七月の終盤。もうすっかり夏は本番となっており、アスファルトを焦がす勢いで猛烈な日光が差していた。
青々しく生い茂る木々の葉。その幹にはセミがへばりついており、これまたミンミンとやかましい鳴き声をあげている。
そんな真昼の中、王牙と夜美は太陽の下でひたすら人を待っていた。
「くそっ……早く来すぎた! せめてプールのエントランスにでも入れれば涼しくなるんだが……!」
「チケット購入は入口手前。お金を払わなきゃ中に入れない仕組みね。客じゃない人間がたむろして避暑地代わりにしないようにっていう企業の営業努力が伺えるわ」
「んな努力いらねーよ! つーかこんなクソ田舎の町に邪魔になるほど客が来るかよ!」
「……それは言わぬが吉よ」
残念ながらここ香霊町は少子高齢化の影響をまともに受けている町だ。それでも限界集落よりは高校も複数あるほど子どもがいるのでマシだが、未来は暗い。
とはいえ王牙はここが生まれ故郷というわけでもないので、名残惜しくはあるが特に何かをしようという気にはなれなかった。暴れる妖怪を退治するくらいならいいが、彼には選挙やら政策やらを考える方がその数百倍は疲れそうに感じた。
だから王牙は何もしない。あとはせいぜい結婚でもして子どもを作るくらいしかないと思うが……血筋の呪いのこともあるし、まともな女性とは付き合うことはできないだろう。せめて子どもに殺されないくらい強くて躾ができそうな人間でなければ……。
と、そんなことを考えていると、いつのまにか王牙は夜美と目が合っていることに気づいた。
「……何か?」
「いや、別に」
「何か極めて汚い視線を感じたわ。いったいどんな卑猥なことを考えていたのかしら?」
「んなこと考えてねーよ!? 決めつけんな!」
「男はみんな狼みたいなものなのよ。特に私みたいな玉体を持つ者にはならさらね」
「お前、自分を自分で美しいとか言って恥ずかしくないのか?」
「事実だもの。私の体は日本人にとって理想的となるように因果が決まってるのよ。だから人間だったころから太ることはなかったし、歳をとっても今以上に老けることもなかったでしょうね。まあ後者は精神生命体に共通するものだから、今と変わりないけど」
「……?」
「……少し、喋りすぎたわね」
その言い草王牙は少し違和感を覚えた。
まるで彼女が美しいことには他の要因があるように聞こえる。
しかしそれを追求しようとすると、タイミング悪く待ち人たちがやってきてしまった。そのせいで王牙は機を逃し、その疑問を頭の片隅に追いやってしまう。
「おーい、王牙君ー!」
「桜に形見に静音に……バカ二人か。なんだ、だいたい揃ったじゃねえか」
「これで全員じゃないのか?」
「ああ。俺の知り合いが来る予定なんだが……」
言いつつ王牙は周囲を見渡す。すると途中で静音と桜の衣服が目に入った。
静音は……なんというかいつも通りだった。暑かったのかパーカーは羽織っておらず、その下にあるヘソと脇が丸出しになっている丈の短いショートトップスと、これまた非常に丈の短かいミニスカートを身につけている。
言ってしまえば彼女の戦闘用装束であった。夜美といい、王牙といい、常在戦場で呪具の衣服を常に着込むのは術師の性なのかもしれない。
対する桜は、これまた脇や背中が露出した白いワンピースを着ていた。白色は本来なら清純なイメージを与えるのだが、その絶妙な露出の多さとワンピースでも隠しきれない胸の大きさのせいで大変際どく見える。少年少女が見たら目の毒になりそうだ。
当然そんな極上の果実にバカ二人が飛びつかないわけがなく、猿のように興奮していたが、そちらは委員長の形見が力技で取り押さえていた。
「その知り合いってどういう人なのー?」
「ああ。歌が得意でな。あと明るくていいやつだぞ」
「むっ……」
「お、噂をすれば……」
ヒカリの話をすると桜が急に不機嫌になったが、王牙はまったく気づいていなかった。そしてその本人を見つけて軽く手を振る。
しかしだんだん近づいてくるにつれて、王牙はその外見の変化に目を見開いた。
「ヤッホー! お誘いありがとね王牙。最近は忙しかったし、今日はすごくリフレッシュできそう!」
「お、お前、その髪どうしたんだ……?」
「ん? ああこれ? 魔術でちょっと変えているだけだよ」
ヒカリはいつもと違って髪をツインテールでまとめていた。そこはいい。前回のデパートでも同じような髪型だったし、銀座の怪人の形見の十字架ネックレスには認識阻害の効果が付与されているので、これでも十分変装できてはいるだろう。
しかし彼女の髪の色は栗毛ではなく、まばゆい金色になっていた。名は体を表すと言うべきか、身につけた流行もののブランド服と相まっていっそう輝いているように見える。
これが新しく身につけた変装用の魔術ということか。たしかに髪色一つ変わるだけでグッと印象が変わった。
もっとも彼女が美少女なのは変わらないので、これではアイドル桐絵ヒカリだとはわからなくても、普通に目立っているのだが。
「どう? 似合ってる?」
「似合ってる。似合ってはいるが……似合いすぎだろ。人の目がぐんぐん引っ張られてんぞ」
「だ、だって君に見て欲しかったから……」
「……はぁ。ま、バレないんだったら問題ないだろ」
こっぱずかしいことを言われて照れたのを隠すためか、王牙は強引に彼女の頭を撫でて話題を逸らす。しかし彼女はそれをされて猫が心地よさを感じるように目を細めていた。
しかしそれで平和的に終わらないのが王牙の友人たちである。夜美以外の全員がヒカリの顔とその仕草を見て、口を大きく開けて唖然としていた。
「お、おいおいおいおい!? なんだその美少女は!? どこでひっかけてきたんだ!?」
「美しいお嬢さん。お名前を聞かせてくれないかい?」
「ひ……じゃなくて、アカリですアカリ! 本日はよろしくね?」
アイドルをしている癖が抜けていないのか、ヒカリもといアカリはそう言って可愛らしくウィンクをした。
するとなぜか倉伏が爽やかな笑みを浮かべながら胸を押さえ……その場で倒れてしまった。
「ふぇっ!?」
「ふっ……どうやら……僕のハートは……君のまなこに撃ち抜かれて……しまった……よう……だ……」
「倉伏が死んだ!?」
「この人でなし!」
「いや実際人でなしだし、死んでも困らんしょ?」
『それもそうだ』
「……あの子、どこかで見覚えがあるような……」
王牙、下竹、静音は本当に倉伏が息をしていないのにも関わらず軽く流した。静音はすっかりクラスに順応してきているようだ。
一方の桜は認識阻害を受けてもなお感じるものがあったのか、何やら唸りながらヒカリを凝視していた。
その様子を見て静音が小さく王牙と夜美に向かって耳打ちをする。
(あの子、けっこうな霊力を持ってるみたいだし、もしかしなくても術師?)
(ちげーよ。最近魔術をかじるようになったみたいだが、ほとんど一般人だな。ちなみに裏の世界のことも俺たちのことももちろん知ってるぞ)
(だからそこまで警戒する必要はないわ)
(なるへそ。道理で術師にしては動きがトーシロっっぽいと思ったわ)
とまあこのようにして王牙はヒカリを全員に紹介した。
予想外の美少女にクラスメイトたちは驚きはしたものの、彼らは大した揉め事もなくそれを受け入れたようだ。
まあぶっちゃけて言うとうちのクラスは女子の顔面偏差値が高いし、性格もいいので嫉妬も起こらなかったのだろう。アイドルとして遠ざけられたり妬まれた経験が多いヒカリはその反応にかなり驚いていた。
だが、これならうまくやっていけそうだ。
総勢八人となった王牙たちは、早く涼むためにそのままプールがある店へと入っていくのであった。
♦︎
『香霊ブルーアイランド』はその名の通り香霊町にあるレジャー施設だ。
ここは大部分が屋内プールとなっているため、夏も冬も適温に調整されている。その上でウォータースライダーや流れるプール、大波が人工的に発生するプールなど多種多様なプールが揃っている。
この町ではプールと言えばここしかないので競合もなく、おまけでカラオケやビリヤード、ダーツ、卓球などのレジャー施設も揃っているため町では非常に人気のある施設だった。
ぶっちゃけ田舎町にここまで巨大な施設があっても採算が取れないだろと思うかもしれないが、とある金持ちが税金逃れとプライベートを兼ねて作ったものらしいので、赤字になっても特に問題ではないらしい。
人はそこそこいるものの、都会のプールのようにぎゅうぎゅう詰めになっているわけではないので、思う存分に泳げそうだった。
「久々にこういう施設に来たな。最後に来たのは去年か?」
「それ以外に泳ぐと言ったら学校の授業くらいだしね」
「学校のやつだと軽々と世界レコードを超えるやつが約一名いるから嫌なんだよな。女子が全員そっちにいっちまうし」
「うるせえ。悔しかったらお前らも少しは鍛えるんだな」
そういう王牙の体はバカ二人どころかプールにいるどの男と比べても明らかに格が違う体つきをしていた。
全体的にバランスよく引き締まりすぎた筋肉は、まるで装甲のよう。それはジムで人工的に作られたものではなく、頑強かつ柔軟性に富んでおり、凄まじいパワーが秘められているのが一般人でも感じられる。
おまけに周囲の目を惹くのが体中の傷跡だ。
独立術師として活動する前から消えない古傷というものはあったが、ジェネシスとの戦いで全身の皮膚が千切れて以来、どこもかしこも傷だらけになっている。もはや傷がありすぎて、ついこの前の静音や天音による刀傷がまったく目立たないくらいだ。
明らかにカタギと言えないその雰囲気に、彼に近寄る客はいなかった。
「待たせたわね」
「おう。大丈夫だ……って……」
背後から夜美の声がして後ろを振り返った途端、思わず王牙はしばしの間固まってしまった。
彼女が着ていたのはワンピース型の黒い水着だった。さらにその上にレース状に編まれた半透明な黒のカーディガンで肌を隠している。普段の巫女装束を考えると深窓の令嬢を思わせるような清楚さが感じられたが、それで彼女の色気が隠れているわけではなかった。完璧なる美を体現するかのような抜群のプロポーションは、逆に隠されたことで魅力を増しており、神聖かつ煽情的な雰囲気を漂わせている。
それはまるで美の女神ヴィーナスが降り立ったかのような姿で、誰も彼もが彼女に見惚れていた。
そんな中、彼女はいつもの冷たい表情を崩さずに不快そうに眉をひそめる。
「ふん。それにしても学校の授業の時にも思ったけど、肌を不特定多数に見せるのは不快ね」
「いやお前の普段着の方がやべえだろ」
「……」
「ごはっ!?」
その言ってはいけない事実に夜美は無言で正拳突きを繰り出した。一般人が当たったら風穴が空いてしまうほどの威力のそれは、見事に鍛え抜かれた王牙の腹筋を貫通。彼を悶絶させる。
「いつつ……」
「だ、大丈夫、王牙君?」
「ああ……なんとか、って……」
「ど、どうかなぁ?」
顔を上げた王牙は思わず目を丸くする。
そこには普段とは一味違った色気を放つ桜がいたからである。
彼女が選んだのは二の腕を隠せるようなオフショルダー型の水着だった。色は水色。それはフリルがふんだんに使われており、幼児体型である彼女の可愛らしさを存分に引き立てている。
しかし一点。胸だけは想像を絶する破壊力ものがあった。胸部分を覆う布は身長に合わせたせいでベストサイズになっておらず、胸がきつく締め付けられており、強調するような形となってしまっている。ぶっちゃけ目のやるどころに困るあり様であった。
夜美と桜に続いて他の女子たちもぞろぞろと出てくる。形見はあまりこだわりがなかったのだろう。学校でいつも使っている、競泳水着のようなスク水を着ていた。
そして静音は……。
「……なんかお前、普段とまったく変わらないよな」
「しばくぞコラ」
だって布面積ほとんど同じだし、色合いも変わっていないし。
静音は黒のホルターネック型のビキニを着ていた。ホルターネックというのはあれだ、輪っかがあってそれを首に通して支えるタイプの衣服のことである。アイデンティティなのかはわからないがへそや脇はいつも通り露出しており、ぶっちゃけ初めて見るはずなのに見慣れた感じがする。だがまあ似合っていることは確かであった。
そして最後にヒカリが姿を現す。
「どう? どうどう? 似合ってるかな?」
「おう。……なんつーか、慣れてる感じがすごいな」
「グラビアとかも撮ってるからね。これはちょうど今月の撮影に使ったやつなの。八月になったら発売されると思うから、ぜひ買ってね?」
「ん? 写真集とか曲とかは全部買ってるから、もちろんそのつもりだが」
「へっ!? ……あ、へ、へー、そうなんだ……。も、もうちょっとポーズとかこだわればよかったかも……」
この朴念仁な王牙が自分の写真集を買っているなど予想外だったのだろう。嬉しさ半分恥ずかしさ半分といった感じで、ヒカリは今までのこなれた雰囲気から一転、うぶな少女のようにモジモジとし出す。
彼女が着ているのは白色のビキニタイプの水着だ。しかしそれ以外にも腰や腕にアクセサリーなどをつけた上で、シースルーというか、半透明な上着を着ている。正直王牙たちの中では一番水着にこだわっていることがわかる。さすがはアイドルといったところか。
「うし、全員揃ったし、各々好きな場所に行くとするか」
「じゃあ俺ウォータースライダーに行くわ! やっぱここに来たらこいつを経験しないとな!」
「ま、無難だね。嫌いじゃないし、僕も同行させてもらうとするよ」
「うーん、私プールは嫌いじゃないけど泳ぐの苦手だしな……かといってウォータースライダーは怖いし……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと浮き輪を用意してきましたから。膨らませたら一緒にあそこの流れるプールに行きましょう」
「大波発生のプール……どんなものなのかしら?」
「はぁ……そーいや法界って海ないんだっけ?」
「ええそうね。湖はあるけど基本的に山ばっかりだわ」
「あっそ。別にどうでもいいけど」
「じゃあなんで聞いたのよ……」
「んじゃ、俺たちも行くか」
「うん。エスコートよろしくね、王牙」
全員は自然にいくつかのグループに分かれて、それぞれが気になる場所に行くこととなった。
王牙は今回初対面ということで、あまり他のメンバーとは親しくないヒカリと一緒にプールを巡ることにした。
まず最初に来たのはこのプール名物のウォータースライダーだ。天井スレスレの高さはなかなか迫力があり、スリルが味わえることだろう。
昼間だが田舎ということで列ができているわけでもなく、王牙たちはすぐにスライダーの入り口まで登ってくることができた。
「おっ、やっぱお前らもここを最初に来たか!」
「ふふ、やっぱりそこの美しいお嬢さんと僕は気が合いそうだね」
そしてそこで嫌なメンツを見た。
下竹と倉伏の体はすでに濡れており、どうやらもう体験済みらしい。今は二周目でやってきているのだろう。そこらのプールや海では味わえないスリルに、珍しく倉伏の方もかなり興奮しているようだった。
「どうかいアカリさん? 初めてということで緊張するだろうし、ここは僕と抱き合いながら一緒に――」
「なに気持ち悪いこと言ってんだ! アカリちゃんとは俺が滑るんだよ!」
「ふっ、冗談はよしなよ。下竹風情がアカリさんに触ったりなんかしたら、下竹菌が移るかもしれないじゃないか」
「なんだよ下竹菌って! 小学生かお前は! とにかくここはこの俺がアカリちゃんとペロペロ――」
「いいから行け、変態ども」
『あべしっ!?』
耳が腐るような会話だったので、王牙はためらわず二人に蹴りをお見舞いした。それによって吹き飛ばされ、二人は抱き合うような形でウォータースライダーの奥に消えていく。『覚えてろよおおおぉぉぉ……!!』という叫びも聞こえてきたのだが、それもまたどんどん奥に消えていってしまった。
「あ、あはは……」
「やっぱ正体を隠していてもヒカリの魅力は隠れきれないもんだな。これで正体知ったらマジでやばいことになるだろ」
「み、魅力って……もう、恥ずかしいことをサラッと言うんだから」
「事実だろ? じゃなかったら日本中がお前に熱狂しないわけねえだろ」
「うぅ〜! もうっ……!」
ヒカリは恥ずかしくなったのか、逃げるようにウォータースライダーに乗り込もうとした。しかしその直前になって彼女の足が止まる。
「……け、けっこう高いね」
「なんだ? ビビってんのか?」
「しょ、しょうがないじゃん! ウォータースライダーなんて初めてなんだし……」
「はぁ……しゃーねえな」
「へっ……きゃっ!」
いつまでも入ろうとしない彼女に痺れを切らし、王牙は彼女の背中に手を置いた。
それに彼女は顔を真っ赤に染めて慌て出す。しかし彼はそれを気にせずに彼女を座らそうとした。
「な、なにを……!?」
「仕方ねえから一緒に滑ってやるよ。それだったら少しは怖くなくなるだろ」
「い、一緒って……! この体勢は……!」
「いいから気にせずに俺の背中でも掴んでおけって」
そう言って王牙は彼女をどかし、ウォータースライダーの前に座り込む。ヒカリはしばらくはアワアワと慌てていたが、下から誰かがここに登ってくる足音を聞いて、急いで彼の背後に座り込む。そして目を瞑り、その背中を力いっぱい抱きしめた。
「うし、じゃあ行くぞ!」
「へっ? か、カウントダウンとかは!? って、きゃあああああ!?」
そんなものはない。
ヒカリの悲鳴を無視して王牙は思いっきりスライダーの中へ飛び込んだ。下半身の動きだけとはいえ、人間を超える肉体を持つ彼がそんなことをすれば当然速度は通常よりも速くなる。水の流れに乗って二人の体はボブスレーのように加速し、狭いトンネルの中を駆け巡った。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「ハハハハハッ!!」
一人は絶叫。もう一人は歓喜。
そうやって騒がしい叫びをあげながら二人は進んでいき……そして突如視界に現れた水面に叩きつけられた。