ファンタズム・ファンタジア   作:日差丸

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第61話 炎は消えず

「……しも……し?」

 

 声が聞こえてくる。女の声だ。明るく、少しやかましい。

 

「も……しも……?」

「……っ……」

 

 それが何度も何度も、間近で聞こえてくる。あまりにやかましいので王牙は無理やり意識を覚醒させ、眠気まなこをうっすらと開ける。

 

「もしもーし?」

 

 そこには、鼻と鼻がぶつかりそうなほど近くで顔を覗き込んでいる少女の姿があった。

 

「……っ!?」

 

 慌てて王牙はその場から飛び起きた。そして少女から遠ざかるように急速で後ずさりをする。

 少女はそれを見てケラケラと小悪魔のように笑った。

 

「アッハッハ! ものすごーいリアクション! どうだったお兄さん? こんな可愛らしいアイドルの女の子に起こしてもらって興奮した?」

「お、お前は火花!?」

 

 黒のバニースーツの上に赤い着物。生意気そうな黒のツインテールのその容姿に王牙は見覚えがあった。

 明空火花。つい先日王牙たちを襲った陰陽師だ。

 王牙は何が何だかわからず、周囲を見渡す。どうやらここは和室で、王牙は布団の上に寝かされていたようだった。

 しかし誰が? どうして? そんな疑問ばかりが浮かび上がってくる。

 

「ものすごーい混乱してるね! わかるよ! じゃあせっかくだし教えてあげる! ここは八百神社。あなたは例のディストピアスの構成員にボロクズみたいにされた後、ヤオ様にここまで担ぎ込まれたってわけ」

「……で、なんでお前までこんなところにいるんだ? それも様付けって……」

「い、いやー、あの後町の修繕ほったらかそうと思ったらヤオ様に捕まっちゃってさ。立て替えた分のお金が振り込まれるまで出られなくなっちゃったの。それで頭が上がらない状態でして……」

「それはお前らが悪い」

 

 呆れた目線を送っていると、ふすまが開き、清楚な巫女服を着た美少女が入ってきた。

 この顔にも覚えがある。王牙と戦った火花の相方の甕星綺羅々だ。

 

「そ、その……包帯変えに来ました」

「包帯? そういえばされてるな……。でも大丈夫だぞ。動いてみた感じ、痛みはどこにもないし」

「いやお兄さん、100箇所以上切られてたはずなんだけどね。霊臓も壊れてたみたいだし」

「霊臓……そういえば今って霊力使えんのか?」

 

 試しに霊力を纏ってみることにした。すると無事体から青い霊力が噴き出す。どうやら霊臓も完治しているらしい。最悪の事態を考えていただけにホッと一安心する。

 

「いやいや、いくらヤオ様が術をかけたとはいえ、回復しすぎでしょ。というかなんで生きてるのさ」

「さあ? 体の作りが違うだけだろ」

 

 それは事実だろう。王牙の体は生身でも妖怪と戦えるくらいには強靭だ。陰陽師と言えど人間。能力者である彼とは本当に体の作りが違うのだ。

 それとあれだけの斬撃を浴びても助かったのは、彼女の攻撃が軽かったからというのもある。あの空硯には直接身体能力を上げる力はおそらくない。いくらすごい能力だとしても、振るうのが人間の静音である以上、その斬撃の威力には限界が出てしまうのだ。もちろんそれでも霊力で体を活性化させている分、普通の人間とは比べ物にならないのだが。

 

「なんというか、私たちが情けなく思えてくるんだけど……」

「う、うぅ……一回貫かれたぐらいで気絶してすみません。本当にすみません。私はやっぱり役立たずのゴミムシですぅ……!」

「ああ! 綺羅々ちゃんが自責の念のあまり溶けちゃった! どうしてくれるのかなぁお兄さん!?」

「これ俺が悪いの!?」

 

 どうやら詳しく話を聞くと、彼女たちも王牙たちのとの戦いの後に静音に襲撃され、八百神社送りにされたらしい。

 陰陽師としては妖怪神社などとうてい許せるものではないだろう。特に忠則のような真面目なタイプだったら絶対に憤慨しているに違いない。しかしこの二人はその一般から外れているようで、特に気にしてはいなかった。曰く『精霊が運営しているんだからなんらやましいことはない』だそうだ。普段はドジ踏んでいる印象があるが、ああ見えてもやっぱりヤオは精霊なのだと再認識した。

 

「ヤオ様も酷いよね。戦えないギリギリ程度までしか治してくれないなんて」

「治したら逃げられるって思われてんだろ」

「私は治してもらえましたけど……」

「そりゃお前は違うからな」

「きょ、恐縮です。先日も夏転さんと交換でいいからうちに来てくれと春水さんとヤオ様から頼まれまして……」

「夏転ぇ……」

 

 まあけっこうやらしたりしているから仕方がない。

 ちなみにその勧誘はもちろん断ったそうだ。

 

「王牙さん。起きたようですね」

 

 と、そこへ今話題に出ていたヤオが入室してきた。

 その手には包帯やら薬品やらの医療用具が入った籠が抱えられている。

 

「ヤオ様か。その……助けてくれてサンキューな」

「いえいえ。信者を助けるのは神としては当然の行いです。それに私の土地で必要のない犠牲が生まれるのは避けたいですし」

「……それで、夜美はどうなった?」

「……お察しの通り。連れ去られました」

「っ……!」

 

 やっぱりか。と王牙は悔しげに歯を食いしばる。あまりに食いしばりすぎて口からは血が流れ、拳は怒りで震えている。

 

「……なあ。あんただったら、あの時夜美を取り返せたんじゃねえか?」

「……否定はしません」

「ならなんでっ!?」

「お兄さ〜ん。それはちょっと酷ってもんだよ〜」

 

 そこに横槍を入れてきたのは火花だった。

 王牙はその言葉の意味がわからず、問いただそうとする。

 

「酷って……なんでだ?」

「だってその静音って女はディストピアスの構成員なんだよ? 他所の組織の人間を他所の組織が捕まえちゃったりでもしたら、最悪ディストピアスと八百神社で戦争が起きちゃうよ。あっちも妖怪なんかなんとも思ってないはずだろうし」

「ディストピアス? 例の反陰陽師院の組織か? 静音がそこの構成員って……どういうことだよ?」

「あちゃー。そこからかー」

 

 マジかー、とでも言いたげに火花は顔を手で押さえて天を仰いだ。

 そう。王牙は今回の件に関して何も情報を持っていない。かろうじてわかっていることは静音が霊器にされた妹を元に戻そうとしていることと、そのために夜美をさらったということぐらいだ。それだけは薄らぎつつあった意識の中でもしっかりと聞き取っていた。

 王牙は改めて静音の背景の情報について耳を傾ける。

 

「ディストピアス。言ってしまえば能力者の地位向上や差別撤廃を目指して陰陽師院と対立している組織だね。少数精鋭で、基本的には能力者しか構成員になれない、はずなんだけど……」

「霊器を使う静音は例外ってわけか」

「そゆこと」

 

 霊器を扱っているとはいえ、その経緯は彼らにとっては十分同情できるものだったのだろう。受け入れられたのも目的がある程度一致しているということでおかしくはない。

 

「でね、最近そのディストピアスのリーダーが陰陽師院に捕まったってことで、組織が揺れているみたいなの。それで派手な行動が目立ってきてて……」

「私たちにその討伐の任務を言い渡されることとなりました」

 

 それが彼女たちや朝間隊がこの町に派遣された理由であった。浮世に犯罪者がいる時、たいていの場合は暗殺や極秘調査など暗部の仕事を得意とする執行局か、浮世に通じている春夏秋冬部が担当するわけだが、今回は後者にお役が回ってきたということだ。

 ……若干人選ミス感がするのは気になるが。

 

「ディストピアスの連中は今ごろ怒ってるんだろうね。和平のための会談で裏切られたんだから」

「……胸糞悪い話だな」

 

 裏切り、という言葉に王牙は顔をしかめる。

 誰かを裏切ること、騙すこと。それは王牙の中で許容できない罪だ。それが誰かを不幸にしているのならなおさら。

 明らかに機嫌が悪くなった彼の顔を見て、綺羅々が恐る恐る弁明をする。

 

「さ、最初からそのつもりだったわけじゃないんです。ただ、その会談をセットした巫女姫様が死んだことになっちゃって、それで能力者排斥派がこれ幸いと会談を罠に仕立て上げた……ということらしいです」

「真実はともあれ、ディストピアス側は夜美姫様が裏切ったと思ってるでしょうね。あいつらの姫様に対するヘイトは今マックスになってるはずだよ」

 

 静音が教室で露骨に夜美を嫌っていたのはそのためか。たしかに彼女の扱いはあの下竹以下だった。あの二人がまともに会話しているところを王牙は見たことがない。

 

「火花ちゃん。今さらなんですがこんな話、部外者に話しちゃって大丈夫なんですか? ば、バレたら私はともかく火花ちゃんは最悪……」

「安心しろ。他言はしねえさ。どれだけ胸糞が悪くとも、お前らや夜美、それに一応忠則とか、いい連中がいることは知ってるからな」

「私も誓いましょう。もともと私たちは陰陽師院が手出しをしない限りは戦争をするつもりはまったくありませんし」

 

 王牙とヤオは二人の前でそう誓った。

 この二人にはここまで話してもらった以上、その恩を仇にするわけにはいかないだろう。

 王牙は体中に巻かれていた包帯に手をかけると、それを強引に引きちぎった。すると中から古傷まみれの肉体が露わになる。そこにはすでに彼女につけられた刀跡はなかった。

 突然の裸体に綺羅々が顔を赤くし、目を覆っていたが、お構いなしで彼は近くに落ちていた服を手に取る。しかし着替えようとしてわかったのだが、百回以上も切られた結果、彼の普段着である白シャツと黒のジャケットは服の意味をなさないほどズタボロになっていた。なのでしかたなく袖が無事だった黒のジャケットを取ると、気合いを入れるつもりでそれを腰に巻き付ける。

 ヤオはその行動で彼が何をするつもりなのか察したのか、落ち着いた声で確認してくる。

 

「行くのですね?」

「ああ。仲間が命張って俺を逃がしてくれたんだ。だったら今度は俺が助ける番だろ」

「それはいいとして、王牙さんはあの静音という少女の居場所をご存知なのですか?」

「……あっ」

 

 すっかり頭から抜け落ちていた。王牙はポカンと大口を開けて間抜けな顔を晒す。

 それを見て呆れたようにため息をつきながら、ヤオはアドバイスをくれた。

 

「龍脈って知っています?」

「えーと、異界を作るのに使ってるやつだっけ?」

「ええ、その通りです。龍脈。簡単に言えば土地に流れる霊力の通り道のようなものですね。これがある土地は肥沃で繁栄しやすいので、昔から人々は龍脈が流れる土地の近くに街を作り、その真上には神社や寺を作りました。竜脈の管理のためというのもありますが、様々な儀式をするのに都合が良かったからです」

「儀式……幻想召喚も儀式だよな?」

「ええ。この町にある神社は二つ。一つはここ八百神社。もう一つは……」

「夢幻神社か!」

 

 夢幻神社。その名前からもわかる通り、幻想召喚の大元である夢幻大神を信仰している神社だ。そして数ヶ月前、ジェネシスとの決戦の地となった場所でもある。

 個人的には全身をボロ雑巾みたいにされたトラウマがある場所なので行きたくはないのだが、仕方ない。

 

「そういえばお前らはどうするんだ?」

「もちろん一緒に……って言いたいんだけどね……」

「その……私たちじゃたぶん相性が悪くて足手纏いになりそうなんですよ……」

「足手纏い? むしろ俺の方がそうなりそうなんだが……」

 

 前回はうまく意表を突けたから勝てただけで、正面から真っ向勝負をすれば王牙はきっと蜂の巣にされているだろう。それだけの実力が彼女たちにはある。

 しかし火花は降参とでも言うように手をひらひらさせながらかぶりを振った。

 

「私たち、見てわかるだろうけど打たれ弱いんだよねー。で、今回はあの認識できない攻撃が飛んでくる以上、ある程度の被弾が前提になると思う。そこに私たちが行っても二、三回切られた後に人質にされるのがオチだよ」

「実際私たちは一太刀でやられちゃいましたし……」

「そういうことか。つーかそれで討伐任務って完全な人選ミスじゃね? 性格も含めて」

「……お兄さん、酷いこと正直に言うね。女の子に泣かれてもしらないよ?」

「しるか。泣きたきゃ勝手に泣いてろ。邪魔だったら引っ叩いて止めるだけだ」

「あー! 現代じゃそういうのって女性差別って言うんだよ?」

「安心しろ。俺はムカついた相手は女だろうが男だろうが等しく殴る」

「わーお、蛮族ー」

「……役立たずですみません。すみません、ほんと……死にたい……」

 

 火花が青筋を浮かべてピキっている一方、綺羅々は自殺一歩手前のような光のない目をして壁に額を当ててもたれかかっていた。

 それをなんとか宥めようと、ヤオがフォローを入れる。

 

「ま、まあ敵の能力なんて戦うまでわからないものですし、しかたないですよ」

「……でもやっぱ性格は問題だと思う。特に火花」

「はっ?」

「なんで鎮火した火に油をぶっ込むんですかあなたは!?」

 

 そういう性格なのだ。しかたがない。

 常にからかうような笑みを浮かべている火花の怒り顔が見れて満足したところで、王牙は部屋を出ようとする。するとその直前に俯いていた綺羅々から声をかけられた。

 

「あ、あの……王牙様……私は何もお役に立てないのですが……どうか巫女姫様を救ってください。あのお方は幼いころから抱えきれないほどのものを背負ってきました。そんな人が最後に不幸になるなんて……それはとても悲しいことなんです」

「ああ。約束するぜ。俺は絶対にあいつを連れ戻してみせる」

「……ありがとうございます!」

 

 王牙はそう誓うと、拳をグッと突き出す。

 本来なら彼はここで拳と拳をコツンとぶつけるようなアクションを予想していたのだが、なんと綺羅々は彼の拳を両手で包み込むと、先ほどの彼のようにそこに額を当てて祈り始めたのだ。

 その横顔はまさに神に仕える者らしく、神聖さに満ち溢れていた。それでやめさせるのも言いづらくなり、困惑したままになってしまう。

 そして祈りが終わると、彼女は王牙に微笑みかけてくれた。その花のように美しい笑みに一瞬茫然としてしまったが、すぐに不敵な笑みを彼女に返す。

 そうして王牙は八百神社の宿舎の外に出ると、霊力を身に纏って青い空へ飛び出していった。

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