王牙たちが一通りプールで遊んでいると、すっかり外は夕方になってしまった。
正直彼としてはまだエネルギーが有り余ってるくらいなのだが、バカたちや桜や形見などの一般人組はそうではない。彼らはすっかり疲れ切ってしまっていた。
ということでプールはお開きとなり、この後は夜の祭りに備えることとなった。
「女性には女性の支度がありますから。時間がかかると思いますので、しばらくの間は町で適当に時間を潰しておいてください」
なんて形見は言うと、ヒカリを含む女性陣を引き連れて、自分の屋敷に引っ込んでしまった。
そう、屋敷である。
委員長こと形見の家は実はこの町では有名な地主なのだ。言ってしまえば金持ち。家が屋敷なのはそういう事情があった。
そして前の祭りで彼女が桜に浴衣をプレゼントしたように、あの家には様々な衣服がたくさんある。桜はともかく、他二人は浴衣を持っていなかったので、それを着せるつもりなのだろう。
その間、王牙たちはゲーセンなどで暇を潰し、夜が更けるのを待った。
そして待ち合わせの時間――。
ホットスナックを買い、コンビニ前で田舎のヤンキーのようにたむろしていたバカ三人組に、ふさわしくない明るい声がかけられる。
「あ、いたいた! やっほー!」
「まったく……駐車場前で敷物も敷かずに座り込むなんて汚いですよ。おまけにこんなに食い散らかして……ちゃんと片付けてくださいね」
まず目に入ったのはいつもの二人組、桜と形見だ。彼女たちは数ヶ月前の夢幻祭と同じ浴衣を着ていた。いや、形見の方は色は同じ黒だが柄が違うのか? さすがは金持ち。別のものを何着も持っているらしい。
「ふふ、浴衣もたまにはいいものだね! 今度のステージ衣装で検討してもらおっかな」
ヒカリの方は白と黄色という、どことなく彼女のアイドル衣装を思わせるような配色の浴衣ドレスだった。さすがアイドルと言うべきか、普段は着る機会があまりないだろう浴衣を完璧に着こなしている。彼女にかかればどんな服でも似合ってしまうのだから驚きである。
しかしそれと同じくらい目がいってしまうのが静音だ。彼女もまた柄は形見と違うものの、黒い浴衣を着ていた。……んだがなぁ。
「はぁ……なんかソワソワするわ。似合わないっつーか、落ち着かないっつーか……」
「そんなことないぞ雲踏! いつもエッロい格好してるやつが急に露出を少なくすると、逆にエロくなるんだぜ!」
「自信を持ってくれたまえ! いつもは思わず舐めたくなる脇とかヘソとかに目がいってしまうが……君の太ももは最高だ!」
「うわキッショ。死ね。つーかマジ死ね。三回転生して五回死ね」
「「へぶしっ!!」」
そう、二人の言う通り王牙の瞳はその太ももに引き寄せられていた。
なにせスリットが深すぎるのである。絶妙に下着がギリギリ見えないくらい深い。それでいて静音はムチムチな美脚なので、二人の言葉に賛同するわけではないが、そこには男を惑わせる妖艶さがあった。
それで彼女は這い寄ってきた汚物どもを蹴りつけているが、まああれらにはたぶん逆効果だろう。
「お待たせ。ちょっと自販機でドリンク買ってたら遅れてしまったわ」
そして最後。一番気になっていた夜美の浴衣姿を見て……王牙は絶句する。
「あのよ。お前は肌が隠れてると呼吸ができなくなって死ぬのか?」
「失礼ね。……せっかく気合い入れたのに……」
「うん……やっぱりこれは……」
「刺激が強すぎるよね……」
彼女が着ているのは黒と紫の浴衣。……なのだが、彼女はなぜかそれを胸元や肩、背中をはだけさせるように着ていた。おまけに下半身のスリットも静音並みに深い。ぶっちゃけいつもの巫女装束より多少マシといった程度の際どさだ。
夜美ほどの絶世の美女がそんな格好をすれば町中の人々が魅了され、交通事故が多発してしまいそうなものだが、何故か通行人は彼女に目を向けていなかった。よく集中すれば彼女の周りを不思議な霊力が覆っていることに気づく。
これはあれだ。いつもの隠形術による気配遮断だ。
「なるほど。道理でそんな痴女めいた服装なのに俺たち以外の周囲が反応しないわけぼぉっ!?」
「……あら、何か言ったかしら?」
「ご、ゴホッ……足はダメだろ足は……」
拳ならまだ許容できる。しかし彼女は稲葉の白兎、つまりは兎の幻魔なのだ。その脚力は正直言って拳とは比較にならないほど凄まじい。その気になればジャンプ一回でビルすら飛び越えることができるだろう。
「い、いいなぁ王牙……俺もあんな綺麗な足で蹴られたいぜ……」
「おいおい。雲踏さんの足を味わっておきながら、ずいぶんな贅沢だな。まあ僕もあの足は一回だけ舐めてみたいとは思ってるけど」
「もうダメだわこの変態ども」
地面を這いつくばりながらそんなことをのたまっていた変態たちは、静音に後頭部を踏んづけられて地面にめり込んだ。あっちもあっちで一般人がくらったら相当ヤバいはずなのだが……まあギャグ補正の塊みたいな存在だし大丈夫だろう。
とはいえこれで役者は揃った。
「おーしお前ら、財布は持ったかー!」
『おおっ!!』
「そんじゃ夏祭り、行くぞー!」
♦︎
香霊町で祭りの開催地といえば、大半が夢幻神社と相場が決まっている。なぜなら夢幻神社はこの町にとっての宗教的なシンボルと言っても過言ではないからだ。
八百神社? あっちはほら、浮世の方の神社は廃れてボロボロになっているから。参拝客もほとんどいないらしく、ヤオの国津神としての信仰は八百比丘尼としての伝説と傘下の妖怪たちによるもので成り立っていた。だからこそ数少ない人間の信者である王牙を寵愛しているのだろう。
とまあそれは置いておいて。王牙たちは麓に到着した後、屋台を見て回りながら進んでいった。
「……って買うの早いなお前ら……」
「もごごごっ!!」
「はぐはぐっ……動きすぎてお腹が減ったからね……! こうやって……もごごっ……! 栄養補給は必須なんだよ……!」
少し目を話した隙に下竹と倉伏はそれぞれ焼きそばとケバブを購入し、かじりついていた。ものすごい食いっぷりだ。見ているだけで空腹を思い出しそうになり、腹が鳴りそうになる。それは王牙だけではなかったらしく、女性陣、特に桜もよだれを垂らしそうなほど溶けた顔でそれらの食べ物を眺めていた。
「まったく……後悔しないように買い物は一通り回って参拝した後って言ったじゃないですか……!」
なんて形見は怒っていたが、次の瞬間、彼女のお腹から「ぐぅぅ〜」という間抜けな音が聞こえてきた。
途端に彼女は肩を震わせ、みるみると顔を真っ赤に染める。そして免罪符を唱えるように小さく呟いた。
「……し、しかし、今日は運動後ということでいつも以上にお腹が空いてることでしょうし……早めに食べることにしましょう」
「うわっ、人に強制しといて自分に甘いとかないわー」
「委員長がそれでいいんですかー? 示しがつかないんじゃないですかー?」
「し、仕方ないじゃないですか! あなたたちが悪いんです! あなたたちが買わなければ無視できたのに!」
「珍しいな。委員長がクズどもに押し負けてるぞ」
「形見ちゃん、真面目だしね〜。自分に非があると思ったらどんどん押されちゃうタイプだし」
「ま、別に各自自己責任でいいっしょ。悪いけどうちもなんか買わせてもらうわ」
「あ、じゃあ形見ちゃんには悪いけど私もー。私も普段トレーニングとかするから代謝が高いんだよね」
静音とヒカリが一抜けしたことで、この不買協定は決壊することとなった。
まあ今回くらいはいいだろう。前の祭りの時は王牙たちがすぐに破産して後悔しないようにするために作られたルールだったが、今回は初参加となるメンバーも多いのだし、巻き込むわけにはいかない。そう諭してあげると形見も渋々納得したのか、買い物は解禁されることとなった。
「うぅ……どれも美味しそうで悩んじゃうよ〜」
「そうだ。普段世話になってるし、そのお礼に一個何か奢ってやるよ」
「え、だ、大丈夫だよ王牙君っ! そういうことを狙ってやってるわけじゃないんだし……」
「気にすんなって。なんか欲しいもんがあるんだろ? 最近はぶりがいいし、飯一個くらいだったら大丈夫だって」
「じゃ、じゃああれで」
「えーっと、なになに……『メガテラジャンボビッグバンハンバーガー』……一個2000円……だと……?」
思わず王牙は看板を二度見する。
そこにあったのは想像を絶する大きさのハンバーガーであった。だいたい人の顔くらいのサイズがあると言えば、どれくらいの大きさかわかるだろうか。値段もそれに相応しく、一個とは思えないほど高かった。2000円って……下手な大食いチャレンジメニューの代金とほぼ同じくらいだぞ……?
「ご、ごめんね! 『ぐぅ……』 む、無理言っちゃったよね! 『ぐぅ……』 やっぱなしで! 『ぐぅ……』」
「……いや、そんな音鳴らされて言われても……」
慌てて取り消そうとする桜。しかしその意思に反して体は正直だったようで、ひたすら空腹のクラクションを鳴らして王牙に訴えかけてきていた。
どうやら拒否権はないようである。それに一度吐いた唾は飲まないのが信条の王牙だ。彼は空腹に耐えようとする桜の顔を見て、即断即決でハンバーガーを買うことに決めた。
そして数分後……。
「うん! 美味しかった!」
「……マジか」
あれだけ面積のあったハンバーガーは五分と持たずに消え去ってしまっていた。後に残ったのは満足げな彼女の笑顔のみ。
「あ、私の好きな桜餅だ! せっかくだし、王牙君のも買ってくるね!」
「まだ食えるのかよ……」
あの一キロ以上はありそうなハンバーガーを食べた後でどうしてそう食欲旺盛なのか。ピンクの悪魔とかいう異名がそのうちついても知らんぞ俺は。
他のメンバーは……。
「……なんだそりゃ?」
「何って、風船ヨーヨーだけど?」
「いや、それは知ってるけどよ。お前がそんなん買うなんて意外だなって……」
「別にいいじゃない。ちょっと気になっただけよ」
なんか近くでバシャバシャ音がするなと思ってたら、それは夜美が風船ヨーヨーで遊んでいる音だった。
なんというか、意外すぎる。彼女のことだし、こんなチープなおもちゃなんて子供騙しとかなんとか言って無視すると思っていたのだが……。
いや、チョロQ理論なんてものもあるし、もしかしたら今まで立場上遊べなかったことからの反動なのかもしれない。そう考えると彼女が風船ヨーヨーに興味を持つのも仕方がないと思えてきた。
「あら、銃が置いてあるわ」
「射的か。法界の祭りにはなさそうだよな」
「まあ文化的にも銃は馴染みがないしね。妖怪に効くわけでもないし。中には所有者の霊力を利用して霊力弾を放つ魔銃なんてものもあるけど、あれって一流の呪具職人のオーダーメイドでしか作れないから、ほとんど見かける機会がないのよね」
霊力を纏った相手には、霊力を纏った攻撃しか効かない。それは術師界じゃ常識の話だ。だからこそ文明の利器とも言える銃は術師界ではほとんど見かけることがなかった。
だが銃というのはロマンだ。男はもちろんのこと、戦う系の女子であっても。そんなわけで射的の前には王牙たち以外にもバカ二人と静音、ヒカリが集まってくる。
「商品は……ぬいぐるみに菓子の缶詰、そしてフィギュアか」
「あ、あの熊のぬいぐるみ可愛いなぁ! 静音ちゃんもそう思わない?」
「べ、別に。それにうちにああいうの似合わんし」
「夜美はなんか欲しいものとかあったか?」
「私は特に。あとでネット通販で買った方がお得だし、特に興味はないわ」
「ったく、ロマンがわかってねえなぁお前は」
あまりに身も蓋もないセリフに王牙は思わずため息をついた。まあ合理主義的な彼女らしいと言えばらしいのだが。
「よし、任せとけアカリちゃん! 俺が取ってやるぜ!」
「その心は?」
「ここでプレゼント渡しとけば好感度アップで、いずれは……うへ、うへへへぶがぁっ!?」
「そんなことは未来永劫起こり得ないから安心しなよ」
気色悪く下竹が笑っていると、その顔面に静音の風船ヨーヨーが叩きつけられた。ついでにあまりの威力に風船が破裂し、水が彼の頭にぶっかかる。しかし普段の行いとたった今の言動のせいで、誰も彼に同情する者はいなかった。
「ま、ちょうどいいし全員でチャレンジしてみるか」
「さんせーい! じゃあじゃんけんで順番を決めよう!」
銃は合計二本。つまり同時に遊べるのは二人までということ。というわけでじゃんけんの結果、王牙と夜美が先鋒となった。店主にお金を払うと、コルク弾がそれぞれ三つ渡される。
王牙は銃を構えると、スコープもないのに片目をそれっぽく閉じて、商品を覗いた。
彼の狙いはとあるゲームに出てくる敵キャラのフィギュアだ。最近その作品を遊んだばかりなので、この機会にぜひ手に入れたいと思ったのだ。
「……貫くぜ!」
見えた!
引き金が勢いよく引かれる。それに連動して空気が押し出され、コルク弾が発射された。それはまっすぐ飛んでいき――フィギュアの真横を通り過ぎていく。
途端に決壊したような爆笑が響き渡った。
「ブハハハハッ!! 『貫くぜ!』って、カスリすらしてないんですが!? 何を貫くつもりだったんでしょうかねぇ〜!?」
「クッ……フフフッ! わ、笑っちゃ失礼だよ……ブホォっ! やっぱダメだ! その決め顔と決めゼリフでスカはないでしょ! かっこ悪っ!」
「……」
王牙は無言のまま振り返ると、青筋を浮かべたまま引き金を二度引いた。それは怒りの力によってか、寸分違わずバカ二人の顔面を撃ち抜く。
彼らは汚い悲鳴をあげて悶え苦しんだ。
「そうか。俺に足りなかったのは殺意だったんだな」
「射的ごときでなに狙撃の真理に至ったようなセリフ吐いてるのよ」
ごもっともである。
なにはともあれ、三回撃ってしまったので王牙のチャレンジは終わってしまった。
夜美は夜美で、その家事意外全てに極振りされた完璧な才能を発揮し、王牙が狙っていたフィギュア一つと適当なお菓子詰め合わせを二つ撃ち落としていた。テディベアを狙わなかったのはヒカリたちへの配慮らしい。自分でとってこそ愛着が湧くものということか。
「……はい、これ」
「えっ、いいのかよ? このキャラが出てくるゲーム、お前もやってたじゃねえか」
「私はカジュアルに楽しんでいるだけで、別にグッズとかには興味ないわ。それにせっかく手に入れたのに、捨てるのももったいないし。……別に、他に興味があるものがないから撃っただけで、あなたのために手に入れたわけじゃないんだからね。そこら辺は勘違いしないでくれる?」
「お、おう……その、ありがとな」
彼女は顔を赤く染めながらフィギュアの箱を渡すと、会話を拒絶するようにそっぽを向いてしまった。
まあ今のはさすがの王牙でも嘘だとわかる。しかし彼女の好意を無駄にはしたくなかったので、彼は心の中でもう一度感謝するだけで留めておいた。
そうして二組目が始まる。
次のペアは下竹と倉伏のバカ二人。どうやら彼らはアカリの好感度を稼ぐために、宣言通りテディベアに狙いを定めたようだ。
そうして彼らは銃を構え――なぜかくるりと王牙の方へ振り向く。
「「死ねぇ!!」」
「読めてんだよクズどもが!」
「「ごはっ!?」」
うん、やっぱり彼らが真面目に射的などするはずなかった。彼らは性欲よりも復讐を優先したらしい。
しかし悲しきかな、相手は同じ低次元の頭脳を持つ王牙である。彼らの外道な考えなど見抜かれており、王牙は放たれたコルク弾を蹴り返した。その破壊的な蹴りが生み出す速度は凄まじく、コルク弾は元の倍の速度で元きた方へ帰っていき――そして股の間にある男の急所に激突する。
チーン、という音が脳内に響いてきた。
「あ、あが……っ」
「む、息子は……ダメだろ……がくっ」
「……まあ後世にこいつらの遺伝子を残す心配がなくなったかもと思えば、世のため人のためになったのかね。よかったな、もしかしたらダーウィン賞もらえるかもしれねえぞ」
ダーウィン賞とは聞こえはいいものの、実質的には不名誉すぎる賞の一つだ。その受賞条件とは『自らの愚かな行為によって死亡もしくは生殖能力を失う』となっている。
そう、ダーウィン賞とはこんなバカなことをするような人間の劣等遺伝子を後世に残さないことで人類の進化に貢献した者に送られるという、今の時代だとブラックジョークが過ぎる賞の一つなのだ。
だが残念ながらこの程度で生殖能力が失われるなら、伊達に香霊町のゴキブリ扱いはされていない。二人は営業の邪魔ということで店を放り出された後、すぐに復活して歩けるようになっていた。
そして最後の一組が銃の前に立つ。
「はぁ……さっきまでの見てたけど、この程度の威力じゃ絶対あのテディベア落とせないと思うんですけど。ぶっちゃけ無理ゲーじゃねこれ?」
「あ、諦めなきゃなんとかなるよ! ……たぶんきっと……」
「すごい自身なさげなエールサンクス。おかげでますます取れない気がしてきた」
最後のペアはダウナーな静音とその正反対をゆくヒカリである。しかし静音は明らかにやる気をなくしていた。
それもそうだろう。おそらくあのテディベアは一等クラスの商品。一番奥にある上に、フィギュアと違って下手な中型犬くらいのサイズがある。おまけに質量もさることながら人形は柔らかい。コルクの衝撃をしっかり吸収し、跳ね返してしまうくらいには。ぶっちゃけあの巨大人形をあんなショボいコルク銃で落とすのは至難の業だろう。
銃を構えて数十秒。二人はいまだ撃つことなく逡巡しているようだった。それを見かねてか、夜美がそっぽを向きながらアドバイスを送る。
「可能性があるとすれば頭ね。つっかえなんかの細工はもちろんしてあるだろうけど、うまく重心を崩せれば重さでそのまま落ちるはずよ」
「頭か……よし」
二人はそれぞれのタイミングで引き金を引いた。しかし初めてだったので狙いが定まっておらず、それらは顔からズレて腹部に命中。ボヨンと弾丸を跳ね返されてしまう。
「……やっぱ無理ゲーじゃねこれ?」
「あ、諦めないで! まだ二回残っているから!」
お通夜になりかけた空気を一蹴するように、二人はすぐさま二発目を撃った。今度こそはテディベアの顔にその弾丸が吸い込まれていくが……。
ボヨンボヨン、と弾が弾かれ、地面に転がった。
二人は無言のまましばらく固まっていたが、くるりと夜美の方へ振り返る。
「……おい痴女巫女。話違うじゃんかよ。あの童貞を殺せそうなインナー見た時からバカだと思ってたけど、ほんとにボケたか?」
「服に関してはあなたに言われたくないわよ!」
お互いがお互いのファッションセンスを変だと思っているため、不毛な争いがここで勃発してしまう。だがこれもいつものことなので、しばらくすると自然に収まって、夜美は再び彼女たちにアドバイスを送り出した。
「衝撃が足りないのよ。銃の質もあるけど、あの大きさのぬいぐるみを倒すには弾一つじゃ限界があるわ」
「じゃあどうすんのさ?」
「……二人同時に顔に弾丸を当てるしかないわね」
「なんでそんなプロ暗殺組織顔負けな技術が祭りの射的で要求されるの!?」
ヒカリはそう叫んで絶望していた。まあ静音の言う通り実質無理ゲーと宣言されたに等しいからな。ふと店の中をチラ見すると、可愛い女の子が崩れ落ちる様に愉悦を見出し、悪どい笑みを浮かべている店主がいた。
だが、二人が適当に投げ出すことはなかった。むしろ何がなんでも絶対に倒してやるという決意を感じる。明るくお気楽そうなヒカリとダウナー系で全て適当そうな静音だが、実は二人ともかなりの負けず嫌いだ。ヒカリは闇深い芸能界で生き抜くことを決意するほど意志が固いし、静音も現実に抗うという意思がなければ陰陽師院と戦って妹を人間に戻そうとなどしないだろう。非日常で精神的に鍛えられた二人は、多少の理不尽があっても挫けることはないのだ。
「……アカリ。呼吸が重なったと思ったら、合図を出す。そこでせーのでバッチ決めんよ」
「う、うん!」
二人が集中力を高めていく。だが凪のように静かな静音に対して、ヒカリの手だけが僅かに震えているのが目に映った。
それを見抜いた王牙は彼女の体に覆い被さるように密着し、その白珊瑚のように細く滑らかな手に自らの傷だらけの手を重ねた。
「ふぇぇっ!?」
「ったく、ステージの時の度胸はどうしたよ? 緊張なんて慣れっこだろうが」
「だ、だって銃とマイクとじゃ全然違うし……っ!」
「第一構えがおかしいし、肩にも力が入りすぎてんだよ。ほら、もっと力抜け」
「あ……」
息を耳に吹きかけるように囁いてあげると、彼女は呆然としてダラリと自然体となった。そのまま腕を支えてあげると、彼女は意思のない人形のようにされるがまま腕を動かす。心なしか目も空虚になっているようだ。
「そのまま腕をまっすぐ伸ばして……そうだ。腕だけじゃなくて肩、および体全体で銃を持つんだ」
「あ……」
「なんかエロ催眠かけんのやめてくれませんか?」
「うっせえ。さっさと撃て」
隣から卑猥な言葉が聞こえてきたが無視だ無視。
だが結果的にヒカリが自室呆然状態となったおかげで手の震えは止まったようだ。それを好機と見たのか静音が合図を出す。
「よし。せーの……今っ!」
「……っ!」
かけ声とともに二人は同時に引き金を引いた。静音は慣れたのか、寸分違わぬ狙いだ。一方でヒカリもある意味無心で撃ったからか、弾道がまっすぐになっている。それらは同時にテディベアの目に命中し、つっかえを超えて後ろから倒れた。
射撃成功だ。
「はぁ……似合わずマジになっちゃった。クソだるい」
「よかったなヒ……アカリ」
「……」
「……アカリ?」
「……はっ! 緊張のあまり気絶しちゃってた!」
「どんだけ緊張してたんだよ!?」
彼女にとって射的はステージ以上に緊張するものだったのだろうか……? そんなふうに首を傾げていると、ヒカリがほおを膨らませて可愛らしく王牙を睨んでくる。
「もうっ! 女の子の耳にそんな気安く囁いちゃダメだよ!」
「あー、悪い。気持ち悪かったか?」
「う、ううん。むしろ気持ちよかったというか、毎日枕元でしてほしいくらいというか……って、なんでもないから!」
彼女は一瞬恍惚した表情を浮かべたが、すぐに顔を真っ赤にして騒ぎ始める。
「とりあえず王牙は女の子に囁くの禁止! 変な気分になっちゃうから!」
「変な気分って……」
「くっそ。イケメンだから許されることってあるよな……」
「うん。君には一生縁のないことだろうね」
「うっさいわ! 俺だっていつかはあんなふうに耳をペロペロと……」
「眼科行った方がいいんじゃないかな?」
とまあ一部で変な風評被害が起きそうだったが、なんとか二人はテディベアを手に入れた。しかし静音はやっぱり自分には似合わないと言い、ヒカリに渡していた。
ヒカリはあまりに嬉しかったのか、ステージで見るものと同じくらいの明るい笑みを浮かべて喜ぶのだった。
♦︎
射的を終えた後、変わらず馬鹿騒ぎしながら階段を登っていくと、ようやく神社の境内に着いた。
そうして全員で賽銭箱に金を投げ入れている後、各々は再び散開することとなった。
そこで王牙と夜美は何をするでもなく空を見上げる。
「ふぅ。それにしても、ここに来ると色々思い出すわね」
「まあ濃い一日だったからな」
なにせ世界滅亡の危機を救ったわけである。独立術師を初めて数ヶ月が経つが、いまだにあれ以上の経験はしたことがなかった。いや、しても困るのだが。
というかデビューからすぐの戦闘であれはくじ運なさすぎだろう。ルーキーが相手していい敵じゃ絶対ない。世界はRPGのように都合よく弱いやつから順に現れてくれるわけではないということか。
「あれから数ヶ月。あなたはずいぶん成長したわね。正直予想以上の早さだったわ。そこは褒めてあげる」
「……マジ? どうしたんだ? お前がなんの理由もなく人を褒めるなんておかしいぞ!」
「わ、私だって褒める時は褒めるわよ!」
修行中とかは一度も褒められたことがなかったので、これには思わず目を見開いてしまった。そんなリアクションに彼女は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「ま、嬉しいからいいや。待ってろよ。今はまだまだでも、すぐにお前を守れるくらいには強くなってやるからな」
「あっ……」
今度は彼女が目を見開く番だった。そしてみるみると顔を赤くしていき、それを誤魔化すように鋭い言葉を放つ。
「……ふん。大言壮語もいいとこね。せめて私に一度でも勝ててから、そんなことは言いなさい」
「うっ……だってお前素で俺と近接戦で互角なくせに、陰陽術とかで搦手まで使ってくるじゃねえか」
「泣き言言わない。私からすれば物理法則も魔力法則も全部無視する能力者の方が理不尽よ」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
科学が物理的な法則に沿わなければならないように、陰陽術のような魔術にも魔力的な法則が存在する。
しかし、能力者はそんな法則の一切合切を無視する。
魔法だったら霊力と脳内に術式を描かなければ火や水を出せないが、能力者は思い浮かべるだけでそれを出せる。おまけに既存の魔法ですら難しいこの世の法則に干渉することだって可能だ。
能力者が疎まれ、狙われるのはそういった理由もあるのだろう。
「お、花火か?」
「あら」
と、そんなふうに話し合っていると、町の一角から火の玉が蛇の尾のような軌跡を描きながら打ち上がった。そしてそれは破裂し、夜空に花を咲かせる。
「わ、始まったみたいだね!」
「さすがに夢幻祭ほどの規模じゃないようですが、やっぱりいいものですね」
次々打ち上がる花火を眺めていると、そんなふうに背中から声をかけられた。
どうやら全員お参りは終わったようだ。桜と形見はこの前の祭りを思い出して、感慨深そうな顔をした。
「たーまやー! えへへ、私これ友達と一回言ってみたかったんだよね! 祭りとかほとんど言ったことなかったから」
「別に言わなくていいっしょそんなもん」
「えー、やろうよー!」
「うっざ。腕引っ張るなし。浴衣が崩れる」
「たーまやー!」
「聞けし。……たーまやー……」
ヒカリと静音も今回初参加だったが、十分楽しめたようだ。特に二人は仲良くなった気がする。王牙と夜美を除くと、どちらも裏の関係者だし、色々と話があったのだろう。学校が違うのが残念だが、これからはヒカリと遊ぶ時は静音を呼ぶのもいいかもしれないなんて王牙はぼんやりと考える。
「うーん、結局今回も僕たちのナンパはことごとく失敗してしまったねぇ」
「なぜだ!? プールでも祭りでも十人以上に声をかけた! なのに……なぜだぁぁぁぁ!?」
「君のせいだろ」
「嘘だドンドコドーン!」
……この二人は放っておこう。バカはいつも通りバカだったということで。
そんなわけで、最後は全員で花火を見上げて、祭りは幕を閉じた。