「――では、本日をもって、陰陽師院直系月影大社所属、準一級陰陽師、
「謹んでお受けさせていただきます」
畳が敷かれた和室で、そう言って忠則は正座をしながら地面につくほどこうべを垂れた。彼の目の前には厳しい面立ちの大男が「うむ」と頷いている。
ここは光天京。陰陽師院が組織の一、『月影大社』の本部だ。そこにある密室に、二人は座っていた。
忠則はかの高名な巫女、出雲夜美の弟子の一人であった。落ち目であり、蔑まれていた平家の生まれである自分を彼女は拾ってくださり、そして導いてくれた。陰陽師院でも一、二を争うエリート組織である月影大社に入れたのも彼女のおかげだろう。
そのため忠則は夜美に非常に恩義を持ち、忠誠を捧げていた。それはもはや信仰の域にあったと言っていいだろう。
「しかし……いいのか?」
そう目の前の男が問いかけてくる。
彼の名は
今の月影大社で神将を務めている猛者だ。
特徴的なのは身長二メートルを超えるその巨体だろう。出立ちはまるで僧兵を思わせ、鎧の上に袈裟を着ており、頭には白い頭巾を被っている。その顔は鬼とも閻魔とも思われるほど強面で、目が合うだけで一人前の男すら泣き出してしまうほどの凄みがある。
もともと彼は光天京の外にある山奥の寺で生まれた悪僧だったという。仏法を修めなければならないはずなのに力に焦がれ、それよりももっぱら武術の修行ばかりをしていた。そして寺を破門されて山を下りた後も手当たり次第で強者と見ては襲いかかり、その装備を剥ぎ取ってコレクションにしていたのだとか。
だがある日、御幸の途中で橋を渡っていた当時六歳の出雲の巫女に挑み、返り討ちにあったのだという。それからは心を入れ替えて出雲の巫女の下で武道と勉学に励み、そして特級陰陽師となるまでに至った。
言ってしまえば彼は忠則の兄弟子のような存在なのである。身分も何もない状態から成り上がったという経歴もさることながら、その生真面目な性格もあって、忠則は彼に憧れているのであった。
そんな男が眉をひそめ、心配そうな声で口を開く。
「独断専行の罰は数ヶ月の謹慎で十分受けただろう? そのうえ、浮世滞在任務まで受けるとは。拙僧はそこまで気にしないが、これは事実上の左遷だ。出世の道は途絶えたと言ってもいい。無理に受ける必要はないと思うのだが……」
数ヶ月前、忠則は陰陽師院にも知らせずに独断で幻魔と化した恩師を追い、彼女を討伐しようとした。全ては彼女の気高き志を汚さぬために。
その後色々あって組織に帰ることになった忠則だったが、彼を待っていたのは謹慎という名の罰であった。
当然と言えば当然だろう。むしろ陰陽師の資格を剥奪されなかったのが不思議なくらいである。
その理由は、彼がジェネシスを倒す一助になったということにあるが。
出雲夜美が消えた今、陰陽師院には破壊神の分霊であるジェネシスを倒せる算段はなかった。それを他者の助けがあったとはいえ撃破することができたのだ。決まりとして罰は受けたものの、組織内での彼の評価は鰻登りであった。
「いえ。この任務は罰ではなく、自分から申し出たことですから。幻魔となってしまった巫女姫様の行く末を近くで見続けていたいのです」
「ふむ。巫女姫様もお主のような忠臣を持てて、さぞ喜んでおることだろう」
実際、それは大した決断であった。
いくら陰陽師といえども、光天京にこもっていては即座に浮世での妖怪発生に対処できなくなってしまう。そのため陰陽師院は土地の龍脈の太さや妖怪の出現数に応じて浮世の現地に陰陽師を派遣し、数年間滞在させている。これが『滞在守護者』である。
浮世滞在任務と聞けば現世に関わることが仕事の春夏秋冬部の担当のように思えるが、実は滞在守護者に関してはそうではない。各組織から集められ、年単位で長期間浮世に滞在し、その間担当地区を守護する者のことを指す。基本的に短期滞在で仕事も多様な春夏秋冬部との違いはそこだろう。
しかし滞在任務は一般的には左遷に近く、普通の陰陽師からは嫌われている。なぜなら光天京を離れることは、それだけで評価が下がることを意味するからだ。京都のような場所ならともかく、たいていの場所に生まれる妖怪はだいたいが四級、強くて三級。おまけにたいていの時間はやることが何もなく、光天京内で評価されることもない。そして何よりも支払われる給料は浮世でギリギリ生き延びられるほどしかない。
ゆえにその任務に置かれるのも見込みなしと言外に言われた落ちこぼれが常であり、滞在守護者への任命は窓際社員的な扱いとして大変不名誉であるとされていた。
ついたあだ名が『大罪守護者』だ。
いくら香霊町の守護者が殺されて欠員が出ているとはいえ、間違っても月影大社に所属し、将来を有望視されるエリート街道を進んでいた忠則が受ける任務ではない。しかし彼はその未来を捨ててまで、幻魔となった夜美のために尽くそうとしているのだ。これを忠臣と言わずしてなんと言う。
その心中を察するだけで、義守は目から涙を流しそうになった。
「本来なら巫女姫様の第一の臣たる拙僧が赴くべきなのだろう。しかし拙僧には巫女姫様が遺したこの月影大社を、妹巫女様が成長なさるまで守り通す義務がある。……お前にばかり苦労をかけてすまぬな」
「もったいないお言葉です。行く道は違えど、僕たちの志は同じだと信じております。月影大社をよろしくお願いします」
「うむ。これからお主がなんと呼ばれようと、お主は立派な忠臣だ。この拙僧が保証する。だから胸を張って巫女姫様をお守りするといい」
「はっ……」
再び忠則は頭を下げる。
こうして二人の任命式は終わった。忠則は部屋を出ると、頬を引き締める。
これから香霊町は夜美を中心に荒れていくことだろう。
おそらく危険な任務になる。もしかしたらまた格上と戦うことになるかもしれない。
しかし逃げるつもりはない。
どんな過酷で絶望的な運命だって、打ち砕いてみせよう。『あの男』が背中で忠則に示したように。
忠則は覚悟を決め、出発のための準備に取り組むのであった。
♦︎
八月の中旬。夏休みも半分を切ったころ。
普通だったら蒸し焼きになるような暑さが襲いかかってくるところだが、今は違う。なぜなら空は真っ暗闇に包まれているからだ。
香霊町の夜は星空がよく見える。どちらかといえば田舎なので町の街灯が少なく、空の灯りを遮られないからだ。
そんな星空に見守られながら、我道王牙と出雲夜美は夜道を二人乗りしてバイクで駆けていた。
「いやー、いつもだったら夜の仕事なんてクソだと思うけど、夏は違うな。涼しくて天国だぜ」
「よかったわね。これから行くところはもっと涼しくなれるわよ」
「……怖いこと言うなよ」
今は丑三つ時。現代で言えば午前二時である。
こんな時間に彼らが出歩いているのは、独立術師の依頼のせいだった。
『香霊町の香霊第一小学校に住むトイレの花子さんからの依頼です。数日前からバイク乗りの亡霊たちの集団が学校を占拠し、たむろしているとのことです。騒音被害はもちろんのこと、これは彼女たち小学校に住む妖怪たちの縄張りに対する明確な侵略行為です。管理者として見過ごすわけにはいきません。即刻亡霊たちを退治し、八百神社傘下の妖怪たちを救ってください』
「八百神社ってほんと色々なところと繋がってるよな」
「参拝客もいないのに資金が豊富なのは妖怪が経営するフロント企業を数十も抱えているからよ。起業をしていなくても、今回の小学校の妖怪たちのように細かい組織を数えれば、八百神社の傘下組織は全国に広がって数百はあるわ。彼女たちの活動資金はそういった傘下組織からの上納金で成り立っているらしいわね」
「意外とでっかい組織なんだな、八百神社って」
「とはいっても弱小妖怪の集まりだから、人数は多くてもその九割九部が非戦闘員よ。金を稼ぐことはできても、陰陽師院や他組織が強引に攻めてきたらひとたまりもないわ。だから静音のような人材が重宝されるってわけ」
「ヤオ様があいつを誘ったのはそう言う理由だったのか……」
そう言えば、王牙は八百神社で戦える妖怪を夏転と春水以外見たことがない。実際はもっと数がいるのだろうが、その戦闘員たちの数と実力の平均値が陰陽師院に大きく劣っているのは事実だろう。
ヤオが夜美や王牙を手厚く支援するのは、実力者との連携を強化したいという思いがあるのかもしれない。全部が全部そうなのではないと信じたいが。
そうやって話していると、ようやく件の小学校前に着いた。そしてすぐに王牙たちは顔をしかめることとなる。
「な、なんだこの騒音は……!?」
「み、耳が裂ける……! ご近所に迷惑ってレベルじゃないわよ!」
校門の先から聞こえてきたのは爆音にも似た音楽だった。これは問題になるわけだ。夜美は兎耳をペタンと折り、左右の耳を手で押さえて悶えている。どうやらこの騒音は耳が良すぎる彼女にはたまらないものだったらしい。もはや身動きを取るのも辛そうだった。
「ちっ、さっさと殲滅するしかねえか……」
王牙たちはエンジン音を鳴らし、校門に向かって突き進む。そのままだと閉ざされた鉄の門と激突コースになるが……。
「『王牙会心撃』!」
激突する前に、王牙は溜めた拳を解き放った。
強化されていない青い衝撃波が放たれる。しかしそれは門を壊す程度には十分な威力だった。
校庭の騒音をかき消すほどの爆発音が鳴り響く。そして門は空へと吹き飛び、妖怪たちがたむろしている校庭――その真ん中に設置されているライブステージに突き刺さった。
「水行終式『鏡月』!」
続けて空から氷の星が落下していき、同じくライブステージに直撃。設置されていた複数の巨大スピーカーを周囲の妖怪たちごと氷漬けにする。
「天誅よ」
夜美は凍てつくような瞳でスピーカーを睨みながら、そう言った。よっぽどキレていたのだろう。あんなスピーカーを壊すくらいで終式を使ったのがいい証拠だ。
『アア!? なんだテメェらは!?』
『っ殺すぞゴラァ!』
『俺たちのライブを邪魔してくれやがって!』
「ほうほう。これはまた……気持ち悪い奴らだな」
「情報通りの妖怪ね」
突然の襲撃にキレて、妖怪たちは立ち上がると各々のバイクに乗り、王牙たちの周囲を囲うように走り始めた。数にして三十人以上が回り続ける様はまるでアリが道に迷った時に起こるアントミルという現象によく似ていた。
彼らの見た目はまさに世紀末のヤンキーだ。肩パッド付きのどこで買ったのかわからないようなトゲトゲの鎧を身につけており、手には釘バットやら鉄パイプやら斧やらを持っている。
しかし彼らは人間としてなくてはならないものをなくしていた。
それは――頭である。
彼らは全員が首から上を喪失していたのだ。
まさにホラー。妖怪の名にふさわしいおぞましさがある。
「『首なしライダー』。現代妖怪の一種ね。階級はおおよそ四級から三級。この妖怪に限らず、首がない妖怪というものは世界各地で出現しているわ。代表的なのがアイルランドのデュラハンかしら。この首なしライダーの場合はバイクに執着する人間が交通事故などで首をなくした場合になるものとされているわ」
「つまりマジモンの幽霊かよ。塩持ってくりゃよかった」
「清められた塩でない限り、除霊には効果がないわよ」
呆れた顔でそう忠告する夜美。食塩をぶっかけた程度で除霊できるのなら苦労はしないのだ。
『ゴチャゴチャうっせえぞこの野郎!』
「うっせえのはテメエらだろうが。少しは口を閉じ……ちっ、つーかテメエら顔もねえのにどうやって喋ってんだよ」
『バカかよ!? スピリットで喋ってんだよ俺たちはァ!』
「……ダメだこりゃ。日本語話してんのに理解ができねえ」
「まあIQが20以上離れていると会話が成立しないって言うし。仕方がないわよ」
「あー、なるほど納得。まあ動物と会話できますかって聞かれたらそりゃ無理だよな」
『誰が動物だテメェらァァァァ!!』
『ごっ……ゴロ……ゴロゴロゴロゴロス!』
『生きて帰れると思うなよクソがァァッ!!』
毒舌と外道によるコンビネーション会話は見事に彼らの怒りを買ったようだ。彼らは語彙力を失い、本能のまま怒りの雄叫びを上げる。本当にまるで動物のようである。
――『
王牙は手首を二度捻り、桃紫色の霊力を体から噴出させる。夜美も月隠を取り出し、それを構えた。
「さあ、処刑の時間よ」
「その迷惑、叩き壊してやる」
そうして王牙たちはバイクを加速させ、敵の包囲の中に突っ込んでいった。