【本編完結】とある転生者の役割交代   作:kotedan50

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エピローグ
新宿決戦後、それ以降のお話。
原作とはなんぞや?オリジナル要素満載のため注意。

・伊地知ポジション成り代わり(伊地知の双子の妹)ものです
・オリキャラ出ます
・今回はオリジナル要素、独自解釈、激しい捏造、妄想の度合いが普段より高いです
・ネタまみれです


転生者、原作から解放される?(終)

両面宿儺との戦いのあと──

私と五条は、仲良く意識不明のまま家入のもとへ運ばれたらしい。

 

……らしい、というのは、記憶がないからだ。

虎杖の領域が崩壊し、伏黒と分離した宿儺、そして──

虎杖が現れたあの瞬間、目尻が熱くなった。

込み上げてくるものを拭ったそのとき、五条に肩を抱き寄せられ、互いに寄り添ったまま呪いの巡りの終焉を見届けた。

 

そこまでは覚えている。

 

たぶん、その直後。体力の限界でブラックアウトしたのだろう。

多分五条もほぼ同じタイミングで限界が来たらしい。

憂憂が救護に来た時には、2人仲良く気絶してたとか。

目を覚ました時には、私・五条・乙骨の並びで保健室のベッドにいた。

 

並び順だけ見れば、さながら満身創痍の宿儺戦の勇士達だが、実際にはちょっと事情が違う。

五条と乙骨は純粋に重傷者。

私はというと──

呪力の使いすぎで回路が焼き付いて全身の痛みにのたうち回る、軽症者ポジションだった。

 

……なんかすみません。重症でもないのにベッド一つ占領してて。

 

ちなみに、他のメンバーはというと──

家入の反転術式と、私の宝石の支援によって、そもそも入院すらしていない。

 

……いやいやいや。

なんなんだ呪術師って。全員化け物か。

 

宿儺の黒閃、真希と東堂はまともに食らってたはずなんだけど?

途中離脱した猪野も最後見た時は満身創痍だった。

日車は自分で反転術式で治したのかな…やはり天才じゃったか…

七海や脹相も最後は宿儺に昏倒させられ、それなりの重症になってたはずだが……

ちなみに宿儺に乗っ取られていた伏黒も意識を取り戻して、今はもうピンピンしてる。

正直ちょっと怖い。

 

で、日下部。

 

ざっくり切られて流血してたの、見たよ私は。

なのに今じゃ普通に現場復帰してる。

いやもう……お前ほんと、生き汚くて好きだわ。

 

本人には絶対言わないけど、その「死なない強さ」、めちゃくちゃ好感持てる。

口では文句ばかり言うけどやるときゃやるタイプ。いいね。

旦那にするならああいうのがいいな。未亡人には、なりたくないので。

 

外人組に関しては知らない。原作通りなら生きてるんだろうけど。

アフリカ行った時に、ミゲルと軽く話したことしかないしなぁ。

機会があったら乙骨経由で連絡取ってみるか………いや、便りがないのはいい知らせってことで。

 

 

乙骨は、本人の実力向上・私の宝石・家入の処置、そして何よりMVPのリカちゃんの反転術式により、ほぼ原作通りの回復でなんとか生き残ったようだ。

ただ、世界を断ち切る斬撃を真正面から食らったため治りが遅かった。

そのため五条と乙骨はベッドの住人ライフを満喫中といった状況だ。

体が鈍ると五条はぼやいているが。退院したら大量の仕事に追いかけられることになる。

今くらいは素直に休んどけ。

 

私はというと、一日でだいたい呪力回路も回復し、家入から退院許可が出たところだった。

 

「治り、遅いですね」

 

退院準備をしながら、ベッドの二人に声をかけると──

 

「僕はリカちゃんのおかげで、五条先生より少しだけ早く治ってるんですよ」

 

乙骨がにこやかに説明してくれる。

その隣で、五条がムスっと不機嫌そうにこちらを睨んでいた。

 

……はいはい、拗ねる元気があるなら大丈夫だ。

 

「五条さんの場合、年のせいもあるんじゃないですか? アラサーですし。無理がきかなくなるお年頃です」

「伊地知さん、それはちょっと失礼かと……」

「アラサー舐めちゃいけませんよ乙骨君。ほんと、色々残るんですよ?」

 

乙骨に丁寧にアラサーの悲哀を説いていたら、案の定──

 

「おい、潔乃。退院したら覚えてろよ?」

 

拗ねた目で、五条に睨みつけられた。

おーこわ……でも、元気そうで何よりです。

と、そこへ保健室の扉が開く。

 

「伊地知さん! 退院するって聞いて、脹相がどうしてもって!」

 

勢いよく入ってきたのは脹相、付き従うように続いて虎杖。

 

「母さん!! 体はもう大丈夫なのか?」

 

「だから、母さんじゃないってば……」

 

「脹相! 伊地知さん困ってるから!!!」

 

困惑しながらも半笑いで止めに入る虎杖。

そう、半笑い。

 

横を見ると、五条は早くも笑い始めていて、乙骨ですら肩を震わせている。

やめて。笑うな。こっちは本気で戸惑ってるんだから。

 

……そう、なぜか私は脹相から「お母さん」認定を受けていた。

 

原因は、戦闘中に宝石に込めた呪力を「使え」と渡したあの一件だった。

そのとき脹相が一瞬、妙に戸惑っていたのは覚えている。

てっきり、九十九のことでも思い出していたのかと──

 

……完全に、私の見当違いだった。

 

脹相曰く

「親兄弟は同じ血肉」

「受肉体である俺にとって、“呪力”はすなわち“血”」

「母とは、無性の愛を注ぐ存在」

「無償で呪力をくれたあなたは……」

「つまり、“母”だ!!」

 

……という、謎の五段論法。

 

トンデモ理論すぎるわ!!!

 

道理で、宝石から呪力を吸収しろと伝えたとき、あんなに戸惑ってたわけだ。

もっと早く気づけ私。ほんとに。

 

「いや、私はあなたみたいな大きな子供いないからね?」

 

やんわり否定したつもりだった。が──

 

「産みの母とは違うが、母だ!」

 

返ってきたのは、迷いなき断言だった。

 

「えぇ………」

 

力なく呆れた声が漏れた。

なにその、育ての母ポジションみたいな空気。私、育ててもいないんだけど?

前世ならともかく、今世では彼氏もいない、おひとり様を満喫中だ。

 

「落ち着いたら悠仁と一緒に、食事をしよう。母さんが焼いたケーキを、また食べたい」

 

やめて。

頼むから、存在しない記憶を勝手に作って再生しないでほしい。

私は料理は得意だが、お菓子作りは苦手だ。

あんな分量細かく測ってられるか!

料理が得意なのを知ってる五条から、過去に手作りチョコをねだられたが、既製品で済ませて来た派だ。

 

いや、ほんとに。

 

……正直、困ってるんですけど。

 

それなのに。

私の苦悩を真横で見ている虎杖が、なんだか嬉しそうにしている。

 

……おい。

 

存在しない記憶仲間が増えて喜ぶの、やめなさい。

その顔やめなさい。

 

「くくく、潔乃、いいじゃないか。ケーキくらい焼いてあげたら? あ、僕も呼んでよ」

 

口を挟んできたのは五条。

その口元は、ニヤニヤの最上級だった。

 

「五条。家族だけの食事会なので、遠慮してもらいたいんだが」

 

脹相の声が妙に真剣だ。やめて、そういうの真に受けるのやめて。

 

「え〜〜!でも僕と潔乃って、もう家族みたいなもんでしょ? なんだかんだ10年以上の付き合いだし?」

 

言いながら、五条がこちらを見てニヤついてくる。

 

「そうなのか?」

 

脹相がこちらを見て不思議そうに問う。

 

「違います」

 

即答した。

全力で、即答した。

 

……これ以上、記憶が増えてたまるか。

 

「潔乃と僕って、潔乃の部屋で泊まる仲だし?ね?家族家族」

 

私の部屋に五条が入り浸ってるのを以前から知っている、乙骨と虎杖は呆れ顔。

「また言ってるよコイツ……」と言いたげな、生暖かい目で五条を見ていた。

 

「そうか、なら家族か」

 

脹相が満足げに頷いた。

 

──いや、ちょっと待て。

 

なんで今ので納得した!?

いやいや、親族図を口頭で描き始めるのやめて。違う、そうじゃない。

どこに五条を当て込む気だ?

 

そして五条、

お前もニヤニヤしながらこっちを見るな。

 

ほんとにやめて。

記憶も関係も、これ以上増やすつもりはないんだから。ほんとに。

 


 

ぐったりとした足取りで保健室を後にし、虎杖と脹相に見送られながら一度帰路につく。

 

部屋に戻って、シャワーを浴びる余裕もなくスーツに着替えた。

脹相に「母さん」と呼ばれていた身だが、これからは“補助監督”に戻らなければならない。

 

今日は──12月26日。

宿儺との決戦から、まだ1日ちょっとしか経っていない。

 

昨日の今日。

あれだけの戦いの直後なので、やるべきことは、容赦なく山積みだ。

 

宿儺戦では、私は戦闘メンバーとして現場に出ていた。

だからその間、高専の運営や補助監督の職務にはほとんど関われなかった。

当然、そのしわ寄せは残されたスタッフたちにいったはずだ。

 

……なら、少しでも早く現場を手伝わないと。

 

執務室の扉を開けた瞬間、補助監督たちの視線が一斉に私に注がれる。

その表情は──まるで、仏を見るような、驚きと安堵が混ざった顔。

 

「手伝います。詳細、お願いします」

 

そう言って、即座にヘルプに取り掛かる。

 

積み上がった仕事は、唸るほどあった。

先日の宿儺戦に関する報告書の取りまとめ。

対国交渉の資料整備。

今の高専を維持するための食料・生活必需品の入手と搬入ルートの確認。

当面のシフト作成に、各区画の人員割り振り。

 

机上の書類の山、電算の未処理ログ、現場から飛び込む追加案件。

 

……だけど。

 

前にも言ったかもしれないが、私はこういうとき――

タスクがひとつ、またひとつと減っていく瞬間が、嫌いじゃない。

 

呪術界はブラックだと誰もが言う。

私も、何度もそう口にしたし、実際にそう思ってきた。

けれど、それでも働き続けてしまう理由は、もしかすると、この瞬間にあったのかもしれない。

そんなことを考えながら黙々と仕事を進めていると、

どこか微妙に強張った表情をした新田が、資料を抱えてこちらにやってきた。

 

「……あの、伊地知さん。この資料なんスけど……」

 

言い淀むような声。その手には、一枚のファイル。

 

受け取って、ざっと目を通す。

……ああ、なるほど。これは、彼女にはきつい内容だ。

 

「私が処理しますよ」

 

そう伝えると、新田は少し慌てたように顔を上げた。

 

「あ、でも……」

 

迷いの混じる声を遮って、静かに言う。

 

「わかっていると思いますが──

 この書類は機密情報です。口外は、厳禁ですからね」

 

言葉のトーンは穏やかに。けれど、責任の重さを含ませる。

事務方において機密保持は重要事項だ。特に呪術界で(こんな世界)は。

 

「……はい」

 

新田はうなずいた。

少し肩を落としながらも、無理やり自分を納得させたようだった。

ちょっと厳しかったかな?ごめんね。

私はそのまま処理に移り、新田の隣をすっと通り抜ける。

そして、ほんの少しだけ振り返って言葉をかけた。

 

「ほら。時間は有限ですよ。やるべきことを、やりましょう」

 


 

翌日になり、五条と乙骨も無事に復帰した。

遅れていた回復が、一定の閾値を越えたら一気に回復したのには驚いた。

やっぱり特級って色んな意味で化け物なんだよね。

 

復帰早々、五条にはアイアンクローをお見舞いされた。

宿儺戦の最中に調子に乗ったり、入院中にアラサーを馬鹿にした罰らしい。

 

覚えてんのかよ、みみっちい男だな!!

だから、顔だけ男言われるんだよ!

 

ともかく。

これで最終戦に参加し、生き残ったメンバーが全員復帰したことになる。

 

そのため、ようやく国や関係各所に提出するための「戦闘参加者の調書」の作成に取りかかることができた。

国の職員立会いのもと、個別の事情聴取を行い、それを記録として残していく。

 

七海や家入には「働きすぎ」と軽く叱られたが、

それでも――今は心底思う。

戦場に出るより、書類仕事の方がマシだ。

今は皆が忙しい。この手の仕事に慣れている、古株の私がやるのが適任だ。

 

とはいえ、メンバーが多かったため、事情聴取だけで丸4日かかった。

……主に、“癖しかない呪術師たち”のせいである。

 

頼むから、まともに事情聴取くらい受けてくれよ!

めんどくさがらないで、聞かれたことに答えてよ!!!

 

五条の「甘いもの食べたい」とかいう駄々は、可愛い部類だった。

 

冥冥は、「あの宝石はどうやって作ってるの?」と私の宝石の仕組みに興味津々。

情報漏洩になるからって濁すと、「なら回復効果のあるインナーについてだけど」と来た。怖い。

 

東堂は、「悠仁(ブラザー)の母になったようだな。Ms.伊地知。友として嬉しいぞ」

と話し始めたら止まらない。

いや母でもないし、友でもないからな?

まさかの「同志」として虎杖を語るだけで20分オーバー。いや、お前の熱量は今いらない。

ちなみにこの後、高田ちゃんの魅力について続いたのはいうまでもない。

 

そして極めつけは、猪野と虎杖。

 

「七海さん/ナナミンが生きてたの、どうして教えてくれなかったんですか……」

「でも、七海さん/ナナミンを助けてくれて……ありがとうございます!!!」

 

別々に聴取を行ったのに、おんなじ反応だったのは引いた。

叫んだ瞬間、抱きついてきて、男泣き。

しかも全力。背中バッシバシ叩かれて、肋骨折れるかと思った。

 

いやいやいや、全員落ち着け。

そっちは聞く側じゃないから!

質問されてんの、あんたらだから!!!

こっちが聞いてることに答えろや!!!

本当に、……!! 話を聞け!!!

 

 

そして今日は、12月31日。

年末も年末、ようやく“戦闘メンバーによる反省会”が開かれることになった。

例の原作であった、あれである。

当然私にも参加の声がかかったが、悪いが糾弾会に参加するほど私はメンタルが強くない。

「業務が山積みなので」と、丁寧にお断りした。

 

私の行動は基本的に七海と共にしていたので、話を聞きたいなら七海に聞いてくれと伝えてある。

その報告を受けた五条が、あからさまに拗ねてきた。

 

「……なんだよ。来ないのかよ」

 

むくれ顔で言ってくるが、今日の五条の格好は術師の黒い上下にアイマスク姿。

久しぶりに見た不審者ルックだ。怪しいことこの上ない。

でも、その格好を見ると、なんだか無駄に懐かしい気持ちになる。

六眼が隠されているだけで、今が比較的平和で落ち着いているんだなと、ようやく実感できる。

私が何を考えてるのかわからない様子で首を傾げた五条。

ふと思い出したようにポンと手を叩く。

 

「あ、そうだ。能登の寿司屋で旨いとこ、日本酒が豊富な店も含めて探しておいてよ」

 

「……なんでですか」

 

「いいからピックアップしといて。交通手段もね」

 

ヒラヒラと手を振りながら、廊下を歩いていく五条の背をため息混じりに見送る。

 

……やるなんて、一言も言ってないんですけどねぇ。

 

その後、業務を終えて高専を出ると、私はとあるマンションへ向かった。

かつて、趣味部屋として使っていた場所。

ちょっと探したいものがあったのだ。

 

この部屋は、総監部の調査も呪霊の襲撃も受けていない。

なら、あのまま残っているはず。

 

クローゼットを漁る。

 

確か、このへんだったはず。

だいたいここらの箱だったはずだけど、小さな箱を開けると、

──出てきた。

中には、昔懐かしい折りたたみ式の携帯──いわゆるガラケー。

それとは別にガラン、と何かが転がった。

 

携帯の隣に入っていたのは、金色の──制服のボタン。

一緒に高専の制服のボタンが入っていた。

しばらく見つめて、ようやく思い出す。

 

──あー、これ。

 

五条の卒業のときのだ。

どこから聞きかじったのか、「卒業式では学ランのボタンを後輩の女子にあげる文化があるらしい!」と、ノリノリな五条に、無理やり押し付けられたものだ。

それの文化は、第二ボタンでやるものだ。

お前の制服のボタンは1つしかないじゃないか。と言うツッコミをいれ、

とりあえず、五条のボタンだなんて特級呪物は要らないと断った。

が、五条はまるで聞いていなかった。

そのまま制服から引きちぎって、「こういうのはイベントごとだから」と無理やり手渡されたのだった。

 

──なんのイベントだよ。

 

苦笑して、金色のボタンを指先で弾く。

くるくると回転したそれを、ぽいっと元の箱へ戻した。

 

 

「……電源、入るかなー?」

 

 

長年放置していたこともあり、不安しかない。

けれど、一応持ってきた充電器に繋いで、バッテリーに接続しておく。

 

そのまま浴室に入り、髪を染め直す。

金髪は綺麗に色が入る。今回は、自然な焦茶色。

明るすぎず、暗すぎず。

控えめな印象で、ちょうどいい。

 

髪を乾かし、整えてからリビングへ戻ると──

ガラケーの電池が、奇跡的に復活していた。

 

カコカコと物理ボタンを押して、写真フォルダへアクセス。

……懐かしい。高専時代の写真だ。

 

私が入学してから卒業するまでの記録。

最初の方には、灰原や夏油も写っている。

 

ああ、これ──

W杯予選を応援したとき、五条が買ってきた代表ユニ着て撮ったやつだ。

何そのテンション、パリピか。

 

──でも、写真のデータが灰原・夏油がいなくなり、出てくるのが七海・五条・家入の3人に切り替わった途端、数が減った。

笑顔の枚数も、ほんの少しだけ、減ったような気がする。

 

カコカコと時間を進めていく。

 

やがて、私の部屋に入り浸る五条の写真が増えていき、思わず苦笑した。

この頃から、より容赦なく私の部屋に居座るようになって、距離なしになっていたなぁ。

 

卒業証書を抱えて澄ました顔の五条。

その隣、家入の笑顔は今より少し幼くて、なんだか可愛い。

 

卒業式の日、五条に花びらをしこたまぶつけている七海の写真に、つい吹き出す。

あれは絶対に狙ってた。いいぞもっとやれと!私も乗っかったらやりかえされたのを覚えてる。

 

高専を卒業した五条の代わりに、今度は七海との写真が増えていく。

七海は当時、呪術界を出て行こうとしていて、私のことをよく心配していた気がする。

 

写真の多くは、任務帰りに立ち寄ったカフェや、美味しいパン屋でのひととき。

穏やかで、記録するまでもない日常。

 

夏が過ぎると、鍋パーティーの写真が現れた。

七海と、教師になった五条。

大学へ進学した家入も混ざって、私の部屋で定期的に開いていたあの鍋会。

 

七海が卒業して、また写真が減った。

五条が私の部屋で、私のゲーム機でゲームをしてる写真が数枚。

 

最後の一枚は──

卒業式で、五条にしこたま花びらをぶつけられている私だった。

確か夜蛾が撮ってくれた一枚だ。

 

ああ、この後のタイミングでスマホに変えたんだったな……。

 

私はmicroSDを取り出し、ガラケーに差し込んでデータを吸い上げる。

私物のノートPCへ転送を済ませると、もうこの部屋でやるべきことはなかった。

 

静かに立ち上がり、玄関へ向かおうとしたそのとき──

スマホに、LINEの通知が届く。

 

『まだ帰ってこないの?鍋するよ』

 

五条からだった。

唐突すぎんだろ。思わず苦笑する。

 

『忙しいんです。冷蔵庫にあるケーキは勝手に食べていいですよ。

能登の美味しい店は、後でリストで送っておきます』

 

そうだけ返して、画面を閉じた。

一見、他愛のないやりとり。でも、それでいい。

 

そのまま、鞄の奥にしまっていた“飛ばし”のスマホを取り出す。

手慣れた指で電源を入れ、記憶していた番号を叩く。

 

──コール音は一度で切れて、繋がった。

 

「………孔さんですか?全部終わりました。手筈通りに、お願いします」

 


 

 

「……潔乃、忙しいってさ。大晦日だってのに、帰り、何時なんだよ」

 

LINEの通知を見ながら、僕は頭をガリガリ掻いて、ため息をついた。

勝手に入り込んだ潔乃の部屋。毎年恒例の忘年会──だったはずの場所。

 

去年は百鬼夜行の後始末で流れた。

今年も宿儺戦でバタついたが、それでも、どうしても開催したかった。

 

傑と夜蛾への献杯をしたかった。

あの頃のメンバーで。できる範囲でいい。思い出せるだけで、充分だった。

 

「伊地知が飲みたがってた酒を五条が用意したのにもったいない。私が飲もう」

 

硝子が早速、酒瓶に手を伸ばす。

 

「そうですね。私たちでいただきましょう」

 

隣から七海も涼しい顔で追い打ちをかけてくる。

……お前ら、ほんと容赦ねぇな。

 

「待て待て待て!うわばみ共が呑んだら、即無くなっちゃうでしょ!!」

 

慌てて、蒼で瓶を引き寄せて死守。

両手を空にした硝子が舌打ちし、七海が眉ひとつ動かさずビール缶を開けた。

 

「潔乃が帰ってくるまで、開けちゃだーめ!」

 

若干不満そうにしながらも、ふたりは仕方なさそうに従った。

まあ、あとでちゃっかり呑む気満々なのは知ってるけど。

 

この忘年会は、僕が入院中に思いついた。

どうせなら年越しは、あの頃を知る、メンツでやりたかった。

準備も呼びかけもギリギリだったけど──まぁ、そのうち来るだろ、アイツは。

 

「今日の鍋って、なんだっけ?」

 

「痛風鍋です」

 

「……お前ら、いい歳なんだから、マジで発作とか起こすなよ?

痛風は対処療法しかないんだからな?」

 

硝子が嫌そうな顔でビールをあおる。

お前も僕と同い年だろうが、なんて口にしたら最後、確実にメスが飛んでくるので黙っておいた。

 

ひとまず、うわばみ二人はビール、僕はメロンソーダで乾杯。

三人で鍋を囲んで、適当に食べて、適当に笑って、ぽつぽつと思い出を語った。

 

僕も無理やり酒を飲まされたせいで、途中で何を話したかは、覚えていない。

ただ、気がついたら三人とも、部屋のあちこちで寝落ちしていた。

 

元旦の朝。

窓の外は、うっすらと曇っていた。

 

……でも、潔乃は帰ってきていなかった。

 


 

元日の朝は曇り空だった。

うっすらと光が差し込んでいるのに、潔乃の気配がなかった。

 

昨日潔乃の分として、残した酒も鍋の具材もそのまま手付かずだった。

 

スマホを手に取り、LINEを確認する。

潔乃からの最後のメッセージは、昨夜23時すぎ。

能登の寿司屋のリスト。

交通手段も、経路ごとに丁寧にまとめられていた。

 

──それ以降、返信はない。

 

こちらからメッセージを送る。

……既読にならない。

 

胸の奥に、冷たいものがじわりと広がる。

これは、おかしい。

 

慌てて家入と七海を起こし、事情を説明する。

2人とも、顔色を変えた。

 

「……LINEも、通話もダメね」

家入がスマホを操作しながら呟く。

 

七海も、何度か着信を試すが、すぐに切れる。

流れるのは機械的な定型メッセージ。

 

──「電源が入っていないか、電波の届かないところにあるため……」

 

完全に、繋がらない。

 

いよいよ胸騒ぎが強くなる。

部屋を飛び出し、他の職員に聞こうとしたその時。

 

廊下の向こうから、慌ただしい足音が迫ってきた。

日下部、2年生たち、乙骨、真希、棘、パンダ。

 

「五条、大変なことになった」

 

皆が息を切らせながら駆け寄ってくる。

 

「朝からみんなで、訓練兼ねて呪霊退治に区内に出てたんですけど……」

 

なぜ正月早々訓練なんて……と思ったが、入院してた乙骨の慣らしのため学友と日下部が一肌脱いだらしい。

いいねぇ青春じゃん。

そんなことを一瞬考えたが、ふと気づいた。

 

パンダと棘が、目を逸らしている。

──2人が、そんな表情をするなんて。

 

「掻っ捌いた呪霊の腹から、これが出てきた」

 

真希が差し出したのは、血に濡れた小さな布包み。

受け取った瞬間、嫌な予感が脊髄を駆け抜けた。

 

ゆっくりと開く。

そして、息を呑む。

 

じゃらじゃらとピアスがついた、見覚えのある耳。

呪力入りの宝石のついた指輪を中指にはめた、見覚えのある左手首。

 

──それは、間違いなく。

 

「その反応ってことは、やっぱりか…」

 

日下部が、やりきれないといったように頭を振る。

 

六眼が示していた。

視覚情報に、誤差はない。

 

それらは、間違いなく伊地知潔乃のものだった。

 


 

潔乃の遺留品──あの右手と耳の件は、あっという間に高専中に広まった。

混乱と動揺が駆け巡り、職員も術師も、皆ざわついていた。

 

……当たり前だ。

潔乃は術式に目覚めて以降、僕の目から見ても1級術師並の実力を持っていた。

生存能力だって、判断力だって、この世界で戦える力を持っていた。

 

でも誰だって死ぬ。僕だって死にかけた。

──それを、どこかで“あの子だけは大丈夫だ”と思っていた自分がいた。

 

それが、甘えだったと今さら気づく。

 

呆然と立ち尽くしていた僕の前に、補助監督の新田がやってきた。

僕が”手に持ったもの(指輪とピアス)”を見た瞬間、彼女はボロボロと泣き始めた。

 

「……伊地知さん、やっと……やっと普通に暮らせるって……退職して、のんびりするって……!」

 

──退職?

 

聞いてない。

それは初耳だった。

 

「……新田、それ、いつの話だ?」

 

顔を上げた新田が、涙を拭いながらぽつりぽつりと話し始める。

 

「……あの、伊地知さんの退職、10月の時点でもう決まってたらしいんスよ。

承認したのは、夜蛾学長っス……」

 

「新宿の決戦の時には、もう本当は有休消化に入ってて……

でも、現場が忙しいからって、ずっと仕事手伝ってくれてて……

私が、“処理しづらい”って相談した書類も……実は、伊地知さんの退職関係の書類だったんスよ……」

 

最初は抑えていた声が、徐々に震え始める。

 

「で、退職の件は……宿儺戦前でみんなピリついてたのと、それどころじゃないってことで、

縛り付きで情報制限かけられてて、私も、縛りを結んでて……だから、言えなかったんスよ……」

 

新田は、涙を拭いながら、唇をかみしめて言った。

 

「……昨日が最終日で、翌日にこんなことになるなら、縛り破ってでも、皆に話しておけば良かったっス…」

 

絞り出すような新田の声が、胸に刺さる。

 

思い返せば、確かに。

どこか仕事の引き継ぎのようなことをしていたような気もする。

けれど、まさかそれが“辞める準備”だったなんて、思いもしなかった。

 

──そうか。

12月31日。昨日が、潔乃の退職日だったのか。

 

年の瀬のドタバタと、宿儺戦後のゴタゴタで、周囲に伝える余裕もなかったのかもしれない。

有休消化のくせに仕事ゴリゴリにやってたし。

 

事務方で処理に携わった人間以外、誰も知らなかった。

術師も、補助監督も、他の高専職員も、生徒も全員が寝耳に水だった。

 

僕も──何も、一言も聞いていなかった。

 

 

押し寄せてきたのは、記憶の波だった。

 

 

夜中に寮の部屋に顔出したら、

真剣な顔で宝石に呪力注いでて、声かけづらかった。

 

けれど居心地が良くて、そのまま居座ったら、

「……好きにすればいいじゃないですか」って顔して、

甘いミルクコーヒーやら、お菓子やら、しまいには不機嫌そうにブランケット出してくれてた。

どこぞ、世話好きのおかんか?と思ったっけ。

そのうち、僕の私物が増えてって、別宅状態になってたけど、ため息一つで許容してくれてた。

 

忙しい中でも、いつだって書類を抱えて高専内外を走り回ってた。

無茶振りしても、口では文句を言いながら、結局きっちり全部片付けてた。

 

夜の補助監督室。

ため息まじりにキーボードを叩いてた横顔。

「今はいらないです」って言ってたくせに、

三十分後にはしれっと僕が差し入れたアイスを食べてた。

 

遠方の任務に付き添ってくれたとき、運転しながら

「五条さんは寝ててください。到着したら起こしますから」って。

あの時はいつもより運転が丁寧だったのを覚えてる。

 

海外に引っ張り回した時もそうだ。

疲れてたくせに、「仕事が溜まってるので」って、ホテルで資料開いて……

見てられなくてベッドに放り込んだら、一瞬で寝やがって、僕のほうが呆れた。

あまりにも無防備すぎて、寝てる鼻を摘んだらブッサイクな顔してて最高だった。

 

百鬼夜行の元日以降は、結構な頻度で潔乃の部屋に行ってた。

行くたびに毎回のように、ベッドで抱きしめて眠ってた。

文句言いながら、黙って、黙って……好きにさせてくれた。

背中を撫でて、叩いて子供を寝かしつけるようにしてくれた。

僕もいい歳なんだけど、それが心地よかった。

 

やせっぽっちだけど、柔らかくて、温かくて、甘い、いい匂いがして、

たまに寝ぼけて、猫みたいにすり寄ってくる、その体を抱きしめながら──

僕は、何度も、眠ったんだ。

 

全部、全部……“俺だけ”の時間だったのに。

 

──なにも、言わずにいなくなるなんて。

卑怯だろ。

傑よりひでーわ。

 

……なんで。

 

……なんでだよ。

 

「......なんでなんだよ。潔乃」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

晴れ渡る青空に、もくもくと立ち上がる白い入道雲。

どこまでも続く、常夏のビーチ。

ここは南半球のとある有名な観光地。

私はその砂浜で、ゆったりと肌を焼いていた。

 

身に着けているのは、日本では絶対に無理な黒のマイクロビキニ。

ちっぱい、大平原の小さな胸、まな板に梅干し2つ──すべてのワードを兼ね備えた私が着ると、あまりにも貧相すぎて涙を誘う。

いいんだ。憧れてたんだマイクロビキニ!好きなものを着たっていいじゃない。

 

五条に見せたら揶揄われるのが目に見えたので、一度も着たことがなかったが──

というか、五条と海行ったことねーや。行ったのは中学時代の友達とだったわ。

ちくしょう日本でも着りゃよかった。

 

とにかく、ここに、五条はいない。

 

解・放・感!!!

 

「……だいぶ満喫してるな?」

 

常夏の海辺にまったく似つかわしくない、スーツ姿の男が日差しの中に立っていた。

孔時雨──渋くてダンディな、“仲介屋”だ。

 

「22年も呪術に人生捧げたんですよ?

バケーションくらい、満喫させてくださいよ」

 

そう言いながら、隣のクーラーボックスからビールを取り出して、『左手』で手渡す。

 

「日本の呪術界、大騒ぎになってたぞ?」

 

「へー。そうなんですね」

 

「……興味ないなお前?」

 

「そりゃそうでしょうよ。だから逃げたんですよ?」

 

「……それもそうだな。ま、いいけどよ」

 

孔は苦笑しながら、隣のビーチチェアに腰を下ろした。

日差しの中で、瓶ビールのガラスがきらりと光る。

 

孔時雨。

彼に出会えたのは、ある意味“僥倖”だった。

 

補助監督として情報統制に関わっていたおかげで、私は自然と裏の事情にも通じるようになった。

その過程で、彼とのパイプができたのは偶然──けれど、本当に幸運な偶然だった。

 

まさか、“懐玉・玉折”のあの時代から10年以上。

彼が今も生きていて、しかも現役で“動ける”とは思っていなかった。

 

原作通り、彼の能力は折り紙つき。

「いつか使う時が来るかもしれない」

──そう思って、関係だけは良好に保っておいた。それが、功を奏した。

 

もともとの計画では──

人外魔境新宿決戦が終わったあとは、速やかに退職して、呪術界とは距離を置くつもりだった。

 

そのために、渋る夜蛾に何度も何度も頭を下げて、10月も半ばを過ぎて、ようやく退職を取り付けたのだ。

私の意志が固いと知って、寂しそうに判を押した夜蛾には……少し申し訳ないと思ったけどね。

その時は距離を置くだけで、高専とのつながりを完全に断つつもりはなかった。

五条とかうるさそうだしね。呪術界の仲間は嫌いじゃなかった。

 

……でも、予定は変わった。

 

術式に目覚めたうえに、“宝石の作り手”として名が知られてしまった。

たとえ退職しても、呪詛師や他の家系から狙われるのは目に見えている。

 

実際、五条家ですら──五条本人が抑えきれずに釣書が来るレベルだ。

いつ、どこの誰に“孕み袋”にされるかわかったもんじゃない。

 

──流石に、それは嫌だ。

 

呪術界とは距離を置くのではなく、断絶する方向に舵を切った。

というわけで、登場するのが孔時雨というわけ。

 

高専には把握されていない“飛ばし”のスマホを使い、孔に連絡。

私の「死亡偽装&失踪」の仲介を正式に依頼した。

 

手順はこう。

 

適当な特級に足を突っ込みかけた1級呪霊を選び、私の耳たぶと左手を切り離して食わせ、

術式で記憶を書き換え、高専のメンバーが来た時に襲いかかるようにセット。

 

通常であれば、耳と左手の喪失は致命的。

だが、宿儺戦で何度も死にかけた経験が功を奏したのか──

どうにか「反転術式」を実戦レベルで扱えるようになっていた。

 

だから、宝石による呪力の底上げと併用して、失った部位は強制的に再生。

──ラッキーだったとしか言いようがない。

 

もし反転術式を習得していなかったら、身代わりに私物を呪霊に食わせるつもりだったが、

誰かに“違和感”を気づかれるリスクがぬぐえなかった。

 

そういう意味でも、今回は──すべてが、うまく転がった。

 

まさか元日の朝に倒されるとは思ってなかったけど、ね。

翌日とか翌々日になっていい感じに、私の耳や腕が分解されてピアスや指輪に肉片が残ってるくらいを想定してた。

フレッシュな生々しいものをお届けする羽目になったのは申し訳ない。

 

それでも結果として、計画は完遂された。

 

私は、“死んだ”ことになった。

 

そして、今、誰にも追われない場所で、誰の言葉にも縛られずに、

サングリアを飲んでいる。

 

ようやく、自由だ。

 

ま、10年、15年くらい経って、妊娠の確率が下がった頃になら、

また日本に戻って、高専にひょっこり顔を出してもいいかもしれない。

その頃には、私の存在は“宝石の技術”だけになってるはずだし──それだけなら、どうにでもなる。

最悪、適当な家の庇護下に入ればいいだろう。

その頃にはパワーバランスも落ち着いていて、まともな家も増えてるだろうから。

 

「孔さん、完璧な仕事でしたよ。ありがとうございます。

報酬は、すでに振り込んでありますので」

 

手元のスマホを軽く傾けながら告げると、孔は「ふっ」とだけ鼻を鳴らした。

ほんと、原作者一推しのイケメン。正直タイプだ。

 

──話がそれた。今回の逃走資金は、五条からの依頼で稼いだ金をたっぷり使わせてもらった。

 

もちろん、金の流れはしっかりとロンダリング済み。

伊地知潔乃名義の口座には一切痕跡を残していないので、仮に高専側が調べても“不審な金の動き”は見つからない。

 

私個人が宝石を大量に仕入れていたのも、正当な活動資金と見せるには好都合だった。

他人から見れば五条の命令で仕入れてるように見え、かつ五条の目からは私が個人的に仕入れてるように見える。

 

──五条も、まさかその金が「自分の依頼で払った報酬のほんの一部」だったとは思うまい。

ボンボンゆえの金銭感覚の無さ。金額のズレには絶対気づかない。

お金の流れを見ても「また何か作ってんだろな~」くらいの感覚で済ませてるだろう。

 

「孔さん、私関連については──今後、一切の仕事を受けたり、仲介したりしないでくださいね?」

 

サングリアのグラスを軽く傾けながら、私はそう告げる。

 

孔は一瞬だけ眉を上げてから、静かにうなずいた。

 

「……承知した。依頼が来ても、受けない。噂も流さない。

お前の足取りを聞かれても、“死んだ”ってことにしとく」

 

「お願いしますね」

 

「……けど、あの世界の方が手を伸ばしてくるかもしれねぇぞ?」

 

孔がカラになったビールの瓶を砂の上に立てる。

 

「その時は──その時です」

 

私は涼しい顔でそう言い切った。

 

「ま。私の仕事は完璧だから、わかるわけないんですけどね」

 

ピースサインをしてニッカリと笑ってやった。

 


 

 

孔が去った後も、ビーチでのんびりアルコールを摂りながら過ごした。

 

『あの世界の方が手を伸ばしてくるかもしれねぇぞ?』

 

その言葉に苦笑する。自分で言うのもなんだが、仕事は完璧にやった。

一つの綻びもない………はずだ。

 

仲の良かった人たちに会えなくなるのは、ちょっと、いやだいぶ寂しいけど。

五条も、家入も、七海も、他の高専職員も10年以上の付き合いの人がいる。

仕事もブラックだと言いつつも、やり甲斐はあった。

 

でも、孕み袋だけは耐えられない。

 

家入は万が一、自分が怪我をした時に見殺しにされるという恐怖から、

どれだけその能力が欲しくても、無理強いはされない。

でも、私は違う。

ただの“一般出身の女”で、“珍しい術式持ち”で、“宝石で強力な呪具を作れる”補助監督だ。

……そんな存在が、呪術界の中でどう扱われるか、私はよく知っている。

 

五条ですら、抑えきれない釣書が来た。

私が耐えられるわけがない。

 

相談すれば──

皆、きっと動いてくれただろう。

特に五条なんて、何があっても味方になってくれたはずだ。

 

……わかってる。

でも、それでも。

私は、五条には──迷惑をかけたくなかった。

 

彼は未来を変えた。

死ぬはずだった運命を、ねじ伏せて、生き残った。

私はいろいろ手伝ったが、最終的に生き残ったのは彼の意思だと思っている。

 

なら、今度こそ、好きに生きてほしい。

 

あらゆる(しがらみ)から解き放たれて、自由に、我儘に。

私なんかに構わず、ただ、自分の思うままに。

 

生き残った彼には、まだ未来がある。

当主の勤めを頑張るのもいい。教師として後進を育てるのもいい。

いっそ高専を辞めて、フリーで気ままに生きるってのも、似合ってる。

 

とにかく、五条悟には──

この世界を、人生を、思いきり楽しんでもらいたい。

 

正直、悪かったと思ってるよ。

この11年間、私は確かに、甘やかしすぎた。

 

夏油がいなくなってからは、ほとんどメンタルケア係みたいなもんだった。

五条のわがままも、寂しさも、空虚も、ぜんぶ受け止めた。

 

……でも。

あの関係は、果てしなく距離は近かったが、それだけだった。

恋人でも、家族でも、ましてや“運命の人”でもない。

五条にとっての運命の人は夏油傑だろ。

 

──ただの、友人。

職場の先輩と後輩。学生時代の先輩と後輩。

ご主人様と犬。雇用主と雇用者。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

お互い、もう“大人”だから。

 

私がいなくても、大丈夫だよね?

 

五条の青春はあの3年間だったろうけど、私の青春はこの11年だったのかも。

高専の仲間と青春を過ごせて、本当に楽しかったよ。

 

伊地知潔乃は、もう死んだ。

私は新しい人生()を始める。

五条もせっかく拾った命なんだから、最高の人生を満喫してちょうだい。

 

前世で、あんたが死んで泣いた人たちのためにも──

幸せになってくれ。

 

……たくさんいたんだからね?五条の女。

 

沈みゆく夕日に向かって、ビール瓶を掲げ、グイッと飲み干した。

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

高専内は未だ騒然としていた。

 

潔乃の「死亡」がほぼ確定──そう伝えられた以上、それも無理はない。

七海は顔を伏せ、硝子は沈黙を貫き、日下部はひとり外を見ていた。

京都高にも連絡がいき、補助監督との通話で歌姫が怒声をあげてるのが聞こえた。

生徒たちも、動揺の波から抜け出せずにいる。

 

そんな中で、僕はひとり、食堂の隅に腰を下ろして、無意識に指輪とピアスを見つめていた。

潔乃の耳と左手から外されたそれは、見慣れたもののはずなのに、今こうして僕の手の中にあるのがどうしようもなく不思議だった。

理由は分かってる。なのに、どうしても受け入れたくなかった。僕らしくもない。

それを表情に出すほど未熟じゃない。表情筋のコントロールなんて、今さらだ。

それでも、頭の中だけはぐるぐるとまとまらなかった。

 

そこへ──

 

「お父さん、話がある」

 

唐突にかけられた言葉に、思わず顔を上げる。

 

……お父さん?

 

目の前には、真面目な顔の脹相が立っていた。

ああ、そういえば、潔乃とやたら親しかったっけ。

っていうか、そっちの“義父”枠、僕なのか……。

 

潔乃が何度も頭を抱えてた理由、今ならすごくよく分かる。

 

──まぁでも、あいつをからかい倒したのは僕だ。

今さら文句は言えない。こうなったら、もうノリで付き合うしかない。

 

「……なんだよ、“息子”?」

 

そう返すと、脹相は真顔のまま頷いた。

 

「ここでは話しづらい。悠仁と二人で来てくれ」

 

ただごとじゃない雰囲気だった。

促されるまま、僕と虎杖は彼に連れられて高専の空き部屋へ移動する。

 

扉を閉めると同時に、脹相は静かに切り出した。

 

「多分だが──母さんは生きてる」

 

「……は?」

「え?」

 

僕と悠仁が同時に声を上げ、目を見開いた。

 

「……何言ってんだ、お前」

 

「俺は、“血”でつながった家族が生きているかどうかが分かる。

だから加茂憲紀こと羂索がまだ生きてることもわかったし、悠仁との血の繋がりも確信できた」

そういえば修行期間に、そんな話をしたことを思い出す。

悠仁を見るとそれに驚きつつも、「確かに脹相なら……」と頷いている。

 

「母さん──潔乃に関しては、“呪力を分けてもらった”。

俺たち半呪霊にとって呪力は血だ。だから分かる。あの人は、“今もどこかで生きてる”」

 

そう言い切る脹相の目は、まったく揺れていなかった。

多分──いや、確信している。

 

「母さんの性格上、生きているなら、きっと戻ってくるはずだ。

戻ってこないってことは……何か意味があると思う」

 

その瞬間、僕はすべてを悟った。

 

……あいつ、やりやがった。

 

呪術界から逃げやがった。

いや、逃げたなんて生ぬるい。

“綿密に、完璧に、計画して存在を抹消した”んだ。

 

おそらく理由は、”孕み袋”になるのを嫌がったか、

宝石製造マシーンになることを嫌がったか。

あるいは両方だろう。

 

誰にも見つからないように。

僕にすら、絶対に感づかれないように。

 

「……あの、アホ」

 

自然と、呆れ混じりの声が漏れる。

だけど、正直、ほんの少し感心もあった。

やるじゃん、潔乃。この僕を騙し切るなんて。

 

さすが、僕の補助監督。

さすが、僕の10年来の共闘者。

さすが、僕の10年来の相棒。

 

最後の最後まで、完璧主義で、仕事熱心で、個人主義で。

 

────────くっそムカつくんだよね!!

 

気づけば術式が暴走していた。

噴き上がる呪力が、部屋の照明を割り、壁をひび割れさせていく。

慌てる虎杖に対して、脹相は怯えもせず、むしろ冷静だった。

 

「……父さん、落ち着け。母さんは、自分の意思でいなくなったんだ。それだけは、尊重しろ」

 

「うるせぇ!!!尊重できるか、そんなもん!!!」

 

自分でも、信じられないくらい声が荒れてる。

 

「……おい、潔乃の場所、わかんだろ!?」

 

怒声と同時に、脹相の胸ぐらを掴んでいた。

 

「協力しろ?お前も母親が失踪したままだと嫌だろ?」

 

 


 

 

──私は、知らなかった。

 

この時、日本では五条がガチギレしていたこと。

 

その怒りのまま、脹相を道案内に使って私の元まで辿り着くこと。

 

そして、あの五条悟が本気で涙をこぼすという、前世なら超レアスチル扱いされるような光景を目撃すること。

 

さらには──

 

がっちり抱きしめられて、ビーチでそのまま3時間説教されること。

 

問答無用で日本に連れ戻され、五条家というか、五条悟に直接雇用されること。

 

私が思っていた以上に、五条が、私に依存していたこと。

 

こんな顔(新宿で夏油を見送った時のような)を、私に向ける五条なんて知らない。

まとわりつくように抱きしめられながら、解釈違いだ!!と内心で叫ぶことになるなんて、

 

……そんなこと、全然、これっぽっちも知らなくて。

 

 

そんなことを知らない、今この瞬間の私は、

 

“人生の新しい春”を、心底謳歌していた。

 

 

 

fin.

 

 


 

 

読まなくてもいい、設定的なもの

 

 

伊地知潔乃

 

呪術廻戦の世界で伊地知トレースする羽目になった不幸人。

頑張って、伊地知をトレースして、途中からそれはぶん投げたが、頑張って頑張って

原作で死亡するキャラを救って、原作からフェードアウトだやったーーー!

となったところで、五条に引き戻された。

五条と仲良くなりすぎたのと、脹相を救ったのが敗因。

でも仲良くならないと、五条は新宿で死んでたので、諦めるしかない。

脹相を助けなければワンチャン呪術界脱出ルートはあった。

ただし、いずればれて一生、五条から逃げ回る羽目になる。

このルートでは、この後の人生も、五条から離れられず、振り回されていく。

振り回されるが、なんだかんだと五条に絆されてるので、楽しい人生を過ごす。

 

 

 

 

五条悟

 

アオハルおじさん。

実は、夏油が五条の右側が固定席なら、主人公は五条の左側くらいには、側にいることを許してた。

流石に11年間は長かった。

それだけの期間、主人公に甘やかされたら、流石に自分の心の中に居場所を作ってしまった。

夏油とは別ベクトルで、主人公に脳を焼かれてしまった。

この先、絶対に主人公を逃すつもりはない。

とにかく、僕の手の届く範囲にいろよ。

1人は寂しいけど、2人なら楽しいでしょ?

僕は楽しいよ。




pixivで連載してだいぶ前に完結していました。
それを読んだリアル友人曰く「部分的にはハーメルンのほうが好きな人多そう。考察好きな人多いし。オマエのは理屈っぽくて夢っぽくないから」と言われたのがきっかけで、こちらにもUPることを決めました。


完結しているので、だいぶハイペースでUPしましたが、楽しんでもらえたらなら良かったです。
この続きは後日談と番外編がたくさんあるので、要望があれば時間を見てといった感じで考えてます。
ここまでの長い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。




以下pixiv連載当時のあとがき

実は私、『呪術廻戦』はジャンプ+を定期購読していながら、連載中はほとんど読んでいませんでした。

面白いとは聞いていたんですけど
「人がバタバタ死ぬ系」はちょっと疲れるからなぁ。
しかも、“アイマスクの強い人”(※この時点でまだ名前すら知らなかった)が封印されたとかいう話を聞いて、
「ああ、あの人ね。封印されるほど強かったんだ。へー」で終わって、読まなかった記憶があります。

ところがある日、
「五条、復活したんだ?(※やっと名前覚えた)へー……え、死んだの? 復活したの最近じゃなかった? じゃあもう終わるじゃん。読むわ」
と、五条が死んだ妙なタイミングで読み始めました。
※週刊連載を追いかけるのが面倒なので、原作の終わりが見えてきたら一気読みするタイプです。何のためにジャンプ定期購読をしているのか…

──で、そこから約1年連載が続いたの、完全に誤算でした。

でも、見事にハマりました。
週刊連載ならではの熱量、嘘バレや考察、ネット上のお祭り騒ぎも含めて、とても楽しい時間でした。
(エネルギー吸収アリーナはもう少しで使うところでした。裁判ネタは耐えきれずに使いました)
最終回まで読んで、「ああ、面白かったな」と、それなりに満足して終えた……はずだったんですが。

しばらくして、ふと思ってしまったんです。

「……いや、五条悟、生き延びるルート普通にあるんじゃね?」

そもそもネットの考察でも「油断して負けた」とか言われてるし、
読んでいて私も「舐めプしなきゃ勝てたんじゃない?」と、ずっと思っていました。
作品的に虎杖が主人公なので、メタ的な意味で負けるのは分かっていたけど、生き残っても良かったんじゃない?と。

じゃあ……「生き残らせてみようか」と。
そうして始まったのが、この作品です。

ちなみに、この話を書き始めた直後に、原作者コメントで
「油断しなければ致命傷は避けられた」という発言が出たときは、「やっぱり!!」と歓喜しました。

 

五条を生かす。
そのためには、「彼の考え方」や「行動そのもの」を変える必要がある。
そうなると大人からの接触だと無理そうだ。
となると、遅くとも高専時代からの知り合いの方がいい。
でも、原作キャラの性格や立場を極端にいじるのは、なんだか違う気がする。(あくまで私の作品の中での話)
なら、“影響を与える存在”を外部から加えるしかない。
というわけで、最終的にこうなりました:

・オリキャラを加える

・原作キャラは、なるべく改変しない

・でも物語にはがっつり干渉する

・オリキャラは五条と近い距離にいて、影響を与えられる存在

・伊地知ポジションは使いやすそうだが、伊地知本人を変えるのは嫌だ(なぜなら作者は伊地知推し、あと五条と東堂も推し)

・よし、存在しない妹を生やして、こいつにやりたい放題させよう


──そうして生まれたのが、伊地知潔乃(主人公)です。結局、伊地知潔高が一般人になると言う大改造。

この時点で、まともな創作ではないのはお察しください。
性格や設定、能力、どうやって五条を救うかの設定を決めた、最初から最後までの流れを確定させたところで、
オリキャラで女だし、夢になるのか?と夢小説タグをつけてpixivで投稿を始めました。
夢小説なんてほぼ書いたことなかったし、二次創作も昔に学生時代に友人に頼まれて書いた数作のみ。
あと、この作品を優先するために凍結中のニッチなクロスオーバーシリーズがあるくらいです。


世界観も設定も、結末も、すべて決めてから書き始めたのに、
いざスタートしてから「やらかした」と気づきました。

当初のプロットにはなかった展開もどんどん入ってきて(七海生存などがそれ、本当は原作通り殺すつもりでした)
「伊地知の誕生日までに完結!」という予定は、見事に吹き飛びました。

一応、夢小説カテゴリーをつけたので、それなりに五条と仲良くさせようと思っていたのですが──
進展しない。進展しない。壊滅的に色気がない。
そもそも作者が読むのは好きなのに、R-18など恋愛要素は甘酸っぺぇぇ!!!と、身悶えして書けないタイプ。
番外編シリーズに分けて1本書いてみたけどあれが限界。

シティーハンターの冴羽と香のようなフレンシスな関係を目指したのは事実です。
でも、気づけばほぼ最後までそのままで進展しない。
作者は頭を抱え、そして諦めました。


それでも、どうしようもない主人公と、その周囲の人たちが勝手に動き始めてくれたことで、ここまで辿り着けました。

最終的に完走できたことに、心から満足しています。
もしこの物語を楽しんでいただけたなら、それが何よりの嬉しいです。

長い物語に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

本編完了しましたが、番外編後日談などどれが読みたいですか?

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