【本編完結】とある転生者の役割交代   作:kotedan50

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後日談④
後日談:転生者、またもや説教される の続き。

区切りのお話。

・伊地知ポジション成り代わり(伊地知の双子の妹)ものです
・オリキャラ出ます
・原作終了後のため、オリジナル要素、独自解釈、激しい捏造、妄想ばかりです
・というか、妄想しかありません
・ネタまみれです
・夢要素強くなるので、苦手な方はお気をつけください


後日談:転生者、またも約束させられる

家入と七海からの恐怖の説教タイムがようやく終わり、

反転術式でビンタや拳骨で負ったダメージを癒してもらったところで──ふと時計を見る。

五条が車で到着するまで、あと2時間。

 

「このまま保健室で待機させてもらえませんか?」

恐る恐る尋ねると、家入は最初からそのつもりだったらしく、あっさり頷いた。

 

「いいよ。今日は誰も来ないしね」

 

そのとき、家入のスマホが震えた。

舌打ちしながらポケットから取り出すが、画面を見た瞬間に表情が綻ぶ。

 

「五条からだ。……道路の状態が悪くて、追加で2時間くらいかかりそう、だとよ」

 

差し出されたLINEの画面を、私と七海がのぞき込む。

確かに、文字は簡潔だが、スタンプ付きで“ごめん”のニュアンスが伝わってくる。

 

「道路状況悪かったけど……そんなに時間かかるか? 運転慣れてないからかな」

 

思わず小さくつぶやいたが、内心は少し困っていた。

ただの2時間のつもりだった待機が、思わぬ長期戦になってしまったのだ。

 

業務を終えたふたりと、絶賛無職中のひとり。

しかも三人とも揃いも揃ってうわばみとくれば──

その結末は、ある意味で最初から決まっていたのかもしれない。

 

「飲むか」

 

家入がタバコを揉み消しながら、立ち上がって戸棚を開ける。

その手が取り出したのは、一升瓶の幻の日本酒。

以前、飲もうとして飲み損ねた、あの銘柄だった。

 

彼女はニヤッと笑い、瓶をこちらに掲げる。

 

「……せっかくだし、開けるか」

 

「え? それ飲んでいいんですか!!!」

思わず声が裏返る。

 

「お前の復帰祝いだよ」

 

「ありがとうございます!!」

 

ぴしっと背筋を伸ばして礼を述べると、

家入はくつくつと笑ってグラスを探しながら呟いた。

 

「ははっ、うるさいよ」

 

七海もどこか呆れたように息を吐きつつ、苦笑する。

 

「……騒がしいのは、元気な証拠ということで」

 

気づけば、保健室の空気はすっかり緩んでいた。

勝手知ったる職場──いや、元職場というべきか。

 

「適当に作っちゃっていいですか?」

 

一番下っ端の私が準備をやるのは当然──そう思って、いつも通りに動き出す。

 

冷蔵庫の扉を開けると、並んでいたのは──

ゆで卵、チーズ、スモークサーモン、枝豆のパック。

さらに奥にはキムチとえんがわの刺身。そして、なぜか冷凍コーン。

 

「……見事に、酒の当てばかり………」

 

思わずつぶやきながらも、内心では助かったと胸をなでおろす。

これだけあれば、ちょっとした居酒屋セットが作れる。

 

さっそく作業に取りかかる。

まずはチーズとスモークサーモンは単品で食べれるように皿に盛る。

一部少しずつ取り分け、適度な大きさにカット。

ボウルに入れて、オリーブオイルと塩胡椒で軽くあえて混ぜる。ワインにも合いそうなスモークサーモンチーズ。

 

枝豆はそのまま塩を振ったものと、もう一品──

皮を剥いて、中身だけを取り出し、刻んだゆで卵と冷凍コーンを合わせて、マヨネーズでざっくりと和える。

食感の違いが楽しい、サラダ風おつまみの完成。

 

キムチとえんがわは、これも単品で食べるように別皿へ。

一部を取り分けて一緒に混ぜる。

ピリッとした辛味と脂の甘味が絶妙な、えんがわキムチへと変身。

 

「……これで元素材と合わせて七品。十分でしょ」

 

七海がちらりと目を向けて「相変わらず、手際がいいですね」と短く褒めれば、家入も小さく笑った。

 

「私のところでバイトしない?」

「アル中一直線になりそうなので、やめておきます」

 

軽口の会話を楽しみつつ、テーブルの上に小鉢を並べ、即席の酒席ができあがっていく。

白衣を脱いでリラックスした家入と、ネクタイを外した七海の横顔が、少しだけ柔らかく見えた。

 

「……さて、始めるか」

 

三つの杯に酒が注がれ、グラスを軽く合わせる音が響いた。

 

 


 

 

「っかーーーー!!! うんまい。ドンペリと違って味がする!!」

 

一口目で喉を鳴らし、思わず叫ぶ。

口の中にふわっと広がる米の甘みと、芯の通った辛味。

まさに“幻の酒”と呼ばれるだけのことはある。

 

「……なんで急にドンペリ?」

家入が眉をひそめて聞いてくる。

 

「五条さんにファーストクラスで飲まされました。“お酒好きでしょ?”って」

 

その瞬間、家入と七海が同時に固まった。

完全に時が止まる。

 

「……ファーストクラス?」

「……五条と?」

 

声のトーンが明らかに引き下がっている。

しまった、と思ったが、嘘ついてもどうせ五条からばれる。

そのまま話を続ける。

 

「流石、五条家のお坊ちゃんですね。

ダイブルスイートとかいう、個室タイプのファーストクラスでした。

セレブ空間すぎて、出た食事もお酒の味もほとんど覚えてないです。

ちなみに、脹相さんと虎杖くんも同じ便で、同じファーストクラスの別個室に……」

 

「……腹立つ」

家入が顔をしかめる。

 

「ボンボンめ……」

七海は静かに怒っていた。声は低いが、確実にキレている。

 

気持ちは、正直わかる。

私もその恩恵を受けた身だが、なんか腹立つ。完全に貧乏庶民の妬みだけど。

家入も、きっと同じことを思っていたに違いない。

 

「じゃ、その再会の詳しい状況を聞かせてもらおうか」

 

家入がグラスを揺らしながら、鋭い視線で話題を切り替えてくる。

 

「仲介屋を経由して、信頼のおける飛ばし屋と契約して……いくつかの国を転々として、

最終的にゴールドコーストでバカンスしてました」

「は?」

「オーストラリアの……海がきれいなとこです」

「知ってるわ」

「そこで、今までのブラックな環境から解放されて。

ビーチで酒飲んで、ビキニで肌焼いたりしてました」

「マジでバカンスじゃん。あんたもあんたで腹立つわ」

「すみません。退職後の開放感で。つい」

 

グラスの中身をちびちび飲みながら続ける。

 

「んで、バカンス楽しんでたらナンパ男に絡まれて。うぜーなってイライラしてたら、どこからか五条さんがやってきて──」

 

「……また変なタイミングで登場したな、あいつ」

 

「ナンパ男に絡まれててさ。

“Now keep those filthy hands where they belong — on your own damn dick.(汚ぇ手は自分のチンポにでも添えとけ)”

──って、五条さん、突然そんなこと言い出して……」

 

「…………」

「…………」

 

英語がわかる2人は顔を見合わせ、無言のため息。

 

「……五条家の教育、大丈夫?」

「たぶん大丈夫じゃないです。完全にアメリカのヤンキーかと」

「日本の品性が疑われますね」

「まぁ、とにかく──そのあとビーチで3時間説教されて、そのまま帰国が決まりました」

 

「ウケる。容赦なっ……」

楽しげに笑いながら、家入が酒を煽る。

 

……いや、別に笑いごとじゃないんだけどな。

せっかくホテル三ヶ月分押さえてたのに、一ヶ月しか堪能できなかったし。

ぼそっと愚痴ると──

 

「死滅回游と新宿の後始末でずっと詰めてた私たちよりマシでしょう」

不機嫌そうに七海が切り返してくる。

 

「あ、それに関しては……すみません」

素直に頭を下げる。

 

「……で、しばらく五条の保護下なんだっけ?」

 

「はい、そうなります。五条家……というか、五条さんが個人で持ってるペーパーカンパニーに一応“雇用”されて、そこから高専に“派遣”って扱いになるようです。

で、五条さん専任の補助監督業務と、宝石の製作・管理。それから、依頼があれば術式使っての尋問担当が主な業務になる予定ですね」

 

「……完全に囲われてない?」

 

家入がニヤつきながら、わざとらしく眉を上げる。

 

「私も思いましたけど……実際、その方がしばらくは安全そうですからね」

 

お猪口を空にして、名残惜しそうに日本酒の香りを嗅ぐ。

あまりにも貴重すぎて、すぐには次を注ぐ気になれず──

代わりに、ビール缶に手を伸ばしてチェイサー代わりにぐいと飲んだ。

 

「五条家から“派遣”って形を取ることで、五条家の一員とみなしてもらえる。抑止力としては、まあ徹底した牽制になりますね」

 

七海が静かに頷きながら、同じくビールをあおる。

その表情には、納得と少しばかりの呆れが滲んでいた。

 

「まぁ、実際に五条さん専任になるなら、仕事も多少は楽になると思います。高専の運営や経理に関わらなくていいだけで、どれだけ時間が空くか……五条さんの処理だけで済むなら、まだマシです」

 

「マルチタスクの鬼だったからね、アンタ」

 

家入が細く笑い、手元の煙草を灰皿に軽くトン、と叩いた。

 

「給料も上がりますしね」

 

「……は?」

 

家入の声が、キンキンに冷えたビールよりも冷たかった。

 

──あ、やば、と一瞬で察するも、もう口に出してしまった後だった。

 

「五条さんから……けっこう、いい額、提示してもらいまして……」

 

「いくら?」

「いくらですか?」

 

息ぴったりのユニゾン。

──いや、そんなに食いつく!? っていうか、この人たちそんな俗っぽかったっけ……?

 

「えっと、まだ正式に契約書にサインしてないので……」

 

「言え」

「言いなさい」

 

真顔。

家入は煙草をくわえたまま、じっとこちらを見ている。

七海はと言えば、無言で飲み干したビールの缶を片手で潰しながらプレッシャーをかけてくる。

 

──逃げ場、なし。

 

観念して、机の上に置いてあった家入のスマホを借り、電卓を起動。ぽちぽちと数字を打ち込んで、無言で画面を見せる。

 

「……こんな感じです」

 

数字を確認した瞬間、家入が盛大に煙を吐き出した。

 

「あー、やってらんない」

「滅びてしまわないですかね、五条家」

「ちょっと! 私の就職先、潰さないでくれます!?」

 

イライラしたように、家入がタバコの火を灰皿に押し付ける。

ジリッと音がして、わずかに煙が立った。

 

「……そういや、今夜は五条の用意したホテルに泊まるの?」

 

「いえ。五条さんの持ちマンションに」

 

「……ああ、有り余ってる部屋から借りるわけね」

 

家入が鼻を鳴らすように言いながら、空になった缶を指先で転がす。

 

「いや、それが……今メインで使ってる部屋らしいですよ?」

 

「は?」

 

缶を転がしていた指先がピタリと止まる。

家入の目がわずかに細くなる。

 

「なんか、今回の件で……私、失踪者扱いになるので。

監視の意味も込めて、しばらく同居?だそうです」

 

「……うーん……」

 

家入がなんとも言えない反応を返す。

七海はというと、黙ってビールの残りを飲み干していたが、静かに口を開いた。

 

「いつまで?」

 

「……期間、聞いてないです」

 

ぽつりと答えると、しばしの沈黙が落ちる。

空調の音だけが、保健室にやけに大きく響く。

 

「………五条さん、完全にあなた囲おうとしてるじゃないですか」

 

七海がため息をつくように呟きいた。

 

「五条に手ぇ出されたらどうすんのよ。って言いたいとこだけど──」

 

新しいタバコを取り出し火をつけながら、家入が苦々しく呟く。

 

「……十一年も別宅扱いで入り浸ってたアホだったな、あいつ」

 

吐き捨てるような口調に、七海がため息をひとつ。

 

「万が一ということもありますから……あまりお勧めはしたくありませんが。

物理的な安全性は、まあ確かかと」

 

冷静な分析を挟みながらも、どこか呆れたような声音だった。

 

「まぁ、そこは大丈夫だと思うんですよ」

缶ビールを持ち上げながら、ぽつりと口にする。

 

「同じベッドで抱き合って寝ても、全然手を出してこない人ですし」

 

「……は?」

 

家入が、完全に動きを止めた。

煙草の先が宙に浮いたまま、言葉を失う。

 

「……?」

 

小首をかしげると、すかさず七海がビール缶を机に置く音が響く。

 

「……同じベッドで抱き合って寝てる? 」

 

いつもの淡々とした声色なのに、空気が一瞬で引き締まる。

質問というより、もはや尋問に近い。

あ、これは勘違いされている。訂正せねば。

 

「添い寝ですね。さっき言った通り、そう言った意味で五条さんと寝たことないですよ? ピカピカの処女です」

 

家入の眉がピクリと跳ねた。

七海は言葉を選ぶのに苦労しているようだった。

 

数秒の静寂。

タバコの先が弾け、灰が落ちる。

 

「……あんたら距離感バグってると思ってたけど、そこまでだったか」

 

家入が呆れた声で言った。

 

「まずね、そもそも付き合ってない男女は家に泊まらないの」

 

「それは五条さんに言ってください。鍵壊して入ってくるんで。

だから寮の部屋の鍵かけなくなったんですよ」

 

家入が言葉を失う。確かにそうだったと。

五条に部屋の鍵を何度か壊されて、泣きついたので覚えてたのだろう。

 

「一緒の寝具で寝ないの。普通は」

 

「それも五条さんに言ってください。無理やり入ってきて、抱き枕にするんです」

 

「…………」

「…………」

 

今度は七海が頭を押さえた。

 

「……貴方も五条さんも何をやっているんですか?」

「被害者は私ですからね!?」

 

ビール缶を持った手で机を軽く叩きながら訴えると、

家入がタバコの火を灰皿に押し付けた。

 

「……あーもう、全然酔える気がしなくなってきた」

 

「そもそも最初が最初なんですよ」

 

私は思い出すようにため息をつく。

 

「家入さんと七海さんがいないから、こうなったわけで」

 

「……何、私たちのせいみたいに言ってんの」

家入が新しいタバコをくわえ直しながら眉をひそめる。

何本目だろう?今日は吸いすぎだよ?やめた方がいいと思うが言えない。

というか、家入原作でタバコやめてなかったっけ?

 

「違うんです、経緯がちゃんとあるんですよ。

ほら、百鬼夜行の後って、鬼のように忙しかったじゃないですか?

五条さんも相当ストレス溜め込んでたみたいで……」

 

あの時の忙しさを思い出して夏油のニヤケ顔を思い出して、顔面を殴りたくなる。

私も空港へ行けるなら絶対一発入れる。

 

「まあ、あの時はそうでしたね」

七海が静かに頷く。

 

「で、私がこのメンバーの中で一番早く寮に戻れて。

それでも正月の朝ですよ?まじブラック。

まぁ、それはいいとして、部屋に戻ってシャワー浴びて出てきたら、五条さんが来たんです。

目の下にすごい隈つくって、完全にやつれてて」

 

「……あの後だからな」

 

家入が苦々しげに同意する。

きっと夏油のことを思い出している。それがすぐにわかる表情だった。

 

「でも私も疲れてて、正直余裕なかったんで、とりあえず無視してベッドに入ったんですけど──

そしたら、勝手に潜り込んできて……」

 

「「……は?」」

家入と七海の声がハモる。

 

「なんかこう、母親に抱きつく子供みたいな感じで、ぎゅって縋りついてきて。

泣いたりはしなかったですけど、身体が震えててね。

明らかにメンタルが限界みたいな感じで。あの五条悟が」

 

沈黙。七海が眉を寄せ、家入が煙を吐く。

 

「で、どうしたんだよ……」

 

「しょうがないんで、背中撫でてやって、トントン撫でながら添い寝しました。

バブみを感じてオギャったことにしようと思って。

私も眠かったし。あれが最初です」

 

「…………」

「…………」

 

再び重たい沈黙が落ちる。

 

「……それを受け入れるあんたも大概おかしいからな?」

 

家入が静かに言い放つ。うん、私もおかしいと思う。

 

「心配する方向性が分からなくなってきました」

 

七海は呟きながらグラスを空けた。うん、その気持ちわかる。

それは私もそう思う。

 

「……それ以来、癖になったんですかね。

部屋に来るたびに、添い寝を所望されまして」

 

何気なく言ったつもりが、ふたりの動きが再び止まる。

 

「……癖になった、って……あいつ、何歳よ……」

「いろいろと終わってますね……」

 

小さくつぶやかれたその言葉に、私はビールをあおりながら、もう一度だけ叫ぶ。

 

「だから、被害者は私なんですってば!!

最初は追い出そうとしてたんですよ?」

 

グラスを置いて、少し力なく笑う。

 

「でも、筋肉ゴリラに私が勝てるわけないじゃないですか?

抵抗したところで持ち上げられて終わりですよ。

もう諦めて、抱き枕やってました。この一年」

 

「……抱き枕」

「………………」

 

家入が呟き、七海が沈黙する。

 

「はい、抱き枕です。後ろからお腹に手を回して抱き寄せられたり、

正面から腕枕されたり、腰を抱きしめられたり……あとは、頭に顔を埋めてきたりもありましたね。

……完全に枕の扱いでした」

 

今までを思い出しながら指を曲げていう私に、家入が眉間を押さえながらぼやいた。

 

「いや、それ……ひっつきすぎでしょ」

 

「でも、性的な匂いは全然しないんですよ。不思議と。

むしろ人肌あったかいし、寝てるときは静かだし、見目はいいから目の保養で癒されるし、

気がついたら……絆されてたっていうか」

 

我ながら情けないと思いつつ、少し肩を竦める。

 

「繁忙期は別として、元々私の部屋に来るのも、泊まっていくことも多かったじゃないですか?

専用のマットレスもあったし。それなのに、添い寝するようになって、週1が週3、週4になって……」

 

「増えてんじゃん」

 

「私が寮にいなくてプライベートで契約してる部屋使ってる時は、その部屋にまで来てましたよ?

新宿の宿儺戦の前なんて──毎日、抱き枕やってましたからね」

 

「…………」

「…………」

 

ふたりが完全に沈黙した。

タバコの煙だけがゆっくりと昇っていく。

 

「……それ、あいつの情緒がやばいって話と、

それを当然のように受け入れてるあんたのメンタルがやばいって話と、どっちから突っ込めばいいの?」

 

家入の声には、もはや諦めと呆れが半々に混ざっていた。

ごめんその気持ちはよくわかる。

私も他人が同じ状況だったらそう思ってる。

家入と七海の分のウィスキーをロックを作り手渡す。

 

「嫌なら、きちんと断りなさい」

 

家入はウィスキーを口に含みながら心底呆れた声を出した。

嫌だと言ったんだけどなぁ。腕力でゴリラに勝てないんだよ。

 

「そういや、五条さんに一度、冗談でプロポーズされたことがあって……

その後は全力で拒否しましたね!」

 

「……プロポーズ?」

七海の眉がぴくりと動く。

 

「ほら、私が模擬戦やった後、術式と宝石の件が広まって、釣書が山ほど来るようになったじゃないですか?

それで、五条さんが『僕や硝子も毎月たくさん来るよ、釣書』って話になって──」

 

家入が眉をひそめる。釣書の山を思いだしたんだろうな。

 

「んで、話の流れで『じゃあ五条さん、家入さんと結婚すればいいじゃないですか?』って言ったんですよ。

──そしたら、わりと真面目な顔で『不快』って」

 

「……はぁ!?」

家入がグラスを置いて怒気を帯びる。

 

「あくまで冗談ですから!」

 

慌てて手を振ると、ふたりともやや納得した表情に戻る。

 

「で、その直後に──五条さん、急に言い出したんですよ。

『じゃあ、僕と結婚しない?』って」

 

ピタ、と音を立てて、七海のグラスが止まった。

家入は煙草を口に加え、ウイスキーのグラスを持ったまま固まって動かない。

 

 

「その後に続いた言葉が最悪で」

 

私は少しだけ間をあけて、淡々とその記憶をなぞる。

 

「『僕にとって結婚って、“血を繋ぐために性交渉する相手との契約”でしかない』って」

「それだけでも酷いのに、『結婚相手と性交渉だけして、孕ませるだけでもいい』とか言い出して」

 

言葉を継ぐたび、目の前のふたりがどんどん凍りついていくのが、視界の端でわかる。

 

「『でも、どうせなら仲良く楽しく暮らしたい』──って。

それで『だったら、潔乃がいい』と来て、極めつけが……」

 

思い出して、さすがに私も眉をひそめる。

 

「『潔乃でも、勃つっちゃー勃つし』。

そう言って私を抱きしめて──『……うん、イケる』って」

 

言葉を失う、というのはこのことを言うのだろう。

家入も七海も、動かない。

いや、動けない。完全にフリーズしていた。

 

「……最悪のプロポーズですね…」

 

しばらくしてやっと七海が再起動した。

ものすごく慎重に言葉を選んでるのがわかって、少しだけおかしくなる。

 

「ですよね? だから、全力で断ったんです。冗談としか思えなかったし……」

 

自分のグラスに氷を入れて追加のウィスキーを注ぐ。

 

「『イケる』とか言われちゃって。……流石に、立ち入り禁止にしました。襲われたら困りますし」

 

「……妥当」

 

呆れたように吐き捨てる家入の声に、七海が額を押さえながらぽつりと漏らす。

 

「……もう手遅れでは?」

 

私は、ほんの少し口元を引きつらせるように笑った。

 

「まぁ──その後、5、6日くらいしてかな?

上層部をアレして、ストレスマッハだった五条さんのイライラ限界突破。

結局無理やり乗り込んできて、添い寝強制されて……気づけば、なし崩し的に元通り」

 

視線を落として、グラスの中の氷がゆっくりと音を立てるのを聞いていた。

いやあの時も、ストレスで身体が震えるほどイライラしてたもんな。見捨てられなかったのよ。

 

「結局……新宿の戦いの前日まで、添い寝、付き合いましたよ。

明日は決戦だから自分の広いベッドで寝ろって言っても聞きませんでしたね」

 

一言ごとに、家入と七海の表情がますます呆れたものになっていく。

 

しかし、自分で言語化してみると、なんだか妙に現実味を帯びてくる。

誰よりも距離が近いはずなのに、恋人でも家族でもない、中途半端な関係。

執着されているのは確かだけど──正直、その理由がいまいち分からない。

 

そんなことを考えていると、不意に、家入がぽつりと呟いた。

 

「……さっきのプロポーズ、案外あいつ、冗談じゃなくて──無意識に本気だったのかもよ?

あいつノンデリだしさ。女なんて向こうから勝手に寄ってくるから、本命に告白なんてしたことないでしょ、絶対」

 

タバコをくゆらせながら、どこか呆れたような口調で。

本命童貞ってやつかなぁ?その割にはマジで色気感じないけど。

私は少しだけ間を置いて、グラスを指先で静かに回しながら、ぽつりと答えた。

 

「執着されてる自覚は……ありますけどね。

でも、まぁ……現状、何もないので。藪を突いて、蛇を出す必要もないかなって」

 

それを聞いた家入は、また一つ、煙を吐き出して、小さく笑った。

 

「──ま、蛇どころか“大蛇”が出てくるだろうけどね。

その時、あんたがどうするか……見ものだわ」

 

煙の向こうから視線を向けたまま、家入はふっと真顔に戻る。

 

「……ただし、もし五条が“本気で話して”きたら、

あんたもちゃんと、“本気の返事”返してあげなさいよ」

 

その言葉に、私はグラスを置いて、ひとつ息を吐いた。

喉の奥が妙に詰まって、思ったよりも深く、長い呼吸になる。

 

「……はは、やめてくださいよ。

それ、本気の返事返すまで解放されない、簡易領域がついてるやつじゃないですか」

 

笑うつもりだった。

けれど唇の端がわずかに動いただけで、喉の奥から出てきたのは、思ったより掠れた声だった。

 

冗談にしては重すぎて、

本気にするには──ちょっとホラーすぎる。

 

 


 

 

目の前でチビチビと日本酒を再開した後輩を見ながら、私は内心でため息をついた。

 

五条と伊地知が距離なしなのは、前からわかってた。

でも、まさか──ここまで酷いとは思わなかった。

 

距離感が昔から全然変わらないから、気づけなかったんだ。

 

五条は完全に、無意識で囲い込んでるし。

伊地知の方も、それをなんだかんだで良しとしてる。

 

あの後更に話を深堀りして聞いたが、私は内心で頭を抱えたくなった。

話を聞いてる限り──完全に恋人同士のピロートークだった。

やってないだけで。いや、ほんとにやってないのか?

 

だってさ、夏場なんて、

 

伊地知はノーブラのノースリーブにホットパンツ。

五条はタンクトップにハーフパンツ。

 

……ほぼ裸同然。

 

それで密着して寝て、腕枕されて、頭に顔埋められて──

で、「何もない」ですって? 冗談でしょ。

 

しかも、「おでこくっつけたまま会話してた」とか、

「首筋にくっついたまま喋ってた」とか、平然と口にするし。

 

何それ。オエーだわ。

五条とそれできる?私は無理。

 

それってもう、完全に恋人の距離なのよ。

 

五条は五条で、あの距離感が“普通”だと思ってる節があるし、

伊地知のやつも、「あったかいし、気持ちいいから」で納得してるのがもう意味不明。

 

ほんと、破れ鍋に綴じ蓋。

 

──でもまあ、一番の衝撃はそこじゃない。

 

あの五条悟が。呪術界のヤリチン王が。

約一年も、女に手を出さずに添い寝してたってこと。

 

逆に怖いんだけど?

何があったんだよ。

 

そういえば──思い返してみれば。

 

ここ1年くらい、早朝や夜中にすれ違っても、女物の香水の匂いがしなくなってたな。

生徒の前では出さないが、大人の前では全く隠さないやつだから。

 

前は、ムスクだのバニラだの、やたら甘ったるい香りがして、

「女を抱いた」ってのが一発でわかるくらい、派手な残り香まとってたのに。

 

それが、初夏以降はぱったり消えた。

宿儺の器(虎杖悠仁)などが入学して、高専内が慌ただしくなっていた時期だ。

五条が女遊びどころではなくなったのだろう……当初は、そう思っていた。

 

けれど、ふとした瞬間にすれ違うたび、鼻を掠めるのは、

甘ったるい女の香水ではない。

 

淡くて、清潔な石鹸の香り。

爽やかな柑橘系の香り。

……どちらも静かで、どこか清らかな匂いだ。

 

その香りに、最初は誰のものかなんて考えもしなかった。

ただ「らしくないな」と思っただけだ。

あの五条悟から漂う、あまりに素朴で、温かい匂い。

 

あぁ、伊地知の匂いだと気づいたのはいつだったか。

彼女の使ってるシャンプーや、時折使っているコロンなど彼女が纏う生活の匂いと、全く同じだった。

 

あの時は、また伊地知の部屋に入り浸って、シャワーでも借りたんだろうとしか思わなかったが…

 

だが、今なら分かる。

 

女と寝てないんじゃない。

『伊地知』と健全にしか寝てなかったことだろう。

……おかしいとは、思ってた。

 

『添い寝相手』一人のために、あの五条悟が、

無意識で、女も抱かず、誰も寄せ付けず、

一途に、ひたすら、手を伸ばしていたなんて──

 

……誰が想像するよ。

 

 


 

 

数時間経って、やっと五条が戻ってきた。

 

「いやー、ごめんごめん。時間かかっちゃって──えっ、飲んでるの!? えーーー!」

 

いつもの軽薄なノリに、七海のこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。

 

「五時間も待たせたんですよ。飲んだっていいじゃないですか」

 

口を尖らせて反論する伊地知に、五条が「あぁ?」とガラ悪く言いながら軽くアイアンクローをかける。

 

……ほんと、仲がいいことで。

 

七海は内心でそう思いながらも、口には出さない。

口に出したら、どうせ五条が面倒な絡み方をしてくるのは経験上わかっている。

 

「僕も参加したいところだけど、今日は別件があるからね。

ほら、潔乃。帰るよ」

 

そう言いながら伊地知の脇に腕を差し込み、無理やり立たせる。

女性に対する行動じゃないが、いつものことなので七海も家入もスルーする。

 

「えー、まだ日本酒飲みきってない」

 

「その日本酒なら、前に僕が取り寄せてあげるって言ったでしょ?

家にあるから」

 

「ほんとですか!!!!」

 

……まったく。

普段と変わらないやり取りに、七海は隣にいた家入と目を合わせ、小さくため息をついた。

 

これは分からない。

距離感は、学生時代からずっとこの調子だ。

 

……でも、伊地知は気づいているのだろうか?

下戸の五条の家に、その日本酒があるという意味を。

 

「じゃ、僕たちは帰るね。明日か明後日、また潔乃を連れてくるから」

 

「食べ散らかしですみません、片付けお願いします」

 

片付けをしようとする伊地知の腕を、五条がそのまま引っ張って、

引きずるように連れていくのを、家入と七海は静かに見送った。

 

しばし無言。

食器の音も止み、ただ部屋に残った空気だけが、妙に重たく感じられる。

 

「……距離感、同じすぎて全く分からん」

 

ぼやく家入に、七海も腕を組んだまま、ぼそりと返す。

 

「添い寝してる距離感には見えませんが……」

 

家入が息を吐いた。ソファにもたれ、天井を仰ぐ。

 

「密着した添い寝はしてると思う。

たまに五条から、伊地知と同じシャンプーとか、コロンの匂いがしてたから」

 

「入り浸ってて、シャワー借りたわけじゃなく?」

 

七海は静かに眉をひそめ、思い返すように目を細めた。

 

「……同じこと思ったけどさ。五条から、女の匂い、全然しなくなってたんだよ。

去年の夏くらいから」

 

思えば──そうだ。

夏場の深夜、任務帰りにすれ違った時、確かに五条からはあの甘ったるい香水の匂いがしなかった。

 

代わりに感じたのは、柔らかい石鹸のような匂い。

そしてそれが、言われてみれば伊地知の香りと同じだったことを思い出す。

 

「なるほど」

 

七海が短く言い、手を組んだ。

 

しばらく、沈黙が落ちた。

──が、次の瞬間。

 

「……っていうか、それで何もしてなんでしょ?

マジで怖いわ。何あの距離感。」

 

家入の言葉に、七海は鼻を鳴らして頷いた。

 

「同意します」

 

 


 

 

保健室から出ると、いつの間にか手首を握られていたのが、恋人繋ぎに変わっていた。

 

……なんだこの人、一応気にしてたのか?

そう思いながらも、結局引きずられるままついて行く。

 

もう、手を解こうって気持ちは湧かない。

どうせ解放されないしなぁ。

 

一番近い出口から校舎の外に出た瞬間、ぐっと腕を引かれて抱き寄せられる。

 

「飛ぶから、捕まって」

 

「え? 車は?」

 

「先にマンションに置いてきた」

 

「だから遅かったんですね」

 

「その方が早いと思ってさ。潔乃、酒飲んでるしバイクは明日ね」

 

五条の腰に腕を回しながら会話していると、次の瞬間──

パッと視界が、一気に跳んだ。

 

「っ」

 

何度やられても、これだけは慣れない。

バイクでかっ飛ばして転倒する時の方が、まだマシだ。

 

「大丈夫?」

 

「……なんとか」

 

ぶんぶんと頭を振っていると、五条が身をかがめて、その青い瞳で私の顔を覗き込んできた。

それに「大丈夫」と軽く言うと、彼の目がふわりと優しく細くなる。

支えるように腰に腕を回されながら、そのままマンションのエントランスに入った。

 

「ここは五条家の持ち物。全15階建て。1階から12階までは五条家関係者のみ入居してる。

管理も五条家。管理人なんかも五条家の血筋の人間だから、安心してね。

渋谷と死滅回游で人が住めないエリアが増えたからさ、元々所有してたこのマンションに、都内に散らばってた五条家の人に集まってもらったんだ。

一般入居者は全員退去してたから、ちょうどよくてね」

 

……金持ちは考えることが違うわ。おっそろし。

 

「んで、13階はフロアぶち抜きでトレーニングルーム。

もともとはマンション契約者専用のジムだったんだけど、今は誰も使ってないから僕が使ってる。

もちろん、潔乃も使っていいよ?」

 

……だから金持ちは恐ろしいんだよ(2度目)

 

「14階は僕の仕事関連で使ってる。オマエも在宅仕事はそこでやる形になるね。

15階は僕のプライベートな部屋。フロアぶち抜きで使ってる」

 

五条を見上げて、その言葉の意味を咀嚼する。

 

「金持ち怖い。私、家に帰る」

 

「だから、君の家は今日からここなの!」

 

エレベーターフロア前でくるりと回れ右しようとしたところ──

すかさず五条に回り込まれて阻止された。

 

やだ金持ち怖い(三度目)

 

「私、庶民なんで無理です。ハイソサエティ怖い」

「大丈夫、君も今日から上級国民♡」

「勘弁してください!身分が違います!」

「身分て昭和か!」

「私は平成生まれです!ギリ平成なのは五条さんでしょ!」

「いや、キレるところそこかよ……」

 

五条が思わず呆れる。

が、次の瞬間にはいつもの調子でニヤッと笑った。

 

「ほら行くぞ!駄々こねんな」

 

いやいやごねたところで、ゴリラの握力に敵うはずもなく、

そのまま腕を引かれた状態でエレベーター前に並ぶ羽目になった。

 

──と、その時、ふと気づく。

 

……このマンション、妙に空気が重い。

張り詰めた呪力の層が、何重にも重なっているような──

 

「やっと気づいたか」

 

五条が、さも当然のように言った。

 

「このマンションには、呪術的にも物理的にも、強力な結界を張ってある。

呪術師・呪詛師向けの結界が9つ、呪霊向けが5つ、物理結界が2つ。

監視用の式神、飼い慣らされた呪霊が合計12体、あとは各種トラップも完備。

仮にこの建物にミサイルが撃ち込まれても、中にいる人は無事ってレベルだよ」

 

……守りの規模が、もはや戦争。

ていうか、某魔術師殺しが爆破したホテル並じゃないか。

 

「それ、本気で言ってます?」

 

「もちろん。ここ、五条家の“東京の要”だもん。

僕が五条家当主って、忘れてないよね?」

 

……いや、忘れてないけどね。

そういえば──そうでした………。

 

「このあと君の呪力登録するから。

そうすれば、今感じてる結界の重さも感じなくなるよ」

 

「あ、はい」

 

なんかもう、異世界すぎて頭が回らない。

完全に処理落ちしたまま、五条に腕──というか恋人繋ぎにされてエレベーターへ。

 

当然のように15階で降りる。

カードキーをかざすか、持ってるだけで素通りできるタイプのやつだった。

 

広すぎる玄関にビビり、ピカピカのフローリングにビビりながら、五条に手を引かれて歩く。

 

「14階には書庫もあるし、仕事以外でも潔乃が好きに使っていいよ。

本家ほどじゃないけど、まあそれなりに揃えてあるから」

 

「……あ、はい」

 

広すぎて意味がわからない。

一人暮らしのレベルじゃない。ていうか、もはや要塞。

 

「見ての通り、ここがリビング。向こうの部屋が主寝室。

一応、潔乃の部屋も用意してあるよ。おいで」

 

「……あ、はい」

 

「……さっきから『あ、はい』しか言ってないけど?」

 

五条が、おかしそうに笑った。

 

「なんかもう、本当に別世界すぎて」

 

「大丈夫。君の部屋は、君の世界だから」

 

何言ってんだコイツ……と思いながらも、引かれるままにとある部屋の前に立つ。

「あけて」と促されて扉を開けると──10畳ほどの部屋に、見覚えのある空間が広がっていた。

 

「は?」

 

見覚えのあるデスクセットにPC、

見覚えのある本棚、漫画雑誌、ゲームにゲーム機──

中に入って、PS4のコントローラーを見て、確信する。

 

「これ、私のじゃん」

 

五条が、おかしそうに笑い出す。

 

「大変だったよ。君と別れたあと、京都の五条家(実家)に行ってさ。

物を運ぶのに特化した術師を連れてきて、全部運んでセッティングしたんだ。

捨てるの、勿体ないじゃん?」

 

「……何やってるんですか」

 

本当に、何やってるんだろうこの人は。

私が必要としそうなもの、私が安心できる環境を、五条なりに全力で整えてくれたのだ。

思えば、似たようなことを前にもされている。

 

私が高専を卒業して、寮を出て外に部屋を借りたとき。

その部屋は、生活感を削ぎ落とした、まさに“仕事部屋”だった。

余計なものは何もなく、寝て起きて働くだけの空間。

私はそれで充分だと思っていた。

 

けれど、ある日五条に呼ばれて職員寮の一室に行ったら、勝手に私の部屋が作られてた。

五条が手を回して、私の高専時代の寮の部屋の再現を作っていたのだ。

教えていないのに、ゲームも漫画も揃っていて、インテリアもほぼ同じ物で。

たぶん、私が仕事漬けの生活をしているのを、見ていられなかったんだろう。

 

……まあ、実は当時も、こっそり自分で別に趣味部屋を作っていたから、正直そこまでは必要なかったんだけど。

要するに、意外と――いや、かなり、こいつはそういう気遣いをする。

 

「だってオマエ、ビビり散らかすの目に見えてたし?

引きこもってオマエらしくいられる空間、必要でしょ?」

 

「ありがとうございます」

 

素直に、そう言うしかなかった。

 

「惚れ直した?」

「そもそも惚れてません」

 

反射的に返す。自惚れんな。

 

「つまんないなー」

「ところで、この部屋……ベッドがないんですけど」

 

空気を変えるように話題を逸らすと、五条は悪びれもなく笑った。

 

「僕と寝るのに、この部屋にベッドいる?」

 

「……………」

 

言葉が出ない。いや、出したら負けだと思った。

私は無言で五条のポケットに手を突っ込んだ。

 

「ちょ、ちょっと?なに?」

 

スマホを抜き取り、通報画面を開こうとする。

 

「無言で僕のスマホ取り出して通報しようとするの、やめてくれる?」

 

五条が焦ったように声を上げ、スマホをひょいと奪い返す。

ちっ。変態を駆逐し損ねた。

 

私はわざとらしくため息をついた。

 

「……早く新しくスマホ契約しなきゃ」

 

「警察に通報するのはやめてね?」

 

どこか笑いを堪えているような声で、五条が言った。

 

 


 

 

セキュリティ登録で呪力を登録したあと、荷物の整理を始めた。

登録が完了した瞬間、それまで感じていた圧迫感が嘘みたいにスッと軽くなる。

思わず肩をまわして確認してしまうくらい、呼吸がしやすくなっていた。

 

……さすが御三家。

結界一つ取っても、一般には知られてない術式とか、きっと山ほどあるんだろうな。

 

私の“部屋”に運び込まれていた荷物は、文字通り趣味部屋の中身を丸ごと持ってきたようなものだった。

ゲームもマンガも、デスク周りの小物まで、配置までほとんどそのまんま。

 

……これなら旅行カバンで荷物なんて持ってこなくてもよかったじゃない。

いや、多分最初は考えてなかったんだろうな。

 

そんなことをぼんやり思いながら、だいたい30分ほどで荷ほどきは終わった。

 

家入と七海との酒盛りで、軽くつまんだせいか、そこまで空腹も感じていなかった。

だから、夕食はいらないと先に五条に伝えておいた。

 

すると彼は、シャワールームやトイレ、主寝室の位置をざっくりと案内したあと、

「じゃ、なんか適当に食べてくるー」と、まるで外のコンビニにでも行くかのような軽さで、さっさと出ていった。

 

このあたり、本当に五条との付き合いは楽だと思う。

ルールさえ守れば、相手のプライベートも自由も、しっかり尊重してくれる。

地雷さえ踏まなければ、こちらの呼吸を奪うような圧も干渉もしてこない。

妙に大人びた、適度な距離感を保つところは、昔から変わらない。

だけど、私に限っては距離なしで強引なところが多いのは、もう甘えなんだろう。

 

さっきまでベッタリだったのが嘘のように、今は拍子抜けするほどあっさりしている。

たぶん、『自分のテリトリー』に私を入れたことで、ひとまず満足したのだろう。

一応このマンション内に私がいる、という状況が、彼の中での安心材料になっているのかもしれない。

 

ただ一つ、妙に確信めいた予感がある。

私がこのマンションを一歩でも出ようとしたら、

おそらく、光の速さですっ飛んでくる。

 

……はあ。

 

ため息ともつかない吐息をひとつ漏らし、深くソファに身を預ける。

──もういいや。変に構えても、意味がない。

 

この状況を受け入れるしかないのなら、せめて自分のペースで順応してやる。

このゴージャスすぎる部屋を、ほんの少しだけ楽しんでみよう。

どうせ、しばらくはここが“仮の家”になるのだ。

ならばせめて、自分の居場所として、快適に──心穏やかに過ごしたい。

 

そう腹を括ると、ふっと肩の力が抜けた。

 

五条がいないうちに、思い切って部屋の探検を始めることにした。

こういうときに無理に“遠慮”しても、どうせ相手には見透かされる。

だったら、いっそ開き直った方が気が楽だ。

 

まず主寝室に入って、最初に目に飛び込んできたのは──まさかのキングサイズベッド。

というか、これ、本当にどうやってこの部屋に入れたの?

エレベーター通らないでしょ、これ。窓から吊って入れたとか……いや、あり得そうで怖い。

 

呆れ半分、興味半分。

こんな規格外なものを見せられては、嫌でも五条らしさを感じてしまう。

 

ひとしきり室内を歩き回ったあと、シャワールームを借りて、軽く汗を流すことにした。

ホテルのように整えられたバスルームには、香りの良い高級そうなシャンプーやボディソープがずらり。

確かこのシャンプー1ボトル1万余裕で超えてたはず……

……うん、なんかもう、いちいちこわい。

でも、すごくいい匂いだった。使わせてもらう。

家だとこんな高級品使ってるのに、高専の備え付けのシャワールームでは備え付けの安いシャンプー使ったり、私の家でシャワー使う時は私が選んで置いたやつ使ってたよな。

よく髪の毛とか肌とか傷まないよね。腹立つ。

 

ずっと浴びたかったシャワーのおかげで、思考の濁りが少し晴れていく。

体の芯まで熱が抜けて、ああ、やっぱりこれは必要な時間だったと実感した。

そして、髪の毛サラサラで身体モチモチになった。

金持ちってずるい。

 

シャワーを浴びても、まだ、五条は帰ってきていなかった。

 

パジャマに着替えたが空調がよく効いていて、少し暑いくらいだった。

もこもこしたパジャマを脱ぎ捨てて、いつもの“自宅モード”──Tシャツとハーフパンツに着替える。

五条の家だが開き直らせてもらう。

与えられた自室に引っ込み、ゆっくりと髪を乾かした。

 

Youtubeでも見ようとPCを立ち上げて、Wi-Fiのパスがわからないことに気づいた。

五条のことだから、どうせ帰ってきてから言うつもりだったのだろう。

 

仕方なく、ずっと前にダウンロードだけして放置していた動画を再生する。

死にゲーを実況している配信者が、何度も同じ罠に引っかかっては絶叫していた。

いい悲鳴だ。他人の悲鳴からしか得られない栄養素がある。

その声をBGMに、私はオフィスチェアに深く沈み込む。

 

ベッドはなかったが、このチェアにはオットマンがついていた。

角度を倒せば、それなりに快適な仮眠が取れる。

おなかはそれなりに満たされているし、体も軽い。

あとはもう、眠気に任せるだけだった。

 

……ここが、五条の“要”で。

そして、今の私にとっての“避難先”でもあるのだと。

ようやく、その現実に心が追いつきはじめていた。

 

自然とまぶたが落ちる。

気づけば、意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 


 

 

名前を呼ばれて意識が浮上する。

 

「潔乃、起きて、ここで寝ちゃダメでしょ?」

 

目を開けてみると五条だった。彼も風呂上がりらしい同じシャンプーの匂いがした。

 

「添い寝する約束したでしょ?起きて歩ける?」

 

私の顔を覗き込み、少し不機嫌そうな顔。

いや、約束じゃなくて、押し切られたんだけなんだけどな……と寝ぼけた頭で考える。

とりあえず、五条が何かめんどくさそうなことになる前にとゆっくり、オフィスチェアから身体を起こす。

 

「ったく、さっきまでビビってたのに、自分のテリトリーだとすっかり馴染んじゃって」

 

寝ぼけながら頭を振っていると、五条が私の手を取って、腰を軽く抱いて体を引き起こしてくれた。

やっぱり少し、不機嫌そう。

 

「……五条さん、おかえりなさい」

 

そういえば、外に食事に出てたんだっけ。

何となくそれを思い出して、自然にそう声をかけた。

 

その瞬間──五条が、ぴたりと動きを止めた。

ん? と思って顔を見ると、ほんの一瞬、目を見開いてから、ふっと笑った。

 

「……うん、ただいま」

 

機嫌が、一気に戻った。

わかりやすい人だなと苦笑しながら、私はあくびをひとつ。

その肩を、五条の腕がふわりと包んで、ゆっくりと主寝室に向かって歩き出す。

 

アホみたいに広いキングサイズのベッド。

壁には映画館みたいな大きなテレビ。

枕もマットレスも、ホテル以上にふかふかで、まさに“贅沢”の一言に尽きる寝室だった。

 

五条の手に引かれて、そのベッドの上にそっと引き上げられる。

横たわりながら、これだけ広ければ寝返りし放題だな……と、ぼんやり思う。

 

──が。

 

「ここ、僕のテリトリーだけど、だいぶ落ち着いてるね?」

 

隣に潜り込んできた五条が、嬉しそうに囁くように言いながら、

当たり前のように私の身体を抱き寄せてくる。体温の高い五条の身体に包まれる。

ああ、そういえばこうだった。

勝手に距離を詰めて、勝手に心地よさそうにする。

 

「なんかもう。慣れました。五条さんもいるし……ところで、ベッド広いのに、ひっつくんです?」

 

「そうだよ。毎晩こうして寝るの」

 

当然みたいに言うその声に、どこか安心しきった響きがあるのが、おかしいとは思う。

寝ぼけていたから、普段なら流すようなことも、今日はなんとなく訊いてしまう。

 

五条は私を腕枕で抱き寄せながら、空いた手でまた指を絡めてきた。

ぴったりと手のひらを重ね、恋人繋ぎでぎゅっと握る。

五条の体温を感じながら、意味もなく握り返す。

 

「……ひっつきすぎじゃないですか?」

 

「普通だよ。だって、僕と潔乃は結婚するし」

 

「へー………結婚するんですか……」

 

ぼんやり返して──その直後、脳が意味を理解した。

 

「──は???」

 

完全に目が覚めた。

五条の手を勢いよく振り払い、そのまま上体を跳ね上げる。

 

今、何つった? この男。

 

肘をついて枕にもたれ、こちらを見上げる五条は──

楽しそうに笑っていた。

まるで、してやったりの顔で。

 

「……ちょっと意味がわからないんですけど?」

 

「え、わかるでしょ? 僕と潔乃、結婚するんだよ?」

 

サラッと、当たり前みたいに言いやがった。

 

寝起きにこの爆弾は重すぎる。

脳が、心が、処理を拒否している。

この男、マジで……いやマジで……。

 

「五条さん、寝言なら寝てから言ってください」

「寝言じゃないよ真面目に本気」

 

起き上がった私の腕を、五条が強引に引き寄せてくる。

そのままがっしりとした腕に絡めとられ、ベッドの中に逆戻り。

 

「わ!! ちょっと……!」

 

抗議の声を上げるも、五条の腕の力は力強く、がっしりホールドでびくともしない。

 

「五条さん!」

「いいからちょっと真面目に聞いてね」

なにをだよ。もう聞きたくないんだけど。

 

「僕、以前に潔乃にプロポーズして振られたでしょ?」

 

「は? ……あー、家入さんの釣書の話したときの?」

 

「ん、そう。それ。あの時はちょっと冗談混じりだったけど──その後、潔乃が死んだふりしたでしょ?」

 

「言い方!」

 

「いや、ほんと死んだと思ったから。それからずっと考えてた。……やっぱ、僕には潔乃しかいないんだよね」

 

その声は軽口で茶化すような言い方の裏に、強い感情があるような声だった。

 

「いや、私がいいとか言われても」

 

そう言いながらも、視線を逸らせない。

 

「僕の血筋を残すとして、まぁ、適当に孕ませるのはいくらでもできるんだけど」

「だからその発言最低なんですって」

 

反射で返すけれど、胸の奥がざわつく。

それは、五条の“最低”が、本当にただの軽口じゃなかったから。

 

「うん、自分でも思った。でも、孕ませたあとにその子を育てる母親のことをちゃんと考えたら──適当な女じゃ無理だなって」

 

真顔で言うなそんなことを。しかも、真剣な目で私を見るな。

 

 

「潔乃がいいというか、潔乃じゃないと嫌だ。オマエといると落ち着くし、楽しい」

「……っ」

 

そういう言葉を、あんたが言うな。

 

「というわけで、潔乃は僕と結婚するよ」

 

「なんで拒否権ないんですか」

 

「潔乃、僕のお願いに弱いじゃん。拒否らないもん」

 

「うっ……」

 

それを言われると、反論できなかった。

わかってて言ってる。だから余計に悔しい。

 

「ほらね。拒否できない」

 

にやりと笑う顔が、自信に満ちていて、私が絶対に受け入れると確信していて、腹が立つ。

でも──なんだろう。ほんの少しだけ、心が揺れる。

 

「だって『手の届く場所にいる』って、約束したでしょ?

──あれ、取り消さないでよね?」

 

ふいに、抱きしめる腕がきつくなった。

逞しい男の腕に拘束され、身体はさらに密着する。

心臓の音が、互いに伝わるくらいの距離

五条の目に、いつもの軽さはなかった。

男の目だった。

 

「いや、いやいやいや!!!わからないというか」

 

慌てて言葉を探すけど、まともな反論が見つからない。

目をそらしたくても、そらせなかった。

心臓の鼓動がどんどん速くなってるのが、自分でも分かる。

 

「キスでもしてみる? そしたらわかるかもよ?」

冗談みたいに言うその口調とは裏腹に、

私の頬にそっと添えられた指は、とても真剣で温かい。

 

五条が、私を“選んだ”という現実が、ゆっくりと、怖いくらいの重みでのしかかってきた。

 

目が合う。

──聞いてない。

こんな五条、私は知らない。

こんな男の目をする五条なんて知らない。

 

「本当に嫌なら全力で暴れてよ」

 

息を呑む。

私は暴れない。暴れられない。

直後、唇が、そっと、触れた。

──と思った瞬間、もう一度。

そして、またもう一度。

 

一つ一つのキスは短くて軽い。けれど、その熱がじわじわと体に染み込んでくる。

 

「……ねえ、潔乃」

 

耳元で、息を混ぜた声が囁いた。

 

「僕の気持ちわかる?」

 

また、熱い唇が触れる。今度は、頬の端。

それから、口角。

そして、正面に戻って、唇へ──。

 

「僕、真剣だって。わかる?」

 

重ねられるたびに、呼吸が浅くなっていく。

逃げようとしても、五条の腕がそれを許してくれない。

だけど、力で押さえつけるんじゃない。ただ、包まれている。

互いの指が絡まる。

その腕の中が、妙にあたたかくて、悔しいけど安心する。

 

「さっきも言ったけど、本当に嫌なら、暴れていいよ。

殴ってもいい。無限切ってるからね」

 

また、口づけ。

今度は少しだけ深くて、焦らすように唇を啄む。

 

「でも……拒否しないでしょ、オマエ」

 

「……っ」

 

言い返せない。

息がうまく整わない。

目の奥が熱い。

こんなに甘い圧をかけられたら、頭なんか働くはずない。

 

「わかる? 僕がどれだけオマエに本気か」

 

キスのたびに、心が少しずつ崩されていく。

怖いほどの熱量で、五条の“本気”が伝わってくる。

何度目かのキスのあと、唇がわずかに離れる。

けれど、すぐには動かない。五条は私の唇を名残惜しそうに見つめたまま、

最後にほんの少しだけ、唇を甘く傷つかない程度に歯を立てられた。

 

「……っ」

 

微かに感じる痛みに息を飲んだが、すぐに優しく口づけで宥めるように包まれて、

ああ、これは本気で、離すつもりがないんだと――わかってしまった。

 

やっと五条の顔が離れたと思えば、そのまま、今度は深く抱きしめられる。

骨がきしむほどじゃない。

でも、確かに、少しだけ強い。少しだけ、力が入っていた。

 

彼の胸元で、小さく、幸せそうな吐息が漏れる。

その呼吸が、やけに温かい。

 

「……ね?」

 

耳元で囁く声は、すっかり甘くて、自信に満ちていた。

 

「だから——結婚するよ、僕たち」

 

静かな宣言。

あまりに自然で、あまりに当たり前のように言われたその一言に、

私はただ、彼の腕の中、黙って瞬きを繰り返すしかなかった。

 

 


 

 

五条が私の髪を撫でながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「結婚はさ……潔乃が30歳になったらしようか。あと2年ちょっと先ね」

 

不意に放たれた言葉に、思考が止まる。

 

「……今日明日すぐにでもって言われるかと思いました」

 

正直驚いた、五条は効率厨で行動が本当に早い。

最悪明日朝イチで役所に駆け込むことになるかと思ってた。

 

「僕はそれでもいいんだけどね。けど、ちょっとだけ“猶予”をあげようかなって」

 

「猶予?」

 

眉を寄せて問い返すと、彼は笑った。悪戯を思いついた子どものような笑顔。

でも目は真剣で腹が立つ。

 

「そう、猶予。いきなり結婚しようって言われたら、潔乃も戸惑うでしょ。……どれだけ僕のこと好きでもさ」

 

「自信家すぎて腹立つんですが」

 

眉間にしわを寄せて返すと、五条はくすりと笑って肩をすくめた。

 

「色気ないなーでも、そこも含めて好きだけど……で、話の続きね」

 

まっすぐ見つめてくる、ふざけてるようで、こういう時だけはずるいほど本気の顔をする。

 

「潔乃は、僕のこと『好き』だとは思うけど、なんというか……まだ、ふんわりしてるよね、気持ちが」

「そんな相手によくキスしましたね」

「それはそれ。僕がしたかったからしただけ。キスしたら意識もしてもらえるしね」

 

悪びれもせずに言い切るその態度に、唖然とする。

この遊び人野郎が!

 

「理屈が強引だし、最悪すぎません?」

「うん。でも、だからこそ……2年間かけて、もっと僕のこと、好きになってよ」

 

さらりと口にされる未来が、あまりに当然のようで、私は思わず息を呑んだ。

 

「……何様ですか」

 

「僕もさ、潔乃が好きで、多分、恋してるんだけどさ」

 

「──たぶん!? さっきあんなことしといて???」

 

思わず声を張り上げる。

あれだけ真剣そうな顔して、あれだけ……あんなに……

 

「だって僕、『血を繋ぐ』教育は受けてきたけど、『情を育てる』教育は受けてないんだよ。

いわゆる義務教育とかの学校も通ってなかったし」

 

どこか遠くを見るような目で、彼は淡々と言った。

彼の過去を思えば、そうなのかもしれないと納得してしまう自分が悔しい。

 

「………………」

「潔乃のことが好きだし、執着してるって自覚はある。

潔乃が離れていくの、ほんと嫌だし。

潔乃に、僕の子どもの母親になってほしいって気持ちもある」

 

その声には、微塵も嘘がなかった。

 

「これが……多分、恋でしょ?」

「いや……それを私に聞かないでください。私がわかるわけないので」

 

これ聞かれても困るよ五条。

本気で呆れた視線を向けてしまう。

 

「だから、さ。そういうことだから。

2年後に、僕たちは結婚する。けど、その間に──もっと、お互いのことを、理解して好きになっていこうよ」

 

「無駄にポジティブで、イカれてますね」

 

呆れて呟くと、五条は「うん、知ってる」と言って笑った。

 

「知ってるでしょ? 呪術師は、どこかイカれてるの。

そして──『愛』ほど歪んだ呪いなんて、ないんだよ。だからさ、潔乃──」

 

髪に指を絡めながら、五条はそっと囁いた。

 

「昨日より、今日の僕を好きになってよ。

……僕も、明日のオマエを、もっと好きになるからさ」

 

その言葉はあまりにも自然で、優しくて、五条らしくない。

目を逸らすことも、軽口で誤魔化すこともできなくて、私はただ、五条の胸に顔を埋めた。

 

 


 

 

ふっと目が覚めた。

 

朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。

いつもと違う、広くてスプリングのいいベッド。

私を抱きしめる、高めの体温の男の腕。

顔を上げると、五条が気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

……現実だった。

 

昨日、五条から唐突なプロポーズを受けた。

冗談だと思ったのに、五条は真剣で──

結局、流されるように、絆されるように、私はそれを受け入れてしまった。

 

思い出した瞬間、気恥ずかしくて思わず顔を覆う。

 

……やってしまった。

まさか、こんなことになるなんて。

 

五条を舐めてたとしか思えない。

アイツが、私なんかに、こんな好意を向ける情緒があるなんて、思ってなかった。

もっと、バインバインとかそっち系にしか興味がないのかと!!!

本当に、想定外だった──と、布団の中でひとり悶えていると。

 

五条の腕に、きゅっと力が入るのがわかった。

 

「おはよう、僕の潔乃」

 

いつの間にか起きていたらしい五条が、私の額にちゅっと口づけしながら、寝起きの掠れた声で囁く。

 

うわ、近──! 声エロ! その声は反則だろ。

 

思わず五条を引き剥がして、おでこを押さえる。

……たぶん、顔は真っ赤だ。自覚はある。

今まで全くノーマークだったので気恥ずかしくて仕方がない!

 

「可愛いけど、ひどくない?」

 

すりすりと、私の頬に自分の顔を擦りつけてくる。

朝だから伸びかけの無精髭がチクチクして、地味に痛い。

 

「ちょ、やめてくださいってば!」

 

「だって、可愛い婚約者がつれないから、悪いの」

 

「婚約者……」

 

いや、そう。そうなんだけど。確かにそうなんだけど!!!

そうなんだけど──!

 

私の動揺なんて、どうせ丸わかりなんだろう。

五条は楽しそうに笑いながら、ふわりと唇を啄んできた。

 

「僕の潔乃。昨日より好きだよ。

オマエも今日、もっと僕のこと好きになって」

 

その言葉に反射で悲鳴を上げかけた瞬間──

五条の唇が、それごと全部、飲み込んだ。

 

 


 

 

主人公

 

すでに藪を突いた後だった。

大蛇どころか龍が飛び出してきた。勝てるわけがない。

完全に五条に絆された。

ここまで真剣に告白されたら、受け入れる程度には五条に情があった。

ただ当人は今世では結婚をする気はなく、お気楽極楽に過ごすつもりだったので本当に想定外。

五条の粘りに負けてしまった。

2年後に五条と結婚して、それなりに幸せに暮らす。

 

 

五条悟

 

自覚があるんだかないんだかの状態から、急に自覚して逆転ホームラン決めた人。

ビーチで再会した時は、ほんのりとした執着の自覚、

ファーストクラスの中で再告白的なものをスルーされて、さらに自覚。

そこから主人公と話して一緒にいて、日本に戻ってくるまでの短時間に色々考えて、

きちんとした感情へと進化させてた。

えぐい囲い込みも、その自覚があったので徹底的に外堀を埋めた。

仮に今回ダメでも後日確実に落とし込むため。

本来はもうちょっと後でもいいかなと思ってたけど、

好きを自覚してる相手に「おかえり」と言われて、実は限界突破した。

 

主人公の死亡偽装がきっかけがこうなってるので、

それがなかったら、あと2、3年くらいは気づかなかったはず。

場合によってはその間に他の人と結婚されてて、一生後悔するルートがあったかもしれない。

 

 




最後くらいは夢らしくしたかった。
ちょっと強引にしたかもしれないが、もうこの2人くっつけられたから満足。
この後はくっついたあとの日常回もあげたりすると思います。

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