも構わず不当な扱いを受けているのは、そういった背景があった。

 

「じゃあ近況報告を済ませたところで、そろそろやろっか⭐︎」

 

 言うが否や火花は頭のウサ耳を揺らしてガトリングを突き出し、突然発砲してきた。色鮮やかに爆発する花火弾は夜の空にふさわしいものがある。

 しかし当たらない。唐突な不意打ちであるにも関わらず、夜美は空中飛行で自在に飛び回り、それを次々と避けて火花に接近していく。その飛行精度は同じ技術でも王牙のものとは比較できないほどだった。

 そして月影の刃と穿天花の砲身が衝突し、火花を散らす。

 

「さすがにあなた達ほど有名な陰陽師だったら手の内は知り尽くしているわよ。その『穿天花』はたしかに威力も連射もすごいけど、その分重くて動きに支障が出る。違うかしら?」

「ぶっぶー! 残念でした! アイ研はみんな怪力なんだよ!」

 

 その発言に嘘はなく、火花は穿天花を軽々と持ち上げると、まるで大剣のようにそれを振り下ろしてきた。

 携帯型のガトリング銃で知られるミニガンの総重量はおおよそ100キロと言われている。穿天花もそれに近い重量があるはずだが、彼女のそれはまったく重さを感じさせない動きだった。

 そんな質量の暴力による連撃を、夜美は大鎌で受け流す、受け流す。くるくると回りながら全ての攻撃を捌くその姿はまるで舞いを踊っているかのようだった。

 そうして砲身の振り回しの間を縫ってひらりと身を翻し、砲身の上に片手だけ置いて飛び乗る。そしてアクロバティックな蹴りを決めてみせた。

 怯む火花。そこに大鎌による一撃が繰り出される。その刃は確かに彼女の体を捉えた。しかし野生の勘とも言うべきか、当たる直前になって彼女は『穿天花』を手放し、後ろに飛び退いていた。そのせいで傷は浅く、軽傷で済んでしまう。

 

「ひえぇ……。さすがに近接戦は分が悪いか。ま、わかってたけどさ」

 

 そのまま彼女は大きく距離を取った。それを追いかけることは夜美はしない。有利だからと言って迂闊に踏み込みすぎると罠にかかる可能性もある。

 火花は脇腹から流れる血を妖艶に舐めると、その手をかざした。すると光の粒子が集中していき、地上に落ちたはずの『穿天花』が再構成される。

 

「よーし! じゃあ第二ラウンドといこっか! こっから先は火花ちゃんの華麗なマジックショーをお見せしてあげるね⭐︎」

「残念ながらこの試合は一ラウンドKOで終わりよ」

 

 仕切り直しで火花はガトリングを振り回し、弾幕を張り続ける。夜美にそれらが届くことはない。

 しかし火花に焦りはなかった。彼女は光弾を放ちながら歌うように言霊を口ずさみ始める。

 

「“拝礼、合掌、奉じて祈祷

道開く勇者に惜しみなき拍手が舞い降りる”」

「詠唱……!」

「護法順式――『断海』!」

 

 歌うように詠唱を口ずさみながら、火花は術を発動させる。すると二枚の半透明な青色の結界が夜美を挟むように発生した。その結界は壁のように巨大であり、まるで両側を崖で囲まれた谷底に突き落とされたような感覚に陥る。

 

「これなら逃げ道はないよねぇ!」

「っ、護法終式――『玄武宝珠』!」

 

 火花は獲物を狩る獰猛な獣の笑みを浮かべると、容赦なくガトリングを連射してきた。

 夜美はすぐさま小さな結界を連結させてできた球体の結界を形成。そして上下にジグザグと動き回りながら火花へと向かっていく。

 

「ムダムダ! 私の『穿天花』の発射速度は毎分1000発! そんなチャチな結界じゃ1分も持たないよ!」

 

 だがそれでもこの結界に阻まれた空間では避け切ることなどできない。そしてその結界は連鎖的な爆発に晒され、ものの数秒でヒビが入っていく。

 これが『穿天花』の恐ろしい点だ。

 その強み。それは圧倒的な火力。

 一発一発が順式に匹敵する威力の爆発弾。それが毎秒で何十発も撃ち込まれるのだ。たとえ終式の結界だろうが受け切れるはずもない。

 彼女は時たまに火力バカと揶揄されることもあるが、それは違う。その火力が他の欠点を補って余りあるからこそ、彼女は上位の陰陽師として君臨することができているのだ。

 

「また強くなったようね……! もう一級に戻ったらどうなのかしら!?」

「戻りたくても戻らせてくれないんだよ! 身分差別反対! 神楽ちゃんだって私以上に暴れてるのに……!」

「だったら大人しくしときなさいよ」

「それはムリ! だってつまらないもん!」

「あなたはもう二級どころか学院からやり直しなさい!」

 

 パリィン! と結界がガラスのような音を立てて割れた。夜美は捨て台詞を吐きながら光弾に呑み込まれ――爆発に巻き込まれた。

 

「カハッ……!」

 

 体を黒焦げに包まれながら、彼女は落下していく。だが黒の兎がその牙を休めることはない。ぴょーんと彼女の真上まで跳躍すると、落下して接近しながら追撃のガトリングを放つ。

 

「季節外れのクリスマスプレゼントだよ! プレゼントフォーユー!」

「“その手は貴方を撫でるために

 その腕は貴方を抱くために

 その声は貴方を包むために

 その身は貴方を守るために“!」

 

 火花が真上に来たのを見ると、夜美は落下しながら口を動かし、詠唱を唱えていく。そうして完全詠唱で術を構築していく。

 

「護法終式——『九重甘藍結界』!」

 

 今度現れたのは、九重に重なった円状の結界であった。そこにガトリングの雨が叩き込まれるも、結界はすぐさま破られることはなかった。

 一方向からの攻撃を強固にシャットアウトする。それが『九重甘藍結界』だ。いくら『穿天花』といえども九つの結界を一瞬で割ることは不可能だろう。実際その通りで、結界は見事に夜美が体勢を整え、その場から離脱する時間を稼いでくれた。

 仕切り直しだ。彼女は再び上空に舞い上がり、100メートルほどの距離を空けて火花と対峙する。

 

「うーん、しのがれちゃったかー。でもこれからどうするつもり? まさか私と火力勝負するつもりとかじゃないよね?」

「あいにくと、そこまでバカじゃないわ」

 

 たとえ終式といえど真正面から撃ち合えば部が悪いだろう。それほど『穿天花』の瞬間火力、ゲーム風に言えばDPSは凶悪だ。同じ土俵で勝負しても押し切られるに決まっている。かといって極式を使えば今度は町が壊滅してしまうため、これ以上火力は上げられない。

 それにしかたなかったとはいえ、終式を使いすぎた。もう霊力は残り少ない。終式を使うにしても、場面を絞る必要があるだろう。

 それらを踏まえた上で、攻略方法は結局のところ一つしかない。

 

「近づいて、ぶん殴るだけよ!」

「うひゃー。ずいぶん言葉が汚くなってるねー」

 

 苦笑しながら火花はガトリングを振り回してきた。これは時間を稼ぐためのものだ。彼女は再び詠唱を紡ぎ始める。

 

「“拝礼、合掌、奉じて祈祷ーー」

「そういえばあなたって護法術が苦手なのよね?」

「っ!」

 

 夜美は陰陽師院にいたころの関わりから、アイ研のメンバーについては知り尽くしていた。その霊器の能力はもちろん、何が得意で何が苦手なのかすらも。

 火花は名前に火が入るように、火行の術に関しては非常に秀でている。しかしその反面――。

 

「護法術だと順式を使うのに詠唱が必要ってのは本当のことみたいね。火行始式――『雷閃』」

 

 チョン、と指先が向けられると、火花はゾッとした顔をして詠唱を中断し、横に飛び込んだ。

 瞬間、目で追うのも難しいほど速いビームはそこを通り過ぎた。それは指先ほどの大きさしかないか細いものであったが、当たれば体に穴が空くことは間違いなかっただろう。

 

「これで詠唱は封じたわ。術の構築と回避、どちらもこなせるほどあなたは器用じゃないと思うのだけれど?」

 

 今のうちに夜美は前に進んだ。目標は接近戦の距離にまで持ち込むこと。

 『穿天花』はその火力と引き換えにやれることが少ない。しかし陰陽術も並程度しかできない以上、火花はどうしようもないとわかっていても当たることを願って連射をし続けるしかないだろう。そう夜美は思っていた。

 

「“拝礼、合掌、奉じて祈祷ーー」

「っ!?」

 

 だから、彼女が再び詠唱を始めるのは予想外だった。

 だが、問題はない。それならばまた『雷閃』で術を止めるだけ。そしてそうやって術に思考のリソースを割いていた分、夜美はガトリングの回避が楽になり、より接近できる。

 そうして夜美は指先を先ほどと同じように彼女に突きつけ、照準を合わせた。

 

「護法順式――『断海』」

「なっ!?」

 

 しか、夜美よりも早く火花がそう唱えた時、今度こそ彼女は目を見開いた。左右には先ほどと同じように半透明な結界が張られている。

 

「残念でしたー! 弱点を弱点のままにするわけないじゃん! 普段使いそうな術だけはなんとか努力して省略詠唱でもできるようにしといたんだよ!」

 

 人を食ったように愉快げな笑みを浮かべる火花。

 彼女は人をおちょくるのが好きだ。特に身分の高い人のプライドが傷つけられ、激昂する姿は堪らない。

 裏を突いたつもりが、そのまた裏を突かれた。そう悟った時の巫女姫様はどんな表情をするのだろうかと、その顔を覗き込んで――ゾッとした。

 

「――ああ、なるほど。そういうことね」

 

 夜美はその説明に納得したように、静かに頷く。

 その目は氷のように冷たかった。まるで想定内とでも言うように、全てを見通しているかのように透き通っていた。

 まるで人間じゃないみたい。

 いや、忘れていた。

 出雲夜美は、出雲の巫女は――人間ではないことを。

 

「護法順式――『断海』」

 

 ――その瞬間、左右の結界に亀裂が入り、砕け散った。

 

「……へっ?」

 

 今度は火花が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする番だった。

 夜美が同じ術を唱えた途端、左右の壁が消滅した。

 この現象について火花は知っている。知ってはいるが、それゆえに信じられなかった。

 

「『術理相殺』……」

 

 『術理相殺』。

 それは術ではなく現象の名だ。

 同じ陰陽術が等しい威力、速度でそれぞれ反対方向から一ミリもズレることなくぶつかることで、互いに打ち消される現象。

 狙って起こせる現象ではない。そもそも普通に攻撃を防ぐのなら普通に結界でも張った方がマシだし、簡単だ。それをわざわざ見せつけたのには理由がある。

 そう、単純に格の違いをわからせるため。

 

「……あはは⭐︎ それ、わざとかな? それとも見せつけているつもり?」

「あら、ごめんなさいね。この程度の現象なら片手間でできるし、つい遊んでしまったわ」

 

 その効果は忌々しいことに抜群だった。火花は相手の意図をわかっていても、本能が彼女に恐れを抱いていた。心なしか彼女がいつも浮かべている上っ面の笑みはどこか引きつっているように見える。

 

「こりゃ、殺す気でやらなきゃ負けちゃうかもね」

 

 体に力を込めると、火花から青い霊力のオーラがさらに噴き上がった。

 今まで手抜きをしていたわけではない。本気ではやっていた。ただ全力は出していなかったというだけ。

 彼女はその霊力を穿天花に注ぎ込んでいく。そして今までの連射と違って、一際大きな光弾を一つ、解き放った。

 もちろん一発だけならたやすく避けられる。夜美は余裕を持って距離を取り、それを回避しようとして――。

 

「『菊花火』」

 

 ――気がつけばいくつもの光弾に肌を焼かれていた。

 

「っ!」

 

 吹き飛ばされながら、冷静に夜美は先ほどの状況を思い出す。

 そう、あの巨大光弾を避けたかと思ったら、それが炸裂し、何十もの小さな光弾に分裂したのだ。それはまるでショットガンのようであった。夜美は分裂したことで範囲が格段に広がった光弾の一部に当たり、吹き飛ばされたというわけだ。

 

「どうどう? 新技のお味は?」

「……なるほどね。『穿天花』の光弾は一発一発の当たり判定が小さい。いくら連射速度が高くとも、私レベルの相手だったら光弾と光弾の間に生まれるわずかな隙間を通り抜けることができる。その欠点を補うためのものが――」

「そう、それが私の『菊花火』だよ。分裂する分一個一個の爆発は小さくなっちゃうけど……人間相手なら十分な威力なんだよね!」

 

 続けて火花は『菊花火』を次々と打ち込んでくる。連射速度は先ほどよりもずっと遅い。しかし通常のショットガンと同じくらいの感覚で、光弾が放たれ続ける。

 夜美は空中を飛び回り、なんとか避けようとするが、予想以上に範囲が広い。攻撃範囲から逃げきれず、何度も何度も被弾して火傷痕を作っていた。

 

「さっきみたいに結界張らなくていいのー?」

「意外とこの体は頑丈なのよ。これくらいなんともないわ」

「なるほど、霊力の残りが心許ないんだね。でも霊力不足で困る夜美姫様ってなんか新鮮だなー」

「水行終式――『氷竜皇牙』!」

「っ!?」

 

 ヘラヘラと笑っていた顔が一点、驚愕に染まる。

 宙を舞い、霊素に変換されていく数十枚の護符。それを燃料に、夜美の片手から巨大な氷の竜が顕現した。

 『氷竜皇牙』。かつて忠則が夜美を倒した際に使った『炎竜皇牙』の水属性版といった感じの術だ。その威力は終式の中でも上位に入る。

 氷竜は周囲の大気を凍てつかせながらその牙を煌めかせ、火花に襲いかかった。

 

「でも、いくら属性不利でも火力勝負なら負けないんだなぁ!」

 

 火花は菊花火をやめて通常のガトリング状態で光弾を連射し始めた。

 耳を塞ぎたくなるほどの爆音が連鎖する。

 氷竜と『穿天花』の弾幕の衝突は、意外なことに拮抗していた。『穿天花』の光弾は綺羅々の『玉昴』と違い、爆発のために火属性の霊力で構成されている。五行思想の相剋の関係で水剋火となり、本来なら氷竜のほうが優勢となるはずだった。

 しかしその相性差を覆すのが毎分1000発という脅威の連射速度だ。

 雨垂れ石を穿つ。

 どれだけ一発一発が大した威力にならずとも、数千発も撃ち込めば状況は逆転する。

 氷竜は爆発の連鎖によって徐々に体が崩れていき、水蒸気を撒き散らし始める。その白い煙は夜美たちの姿を全て覆い隠してしまった。

 

「隠形順式——『影分身(かげぶんしん)』」

 

 水蒸気の霧が次第に晴れていく。そこで火花の目に映ったのは、大量の夜美の姿だった。

 

「分身か。器用な術使うよね、ほんと」

 

 『影分身』。

 護符一枚につき実体のない分身を一つ生み出す術だ。順式といってもその難易度は作り出す数によって上下していき、10体以上作れば終式にも匹敵する。

 しかし火花の視界には明らかに20を超える分身が存在していた。これだけで彼女の術式精度が嫌というほど伝わってきた。

 

「でも、この私に数で挑むのは失敗じゃーない?」

 

 ニヤリと八重歯をギラつかせながら、彼女は火を噴き始めた『穿天花』を振り回す。それによって広範囲が薙ぎ払われていき、次々と分身が消えていった。

 所詮は実体のない分身。核となる護符が傷つけばすぐに消え去ってしまう。火花にはなんの障害にもなりえなかった。

 それでも消える前にと、分身たちが殺気迫る勢いで飛び込んでくる。おそらくこの中に本物が紛れ込んでいるのだろう。だが彼女たちが接近戦の距離に届くよりも前に、『穿天花』が全ての分身を消し去った。

 ――そう、全てを。

 

「本物は……?」

 

 分身の群れの中に本物が一つもなかったことに戸惑う火花。

 ――次の瞬間、彼女の背後の景色が溶け出し、中から夜美の姿が現れた。

 千載一遇のチャンス。

 彼女は首を刈り取るつもりでその月隠を振り抜き――。

 

 

「――やーっぱり、本物が正面から来るわけないよねー」

 

 それよりも早く振り抜かれた砲身が、彼女の体をくの字に曲げた。

 

「分身を囮にして、自分にはあらかじめ『遮光』をかけてたんだね。それで透明になって、こっそり背後に近づいていたと。でも残念、今日は私の方が一枚上手だったみたいだねー」

 

 策士の策を見破ること。

 これ以上愉快なことはない。

 火花は上機嫌な笑みを浮かべる。そして今度こそその悔しげな顔を拝もうと夜美の顔を覗いた。

 

 ――その目はガラス玉のように虚な色をしていた。

 ――そして次の瞬間、夜美の体は火花を巻き込んで爆発した。

 

「っ!?」

 

 衝撃と痛みで思考が真っ白に染まる。

 彼女の愉悦げな笑みはそれで崩壊した。驚愕と動揺。それに頭を焼かれながら、回らない頭で必死に状況を整理する。

 

「これも分身……!? しかも始式の『発破』を既に術がかかっている護符に重ねがけしたの!? 『遮光』を使いながら!? 何それ何それ何それ、どんな術式精度なの!?」

 

 普通、使用中の護符にさらに術を重ねがけすることなど不可能なのだ。そんなことをすれば護符に刻まれた術式同士が反発し合い、齟齬を引き起こす。既に絵が描かれた紙の上にもう一つ真新しい絵を描くようなものである。当然うまくいくわけがない。

 しかし彼女は――夜美はそれをやってのけた。

 ――これが現役時代、陰陽術を余興でしか使っていなかった女の技量だなんて信じられない!

 

「……ハッ。そういえば夜美姫様はどこに……?」

 

 

「――“迸る吹雪、群青の空を舞い 

咆哮 龍脈を覆い尽くす”」

 

「――“轟く雷、曇天の空を舞い

閃光、龍脈を駆け巡る”」

 

 その詠唱は真下から聞こえてきた。顔を向ければ、地上には夜美の姿が。おそらく今まで遮光で身を潜めていたのだろう。

 だが今気づいたところでもう遅い。

 

「「――”吠えよ 滅せよ“」」

 

「――”財宝の隠れ家は北の地に

而して竜の顎門を刻めよ“」

 

「――“財宝の隠れ家は南の地に

而して竜の鉤爪を進めよ”」

 

 ――水行の終式『氷竜皇牙』。

 ――火行の終式『炎竜皇牙』。

 

 夜美は交互に詠唱を唱えることで、二つの術を同時に展開していた。

 これもまた神業である。

 二つの術を構築するには完全な並立思考の習得が必要不可欠となる。それは誰にでもできることではない。例えるなら両手でそれぞれ別の絵を描いているようなもの。それが終式ともなれば、さらにその絵の完成度はコンクール入賞レベルになるだろう。

 完全詠唱によって生まれた二匹の竜は、互いに絡み合い、DNAを思わせるような螺旋となる。

 そしてこれが並立思考を極めた者にしか発動できない秘中の秘――裏式だ。

 

「五行裏式――『双竜皇牙』」

 

 二つの終式の術が重なり合い、数倍にも威力を引き上げる。二匹の竜は夫婦のように組み合いながら天へと昇っていく。その先には火花がいた。

 

「っ……『穿天花・桜火散華』!」

 

 火花は必死の表情でそう叫んだ。すると穿天花の砲身に霊力によって描かれた赤い筋がいくつも走っていく。それは火花の霊力をありったけ持っていき、不気味に輝いた。

 さらには近くにいるだけで火傷しそうになるほどの熱を砲身が持ったかと思うと、そこに凄まじい量の霊力と炎が集中していく。

 そして彼女は砲身を下に向けた。

 ――次の瞬間、ソニックブームが起きるほどの超速で、大量の光弾が連射された。

 

「毎分10000発……っ! ありったけ持っていきなよ『穿天花ぁ』っ!!」

 

 怒涛と言っていい勢いで光弾が放たれていく。毎秒ごとに数百発と押し寄せるそれは、驚くことに『双竜皇牙』を押し留めていた。いや、むしろ若干押し返しているほどであった。

 しかしこれだけの威力、もちろん相応のデメリットがある。

 まず、あまりの連射力に強力な衝撃波と熱が発生し、撃っている間所有者を傷つけていくこと。

 そして何より連射開始から一分後にはオーバーヒートを起こし、数時間使用不可になること。

 戦闘中におけるそのデメリットは実質的な敗北を意味していた。

 

「でも問題ないんだよね……! この一分で終わらせるんだから!」

 

 その宣言通り、たしかに光弾の雨は双竜を押し返していく。このままだとちょうど1分経つかどうかで地上の夜美にも届くことだろう。

 悪くない賭けだ。火花は今日一番凶暴な笑みを浮かべながら、全ての力を己の相棒に注いだ。

 

「――ああ、そういえば忠告するのを忘れてたわ。上、危ないわよ?」

 

 そして勝利を確信した次の瞬間、火花の体は上から落ちてきた霊力弾に当たり、大きな衝撃を受けた。

 

「カハッ……!? な、にが……!」

「護法順式『洛星(らくせい)』よ」

「『洛星』……!? それって戦闘前に展開する罠型の術じゃん! いったいいつそんなの出して――!」

 

 少なくとも再会してから戦闘開始までは何もしていなかったはずだ。相手は出雲の巫女。彼女から目を離すなど絶対にあり得ない。

 だったらやっぱり戦闘中にしかないだろう。

 でもいつ? 『洛星』は一度霊力弾を天高く打ち上げて、任意のタイミングで落下させて敵に当てる技だ。しかしその弾が放つ光はかなり眩しくて目立つため、戦闘中であれば一瞬目を離そうが見逃すことはない。

 ……一瞬? では一瞬じゃないタイミングがあったということじゃ――。

 そこまで考えたところで、火花はハッとある場面を思い出した。

 

「あの時の水蒸気の霧……!? あの時に準備していたの!? じゃあ霊力が残り少ないのに『氷竜皇牙』を撃ったのは、私に破壊させて霧を作り出すため……!?」

 

 そこでようやく全てが繋がった。

 だがもう遅い。間に合わない。

 『洛星』が無防備な火花に直撃したことで彼女の集中力が途切れ、バランスを崩してしまった。そのせいで光弾の雨もまた止んでしまう。

 その瞬間、押さえつけられていた二匹の竜が雄叫びにも似た風を切る音を出しながら天へと昇り出した。

 

「……はぁ。こりゃ完全な負けだね。夜美姫様倒せたら自慢できそーって思ってたけど、甘かったかぁ」

 

 挑んだことに若干の後悔を抱きながら、瞳を閉じる。

 そうしてそのまま、火花は二匹の竜の牙に呑み込まれて――空中で爆発し、夜の空を飾る花火となった。

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