オリジナル設定てんこ盛り。
後日談③
本編終了後、後日談:転生者、いろいろ疲れるの続き
高専への帰還と、説教回。
長くなりすぎたので一旦ここで切り。
・伊地知ポジション成り代わり(伊地知の双子の妹)ものです
・オリキャラ出ます
・原作終了後のため、オリジナル要素、独自解釈、激しい捏造、妄想ばかりです
・というか、妄想しかありません
・ネタまみれです
・夢要素強くなるので、苦手な方はお気をつけください
真冬のアイスは――結論から言うと、失敗だった。
案の定、五条が寒そうにしている。
私もアイスを食べたい気持ちはあった。けれど、今は1月。真冬だ。
冷静になって、ピザまんと温かいお茶に変更した。現実的な判断である。
一方、五条は完全に『アイス脳』のままだった。
「オマエの奢りだし~」と調子よく、3つもアイスを抱えてレジへ向かった。
……身体、冷えると思うけどなぁ。そう思いながらも黙っていたら、案の定の末路だ。
ひっそり買っておいたホットココアを差し出すと、
「やるじゃん。さっすが、僕の潔乃!」
などと、どこか得意げな顔で言ってくる。
無視した。構うだけ無駄だ。消耗するだけ。
昔から「僕の補助監督」とか言ってたし、それと同じ分類と思えばいい。
とはいえ――相手にされないと、それはそれで拗ねるのは本当にやめてほしい。
今は私が運転を代わって、ハンドルを握っているのだが、助手席から、じとっとした視線が刺さってくる。知らん。
いくらイケメンでも、アラサーのおじさんがその顔で拗ねてたら、フォローしきれないぞ。
……それにしても、さすが高級車。
高専から支給されていた車も十分グレードは高かったが、これは格が違う。
ハンドルは適度な重さで、シートは吸い付くようで、振動も静音性も段違い。
死亡偽装していた間、何台かのレンタカーを使用したが――あれらとは比べるまでもなかった。
運転していて疲れないのが良い。これなら長時間の運転でも疲れなさそうだと。
成田から高専に移動する場合、大体は東京方面へ向かって首都高に入り、
区部を抜け西側に向けるルートを使う。
だが、渋谷事変以降の東京、特に23区内は壊滅状態だ。
五条を乗せているので呪霊も寄ってこないはずだ。だが、道路の状況自体があまり良くない可能性がある。
建物が破壊されて通行不可になってる箇所もあったはずだ。
安全圏を考え東京は突っ切らず、埼玉回りで向かうことにしている。
やや遠回りになるが仕方ない。
「……ところで、私の趣味部屋ってまだ生きてます?」
唐突な問いに、五条がココアを飲みながら答える。
「まだ残してあるよ。仕事部屋は呪霊にやられてボロボロになってたけどね」
軽く返してきた声に、いつも通りの調子が戻っている。
私が話しかけただけで拗ねモードは解除されたらしい。単純で助かる。
「ちょっと寄り道してもいいですか。
あそこの駐車場にバイク残してあって、それ回収したいです。
服も少ないので、持っていきたいです」
脳内でどのルートから行くか考えてる。
少々ルートは変わったが問題ない。ナビに頼らずとも補助監督時代に鍛えた脳内マップが役に立つ。
助手席で、五条がさらにココアをひと口飲む。
ぬるくなりかけた液体の温度を確かめるように目を細めてから、不思議そうに首を傾げた。
「お前、バイクの免許なんて持ってたっけ?」
その問いに、ほんの少し口元が緩む。
「えぇ。高専の時に取りました」
「……聞いてないけど?」
「言ってないですから」
あっさりと返すと、助手席の空気が変わった。
「五条さんが、私が16の時に“早く普通免許取れ”ってしつこく言うから取ったんですよ」
思い出すだけで、あの頃の騒がしさが蘇る。
当時の私はまだ16で、教習所にすら入れない年齢だったのに。
そんな常識は、彼には通用しなかった。というか、そこらの知識が皆無だった。
「……16は、自動車の教習所にすら入れないので」
念のため付け加えると、隣で五条が気の抜けた声を漏らす。
「あーあったかも。自販機コーナでそんな話したっけ?」
やっと思い出したらしい。あぁ、と言った表情になる。
補助監督になれと五条が
「五条さんが何度も免許取りに行けよって言うから、“とりあえず単車でも取るかー”って教習所入れば少しは静かになるかと。
まずは一夜漬けで原付取った後、勢いで小型・中型・大型と教習入れて全部取って、17になったのでゆるゆると普通免許も1年かけて取りました」
言いながら、視線は道路に向けたまま。
「あーオマエそういや異様に教習所行きまくってたな。やけに長かったのはそのせいか」
助手席の五条は、さっきのココアをまたひと口すすって、懐かしそうだ。
「ねえ、今度――」
「嫌ですよ」
運転席から軽く投げかけられた声を、遮るように被せる。
何を言い出すかはわかりきっている。
これが嫌だから当時も黙ってたんだ。
「僕、まだ何も言ってないけど……」
横でわざとらしくしょんぼりしてみせるが、無意味だ。
「“後ろ乗せろ”って言おうとしたでしょう?」
「…………」
図星らしく、五条は黙り込んだ。沈黙が何よりの肯定だ。
「体重が重い人を後ろに乗せると、バランス取るの難しくなるんですよ。
五条さん普段は服でうまく隠れてますけど、確か100キロありましたよね?」
本当のことなので嘘じゃない。
五条はなんか遠くから見るとシュッとした印象あるけど、
近くで見たらデカいし、胸板も分厚いし、腕もがっつりしてるし。かなりゴリラ。
毎晩それに抱きしめられて寝てるから、その重量感は身にしみている。
毎晩抱きしめられて………っって言い方おかしいのは気にするな。私もそう思ってる。
そのガタイの良さもそうだけど、一番の理由は、五条は後ろに乗せると五月蝿そうだからだ。
けど、これは言う必要がないしね。
「あー確かに。
意外そうな顔を向けてくる五条に、ちらりと横目をやる。
「バイクの教習で、教官が後ろに乗ることあるんですよ」
「え、マジで?」
「今は乗らないことや、人の代わりに土嚢を積むとことがあるかとか。
ご時世ですかね……感覚掴むのには必要な授業だと思うんですけど…」
初めて人を、教官を乗せて走った時は運転のしづらさに驚いたのを覚えてる。
教習所初日にコースを覚えるために教官の後ろに乗って走ったが、よくあんな慣れてない素人を乗せて走れるな?と、思ったもんだ。
「京都に行く時に七海さん乗せた時も、七海さんも大柄だから慣れるまでちょっと大変でしたね」
死滅回游の時に七海を乗せたことを思い出してその話題を口にしたら、
その瞬間、助手席の空気がぴしっと固まった。
「……は?」
一言だけ。けれど、声の温度が2度ほど下がった気がした。
視線を感じる。ココア片手にじっと見られている気配。
「あの時は、渋谷の事件の直後で、インフラが壊滅状態でしたからね。
特に道路関係はひどくて。高速も下道も、東京からの脱出車両で大渋滞でした」
五条の視線を感じながらも、淡々と説明を続ける。
「最初は車を使ってたんですけど、途中から小回りの利くバイクに切り変えて移動したんです。
……ただ、七海さんは免許を持っていなかったので、私が運転して」
そこで、ちょっと声のトーンをヒソヒソ話に落とす
「……使ったのは、放置されてたバイクなんです。緊急避難的に、ですね。
だから台数が確保できなかったのもあります」
横を見ずに言い切ったが、隣からの空気はやや重い感じがする。
「実際五条家に行ってからは、そのあと2台用意してもらってそれで、本当はダメなんですけど、軽く乗り方を教えて一緒にシン・陰流の当主のところへ移動しました」
隣の五条にちらりと視線を向けると、納得はしている。しているけれど――面白くはない、という顔。
……え、これすらダメなの?
「やっぱり僕も乗せてよ。七海と僕そんなに身長も体重も変わんないんだから!」
助手席で身を乗り出してくる五条。
目が真剣なぶん、余計に面倒くさい。
「……いや、全然違うでしょ!」
さすがにスルーできずに即ツッコミが出た。
七海もゴリラだが、お前はその七海よりでかいゴリラだ。
「10センチ弱も違えば、体重だって10キロ以上変わるでしょ。やです」
言いながら横目でちらりと見る。
「ええーー」
軽く黙らせたところで、また身を乗り出してくる。
「でも今日、バイク使うんでしょ?やっぱ乗せてよ!!」
はい出た粘着モード。
適当にあしらうことに決めて、口を開く。
「はいはい、今度ね、今度にしましょう」
その瞬間、案の定、不満げに唇を尖らせて、むすっとする気配が漂ってきた。
「……そもそもこの車、どうするんですか?」
現実的な問題を差し向けると、一瞬だけ言葉に詰まる。
けれどすぐに、勝ち誇ったような声が返ってくる。
「五条家の人間に引き取らせるから!」
視線を向けなくてもドヤ顔してるのが目に浮かぶ。勢いだけで押し切るつもりだ。
「……趣味部屋のある位置、23区内ですけど?わかってます?
東京自体が避難指示の立入禁止区域ですよ。
等級の高い呪霊もいますし、無理に動かせば最悪、巻き込まれますけど?」
現実を告げると、さすがの五条も少しだけ口を閉ざした。
もちろん、黙ったからといって、諦めたとは限らない。
というか――この人の場合、黙った時ほど、むしろ危ない。
だって五条は、沈黙のあとに限って、もっと面倒くさいことを思いつくから。
案の定、数秒後。
「わかった。まずはこの車で行って、君の荷物を一緒に運ぼう?
で、僕がルートを引くから、君のマンションまで飛んで戻って、それから単車で帰るっていうのはどう?逆でもいいよ?」
自信満々の声。やり切った顔が目に浮かぶ。
助手席で、まるで“どうだ完璧なプランだろ”とでも言いたげに、満足そうにこちらを見ている。
「……自分の術式、無駄遣いしないでください」
運転中だというのに、思わず天を仰ぎたくなった。
確かに、今の東京は立ち入り禁止区域。
都内に残っているのは、呪術関係者と呪霊くらいのものだ。
だから、多少強引でも五条の術式を使って、移動しやすい状況ではある。
――だとしても、それを当然のように使うな。
「はい、それで決まりね!」
五条は満面の笑みで勝手に話をまとめにかかっている。
こっちの冷ややかな視線にもまったく動じないあたり、ある意味ではさすがというべきか。
……諦めた。もう何言っても無駄だ。
こうなった五条は、聞きゃしない。
どうせ乗せろと言い続けるだろうし、下手をすると、背後を飛びながら並走してくる未来すら見えた。
仕方なく、こちらから条件を提示する。
「後ろ乗ったら、ちゃんと密着してくださいね。その方が運転しやすいので。
あと――変なところ触らないでください。気が散って事故りますから」
ちら、と横目で釘を刺すと、助手席で五条が嬉しそうに息をのむのがわかった。
「……わかったよって……ん? え、待って。七海も密着したの?」
その瞬間、明らかに声のトーンが変わる。
余裕ぶった態度に、妙な棘が混じった。
「その方が運転しやすいんですよ」
淡々と返す。事実しか言っていないし、表情も変えていない。
だが、沈黙。
助手席からは一切音が消えた。気配だけが、じとりとこちらに向けられている。
またも天を仰ぎたい気分になった。
でも私から何も言わない。
今何言っても言い訳にしか聞こえないだろうし、何も悪いことやってないもの。
七海も大概ゴリラなんだから、密着してくれたほうがバイク動かしやすかったし。
沈黙のあと、五条がぽつりと呟いた。
「へー……七海に、今度話、聞かなくっちゃ」
声色は軽いんだけど、その軽さの下に、じっとりした感情が滲んでいた。
無関心を装ってるつもりなんだろうけど、分かりやすすぎて面倒くさい。
――あぁ、はいはい。拗ねスイッチ入りましたね。
もはや反応するのも疲れるので、私は黙っておくことにした。
……ごめん、七海。
多分、そっちにとばっちりが飛ぶ。本当に申し訳ない。
成田付近はまだ、日常の空気が残っていた。
だが、東京に近づくにつれ、景色は少しずつ変わっていく。
一般車両は消え、すれ違うのは国の機関、自衛隊、そして呪術界の関係車両ばかり。
そのぶん、高速道路は驚くほど空いていた。
ふと隣を見ると、五条は静かに目を閉じていた。
流石に疲れたのか、助手席でうとうとしている。
後部座席に行って横になるよう勧めたが、「ここでいい」と言い張ったので、そのままにしていた。
膝を少し窮屈そうに折ったまま、身体を少し丸めるようにして――いつの間にか本格的に眠っていた。
……特級として動き詰めの彼が、わざわざオーストラリアまで追ってきたのだ。
そりゃ疲れていて当然か。
少しでも長く休ませてやろうと、そのまま静かに放置することにした。
それから約2時間。ひたすら無言でハンドルを握り、ようやく目的地――趣味部屋のあるマンション前に到着した。
エンジンを止め、深く息を吐く。
このマンションの立地は本当に良かった。
複数の私鉄駅が使え、バスも頻繁に通る。山手線の駅までも、実は歩いて20分ほどだ。
近隣にはコンビニもスーパーも揃っていた。
――もし、渋谷事変がなかったら、ここでマンションを買ってたかもしれないな。
そんなことを思いながら、シートベルトを外す。
横をちらりと見ると、五条はまだぐっすりと眠っていた。
口を少し開け、まどろみの中。
寝息は穏やかで、表情も無防備で。
寝顔はほんと可愛いんだよね、思わず一瞬だけ目を細めてしまう。
起こすのも可哀想だし、一人で荷物を回収してこよう。
そう思って、そっとドアに手をかけた――その時。
「っ!」
突然、左腕をガシッと掴まれた。
肩がびくりと跳ねる。咄嗟に振り返ると、
「……どこ行くの?」
数秒前まで眠っていたはずの五条が、六眼を見開いてこちらを見つめていた。
まだ半分夢の中みたいな顔なのに、その目だけは妙に焦った色を帯びている。
「マンションに着いたので、荷物を回収しに……」
そう言いかけたところで、遮るように短く返される。
「僕も行く」
言いながら、ようやく腕を放し、シートベルトを外して身体を起こす。
「服を取るだけですから。寝ててもいいですよ」
そう提案してみるも、五条は顔をしかめるようにして、はっきりと言った。
「……いや、一緒に行く」
譲る気はないらしい。
その言い方に、ふと気づく。
――ああ。たぶん、“置いて行かれる”こと自体に、もうトラウマがついてしまっているんだ。
眠っている間にまたいなくなるかもしれない――そう思わせた時点で、もう駄目なんだ。
「……わかりました」
深くは追及しないまま、静かに頷いて、私はもう一度ドアノブに手をかけ、車から降りた。
すぐに運転席側に回り込んできた五条に、当然のように手を取られる。
そして、そのまま恋人繋ぎに。
軽く手を抜こうとしたが、ぎゅっと力を込めて握り返され、あっさり拒否された。
見上げれば、目が合う。
“ダメだよ”と言いたげな、あの目。
……ため息。
抵抗する気も削がれて、そのまま大人しくマンションの部屋に入った。
中は、私が失踪する直前に使っていたままの状態だった。
ほんの少し、空気が止まっているような、そんな気配。
ようやく五条の手から解放され、彼をソファへと座らせる。
「休んでてください」
そう言うと、彼は素直に頷き、ソファの背にもたれて、くつろぎ始めた。
私はクローゼットの前へ向かい、そこに置いてあった古い旅行カバンを引っ張り出す。
中身は空。適当に、詰められるだけ服を押し込んでいく。
……これで、よし。他はもう全部処分でいいや。
ゲームも漫画も、本も雑貨も、失っても死ぬわけじゃない。
欲しくなったら――また買い揃えればいい。
同じことを高専卒業時にもやったなと思い出す。
あの時は趣味部屋の存在を隠すためだったけど、結局ばれたしな。
いや、7年も五条に隠し通せたから色々自由に使えた部分もあるし。また作ろうかな…
そんなことを考えながら、忘れ物確認のために全室を巡っていくと、ふと目についたものがあった。
……ベッドの上に放置された、五条のジャケット。
五条が勝手に私の部屋を使ったときの忘れ物。
死滅回游の最中、五条が勝手にこの部屋を使っていたことに気づいたんだよな。
その時に、五条がなんだか懐かしくてそれ握って寝たんだっけ。
......黒歴史だ。
いくら五条が封印されてて不安だったからと言って、その行動は今になって思うと恥ずかしい。
静かにため息をつき、ジャケットを拾い上げる。
「五条さん!勝手に、この部屋使ったでしょ?」
リビングへ戻り、ソファでくつろいでいる彼に向かって、それを軽く放る。
ジャケットが顔にかぶさる寸前、五条が器用にキャッチしながら笑った。
「あ、バレた?」
「バレたじゃないです、ったく」
呆れ半分、諦め半分の声で返すと、五条はジャケットを膝の上に置き、指先で布地をなぞるように触れた。
そして、ふと――
ジャケットを顔に寄せ、くん、と匂いを嗅ぐ。
「……なんか、潔乃の匂いがする」
「……変態」
間髪入れずに突き刺すような声で返すと、五条がジトッとしためで私を睨みながら顔を離した。
「失礼だよ潔乃。そういう意味じゃないからね?」
じっとりとした目で見つめると、
「ほんと、そういうんじゃないってーの」
ちょっと強い口調で言い訳が続くのを睨みつける。
ほんとノンデリ。
あのジャケット、確か……握って寝てたんだよなぁ。
私の汗とか、ついたかも。最悪だ。
だがもちろん、表情には出さない。
一切の感情を乗せない声で、淡々と告げた。
「もういいですよ。寝室のベッドの上に置きっぱなしだったからじゃないですか?
あとで洗濯してください」
それだけ言って、旅行カバンのファスナーを引く音で会話を終わらせた。
五条ちょっとホッとした様子で、息を吐いている。
「それもカバンに入れます?」
と念の為確認してみると、即座にジャケットを投げ返してきた。
顔が若干赤いのは気のせいじゃないと思う。
カバンにしまう前にふと気になって、ついこちらも匂いを確かめてみる。
……普通に五条の香水の匂いするけど………
「……五条さんの香水の香りしかしないですよ?これ」
何が“潔乃の匂い”だ、変な気分にさせやがって、こっちが被害者だ。
ソファにいる五条が、ぽかんとした顔でこちらを見てから、首をかしげる。
立ち上がり私のそばへ、再度ジャケットの匂いを嗅いで
「いや、潔乃の匂いしかしないよ?」
言い切られ首をかしげるが、あぁ、と思い当たる。
「……あー、お互い、自分の匂いには気づかないだけなんじゃないですか?」
そう返すと、五条は一拍置いて、やけに真面目な顔で頷いた。
「なるほど」
納得したらしい顔で、今度はすっと距離を詰めてきたかと思えば――
そのまま、私の首筋に顔を寄せて、ふっと息が触れるほどの距離で匂いを嗅いだ。
「うん、やっぱり潔乃の匂いと同じ」
反射的に、五条の頭を掴んで勢いよく引き剥がす。
「ちょっ、やめっ……!」
昨日、空港に行く前にホテルでシャワーを浴びたきりで、その後はずっと移動づくし。
飛行機の中ではボディシートでざっと拭いただけだし、今だって汗もかいてる。
よりによって、こんなタイミングで首筋を嗅がれるなんて、ほんと、やめてほしい。
「シャワーも浴びてないんですから、デリカシーなさすぎです!」
ジャケットをカバンに押し込みながら、視線は合わせない。
頬が熱い。心拍も速い。何この羞恥、最悪すぎる。
背後からは、抑えきれていない笑い声がこぼれてくる。
そして、追い打ちのように。
「別に、甘くていい匂いだったけど?僕は好きだよ」
音のない爆弾を投げつけられたみたいに、数秒思考が止まる。
……何それ。
「…………」
何も返せない。
言葉にしようとすればするほど、頭の中が真っ白になっていく。
これはたぶん――今まででいちばん恥ずかしい。
無言のまま、手にしていた旅行カバンを、五条の顔面めがけて投げつける。
予想通り、あっさりと無限で止められた。
「危ないでしょ?」
カバンを浮かせたまま笑う五条。
その顔を睨みつけ、くるりと背を向けてリビングを出る。
背後で、五条が何か呼びかけてくる声がした。
けれど――完全に無視だ。
ドアが閉まる音すら、妙に腹立たしい。
静かな廊下を抜け、階段を一気に降りていく。
足音だけがやけに響く中で、熱のこもった頬を掌でそっと覆った。
……はぁ。何やってんだ、私。
あんのノンデリやろう………
駐車場に出て、自分の単車の前に立つ。
カバーを外し、無言で淡々と状態チェックを始める。
エンジン。ライト。タイヤの空気圧。
普段なら三分もかからない作業を、今日はやけに丁寧にこなしてしまう。
今回は五条が乗るため、リアボックスも外してしまう。
これは、この駐車場において行こう。
機械に触れていると、ほんの少しだけ――
頭の中が、静かになってくる。
冷静になってきて、ふとあることを思い出した。
若い女性には、特有の“甘い匂い”がある。
「ラクトンC10」「ラクトンC11」――たしか、そういう名の成分だったはずだ。
主に10代から20代の女性の皮膚などから自然に分泌され、35歳を超えると一気に減少する。
……なるほど。
五条の言っていた“甘くていい匂い”の正体は、それだ。科学的に筋が通る。
前世製薬会社の研究員舐めんな!
つまり私は、まだ若い。
誇れ、私。
アラサーでも肉体年齢は若いんだ!
そうでも思わないと、気恥ずかしくてやってられない。
整備がちょうど終わったタイミングで五条が旅行カバンをもって、駐車場に降りてきた。
「機嫌治った?」
「………ほんっとデリカシー皆無ですね。五条さん」
思わず整備箱をぶん投げそうになる衝動を抑える。どうせ無限で阻まれる。
「ごめんごめんって。部屋の鍵かけてないけど良いよね?」
「構いませんよ。どうせもう使うことない部屋ですし。賃貸も解約しますしね。
ていうか、家主生きてるんですかね?」
「さぁ?居心地のいい部屋だったのにもったいないよね。
中のゲームとか漫画とか、また捨てるの?」
「そうなりますね。流石に運び出すのも面倒ですし。引越し業者がいません」
会話をしてると、五条がさりげなく手を繋いできた。
当然、即座に払いのける。
さっきの話をしてから、こいつと密着? 手を繋ぐ? 冗談じゃない。
明確な拒否の意思表示。
──のはずだったのに、五条の手はしつこく私の指に絡みついてきて、今度はガッチリと固定された。
思わず呆れて顔を上げると、五条は平然とした顔でこちらを見下ろしている。
当然でしょ? とでも言いたげに、満足げに微笑んで。きゅっと一瞬指に力を入れて主張も忘れない。
……こいつ、マジで、そういうところだけはブレないな。
「五条さん、これ離してください。いやです」
冷たく返したつもりだったのに、まったく動じる様子はない。
「僕もやだよ。潔乃と離れるの……もうしばらくは、付き合ってよ」
言い方ぁ。
その言い方が、ずるすぎる。
私が五条に甘いのを、自分でわかってて言ってるだろ。
絶対、わざとやってる。……こっちの反応まで、全部見越して。
睨み上げると、案の定。
五条はニヤニヤした顔で、上からこちらを見下ろしていた。
──茶番だ、こんなの。
けれど、ため息と一緒に気持ちの糸が切れる。
もう、いいや……付き合ってやるよ、少しくらい。
諦めて力を抜いた私を見て、五条が堪えきれないといった様子で笑い出す。
……その瞬間、堪えきれず体が勝手に動いていた。
「……っ!」
横っ腹に肘を一発。
...これは無限に阻まれなかった。
横っ腹を押さえながらも、もう片手ではしっかりと私の手を離さない五条に、内心ちょっと感心する。
……結構本気で入れたはずなんだけどな。よく頑張るわ、ほんと。
その手を無理やり引き剥がし、地面に落ちた旅行カバンを拾い上げる。
無言のまま、それを引っ提げて、マンション前の道路に停めた車へ向かった。
トランクを開けてカバンを放り込み、再び単車を置いた駐車場に戻ると、子供のような拗ねた顔をした五条がいた。
無視して外したリアボックスからヘルメットと手袋を取り出し、投げて渡す。
今の都内なんて、警察が居ても呪術界の関係者だし、道交法なんてあってないようなもんだが、ルールはルールだ。
「メット使わなくてもよくない? 手袋もいる?」
ぶつぶつ言いながらも、五条はちゃんとヘルメットを手に取る。
文句は多いくせに、行動は従順だ。
「五条さんは正直、どっちもいらないでしょうけど。私は事故ったら怪我しますし、手袋ないと凍えますから。必須です」
そう答えながら、私も自分のメットを被って手袋をはめる。
この季節は、バイクに乗ると一気に体温が奪われる。
手袋無しだと手が悴んで本当に危ない。
「ま、今の都内にいるのはほとんど呪術関係者か呪詛師か呪霊くらいなんで、警察に怒られることはないと思いますけど。一応、ね」
「そんなもんかねぇ」
気の抜けた返事と同時に、五条がバイクの後ろにまたがり、当然のように私の腰へ腕を回す。
この密着具合、いつものことだが……さっきの件があるだけに、ちょっとだけ気恥ずかしい。
あー早くシャワーに入りたい。
でも、0.1トンの荷物を背負ってる身としては、安定して乗ってもらう方が助かる。
体温が高いせいか、背中越しに伝わるぬくもりがやけに心地いいのが、また癪だ。
「転けたくないんで、私の動きに合わせてくださいね?」
そう釘を刺すと、背後から素直な返事が返ってきた。
それを確認してから、キックペダルを踏み込んだ。
高専までの道のりは概ね順調だった。
バイクの感覚に慣れてなかった五条も10分もすれば慣れて、気持ちよさそうにしていた。
基本五条の呪力に反応して呪霊は出てこない。時折、頭の悪い呪霊が出た時は、五条がワンパンで倒してくれるので楽だった。
道路は完全に空いてるので、途中からスピード違反でかっ飛ばし、道路の障害物をすり抜けまくって、1時間強で高専に辿り着いた。
高専のロータリーに滑り込むように入りってバイクを止めた。
エンジンを切って、ヘルメットを外す。
「……五条さん、着きましたよ」
「何あの運転!!」
いきなり叫ばれて、きょとんと振り返る。
「は?」
「スピードメーター振り切るほどのスピード出すわ、障害物ギリッギリで避けるわ、呪霊をジャンプ台代わりにするとか、お前なんなの??」
そういや途中から妙に静かだったな。
そうか、怖かったのか。
バイクのスピードより五条の瞬間移動の方がおっかないけどな……
それにしても、せっかく車も人もいない、舗装された道路があるんだぞ?
警察も止めやしないし、そりゃかっ飛ばすだろうよ。何言ってんだこいつ?
公道でウィリーや侵入スライドを決めなかっただけ、マシだと思うが。
「呪術師なら転んだところでかすり傷程度ですよ。五条さんなら無傷でしょ」
「そういう問題じゃねーんだよ。お前がスピード狂とは思わなかったよ。車の運転はあんなに丁寧なのに!」
「私にとってバイクは基本1人で乗るものです。車みたいに同乗者に気を使わないのが良いんですよ。
それに乗りたいって言ったのは五条さんですよね?」
軽口を交わしながら高専の建物内へ入ると、廊下の曲がり角で見慣れた顔と鉢合わせた。
「……あっ」
目を見開いた新田明は、次の瞬間には全速力で駆け寄ってくる。
「伊地知さん!!!!!」
目元を潤ませ、半ば叫ぶように叫んで、感情のまま突っ込んできた。
「伊地知さん、生きててよかったっス!!ほんと、ほんっとによかったっス!!」
泣きながら、横にいた五条を容赦なく押しのけ──というより突き飛ばして、その勢いのまま私に抱きついてくる。
「うわっ、新田さん、ちょ──」
思わずよろめいた私の肩を、彼女はがっちりと掴んで離さない。全力の再会ハグだ。
……そういえば、私が保護されたっていう連絡、高専にはすでに入ってたはずだ。
でも、やっぱり実際に顔を見て安心したんだろう。泣きじゃくる新田の背中を、私は苦笑しながらぽんぽんと叩いた。
視線を横に向けると、廊下の壁にもたれている五条と目が合う。
これは君が悪いんだから、と言わんばかりの顔でこっちを見ている。
私に気づいた者たちが、信じられないものを見るように足を止め、目を見開く。その波紋が、まるで水面に石を投げ込んだように広がっていく。
「……え、伊地知さん?」
「ほんとに帰ってきたの?」
驚きと動揺を隠しきれない声が次々に飛び交いはじめる。
小声のつもりなんだろうけど丸聞こえ。
まず飛び出してきたのは伏黒だった。
訓練帰りらしく、額には汗が滲み、呼吸もやや乱れている。
けれど、足を止めることなく、私の目の前まで駆けてきて
「……本当に、生きてたんだな」
静かな声。でも、その目が安堵してるのが私にもわかった。
「……うん。ただいま」
思わずそう返すと、すぐに今度は釘崎が怒ったように飛び出してくる。
「伊地知さん!人騒がせにも程があるわ!」
泣き笑いの顔で叫ぶその後ろから、パンダがひょいと顔を覗かせた。
「お、マジで生きてんじゃん。いや~、幽霊かと思ったぞ。
てか悟のやつ、また何か隠してただろ」
視線を向けられた五条が、何食わぬ顔でそっぽを向きながら「色々あるんだって」と言い訳のようにぼやく。
──そのときだった。
「うるさいな、廊下で騒ぐなっての」
日下部が、廊下の向こうから姿を現す。
仏頂面はいつも通り。でも私を見た瞬間、その表情がわずかに動いた。
「……お前、死んだって聞いてたんだけどな。ん?ちょっと日焼けしたか?
随分健康そうじゃねーか」
驚きと、ほんの少しの安堵が滲んだ声。
私はただ、苦笑して「すみません、生きてました」と返した。
「書類確認に来ただけなのに、ずいぶん騒がしいですね。」
日車寛見。この人も高専に来てたのか。
ちょっと驚いてしまった。
相変わらず静かで、整った佇まい。その彼も、私を見た瞬間だけは目を見開いた。
「……生きていたんですね。良かった」
この人にも私の死亡情報は伝わってたのか…
たった一言。でも彼らしいいたわりに満ちた声に思わず笑みがこぼれてしまう。
靴音が二つ、一定のリズムで近づいてきた。
思わず顔を向ける。
ゆっくりと廊下の奥から現れたのは家入と、七海だった。
家入さんは、すでに私に気づいていたようで、私と目が合うなり
「──おかえり」
その一言だけを呟いた。
家入らしいアンニュイなぶっきらぼうな口調、でも目に安堵が浮かんでて、ごめんなさいって気持ちになる。
そして、家入の隣にいる七海。
目が合ったその瞬間、彼はほんの少しだけ眉を下げ、そして微かに口元を緩めた。
「……やっとですか。遅かったですね」
落ち着いた声だった。
私は、自然と背筋が伸びるのを感じながら──
「……ただいま、戻りました」
深く、ゆっくりと息を吸って、そう返した。
一人、二人と集まってきた見知った顔は、あっという間に小さな人だかりを作っていた。
「どうやって逃げたんですか!?」「死んだって言われてましたよ!?」「え、どこ行ってたんスか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問の数々に、さすがに目が回りそうになる。
とりあえず口を開きかけたところ──
「はいはーい、そこまで!じゃあここからは、僕がご説明しまーす!」
やけに張り切った声が響いて、皆が一斉にそちらを見る。
五条悟が、満面の笑みで片手を挙げていた。
「僕も知らなかったんだけどさ、実はね、潔乃、前々から高専を辞める予定だっんだってさ」
そう切り出し、五条が話し始める。
得意げな顔のまま、滑らかに、よどみなく。
いつもの軽薄さ満載の五条らしい口調で。
「ずっと、資格の勉強だとか、再就学だとか考えてて?真面目な潔乃らしいよねぇ。
んで、本格的に準備を始めて退職願出して、夜蛾学長が生前受理してた。
でも、ほら渋谷とか死滅回游やら宿儺の件があったでしょ?」
そこまでは、概ね事実の範疇だ。
でも、そこからが“彼のターン”だった。
「だから、僕にも言い出せなくて、まぁ、退職決まってても別に呪術界と関係断つわけじゃないし?
って、落ち着いてから話そうとしてたみたいなんだよね」
いや、そんなこと無くて逃亡バリバリするつもりでした。とか言えないわ。
そして、いちいち「僕に」を繰り返すあたり、本当に根に持ってて性格が悪い。
「──ところがどっこい、その退職の話が、どこかから漏れちゃって。
高専の保護が切れるって情報が、呪詛師サイドに伝わっちゃったみたいでさー
五条家と、僕の保護は切れないのにね。バカだよねー」
さりげなく眉をひそめてみせたり、言葉の抑揚をつけたり、役者ばりに話を転がしていく。
「で、術式の便利さと、例の“宝石”の技術を狙って、12月31日に区部に出かけてた時に襲撃されたんだって。
まぁ、潔乃だからね?襲ってきた奴ら殲滅して逃げ切ったんだけど、流石に命の危険は感じたらしい」
「それで、本人の判断で“死亡偽装”を行って、一旦海外に潜伏。
僕にも何も言わずにね! 冷たいよね!」
わざとらしく肩をすくめながら、五条がしれっと視線をこちらに投げてくる。
……はいはい、悪かったですよ。ほんとしつこい。
「ま、僕は生きてるのは分かってたから、そのうち連絡来るだろうとは思ってたけど──正直、ヤキモキしたよねぇ」
と、五条が続けた瞬間、周囲に「えっ?」という空気が走る。
「……知ってたんですか?」という声がぽつりと上がると、
「うん、最初は本当に死んだかと思ったけどね。脹相が教えてくれたんだよ。
潔乃と呪力で繋がってるから、死んでないってのは把握してた。
あいつがそういうのが分かるってのは、悠仁の件でみんな知ってるだろ?」
と、さも当然のような顔で言い放った。
……事実だけど、こういう時に都合よく使われると、なんとも言えない気分になるな。
「なるほどね……」と、釘崎がぽつりと呟いた。
その顔には、なにか合点がいったような表情が浮かんでいる。
「だから五条先生と虎杖と脹相が、ずっとコソコソ何かやってたのね。なんか納得したわ」
……うん、その“コソコソ”の裏にいて、全く知らなかった当人としては複雑だけど、今は黙っておこう。
「で、潔乃の方も現地で少し落ち着いて、呪詛師の背後関係とか色々調べ終わったみたいで。
それでようやく──“五条さん助けて♡”って連絡が来たから、僕がすっ飛んで迎えに行ったってわけ!」
……は? 一言もそんなこと言ってねぇし、今語尾に♡ついてたろ???
五条相手に♡つけるような会話した覚えは一切ないぞ!
「詳細な位置情報は、敵に漏れるリスクを考えてね。
さっき言ったように、潔乃と脹相は呪力で繋がってるから、反応を辿ればある程度の位置は割り出せる。
とりあえずいる国だけ教えてもらって、脹相と悠仁も一緒に連れて行ったってわけ。
ま、悠仁はおまけだけどね、脹相が一緒にってうるさくって」
さすがに話が巧すぎる。話術というか、口八丁もここまでくると才能だ。
脹相のわがままは本当だろうけど…
……都合よくまとめたな、と思うけど、まぁ、致命的な嘘は言ってない。たぶん。
話が終わるころには、生徒たちはぽかんと口を開け、日下部は「あのなぁ……」と呆れた顔、日車は小さくため息、
………家入は鼻で笑い、七海は静かに眉を上げていた。
事実と、多少の脚色。
それがちょうどいい“説明”になるのは、ある意味、五条の才能だと思う。
……まぁ、言いたいことが山ほどあるけど、今は黙っておこう。
「ま、そういうわけだから。しばらくは潔乃は僕が保護するよ。
んで、危ないから資格取ったり大学行くのは、本格的に五条家の庇護下に入ってもらってからって話になったから。
高専の職員としては戻らないけど、僕の業務手伝ってもらうつもりだから、いつでも会えるよ」
そんな都合よくまとめて大丈夫か……と思いつつ、
五条の言葉に、皆がぱっと表情を明るくしたり、ホッとする様子を見て、
なんとも言えない気持ちになる。
──私は、思っていたより多くの人に“心配されていた”らしい。
その実感は、少しだけ胸に刺さる。
一通りの説明が終わった後、自然と場に解散の空気が漂いはじめた頃だった。
「……おい、伊地知」
低い声で呼び止められて、私は振り返る。
日下部が腕を組んで、やれやれといった表情でこちらを見ていた。
あいかわらず、面倒くさそうな顔の奥に、ほんの少しだけ心配が滲んでいる。
「お前、耳と左腕、反転術式で無理やり再生させたんだろ?家入に診てもらえ」
その声にかぶせるように、家入がすっと一歩前へ出る。
「そうね。私の目でも確認しておきたいから、保健室に来て」
そう言いながら、くるりと背を向ける。
この人のこういう動きは、昔から有無を言わせない。
「私もこの火傷の定期診察がありますので、ご一緒します」
七海が静かにそう言って、自身の首元を指差す。
渋谷で受けたあの火傷──
傷としては治っているが、やはり皮膚が弱くなっているらしく、家入の定期的な診断が欠かせないらしい。
その横で、五条が「あー」と何かを思い出したように呟いた。
「じゃあ、僕はマンションの前に置いてきた車を拾ってくるよ」
「……え、ひとりで?」
思わず問い返すと、五条は片手をひらりと振りながら笑った。
「うん。車とバイクの運転で君も疲れたでしょ?診察受けて、すこし休んどきな。
行きはとんで行くからいいんだけど、帰りは──うん、あの道路の状況だとバイクと違って通れないから
……迂回しまくって3時間コースかな」
軽い口調。でも多分、成田から長時間運転した、私を気遣っての提案だろう。
そしてすれ違いざま、声の調子をぐっと落として、私の耳元だけに囁く。
『せいぜい、硝子と七海に怒られろ』
……やけに嬉しそうに言うじゃないか。
思わず小さくため息を吐きながら、私は家入たちの後ろ姿を追った。
保健室に足を踏み入れた途端、ほぼ自動的に椅子へと座らされる。
家入が手際よく手袋をつけ、診察の準備を進めていた。
「……うん、綺麗に再生できてる。耳も、左手も問題なし。完璧な反転術式だね」
左耳に軽く触れられながら、家入の評価が下される。
彼女の目は確かだ。私も完璧だった自覚はある。けれど──少しだけ、惜しいものもあった。
「ピアスホールは、まだ固定してなかったので……塞がっちゃいましたけどね」
ぼそりと呟いて、肩をすくめる。
せっかく痛みに耐えて開けた穴だったのに、跡形もない。
買い揃えたピアスの数々が、まるで役目を失ったオブジェに見えてくる。
「髪の色もおとなしく戻したみたいだし、そこまで派手なピアス、もう必要ないだろ」
カルテに「異常なし」と書き込みながら、家入がぼやくように言う。
言葉は雑でも、気にかけてくれているのは分かる。
ただ、こっちはこっちで──あのときの私なりに、ちょっと頑張ったんだ。
「服とかも合わせて、いろいろ買い揃えたんですけどねぇ……」
宿儺戦までの間に、無理やり時間を作って服を手に入れた事を思い出した。
思わずこぼした嘆きに、七海が小さく苦笑を漏らす。
「変化を楽しむのもいいですけど、わざわざ痛い思いまでしてする必要はなかったでしょう」
相変わらずの正論。でも、それだけじゃ割り切れない感情もあるのだ。
「まぁ、それもそうなんですけど……でも、もったいなくて」
少し口を尖らせながら、ぼそっと続ける。
「誰かにあげちゃおうかなーって思ってるんですけど、家入さんも七海さんも、五条さんもピアス開けてないし……」
自分の周囲の顔を順に思い浮かべては、首を振る。
あのピアスたちが似合う人なんて、そうそういない。
「……楽巌寺学長?いや、だめだわ」
思いつきで言った自分の言葉に、さすがに我ながら吹き出してしまった。
若い女性物のピアスを身につける楽巌寺学長。うん、ごめんなさい。
隣の七海は、わかりやすく呆れた表情、家入はカルテを閉じながら肩を揺らして笑う。
「相変わらず、五条とつるんでるだけあって……考え狂ってるわね、あんた」
「いやいや一緒にしないでください。それにそんなに、つるんでません」
「十分、つるんでるでしょう」
七海だった。
「五条さんは、学生時代から気になることがあれば──」
そう前置きして、彼は腕を組む。
「……何でも真っ先に伊地知さん、貴方に連絡して調べさせる。
呪霊に関する情報、呪霊を報告してきた窓の情報や連絡先、祓除に係るその地域の神話や伝承や都市伝説、出張先のご当地グルメに、コンビニの新作などの、任務とは関係ないくだらない情報まで」
半ば呆れたような口調だった。
「普通の補助監督は、当然全部に応えられません。
でも貴方は違う。全部、正確に拾って返してくる。
……そりゃあ、五条さんが真っ先に連絡するのも当然です。
あの人は効率厨ですからね」
淡々とした語調が、妙に刺さる。
「重大な事象があっても、大体の物事は、五条さんと貴方の間の密談で完結してしまう。
私や家入さんが関わるのは、五条さんが『必要』と判断した時だけです」
少しだけ語調を落とし、七海は視線をそらす。
「今回も、そうだったのでしょう?」
まっすぐに告げられるその言葉に、反論ができなかった。
いきなり核心を突かれ、思わず黙り込む。
その沈黙を見計らったように、七海が腕を組み直し、少しだけ身を乗り出す。
「──で、本題です」
冷静な目が、真っ直ぐにこちらを捉える。
「今回の“死亡偽装”の件……本当のところを、話してください。
五条さんのあの話は、表向きとしてはよくできている………よくできすぎてますね」
はぁ、とため息をついて、足を組む。頬杖をついたまま、視線だけをふたりに向けた。
「死亡偽装して身を隠したのは事実です。
でも、呪詛師に襲われたわけではなく、呪術界から逃げるためでした。
呪術界に戻ってくる気は、これっぽっちもありませんでした。
……五条さんに見つかって、無理やり引き戻されたってのが本当のところです」
なるべく淡々と、感情を殺して言ったつもりだった。
けれど、ふたりの視線が真っすぐこちらを捉えているのを感じると、胸の奥がじくじくと痛む。
「七海さんは、特によく知ってると思いますが……私、未来視があるの、ご存じですよね?」
その言葉に、七海も家入も無言で頷く。
真剣な眼差しがこちらに注がれていて、誤魔化しはきできそうにない。
……やれやれ、ここまで来たら、腹を括るしかないか。
「んで、私の未来視って、どこまで話したか覚えてます?」
一拍置いて、七海が静かに応じる。
「……両面宿儺との戦い。そこで五条さんが死に………
最終的に虎杖君たち、1年生3人が共闘して倒す……という話までは、聞いています」
その瞬間、家入の身体が一瞬だけ硬直するのが、視界の隅でわかった。
その視線がこちらに向けられる。驚き、そしてわずかな苛立ち。
──無理もない。
家入には、そこまで細かく話すことはできなかった。
伝えたくても、伝えられなかった。制限で私たちはがんじがらめだった。
「……ですよね。で、その後のことって、聞いてないですよね?」
再び、七海が頷いた。
「はい。聞いていません」
「それが、退職の理由のひとつです」
天井をぼんやりと見上げながら、私は言葉を選ぶ。
どんな言葉なら伝わるのか。どんな形なら責められずに済むのか。
そんなことばかり考えてる自分に、少し嫌気が差した。
「これは五条さんにもまだ話してないんですけど、
私の未来視は、両面宿儺戦で終わってるんですよ。
この先、何があるのか、まったく分からない。
私の立ち回りって、基本“未来視に基づいた詰将棋”みたいなものでしたからね」
そこまで語って再び、ふたり視線を向けると、なんとも言えない表情をしていた。
「……今までみたいな立ち回りはできそうもないし、
働き詰めだったし、ちょっと休んで、勉強でもしようかなって。
それで“退職”の話を進めてたんですけどね……」
肩をすくめる。自然に笑うのは、もう諦めた。
「……術式の便利さと、呪力宝石の作成技術でもう、あちこちからオファーが来てまして」
口調は軽く。けれど、抑えきれない苛立ちが、どうしたって滲み出る。
「『うちに嫁いでくれ』という名目の、呪胎要望とか……
『うちに嫁いで宝石の研究を』という名目の、宝石製造マシーン扱いとか。
──もう、ごめんです。笑えない」
吐き捨てるように言って、息を吐く。
「……ちなみに。五条家の分家からも、釣書が来てました。
あの五条悟ですら抑えられてないんですよ?」
冗談に見せかけたつもりだったが、空気は一瞬にして冷え込んだ。
家入の唇がきゅっと結ばれ、七海の手が無意識に拳を握る音が聞こえそうだった。
「……やってられっかっての」
喉の奥から、絞り出すような声が漏れる。
怒りとも、嘆きともつかない、渇いた本音。
「だから、本来は“高専を辞めるだけ”にするつもりだったんですけど、
『徹底的に私の存在を消す』方向に動きました。
結果が……あれです」
……あの『耳』と『左手首』。
言葉にはせずとも、三人の間で、同じ記憶が静かに浮かび上がる。
「五条さんには、『なんで僕を頼らなかった』『俺を信用してない』って怒られましたけどね。
……でも、頼れなかった。あの人は、『死ぬはずだった人間』なんですよ。
せっかく生き残ったんだから、私に構わず、好きに生きてほしかった。
私がいなくても世界は回るんですよ。
全部を捨てて1人で逃げれば、なんとかなりますからね。
……それが、本音です」
さぁ、本音を話し切ったぞ?もう怖いものは………いや、もう現時点で家入と七海の顔が怖い。
七海は、サングラス越しに真っ直ぐこちらを見つめていた。
何を考えているの、読み取れないほど、感情を切り捨てた目をしててそれが怖い。
一方の家入は、口角が笑っているのに、目が一切笑っていなかった。
普段は冗談めいた毒舌を飛ばしてくるその口元が、妙に静かで──
パキン、と何かが割れる音がした。
家入が握っていたペンが真っ二つに折れていた。
──あ、これ完全に、地雷を踏んだ。
「……言いたいことは全部話したつもりかもしれないけど、
それを『正しいこと』だとでも思ってるんなら、今ここでぶん殴るわよ」
トントン、とリズムを刻むように指先で机を叩きながら、家入が静かにそう言った。
「七海。今殴るのと私の後に殴るの、どっちがいい?」
「……譲りますよ。ですが、早くしてください。私も抑えられそうにありません…」
七海も微笑すら浮かべないまま、静かに立ち上がった。
「ちょっと待って。ちょっと待ってください七海さん。
七海さんに殴られたら……普通に……死にます……私、戦闘特化型じゃないんです……」
情けなく両手を上げて、じりじりと後ずさる。
なのに二人とも、まったく止まる気配がない。
家入は折ったペンを机に投げ出し、無言で白衣の袖を捲る。
その横で七海が、静かにネクタイを外し──拳に巻き始めた。
いや何その段取り!?何その『本気』の準備!?
「いいから黙ってそこに座ってろ。逃げたら倍、殴る」
家入の声音は静かだったが、有無を言わさない迫力があって思わず椅子に座ってしまう。
こっわ!!!五条より怖い。
五条は怒られ慣れてるから、ある程度マニュアルがある。
家入に怒られたことはほとんどないので、マジで怖い。
「伊地知は………他人のことばっかり優先して、自分のことはどうでもいいと思ってるでしょ?」
「……自分を犠牲にすれば丸く収まると思ってるなら、それはただの傲慢です」
二人の声が連続して続く。
「……っ」
痛い。
痛い。
正論すぎて痛い。
そして、其の思考で突っ走ってきたので何も否定できない!
「五条が無事だったから?なら、何も告げずにいなくなってもいいと思った?
アンタがいなくても世界は回る?それはそうだろうね。誰が死んでも世界は回る。
でも、アンタがいなくなって、私達がどうなるかなんて、考えもしなかった?」
「私達が、貴女の“作戦の一部やその実行の駒”じゃなくて、『人間』だってこと、忘れていませんか?
私達は貴女のことを、学友で、僚友で、酒友だと思ってたんですがね?」
二人の言葉が、胸に突き刺さる。
言われてみて今更気がついた。
七海や五条を救うことに躍起になって、私を含めた全員を作戦の駒、作戦の一部としてみてたことを。
「……はは、最低だわ私」
笑って誤魔化したつもりだった。
「自分で自分のことを『最低』って言って、全部終わらせようとすんな。
それは反省でも謝罪でもない。ただの逃げ」
バッサリと切り捨てられて、言葉が出なかった。
「間違ってもいいさ。ただ、しっかり反省して次から同じことをしなければいい」
家入が深々とため息をつく。
「……もう、あんなのはごめんだ。お前どれだけ心配かけたかわかってるか?
高専職員や補助監督や学生達が混乱して、泣いてる奴もいた。
術師からも、どれだけ問い合わせが来たと思ってる?」
言いながら、家入は歯を食いしばった。
「五条は……五条は、本当にひどかったぞ。
動揺した表情を見せたのは最初だけだったけどな。
食堂の隅でお前の残した遺品のピアスと指輪を、無表情に眺めててな……
それを見るこっちの気持ちにもなってみろ!
……あんたは。黙って、全部、自分でやって、死んだことにして……!」
七海がぽつりと呟くように続けた。
「……私が声をかけても、家入さんが話しかけても、平然とした様子でしたね。
逆にそれがとても怖かったですよ。
直後に、空き教室を1つ破壊してましたが、おそらくその時に脹相さんからあなたが生きてると聞いたんでしょうね。
その後、貴方を迎えに行くまで、今度は獣のようなギラついた目をしてて、むしろホッとしましたね」
胸が締め付けられた。
ビーチで会った時の五条の顔を、思い出した。
真っ直ぐに、怒りと悲しみを混ぜて叫んでいた、あの顔が。
「あなたは、最低じゃない。そんな言葉で逃げは許されない。
あなたは、ただの馬鹿です」
七海がきっぱりと言った。
「馬鹿だから思い詰めて、勝手に全力で助けて、全力で傷つけて、全力で逃げた。
でも──今ここで、ちゃんと戻ってきて反省している。だから、それでいいんです」
「……七海さん……」
「その代わり、反省はしてもらいます。家入さん一発お願いします。
伊地知さんは動物と同じで、体に教え込まないとダメなタイプみたいですから。
以前、五条さんも言葉だけだとダメだ反省しないと、言ってました」
「えぇ!!話そこに戻る!?」
思わず叫んだ声に、家入がフッと笑った。
「OK。伊地知、歯を食いしばりな?安心しろ、あとで綺麗に治してやるから」
「全然安心できないッ!!」
怒声と、悲鳴と笑い声が交差した。
なお、家入からは強烈なビンタで、鼓膜は破れ口内が切れたし、
七海からのゲンコツは本気で意識が飛びかけた。
流石に本気ではないんだろうが………
家入もゴリラだなんて聞いてない!!!
主人公
五条の押せ押せムードにタジタジ。完全に押され負けてる。
車の運転は同乗者を乗せるため丁寧だが、バイクは1人で移動するものと言う感覚。
なので、警察がいない今はテクニックためし放題だ!とウキウキしてる。
新田と釘崎(涙目だけど)に泣かれたのはこたえた。
家入と七海の説教は五条の説教より効いた。
五条に怒られ慣れしすぎてるのもあるが、五条は絶対自分を許すと言う甘えも無自覚にあったりする。
五条悟
主人公が自分に甘い事を理解してるので、押しに押してがんばってる。
旅行カバンは無限に引っかかったが、主人公の肘鉄を喰らったのは
主人公自身のことは、もう無限の対象外に設定してるから。
説教を家入と七海にもさせるため、あえて席をは外した。
ざまぁ、徹底的に怒られてしまえ。
後日、七海にバイクの事を愚痴る。あいつの運転ヤベェと。
当初の予定の愚痴(何先に後ろに乗ってんだよ。密着したって?)とは異なる話題になったが、2人して大いに盛り上がる。
家入硝子
ガチギレの人、その1
逃げた理由も気持ちも、正直似たような状況のためよくわかる。
が、逃げ方が悪かった。おこ。
ビンタなんて慣れてないので、耳に当てて鼓膜破るわ、口内傷つけるわで焦った。
それに関しては、ごめん。ミスった。慌てて反転術式で治療した。
七海建人
ガチギレの人、その2
逃げた理由も気持ちもわかった。
でも、あの逃げ方は気に入りません。おこ。
自分の筋力ゴリラぶりはわかってるので、呪力無しの素の力でゲンコツした。
が、十分ゴリラで、本気でふらついている主人公を見て、少し焦った。
それに関しては、すみません。やりすぎました。
後日、主人公のバイクの運転が荒すぎる件に関して、珍しく五条と話が盛り上がった。
日下部 篤也
実は内心でガチギレの人、その3
何も言わなかったが、概ね大体の事情を察してた。
だから、保健室へ行かせる流れを作った。
これで五条もそうだが、家入も七海も落ち着くだろう。
家入や七海もだいぶメンタルがやられてるのを、実は心配してた。
仕事も楽になると喜んでるが、伊地知は本当にずっと五条専属だと後日、知る。
ふざけんな五条!とキレる。
本編完了しましたが、番外編後日談などどれが読みたいですか?
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本編終了後の後日談
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本編時間中の日常話
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if系(√分岐、原作通り五条死亡など)
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R-18 の下ネタギャグ
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