ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第59話 その歩みに音はなく

「ごあああああっ!! テストが、テストが終わったぁぁぁぁ!!」

 

 アイ研襲来から二日後。

 月末を迎え、人生最大の敵との勝負を終えた王牙は天を突くような咆哮をあげた。それを皮切りに周りも溜まりに溜まったストレスが爆発し、お祭り騒ぎと化す。

 

「王牙王牙! どうだった!?」

「ダメだ! まるでわからなかった!」

「だよなぁ! よかった! これで最下位争いがなくなったぜ!」

「うっせえ死ね! テメェだって去年の最終テスト下から二番目じゃねえか!」

 

 挨拶代わりに王牙と下竹の拳が交差し、それぞれの顔面をぶっ叩く。しかし誰もそれを咎める者はいない。むしろ極度のハイテンションのせいで「もっとやれ!」というヤジが飛んでくる始末だった。このクラス治安悪すぎである。

 

「ふっ……無様だね二人とも」

「なんだよ自称昔は天才」

「どーせテメェも最下位争いに加わるんだから偉そうな口叩いてんじゃねえよ」

「残念だったね。これを見たまえ!」

 

 そう言って髪をかき上げながら倉伏が何かの紙を机に放り投げてきた。二人は食い入るようにそれを覗き込む。

 

「これ……カンニングペーパーじゃねえか! やりやがったな! いやどうやってやった!? 教えろください!」

「バッ……ふざけんな下竹! 抜け駆けする気か!?」

「うっせえ! あとおめえは真似すんじゃねえぞ! おめえの下手くそな大根演技だとこっちも巻き添え食っちまうからな!」

 

 カンニングペーパーを使ったことを咎める者はいない。当たり前である。ここにいるのは全員が全員人でなしなのだから。

 倉伏はカンニングした分際で誇らしげに窓際に腰掛け、勝者の笑みを浮かべていた。

 この時二人は「ここから外に落としてやりてえ……」と意見が珍しく一致するのであった。

 

「ギャーギャーうるさいわね。あの程度の問題が解けなくてこの先どうするのよ? 言っておくけどまだ一学期の中間なのよ?」

「それにしても夜美さんはすごいですよ。ちょっと覗きましたけど、ペンが止まったことが一回もなかったじゃないですか。それにたいていのテストは30分以上残して毎回教室から退出してましたし……」

「うん。ものすごい自信の表れって感じ?」

 

 王牙の後ろから声をかけてきたのはいつもの女子陣だった。夜美、形見、桜。この三人は王牙たちとは違って赤点を取ることはないだろう。形見は毎回総合点でトップ争いしている常連だし、桜も全教科余裕で50位内に入れる程度には地頭がいい。夜美に至っては……言うまでもないことは明白だ。この自称スパコンを超える頭脳を持つ女が何か間違えるとすれば、それは光天京でも授業でも習わないような近年の時事問題くらいだろう。

 

「まったく……三人とも、そんな成績では就職はおろか卒業もできませんよ? もうちょっとこう……赤点を取らない程度には頑張れないんですか?」

「無理だろうね。僕はともかくこの二人、小学生に算数で負けるぐらいには地頭が悪いし」

「えぇ……」

 

 形見の視線が怒りを通り越して憐憫を帯びたものになっていた。

 

「やめてくれ形見。その目は俺に効く」

「見るなぁ! そんな目で俺たちを見るなぁ!」

 

 むしろ普通に怒られるよりキツいまである。現に下竹なんてあまりの羞恥心に耐えきれず発狂してしまっているし。

 

「……ま、退学になったらその時はその時だろ。幸いようやく就職の当てができたからな」

「嘘!? どこなんだお前を雇おうなんて言うバカ企業は!?」

「自営業だよ。これ以上は言えねえけど」

「ああなるほど。まあどこも雇ってくれない以上、そうなるよね」

 

 王牙の悪評は町どころか県内、下手したら関東中にまで広がっている。そんなわけで王牙は今まで就職どころかバイト一つすら受かったことがなかった。それを知っているため、自営業と言われても彼らに動揺はなかったようだ。

 

「そうだ」

 

 何かを思い出したかのように王牙は突然席を立つ。そしてその場を離れていき……一人孤高に席に座っている静音に話しかけた。

 

「よう。転校早々テストで災難だったな。調子はどうだった?」

「……これがいいような顔に見える?」

「その不景気なツラ見る限り、ダメそうだな」

 

 まあ外見が全てというわけではないが、彼女は見るからに勉強とかするタイプじゃなさそうだし。さすがにいきなりの中間テストはなかなかキツいものがあったのだろう。彼女は気丈に振る舞っているが、どことなくその顔には疲れが浮かんでいるように見えた。

 

「ま、そんなに落ち込むなって。テスト一つで何か変わるほど人生はヤワじゃねえよ」

「べ、別に落ち込んでないしっ。というかそれ、もしかして励ましてるつもり? もしそうだったらウケる」

「そうだ」

 

 彼女としては王牙をからかう意図があったのだろう。そう尋ねた時の彼女はニヤニヤとした意地悪げな笑みを浮かべていた。

 しかしあっさり肯定されてしまい、一瞬唖然としてしまう。目を見ても、そこに嘘らしきものは見えない。彼が真面目に言っているのだと悟った時、彼女は逆に気恥ずかしくなって顔を逸らしてしまった。

 王牙には見えないが、そのほおはほんのり赤く染まっていた。

 

「……これだからバカ正直なやつは。……でも、一応礼は言っとく。一応ね」

「王牙ー。何してるのよ? さっさと帰るわよ」

「ん? ああちょっと待ってろ。……てなわけでまた今度な。週末はしっかり休むんだぞ」

「……」

 

 会話をしていると、帰りの支度を終えた夜美に声をかけられたので、別れることにする。静音はジッと王牙と……その先にいる夜美に視線を送っていた。

 

 

 学校を出ると、曇り空が彼らを迎えてくれた。

 今日は夜美以外の全員が何かしらの用事があるらしい。つまり今は二人っきりということだ。なので普段は制限している話題を歩きながら話し出す。

 

「そういえばさ。この前のアイ研って全然陰陽師って雰囲気しなかったよな。格好とかも火花に至ってはバニー着物だし」

「あの子たちの所属する『春夏秋冬部』は外の影響を受けやすい組織だから、ああいったハイカラというか、変わった格好や活動をしている陰陽師が多いのよ」

 

 アイ研はまさにその代表例だろう。法界には存在しなかった『アイドル』という文化を浮世から取り入れ、馴染ませた先駆者だ。もっとも彼女たちの活動がテロリストじみているせいで、アイドルという言葉に一部誤解が生じているみたいだが。

 夜美はさらにその『春夏秋冬部』について解説をしてくれた。

 

「春夏秋冬部は浮世での活動が主な任務よ。構成員も柔軟な思考や価値観が必要だから、大半は平民や浮世出身の者で構成されているわ」

「あの朝間に柔軟な思考ができるとは思えねえけど」

 

 思い出すのはアイ研の前に戦った霊器持ちの陰陽師。やけに家柄にこだわっていたりと、王牙がイメージする中世貴族まんまの男だった。あれはどう見ても配属ミスだと思う。

 

「まあ、『春夏秋冬部』は戦後に作られた比較的新しい組織だから。光天京を離れる機会も多くなりやすいし、不名誉扱いで敬遠されていて、適正のある者の他に落ちこぼれが寄せ集められることもあるのよ。……まあアイ研は部隊としてなら間違いなく陰陽師院最強なのだけれど」

 

 ボソッと恐ろしいことを吐いていたが、それ以上に気になる話があった。

 

「戦後って……80年近く前の話じゃねえか。十分歴史ある組織だと思うんだけどな」

「そうでもないわよ。陰陽師院の発足は江戸時代からって前にも言っただろうけど、その前身となる組織、というより家系は1000年以上前から続いているのがいくつもあるから。例えば私の出雲家なんかは記紀における国譲り、つまりは神代の終盤ごろから続いているし」

 

 国譲りとは、かつて日本で国を築き上げた偉大な国津神であり出雲家の祭神の一人である大国主が、その国を高天原にいる天津神の一族に譲り渡したという神話である。

 これによって大国主は隠居することになり、そのために新しく建てられた出雲大社に仕えるようなったのが出雲家の始まりだ。

 

「神代が終わったのって……」

「約2700年前ね。その国譲りの後に初代天皇が誕生して、神の時代から人の時代になったというわけ」

「……てことはお前の家、最低でも2700年は続いてるのか。そりゃ80年が霞むわけだわ」

 

 その歴史の浅さを不名誉とする感覚は王牙には理解できなかったが、そういう考えもあるのだろう。

 歩いていると、川を流れる橋の上に来た。見晴らしのいいここから景色を眺めようとすると、つい先日壊滅した近所が見える。

 ……ほんと、あの時買い出しで指定されたドリンクが家の近くの自販機になくてよかった。あったら今ごろ王牙の家は戦いの余波で吹き飛んでいたことだろう。そしてブチ切れた夜美によって死人が出ていたかもしれない。

 

「そう言えば近所は俺んち以外はだいたい潰れたけどよ。あれって結局誰が修繕することになったんだ?」

「そのことだけど、今回は八百神社が負担してくれるそうよ。あそこは全国の妖怪たちに繋がりを持ってるみたいだし、そういった修繕専門の業者に頼むのでしょうね」

「たしか全部直すのに一ヶ月もかからないんだっけか。これも陰陽術なのか?」

「陰陽術とはまた別の種類の術になるわ。術師の戦いは周りへの被害も相応に大きくなるから、その分こういった修繕の技術はありふれた物になっているのよね。陰陽師院に関わらず、どこの組織も何かしらお抱えの業者や部署があるものよ。陰陽師院の場合だと、『春夏秋冬部』が浮世修繕の担当なのだけれど……」

 

 そこまで言って夜美は苦々しげに口をつぐんだ。

 言いたいことはわかる。王牙も同じことを思っていたから。

 

「その『春夏秋冬部』が修繕をバックれるって……」

「やっぱアイ研はクソよ。何度潰したいと思ったことか……」

「でも潰せなかったのか?」

「あの部隊、構成員の家柄も実力もトップクラスなのが問題でね。私でも好き勝手にできないのよ。潰せたとしても今度は陰陽師院トップクラスの人材が他所に流れることになるわけだし、泣く泣く押しとどめているってわけ」

「陰陽師院もいろいろ大変なんだな……」

 

 普段は敵対することが多い陰陽師院だが、今回ばかりは思わず同情してしまうのであった。

 

 ♦︎

 

 さて、テストの日から翌日。

 今日は土曜日である。王牙は昼近くに起きて、のんびりとベッドでダラダラ過ごしていた。

 たまにはこんな日もいいだろう。修行したい気持ちもあるが、夜美が今日は休みだと決めてしまっているし。どうやら王牙が夜美の予想以上に修行にのめり込んでしまっているので、無理やりにでも体を休ませる時間を作ってきたのだ。なので王牙はすることがなかった。

 

「ま、テスト明けだし、たまにはこんな日もあっていいか」

 

 なんて思いながら漫画を読んでいると、突然スマホにメールが届く。差出人は静音からだった。

 珍しいこともあるものだと首を捻る。一応連絡先は交換していたが、彼女から連絡が来たのはこれが初めてである。王牙はすぐにその内容を確認した。

 

「『相談したいことがある。再開発地区で話し合いたい』……?」

 

 再開発地区。そこは香霊町の外れにある地区のこと。

 とはいえ『再開発』というのは名ばかりだ。十年以上前、ここの町長になった男が香霊町を東京らしい都会にするために作られた場所だが、結局は予算の都合と汚職による早期退職でもうずっと放置されている。そのためここには中止されて廃墟になった工事現場や、コンテナや倉庫が立ち並んでおり、不良や半グレなどのアングラな集団の住処となってしまっていた。

 そんな場所に呼び出すなんて何を考えているのやら。もしかしてテスト明けだし、いけない遊びでもしたいのだろうか。あのギャルっぽい外見だし、ちょっと危ないことを知っていても違和感はない。王牙を呼び出したのは万が一の時の護衛とかだろうか。

 

「……しゃーねえな」

 

 女子に呼び出されて不良集団に待ち伏せされる、という経験は王牙にもある。わざわざ再開発地区に呼んでいるあたり、そういう可能性も頭によぎったのは確かだ。

 しかし最終的には彼は静音を信じることにした。彼女が王牙に下手な媚びを売るようなことは一度もなかったからだ。

 それに、初めから人を疑っていては世の中から嘘はなくならないだろう。

 王牙は了承のメールを返すと、すぐにいつもの素肌の上に白シャツと黒のジャケットを羽織るスタイルに着替えると、外に出ることにした。

 

 ♦︎

 

 再開発地区は記憶のまま残っていた。

 あちこち崩れかけ、ペンキが剥がれたコンクリートの建物の群れ。草木のように大量にあるコンテナ。ここが戦争跡地だと言われても違和感はなかっただろう。

 そこを出入りする人間はどれも気合の入った顔立ちや服装をしている。遠くから喧騒が聞こえてくるが、たぶん喧嘩でも起こっているのだろう。相変わらずガラが悪いことこの上ない場所だ。

 そんな場所にまんまと訪れた学生など、彼らにとってはカモ同然だ。彼らはゲスな笑みを浮かべて、肉にたかるハイエナのように群がっていき……しかし次に王牙の顔を見た瞬間に、蜘蛛の子を散らすかのように避けていった。

 まあそりゃそうなる。この町のチンピラで王牙を知らない者がいるはずがない。

 王牙はそうやって手慣れた様子で再開発地区を散策していると……地区の外側で大きな霊力が放出されたのを感じた。

 

「この禍々しい負の霊力の感覚……妖怪か?」

『聞こえるかしら?』

「おわっ!? って、夜美か……。いつのまにかテレパシーなんか習得したんだよ?」

『これは隠形の順式『伝霊回廊』。霊力探知ができる範囲内にいる人物とパスを繋げて、会話できるようにする術よ。便利でしょ?』

「それ、スマホで良くね?」

『……』

 

 つい思ったことを口にしてしまったら、夜美が押し黙ってしまった。図星だったらしい。しかしすぐに彼女は再起動を果たすと、何事もなかったかのように脳内に声を届けてくる。

 

『あなたも感じたかもしれないけど、香霊町に突如三級クラスの妖怪が複数侵入したわ』

「三級か……。それほど強くはねえんだな?」

『私たちにとってはそうでも、一般人ではそうはいかないわ。ましてや三級は現役の陰陽師ですら死ぬ可能性のある階級。放置していたら何十人死ぬかわからないわ』

 

 言われてみればそうだ。最下級の四級ですら、通常の人間の軍人をはるかに凌ぐ力を持っているのが妖怪だ。おまけに彼らは精神生命体なので、霊力を伴わない純粋な物理攻撃は効き目がない。一般人では太刀打ちすらできないだろう。

 

「わかった。俺もそっちに行く」

『それは別にいいわよ。私の方が近いし、一分もあれば片がつくわ。今のあなたの場所じゃ、空を飛んでも間に合いそうにないし、無駄足になるだけよ』

「じゃあなんで連絡したんだよ」

『報連相ってやつよ。社会不適合者でも、これくらいは覚えてた方がいいわよ。現に私が連絡しなかったら、あなたもこっちに向かってたでしょ?』

「ぐっ……」

 

 実際そのつもりだったので、言い返せない。

 口は悪いが、要するに彼女は王牙に無駄足をさせないためにわざわざ連絡してくれたのだろう。このまま現場に向かっていたら、結果的に静音との約束を破ってしまうことにもなっていたため、そこは素直に助かったと王牙は感謝していた。もっとも、癪なので口に出すことはなかったが。

 

「まあいい。とりあえず、困ったらまた今みたいに連絡しろよ?」

『誰に言っているの? 三級程度、何千匹束になろうとも私の敵ではないわ』

「そりゃそうだろうな。じゃ、また後で」

 

 プツン、とパスが途切れたような音が頭に響いた気がした。それっきり声がしなくなったことから、術の効果が解けたらしい。

 

「……それにしても、なんで三級が複数、一斉に出現したんだろ?」

 

 ふと、そんな疑問を抱く。しかしそんなこともあるだろう。聞くところによると日本は世界一大気中の霊素が濃く、妖怪発生数もダントツらしい。だからこんなことが起きても不思議ではない。夜美も大した動揺もなかったことからも、それが珍しいことではないというのは伺えた。

 なので王牙はその疑問を、頭の片隅に追いやってしまった。

 結果的に、その代償が高くつくことを、今の彼は知る由もなかった。

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