「『王牙痛恨衝』!」
放たれた衝撃波が地面をえぐり、その先にある岩を砕く。その威力は凄まじく、直撃を受ければ上級の妖怪でもタダでは済まないことだろう。
しかし王牙は足を振り切った状態で静止したまま、どこか不満げな顔を浮かべた。
「うーん……たしかにこの技さえありゃたいていの格上にも通じるだろうけど……あのジェネシスに効きそうかって言われたらなぁ……」
『王牙痛恨衝』は『王牙会心撃』の蹴りバージョンである。
ただの派生技と思ってはいけない。もともと蹴りというのは拳の三倍の威力が出ると言われている。それはこの技も同じで、威力はなんと従来の三倍以上もあるのだ。
ただでさえ『王牙会心撃』は陰陽術の終式に匹敵する威力を持っていた。それが三倍ともなれば、当たれば特級の術師ですら致命傷を負わせられると夜美は判断している。
だが、極級には通じない。
王牙は一度、夜美の全力の陰陽術を見たことがある。
彼女が放つ、核兵器をも凌駕する極式の術。あれに匹敵する威力と規模の技が、どうしても王牙は欲しかった。
ここは荒野。八百神社が所有している異界の中だ。
最近になって王牙の技は威力を増しすぎて山が危険になってきたため、ヤオが土地の龍脈を利用して異界を拡張してくれたのだ。
そして生まれたのがこの荒野だった。
ここには草木は一本も生えていない。あるのはでこぼこした岩肌の地面と、木の代わりにあちこちに生えている大中小の岩々。その中にはまるで山のように巨大で、崖のように切り立ったものまであった。
王牙はそんな岩山の一つに狙いを定める。
「まあとりあえず色々試すしかねえか」
王牙は再び足首を捻り、エンジン音を鳴らす。そして霊力を過剰に足に集中させた。そのまま勢いよく体を捻り、回し蹴りを前方に繰り出す。
「名付けて……『双連痛恨衝』!」
通常通りに足から衝撃波が放たれる。しかし違ったのはここからだった。
彼はなんと回し蹴りを繰り出す勢いを利用することでさらに加速し、回転に磨きをかけたのだ。
そして二撃目。一撃目よりも勢いを増した状態で蹴りが再度繰り出される。そして最初のものを後追いするように衝撃破が放たれ、ほぼ同時に二つの衝撃波が目標の崖に着弾する。
崖は横から隕石でも降ってきたかのように大穴が空き、その壮絶な威力を刻んだものの、岩山全体が崩れるようなことはなかった。
「……威力はやべえが、隙が大きすぎるな。止まってる相手くらいにしか当たりそうにねえ、か……」
しかし威力と実用性を秤にかけて、王牙は眉をひそめる。
もともと痛恨衝は会心撃以上に隙が大きい技だ。だから気軽に放つことはできず、当たるタイミングを見極める必要がある。なのにそれを二連続で放つのはロマンはあるが実用的ではない。仮に実用性を排して一発逆転の切り札として使おうにも、その構想だと威力が逆に足りていない。
「……もう一回やってみるか」
だが他に何も浮かばないので、彼はとりあえず体を動かすことに決めた。
そうして何回新技を試しただろうか。足が重くなり始め、息が途切れ途切れになってきたころに、その現象は起きた。
発端はちょっとしたミス。目的に最初の衝撃波が当たる前に、二撃目の衝撃波が前のものに追いついてしまい、着弾する前に激突してしまったのだ。
すると驚くべきことが起こった。なんと衝撃波同士はわずかにスパークしたかと思うと、凄まじいエネルギーが発生して周囲の地面を大幅に削り取ったのだ。それは通常の『双連痛恨衝』を超える威力だった。
「今のは……?」
王牙にはそれがどのような理屈で、そんな結果になったかはわからない。
しかし今のを見て、彼の中で思いついたものがあった。
さっそく彼は足を捻り、霊力を集中させてそれを実践しようとする。
「『王牙痛恨衝』!」
まず一撃目。彼は普通に衝撃波を放った。
そして次の瞬間、彼は一気に加速して衝撃波の前に先回りすると、反対方向からも痛恨衝を放とうとしたのだ。
しかし、失敗。
二撃目が放たれるよりも早く最初の衝撃波が到達してしまい、王牙は自らの攻撃に直撃するはめになった。
「ぐわぁぁぁあああっ!!」
痛恨衝の威力は先ほど語った通りだ。
当然無事で済むはずがない。
王牙は凄まじい衝撃波によって吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。
彼の頑丈すぎる体が幸いして骨折などはなかったが、彼の体には大きな青痣が残されることとなる。
「ぐっ……! さすがに一筋縄じゃいかねえか……! だが、燃えてきたぜ……!」
なんとしてでもこの技を完成させてみたくなった。
王牙の本能が告げている。この技はきっと、彼にとって最大の切り札になり得ると。
それから毎日のように、王牙は夜美との修行が終わると、荒野に赴いて必殺技の修行に明け暮れるのだった。
♦︎
静音との模擬戦から数週間後。七月はすっかり中旬を超え、暑さはさらに容赦がなくなっていた。
気温は38℃。車のボンネットの上に卵を落とせばさぞ見事な目玉焼きができることだろう。
だが今日の王牙たちの目はその暑さも気にならないくらい輝いていた。特にクラスメイトの下竹や倉伏なんかは今にも窓から飛び出しそうなほどウズウズとしている。
静まり返る教室。やがてガラガラと戸が開き、担任の教師である牛丸が中に入ってくる。そして教壇に立って、深呼吸をし、宣言をした。
「――本日の授業はこれで終了だ。よって今より一学期を終了とし、夏休みに入るものとする」
『ウォォォオオオオアアアアア!!!』
――途端、地割れでも起きたかのように床が震動し、教室が熱狂に包まれた。
かくいう王牙もその一人である。わずらわしい学校が終わったことで歓喜の雄叫びを上げていた。いつもの二人なんて嬉しさのあまり脱ぎ出しそうな雰囲気まである。
静かなのはもう慣れきってしまった桜と形見と、呆れた顔をしている夜美、静音くらいのものであった。
「静まれこのバカモンども! あくまで夏休みが始まっただけだ! 学生の一ヶ月など一瞬! すぐに二学期が来ることを忘れるな!」
そこまで怒鳴ったところで、牛丸はビシッと王牙たちバカ三人組に向かって指を突きつけてきた。
「特にそこの三バカ! お前らは今年くらいは大人しくしろ! 絶対に問題なんか起こすんじゃないぞ! あと今年こそ宿題くらいちゃんと提出しやがれ! なめとるんか貴様ら!」
「わーお、名指しだ。信用ねえな。なあ王牙?」
「うんうん、ちょっとその発言は僕たちも傷つくよねぇ。ね、王牙?」
「なんでさも俺が悪いみたいな雰囲気にしてんだよ!? テメェらだって宿題なんざろくに出したことねえだろうが!」
もちろんこの三人は宿題未提出常習犯であった。本当、どうやって去年進級できたのかわからないくらいだ。おそらくは学校側が留年や退学なんてさせたら報復されることを恐れて、仕方がなく進級させたのだろう。もっとも王牙はその程度のことあまり気にはしないのだが。
牛丸は一通り注意事項を話したあと、教室を出ていった。
となると再び狂騒が戻ってきた。生徒たちはすぐに帰るわけでもなく、各々の仲の良いグループで固まって談笑をしている。
王牙はすることもないので席を立とうとした時、ふと教室の隅で桜が手招きをしていることに気づいた。
「ん? どうした桜?」
「あ、あのね。王牙君は夏休みに何か予定とか……あるのかな?」
「いや、俺と夜美は特にないな」
「……むっ」
夜美の名前をセットで出した途端、若干桜が頬を膨らませた。不機嫌になったのだと一目でわかるのだが、小動物みがある彼女がそれをやるとリスが何かを頬張っているようにしか見えない。思わず手で押し潰したくなるような衝動に駆られるが、これ以上不機嫌になられないためにぐっとこらえて彼女の話の続きを聞く。
「じゃ、じゃあ……今度、私とプールと夏祭りに行かない!?」
唐突に、うわずんだ声で彼女はそう遊びに誘ってきた。
「プールはともかく……夏祭り?」
「うん、これなんだけど……」
彼女はポスターを見せてくる。そこには祭りの内容が書かれていた。しかし特に変わった催しがあるわけでもなく、いたって普通の祭りだ。
……ん? そこで王牙は開催地に目をやった。
「開催地は……げっ、夢幻神社……」
その名前を聞いた途端、思わず王牙は顔をしかめた。
あの神社自体が何かをしているわけではないが、あの場所にはロクな思い出がないのだ。具体的に言えばジェネシスとかジェネシスとか。戦闘狂の王牙にとってもあの戦いは思い出したくないものであった。今思うとあれは『戦い』ではなく『蹂躙』だった。夜美が策を考えて奇跡的に成功したから倒せただけで、あそこまで絶望的な状況はもう二度と味わいたくはないと切に願う。今でも名前を聞いただけで全身の古傷が開いたような気がした。
「だ、ダメ……かな?」
しかしそんな事情を一切知らない桜は、途端に不安げな顔で彼を見つめてきた。
ふるふると震える瞳での上目遣い。その破壊力は凄まじく、石の如くそういった感情に疎い王牙ですらも心を揺さぶられる。可愛いと可哀想という二つの感情が浮かび上がってきて、思わず王牙は言葉に詰まった。
「うっ……」
「……」
「……わーったよ。俺も遊びたいと思ってたしな。ありがたく誘いに乗らせてもらうぜ」
「やったぁ!」
その返事を聞いた途端、桜が満開の笑みを咲かせた。
そういえばこんな光景を前にも見た気がする。あれは夜美と出会う前、夢幻祭に誘われた時だったか。
あれからもう四ヶ月。時が経つのは早いものだ。
と、そんなふうに感傷にふけっていると、ちょうどそのくだんの人物が王牙たちの間に割って入ってきた。
「あら、なんの話をしてたのかしら?」
「よ、夜美ちゃん?」
突然の彼女の登場に、桜は目を白黒させていた。そしてなぜだかあたふたと慌て出す。まるで犯行現場を見られた犯罪者のようだ。
「な、なんでもないよっ。ちょっとお話ししてただけだから。ねっ、王牙君?」
「ああ。ただこいつにプールと祭りに誘われただけだ。変なことは話してないぞ」
「王牙君のバカァーー!!」
「えぇ!?」
なんで!? どうして!?
突然の親友の暴言に王牙は真っ白に燃え尽きた。
そして彼女の叫びは狂騒の中でもよく響いたらしい。それはあのおぞましい二人を呼び寄せる結果となってしまった。
「なんだなんだ? 女二人と男一匹でそんな隅で固まって。まさか野外セッ……ぶごはっ!?」
「それ以上はいけない」
ゲスな笑みを浮かべて最低な発言をしようとしていた下竹を、倉伏が腹パンで見事止めていた。
しかし倉伏とてクズの一人。下竹がノックアウトしている隙に、こちらもゲスな笑みを浮かべて近づいてくる。
「で、どうしたんだい? 王牙がとうとう性犯罪に目覚めて富士宮さんを襲ったとか? それだったら大歓迎だけど」
「なんで大歓迎なのよ……」
「そうだ。今桜にプールと祭りに誘われたんだけどよ。お前たちも来るか? こういうのは人数多い方が楽しいだろ?」
「へぇ、プールに祭り、ね……」
倉伏は泣き出す寸前で固まっている桜と状況を理解していない朴念仁の王牙、そしてひっそりと邪悪な笑みを浮かべている夜美を見て、何が起きたのかすぐに把握したようだ。そしてそのゲスな笑みをさらに深める。
「酷いなぁ出雲さん。僕たちがこんなことを聞いたらどうするのかわかってたんだろう?」
「あら、なんのことかしら? 私は何も話してないのだけれど……」
「にしては都合の良すぎるタイミングだ。そういえば出雲さんってやけに耳がよかったよね?」
「ふふふ……」
「あはは……」
「な、なんだ? よくわからんがなんか危ない気配がするぞ……!」
暗黒微笑と言うべきか。二人は邪悪な雰囲気のまま、互いに誤魔化すように笑い合っていた。
しかし目が笑っていない。ぶっちゃけホラーである。
「プール!? 水着! 出雲のパーフェクトボディに富士宮の巨乳ロリボディ! それに委員長のスレンダーボディに雲踏のギャルボディ! フォォォォ!! 是非参加させてもらいます!!」
その雰囲気も下竹が鼻の下を伸ばしながら奇声をあげて復活したことで、元に戻った。
だがやっぱりこの男は最低だ。一回ムショにでもぶちこんだほうが世のためになるのではないだろうか。
「ま、こんな美少女たちの水着姿が見れるんなら、当然僕も参加させてもらうよ」
「ああ……終わった……」
二人の参加を聞いて、桜はとうとう真っ白に燃え尽きて崩れ落ちてしまう。
しかし王牙は何を勘違いしたのか、彼女を元気づけるためにさらに燃料を投下する。
「そ、そっか。さすがに男三人は嫌だったよな。待ってろ、今他の女子も呼んでくるから!」
「……時々思うのだけれど、あなたって鬼畜よね」
「へっ?」
それを聞いてさらに顔を真っ白にする桜。もはやそよ風でも吹けば灰になって空に消えていきそうな気配まである。
しかし王牙はそんなことまったく気づかずに、形見と静音を呼んでくるのだった。
そして彼女たちが桜の容態を見て発した一言は。
「……王牙、サイテー」
「ですね」
「なんでだよ!?」
納得がいかなかった。とりあえず彼女の介護は形見に任せて、王牙は静音の方を見る。
「はぁ……プールと夏祭りだっけ? 普通にダルイんですけど。つーかなんですわざわざこんなクソ暑い外に出てまで遊ぼうとするのやら」
「そっか。じゃあお前は不参加だな」
「い、行かないとか言ってないしっ」
「どっちだよ……」
じゃあややこしいこと言うなよと内心ツッコミを入れる。直接言わなかったのは口に出せばさらに面倒になることがわかりきっていたからだ。
「はぁ……こうなっては仕方がありません。桜には悪いですが、私も参加させてもらいますよ。それでいいですよね、桜?」
「あはは……うん……みんなと一緒の方が楽しいしね……あはは……がくっ」
「桜ぁーーーーっ!!」
とうとう桜は気絶してしまったようだ。どうしてかはわからないが、前にも似たことがあったので大丈夫だろう。
「……あ、そうだ。そういえばもう一人友人がいるんだけど、そいつも呼んでいいか?」
「友人? へぇ、あんたこの学校以外にそんなもんいたんだ。社会不適合者だし、てっきり友達少ないと思ってたんだけど。まあいいんじゃね。知らんけど」
「地味に酷いな。いやまあ間違いではないけどよ。つい数ヶ月前に知り合ったんだよ」
ちょうどあっちも友人が少ないって嘆いていたし、いい機会だ。この際クラスメイトたちを紹介するのも悪くはないだろう。
その後は各々で予定を確認して、帰宅するのであった。帰る際の王牙たちの荷物はパンパンに膨らんでいた。小学生の時にような植木鉢とかプランターごと持ち替えるようなことはないが、普段は机の中に放置している教科書を全部持ち帰るとなると、なかなかの量になる。数日に分けて持ち帰っていた桜と形見は大したことはなかったが、それを怠った者の末路は悲惨だった。特に下竹と倉伏なんかはバッグに加えて両手で大量の教科書を持たなくてはならないハメになり、死んだような顔をしていた。
一方の術師組は霊力による強化を密かに行っているため、そこまで苦しそうではない。それでも静音は増えた荷物を見て気怠そうだった。
王牙もまた大量の荷物を背負う。とは言ってもこっちはさらに余裕だ。生身で3トン重りで指立て伏せができる彼にとって、この程度辛いわけがない。
そういうわけで跳ねるような気持ちとともに、王牙たちの夏休みが始まった。
♦︎
その夜。王牙はスマホで電話をかけていた。
相手は友人の一人だ。そして遊びに誘う相手でもある。
しばらくして連絡がつき、スマホから明るい女子の声が聞こえてきた。
『ヤッホー、王牙。元気にしてる? そっちから連絡するなんて珍しいね!』
「ああ。ちょっとお前に用事があってな。――ヒカリ」
電話をかけた相手。それは数ヶ月前に護衛依頼で知り合った桐絵ヒカリだった。
彼女は日本で知らない人はほとんどいないと思われるほどのスーパーアイドルだ。実際テレビをつけたりスマホでニュースを見れば、数日に一回は彼女の姿を見るほど人気がある。
実はあの銀座の怪人事件が終わった後、王牙たちはしょっちゅう彼女と連絡を取り合っていたのだ。電話だったら一週間に一回はしてるし、一ヶ月に一回は直接会って遊んだりしている。王牙は友達になってくれる人が少ないため、けっこう付き合いを大事にするのである。
「それでな。その用事なんだが……」
王牙はかいつまんで夏休み中に予定されたプールと夏祭りに関した話した。
聞いている限り、彼女は興味津々なようであった。アイドル活動のせいで友人が少ないヒカリにとって、他の人と遊ぶというのは何よりも楽しみなことなのだ。
『もちろんオッケーだよ! 私もいつもお仕事してるわけじゃないしね。連絡すれば大丈夫だと思う』
「あ、でもそいつらってお前のファンなんだよな。特に男二人組が熱狂的でな……。そのままだとちょっとまずいかもな」
『だいじょーぶだいじょーぶ! そんな時のためにいくつか魔術を学んでおいたから!』
「魔術って……いつの間に……」
『先生の遺産の一つに、私宛てに送られた魔導書とか研究書がけっこうあったの。夜美さんと連絡を取り合ってこっそり練習してたんだけど、最近ようやくいい感じになってきたんだ』
「へぇ。どんな魔術なんだ?」
『ふふふ、それは会ってからの……お・た・の・し・み』
最後の言葉は、まるで身元に囁くかのように聞こえた。彼女が本当に耳元で話しているように感じて、思わずドキリとしてしまう。蟲惑的な魅力と心地よさがその声にはあった。
その後はいつも通りお互いの近況を話し合った。途中で彼女の父親に気づかれるハプニングはあったものの、なんとか乗り越えて王牙は通話を終えるのであった。