「はぁ……やっぱり外出ると暑いな。バカみてえに暑い。人間ステーキができちまうぞこりゃ……」
「今日は36°あるらしいから。おまけに日本の夏は湿気が酷いし、日陰に入ってもちっとも涼しくならないわ。ま、今は星そのものが温暖期に入っているのだと割り切った方がいいわね」
「……その割にはお前だけ汗かいてないように見えるんだが……」
「私の神御衣には体温調節機能もついているから。過度な日差しもカットするし、個人的にはそこまで暑くはないわ」
「……まあその機能なくてもお前の巫女服は涼しそうだけどな」
なにせインナースーツがなきゃ間違いなく痴女確定の服だし。現在の夜美は隠形術の『仮衣』で見た目は私服に変更しているが、中身は例の巫女装束を着ている状態になっている。要するに風通しなんかも変わらないというわけだ。
それにしても高防御はもちろん、自動洗浄や自動修復に加えてそんな機能まであったのか。さすが最高峰の戦闘装束である。金が貯まったらどれか一つでもいいので自分の服にもそんな機能を追加したいものだ。なんて王牙は思いながら、歩みを進めていく。
そうして二人は万湖山の麓にある鳥居をくぐり、異界に足を踏み入れるのだった。
「……あれ? ここは全然暑くないんだな」
「この異界は季節を秋で固定しているみたいだから。ま、無粋だとは思うけど。法界では平民はいまだに農業や狩猟に従事していたりもするから、あえて四季は外と同じようにしているのよ」
「なるほどな。ずっと春とかだったら農作物にも影響が出るしな」
こうして色々と聞いていると、法界というのはただの広い異界というわけではなく、浮世と断絶された一つの国家と表現した方が正しいように思えた。
よく聞く光天京の他にも村や町がいくつもあり、山々や川や湖で満たされた自然豊かな場所であるらしい。文明レベルは江戸時代レベルらしいのだが、それが逆に行ってみたいと王牙に思わせるようになっていた。
あれである。京都で忍者村に行きたくなる気分と同じだ。
まあ、夜美の件がある以上、観光はできそうにないのだが。
長い長い階段を登っていくと、ようやく境内が見えてきた。
途中、落ち葉を掃くような音が何度か聞こえてきた。
さては夏転が掃除でもしているのだなと思い、階段を駆け上がる。
しかしそこで見たのは、彼の予想に反するものだった。
「し、静音?」
「なっ!? お、王牙!? どうしてこんなに朝早くに!?」
王牙は思わず目を丸くした。
静音がいたことにではない。彼女が着ている服に問題があったからだ。
それは、夏転がいつも着ている八百神社の正式な巫女服であった。
もちろんそっくりそのままというわけではなく、彼女のイメージに合うように改造が施されている。具体的にはヘソだしになっていたり、袖と服が分離していて脇が丸見えになっていたり、である。
ギャルの彼女らしい露出多めなデザインだが、それでも夜美の神御衣に慣れているため、王牙は特に興奮することはなかった。似合っていると思いはしたが。
「……」
「な、なによっ。変な目で見ないでくんない? この変態」
「い、いや、別に俺は……」
「あーはい似合ってなくてすんませんね。ったく、だからうちにはこんなサラサラしたの無理って言ったのに。そもそも……」
「いや、似合ってると思うぜ」
「ふぇっ!?」
思った通りのことを言った途端、彼女が突如変な声を上げた。そして時が止まったかのように数秒間フリーズした後、顔を真っ赤にして何かを言おうとする。しかし脳の処理が追いついていないのか、声が出ることはなく、パクパクと口を動かすだけで終わった。
しかしだんだんと冷静になったのか、その壊れた機械のような動きもようやく止まる。
「ちょ、ちょいたんま。今のうちらしくなかった。戻すからちょちあっち向いてて」
「いや、戻すってなんだよ……」
呆れていると、彼女はその場で大きく深呼吸をしだす。その効果はあったらしく、何回か終えるころにはようやくいつもの気だるげな雰囲気に戻っていた。
「……はぁ。なんかドッと疲れた。何やってんだろうち。それもこれも全部あんたのせいなんだから責任取ってよね」
「理不尽すぎるだろ……」
とまあ先月から少ししか経っていないが、静音は元気に過ごしているようだった。幻想召喚での妹の復活のために、王牙を襲い夜美を拘束したのが遠い昔の話のようだ。
あれから霊器もすっかり元通りになって、中に宿る妹さんとも和解できたらしい。そして現在では八百神社に加入したことで、仮暮らしをしていたアパートを引き払い、ここの宿舎の一室を借りて過ごしているのだとか。
彼女が巫女の真似事のようなことをしているのは、住まわせてもらっている代わりの仕事なのだろう。
「あら、これは意外ね。馬子にも衣装ってところかしら」
「褒めてないでしょそれ」
「それは受け取り方次第ね。それよりもこのまま陰陽術でも習って本物の巫女にでもなるのはどうかしら?」
「ハッ。誰が陰陽師の術なんか覚えるかっての」
相変わらず静音は夜美への当たりは強いらしい。しかしそこに前のような嫌悪感はなく、どちらかと言うと王牙たちバカ三人組のような悪友に近い雰囲気を感じる。
「それにうちは戦闘中にあれこれ考えるよりも、勘で斬り合う方が性に合ってるし。うちの武器はこの子だけで十分ってわけ」
「……その武器なんだけど、さっきからやたら震えていない?」
「へっ?」
たしかに、よく見れば腰に差されている『
「ちょい待ち。……ああ、そーゆーことね」
静音は空硯に手を当てて瞑想し始める。そして数十秒後に、その原因がわかったらしく、一人頷いていた。
「いや、この子あんたにしこたま殴られたじゃない? 特に肝臓破裂させられたりだとか。それでどうやらトラウマになってるっぽい」
「俺のせいかよ!?」
「……まあ、たしかに幼女に腹パンで臓器破壊って絵面酷いわよね。滝みたいに血を吐き出してたし」
「うるせえ! 俺は真の男女平等主義者なんだよ! 殺し合いに男も女もあるか!」
「冗談よ。今度からも相手が子どもだろうが女だろうが首をへし折って徹底的に殺してやりなさい。命のやり取りは加減した方が悪いのよ」
「わーってるって。それに殺しとか今さらだしな」
「うわぁ。そこの死神巫女はともかく、あんたってとことんこの業界に向いてるんだね」
あまりに倫理観のない発言に静音は若干引いていた。
たまに勘違いされることだが。王牙は善人などではない。むしろ世間一般的には正反対の外道、クズの悪人に分類されるだろう。
なにせ王牙には殺すことにストッパーというものが存在しない。普通なら何度も何度も繰り返していって、精神的な負担を減らすものを、彼はフルスロットルで踏み越えることができるのだ。
夜美が戦いの天才と彼を称するのは、戦闘能力はもちろんのこと、その殺戮本能を認めてのことなのだ。
「ま、でもいつまでも怖がられてるのも嫌だしな。あの時はすまなかったな。反省はしてないが一応は謝っておくぜ」
「ほんと、いい意味でも悪い意味でも正直者だこと。……『そもそも暴走した自分が悪いのだから、感謝しこそすれ怒ってなんてない』ってさ」
「そっか。サンキューな」
この件はこれで終わりにするとしよう。
王牙たちはさっそく静音経由でヤオに報告して、いつもの修行場を貸してもらうことにした。
そしていつも通り、厳しい修行が始まる。
「995……996……997……」
数十分後、王牙は片手での指立て伏せを行なっていた。
ただの指立て伏せではない。背中には塔のように積み重ねられた巨大で大量の重りを乗せており、そのせいで筋肉が悲鳴を上げている。濡らさないために裸となった上半身から大量の汗が流れている様子が、その苦しさを他者にわかりやすく伝えていた。
「うわぁ。何あれ。もはや巨大な鏡餅じゃん。何キロあんのあれ?」
「今は3トンよ。王牙の『
「うち、強化系の能力じゃなくてよかった……」
「998……999……1000!」
ようやく一通りの筋トレが終わり、王牙は荒い息を吐いて地面に寝転がった。
夜美の修行は相変わらず殺人的である。限界寸前にギリギリまで追い込み、慣れたと思ったらさらに厳しくなる。その繰り返しである。
その限界を見抜く慧眼と修行内容を考える知識はさすがとしか言いようがないが、それでも並大抵の人間なら心を壊しかねないものだっただろう。それを耐えられたのは、ひとえに彼の異常な精神力と飽くなき強さへの渇望のおかげだ。現に彼は一度も修行を逃げたことはなかったし、最近では自分から修行をすることも多かった。
「はい、水ね。飲むなり被るなり好きにして」
「さ、さんきゅ……静音……」
静音はバケツいっぱいにくんだ水を彼の目の前にどさりと置く。その瞬間、彼は倒れた状態のまま頭をバケツの中に突っ込むと、まるで馬のようにゴクゴクと水を飲み始めた。そして満足すると、余った分を頭から被って汗を流す。その後はその場で高速回転することで体に付着した水を吹き飛ばし、服を着た。
「さ、次は……」
「ねえ。うちと模擬戦、やらね?」
休憩終了となったところで、急に静音が横から割って入ってそう口にした。
夜美が意外そうな目で彼女を見る。
「急な話ね。何かあったのかしら?」
「別に。ただ先月のあんたたちとの戦いで『空硯』の能力の弱点がバレたじゃん? その対策のために、真正面からの戦いにも慣れておこうって思っただけ」
「へえ。面白そうじゃん。いいじゃん、やろうぜ」
「あなた、嬉しそうね。そんなに私の地味な修行は嫌いかしら?」
「へっ? い、いや、どっちかっつーと戦う相手がいた方が面白いし……」
ギロリと睨みつけられて思わず王牙は口をつぐんでしまう。それほど彼女は不機嫌そうに見えた。
しかししばらくすると彼女はため息を吐いて、仕方がないと呟く。
「ま、いいんじゃない。どのみち王牙はまだまだ経験不足なんだし、色々な人と戦うのもいい経験になるでしょ」
「よっしゃ。じゃあさっそくやろうぜ!」
「オーケー。ま、色々試させてもらうよ」
静音が打刀を両手で握ってしっかりと構える。
対して王牙は左手で右手首を三回捻り、牡丹色のオーラを身に纏った。
「『
「げっ、いきなり三倍」
「最近ようやく長時間の強化ができるようになったからな。時間切れは期待しない方がいいぜ」
その強化時間は脅威の三十分だ。術師の戦闘は体感的には数十分にも数時間にも感じられる場合があるが、実際はだいたい五分、長くて十分程度で終了する。これは高速で動き回るせいで普段の時間の流れにギャップができてしまうせいだろう。
というわけで三十分というのはこと戦闘においては非常に長い時間なのだ。そのおかげで彼は惜しげもなく最大倍率まで自らを強化していた。
そして前傾姿勢で獣のように腰を落として、いつでも飛び付けるように構えた。
高まる緊張感。距離は十メートル以上離れているはずなのに、微かな呼吸の音さえもはっきりと聞こえてくる。周りの風景が目に見えなくなるほど集中していき……。
「はじめ!」
――その合図とともに、両者一斉に駆け出した。
そして助走をつけた拳と刀がぶつかり合う。一瞬の均衡の後に静音の体は後ろに弾かれ、それを追うように王牙がさらに前進する。
獣の爪のようにキレのいい拳が変則的な動きをもって彼女に襲いかかる。しかし静音はさらに退くどころか、これ以上退がるものかと地面を踏み締め、逆に前に進み始めた。そして王牙の拳を受け止めることなく、かわすか受け流すかをして、連撃の合間を縫って刀を振るってくる。王牙もまた最小限の手首の動きだけでそれを弾き、すぐさま攻撃に移る。
二人ともわかっているのだ。この攻めの主導権争いに負けた方がズルズルと防戦一方にさせられることに。だから彼らは防御を最低限にして、相手を下がらせるためにひたすら攻撃を繰り出していた。
しかしその駆け引きにも終わりが訪れる。
王牙の右拳によるボディブローが繰り出された。
それを避けるために静音はサイドステップを踏む。しかし横に移動した先に待ち構えていたのは、左斜め下から突き上げるような軌道のリバーブロー。
横に跳んだばかりで足は空中にある。
これは避けきれない。
静音の脳裏に、肝臓を破壊されて血反吐を吐き出した妹の姿が浮かび上がる。そして次の光景を想像した途端、思わず彼女は刀で右脇腹を覆うように構えた。
――瞬間、刀に大きな衝撃が走る。
リバーブローは間一髪のところで刃が間に割って入り、直撃を防ぐことができた。しかし王牙の拳の威力は凄まじく、体が大きくバランスを崩してしまう。
そこを見逃す王牙ではない。
「シッ!」
「ぐっ……! この……!」
さらなる拳の連撃が襲いかかる。それを不安定な体勢で防ごうとすると、さらに大きくバランスを崩すこととなり、攻撃に移ることもできなくなる。静音は次第に防ぐだけで手一杯になってしまった。
そして決定的な瞬間が訪れる。不意を突くような右足による足払いが彼女の足を刈り取ったのだ。
空中に浮かび、呆然とする静音。
王牙は足払いの勢いを利用し、腰を捻って体を回転させると――無防備なその体に左後ろ蹴りを叩き込む。
「ガハッ……!?」
骨が鈍い音を立てて悲鳴を上げる。
体中の酸素が口から吐き出される。
意識を失いそうになるほどの痛みを受けながら、静音は勢いよく吹き飛び、地面に転がった。側から見るとまるで人身事故のようである。
「……っ! いてて……これ絶対骨折れてるでしょ。つーかおニューの服さっそく汚れてんじゃん。マジムカつく」
「あー、それは悪かった。で、どうする? 無理そうならこれで終わりにするか?」
「……ま、今回のであんたには単純な近接戦じゃ勝てないことは嫌でもわかったよ」
今回の静音は能力が看破された時の対応ということで、能力を封じて戦っていた。
しかし結果はこれである。
別に静音が弱いわけではない。むしろ現場で身につけた実戦的な身のこなしは目を見張るものがあった。
しかし王牙はそれ以上に近接戦に秀でていた。ただそれだけの話だ。
「……だからといってあっさり諦めるのも性に合わないけど。つーことで悪あがき、いっちょやりますか」
「いい根性だ。嫌いじゃないぜ!」
トドメを刺すために王牙は駆け出した。
それに対して彼女が取った行動は……柄頭の先にぶら下がった金剛鈴を指で弾くことだった。
(……!? 能力発動……!)
本日初めて、静音は霊器の能力を解放した。
彼女の霊器『空硯』の能力は鈴の音を聞いた者の無意識を操る、というものだった。音を聞いた者に、選んだ対象を認識させなくすることができるのだ。
しかし鈴が鳴ってもなお、彼女の姿は視界から消えることはなかった。それを不思議に思いつつ、王牙は足を進め――途中、落とし穴に引きずり込まれる。
「なにっ……!?」
「かかった……!」
(まさか……見えなくする対象に選んだのは、この落とし穴か! だがいつの間にこんなものを……?)
そう疑問に思う王牙。
しかしすぐに彼女が先ほどの彼の攻撃で地面を転がっていたことを思い出す。
(あの時に錬金術で仕込んでいたのか……!)
実は、静音の手札は霊器だけではない。
彼女は戦闘以外のこと、結界を張ったり身を隠したりするために独学で魔術書を読み、最低限の術を習得していた。人払いのルーン文字を刻めたり、幻想召喚の儀式陣を錬金術で作れたのはそのためである。
今回は転がっている時に手を地面につけ、足跡の落とし穴を作り出していた。しかし王牙の野生の勘は恐ろしいほど鋭い。たとえ表面だけ穴を覆っても、体重をかけた瞬間に罠に気づいてしまうだろう。
そこで『空硯』の能力で落とし穴そのものを認識できないようにしたというわけだ。別に『空硯』は非生物に催眠が効かないだけで、認識できなくする対象は静音本人に限定されていない。しかし静音はその能力を自分自身にしか使っていなかったので、王牙は大した警戒をすることもなく、あっさり引っかかってしまった。
「ガラ空き。もらった!」
「舐めんな!」
太ももまで穴にドップリとはまった王牙に向かって、草を刈り取るような勢いの斬撃を静音は繰り出す。
しかしここで驚くべき行動を彼は取る。
なんと王牙は人間の稼働限界ギリギリまで体をのけ反らせてみせたのだ。ニュルンという音が聞こえてきそうなその動きは、まるで軟体動物のようであった。
そうして極限まで姿勢を低くすることで、紙一重で彼女の斬撃を避けてみせた。
「キモっ! 何その動き!?」
「キモいとか言うな! 失礼だろ!」
彼女が二振り目を繰り出す前に、王牙は跳び上がって落とし穴を脱出してみせる。
それを悔しげに見つつ、静音は再び鈴を弾く。
「だったら、今度はこれでどうよ?」
「なんだ……刀が見えねえ……!」
鈴の音が響いたと思った瞬間、驚くべきことが起こる。今度は彼女の『空硯』が空気に溶けるように王牙の視界から消え失せたのだ。
しかし静音は特に気にした様子も見せず、透明な何かを握っているような仕草をする。そして王牙に攻めかかってきた。
「ハァッ!」
「くそっ……攻撃が見えづれえ……!」
今度、彼女が認識を消したのはお察しの通り彼女の武器であった。その効果はこの通り。刃が透明になったことで攻撃が見えにくくなるというもの。
刃が見えなければ間合いもわからなくなる。接近戦を得意とする者にとって敵との適切な距離が測れないというのは致命的であった。
一撃二撃は腕の動きを見てなんとか防ぐことに成功する。しかし三撃目は手首の捻りで刃を翻すというフェイントに引っかかってしまい、腹部を切られてしまった。
……だが、それが致命的となる。
「ミスったな。付着した血を見れば、刃が丸見えだぜ!」
「しまっ……!」
間合いが見切れれば警戒する必要はもうない。
動揺して隙を見せたところに、王牙は思いっきり飛び込んで懐に潜った。そして沈めた腰を捻り、拳をまっすぐ突き出す。
彼女は間一髪で後ろに大きく跳ぶことで、それを避ける。しかしそれはさらなる隙を生むことに繋がった。回避することに専念するあまり、重心が後ろに偏ってしまっている。おまけに空中。これでは次の攻撃を回避することができない。
問題があるとすれば、彼らの距離は十メートルほど離れてしまっていること。しかしそれを解決する手段を、王牙は覚えていた。
拳を握りしめると、そこに霊力が集中していく。
いつものように破壊力を意識しなくていい。あくまで最低限、ダメージを与えられるものであれば。
それゆえに『王牙会心撃』のように手首を捻って溜めを作る必要はなく、一秒とかからずに彼の拳には霊力が注ぎ込まれた。
それを、素早く突き出す。
ジャブのように軽い感覚で。
すると伸び切った王牙の拳から、霊力の球が弾丸のような速度で飛び出した。
「『王牙空裂弾』!」
「速射できる遠距離攻撃!? いつの間にっ……!」
静音はなんとか避けようとするが、間に合わない。刃で防御する暇もなく、彼女は両腕でその一撃を受け止めることにした。
だが、まだ終わることはない。その一撃を皮切りに、王牙は両手を使ってその霊力弾を連射してきたのだ。空中に浮かんだままの彼女はまさに格好のマトであった。
その暴力的な攻撃の嵐に彼女はあっさり呑み込まれ……最終的に空中で二転三転して倒れ、大の字になって動かなくなった。
「ふぅ。どうする? まだやっか?」
「……冗談。痛いわコラ。少しは加減しろっての。まだ腕がジンジンする。泣きそう。いや泣かないけど」
「たぶん骨にヒビが入っているからでしょうね。二人ともこっちにきなさい。すぐに治してあげるわ」
夜美が祈祷術を使い、王牙の腹の傷や静音の骨折部位をすぐに治そうとする。二人は自らの傷が癒えるのを待ちながら、先ほどの戦いの感想を述べる。
「はぁ。刃消すのはいい線言ってると思ったんだけど……一回切るだけで血が刃につくんじゃ使えないゴミじゃん」
「まあまあ。発想は悪くなかったと思うぜ。お前の『空硯』は俺のと違って色々応用効きそうだし、色々と試してみるんだな」
「そうする。今後も何かと危ないだろーし」
静音が今回自分の能力の可能性を探っていたのは、より強くなるためだ。
彼女は気がついていた。これから迫るであろう危機に。
たしかに彼女はテロ組織であったディストピアスから抜けた。しかしあの組織は裏切り者を許さない。特に今のリーダーは。
だからこうやって時間が空いている時に修行して、己を鍛えているのである。
一方で夜美は今回の戦いの問題点を指摘するため、王牙に声をかける。
「遠距離攻撃、なんとか形になったみたいね。ただ連射するとすぐに正確性と密度が甘くなっていたわ。もっと慣れておくことね」
「ああ。実際けっこう外れてたのもあったし、威力にもばらつきが出てたからな」
技のバリエーションを増やす修行を始めてはや一ヶ月。この前の事件には間に合わなかったが、最近ようやく実用レベルになってきた。これも日々の修行の賜物である。
「これでもう動き回れるはずよ。というわけで次の修行を開始するわ」
「うしっ。体は十分あったまったし、今日もやってやるぜ!」
拳を手のひらに打ちつけ、やる気を示す。
そうして今日も彼の厳しい修行が始まった。それは夜遅くになるまで続くのであった。