スケベがオラリオを救いに行くらしい。   作:竹馬噺

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二話【おやの顔】

 

 ──こっちきて。

 ──そっち?

 ──うん、こっち。

 

 良いよと言う前に、水色の髪の少女に手を取られる。

 

 ──その前にパンツ見せて欲しいのだが?

 ──パンツ?なんで?

 

 だって俺が勝ったじゃん、と言う前に少女と目が合った。もやで目が見えないから、だと思う、だけど。

 でも、さっきパンツを見ようとした少女とは、別の少女だとは分かった。

 

 ──こっちきたら見せてもいいよ。

 ──めっちゃ行く。

 

 めっちゃついて行く。

 とても早くついて行く。

 まるで出来の悪い走馬灯の様に、周りの景色が流れていく。かすみ、ぼやける中で、遠く、天をつく様な高さの巨塔が見えた。

 

 ──バベルみてぇ。見た事無いけど。

 ──バベルだからね……着いたよ。

 

 二分もたたずに移動は終わった。

 着いたのは崩壊した何らかの施設だ。戦闘があったのか、爆破跡があり、ところどころ風穴が空いている。

 

 ──ここが連れてきたかった場所?って、いねぇ。

 

 少女はいつの間にか消えていた。

 

 ──おい、パンツ見せる約束は……ん?

 

 歩きだそうとしたとき、半壊した壁の奥から、微かに息づかいが聞こえた。

 回り込んでみると、綺麗な金髪をしたエルフの少女があどけない表情で無防備に眠っていた。

 上半身を覆う緑衣に身を包み、ショートパンツから覗く瑞々しい太ももを惜しげもなく晒している。

 完璧に理解した。

 

 ──つまり、パンツを見ていいって事だな。

 

 ショートパンツに手をかける。

 俺は悪くない。あの子は良いよって言ってたし、間違いなく同意だ。

 

 ──……え?

 ──いただきま……お?

 

 邪魔な布をずり下ろす寸前で、少女の瞼が開かれ、潤んだ青の瞳と目が合った。

 美しい少女は自分の服を掴む指を見て、困惑した表情を浮かべた。かわいい。

 とりあえず、にっこりと笑っておく。

 

 ──えへへ、ありがドゥッ!?

 

 

 

 

「……いや、どういう夢?」

 

 ディーはパチリと目を開けて呟いた。

 最初から最後まで、まるで意味がわからなかった。あんな風に手を取ってくれる女子に覚えは無いし、街の景色も一切記憶にない。まるで高熱の時に見る夢の様だった。

 とくに最後に夢の中で顎に受けた衝撃は、まるで本当にアッパーを喰らったようであり──ふと、喰らった後な事を思い出す。

 

「アスフィぃぃい……」

 

 喉の奥から搾り出されたのは、怨嗟の声。

 ディーはじんじんと熱を持ったままの顎を摩りながら、むくりと起き上がる。

 そういえば、勝負の末に約束(パンツ)を反故にされたのだった。だから、あの様な人として可哀想な夢を見たに違いない。

 

 必ず仕返しすると誓いつつ、ディーは辺りへ目を向ける。

 

 ここは、いったいどこであろうか。馬車の揺れや音が聞こえない事から、目的地の迷宮都市には到着していそうだ。

 雑に畳まれた使い古された天幕や、空の酒瓶の詰まった木箱が視界に映り込む。ひび割れた姿見なんて、早く捨ててしまえば良いだろうに。

 埃っぽく、日当たり皆無。古い木材の匂いがする。

 間違いなく倉庫だ。しかも、割とゴミ多めの。

 人を寝かす場所をもう少し考えて欲しいと思った。

 

「よっこいせ」

 

 ディーはぎいと、古い床材を軋ませながら立ち上がり、服についた埃を手で払う。

 純白の騎士服は儀礼用としても作られているせいか、どうにも堅苦しさがあって気に入っていない。しかし、一応は身分を証明する数少ない貴重品でもある。

 目につく汚れをおおよそ落とし終え、傍に畳まれていたアスフィとお揃いのマントを羽織る。

 これで良し。

 

 ディーは右手側にあるドアへ手を掛けながら、放置されているひび割れた姿見へ目を向け、鏡の中の虚像と目を合わせた。

 白磁の肌と、三つ編みに編まれた雪の様に白い髪。赤い瞳は宝玉の様に光り、黄金比を携えた目鼻立ちは美しくも柔らかな印象を抱かせる。

 かっちりと身に纏う騎士服の胸には、赤石(ルビー)があしらわれた勲章が飾られていて、真っ白な出立ちによく映えていた。

 よくも、こんな男前を殴れたものである。

 

 立て付けの悪いドアを開けると、明かりのない薄暗い廊下がディーの瞳の中に広がった。

 幅は狭く、窮屈。壁は所々削れていて、繋がっている部屋の数もそう多くはない。

 身を乗り出して左右を確認した所で、丁度、突き当たりにあるドアが開かれ、反射的に体がこわばる。

 

「おっ、起きてる起きてる。やっぱりディーだった」

 

 中から現れたのは、旅行帽を被った橙黄色の髪の優男。

 端正な顔立ちに、均整の取れた体付き。旅装を着こなし、やぁと親しげに手を振ってくる。

 ディーはその姿を確かめると、警戒を解いて笑みを浮かべた。

 

「よぉ、ヘルメス。相変わらずそうで何よりだ」

「そちらこそ、お変わりないようで」

 

 からかう様に顎をとんとんと指差しながら、男──ヘルメスは胡散臭い笑みを深めた。

 

 

 ◇

 

 

 この世には、神がいる。

 人では観測しきれないほどの遥か太古から存在していた、天上の住人。暇だからという理由で己の力の殆どを封じ、気まぐれに地上に降りてきた──超常存在(デウスデア)

 彼らは人に祝福を与え、人はそれにより怪物が蔓延る地上で戦える力を得た。彼らにとっては見せ物のつもりだったのだろうが、しかし、そのおかげで人の生活は飛躍した。

 それが、約一千年ほど前の話。世は移ろい、人も大きく変わったが、しかし、神は不変(いつもどおり)だった。

 己の恩恵を与えた者で派閥(ファミリア)を作って面白おかしく、彼らで言う下界を楽しんでいる。

 基本的に享楽主義の愉快犯である彼らは、まさしく十神十色。

 大国の頂点に立って戦争を繰り返す神、箱庭を作って最高の戦士を生み出そうとする神、群衆を治める事を誇りとして秩序を守る神。

 人と同じで、善い神も、悪い神もいる。

 

「──おら、さっさと吐きやがれ」

「まぁまぁ、落ち着いて。さっきお茶にしようって言ったばっかじゃないか」

 

 その中で、ディーにメンチを決められながら、優雅に紅茶を注ぐ男神(ヘルメス)は──まぁ、ギリ善といった評価である。

 たびたび迷惑は掛けるが、不幸にはしてこない。少ししか善いことはしないが、悪くもない。善の太鼓判を押すには如何にも胡散臭い神物(じんぶつ)

 そんな神がディーの所属する派閥の主神であり、今回ディーを迷宮都市に呼びつけた張本神だ。

 

「ほら、出来たよ。飲みながらでも話は出来るだろう?お菓子もあるんだぜ?」

「……しょうがねぇなァ」

 

 ヘルメスが指を指す、皿に積まれた色とりどりのマカロンの山を見て、ディーはソファーに深く背中を預けた。

 若草色のクッションはしっとりと程よく沈み、これまた程良い高さの長机に並ぶ菓子が取りやすい位置になっている。

 手を伸ばし、マカロンを三つ手に取り口に放り込むと、上品な甘みが口いっぱいに広がる。美味い。

 ヘルメスはうんうんと頷き、ずいと紅茶が注がれたカップをディーの方へと寄せる。

 

「とっておきのローズティーだよ。まずはストレートで味わって貰えると嬉しいかな」

「えー、砂糖入れたい」

「ガキンチョめぇ……いいからまずは一口!一口でいいから!」

「一口だけよぉ」

 

 ディーは差し出された紅茶を引き寄せ、ちょんちょんとカップに指を当てて眉を下げる。

 熱い。火傷しちゃう。

 ディーはカップを持ち上げると、数度息を吹きかけてから、おそるおそる鮮やかな薔薇色を受け入れた。

 口に含んで直ぐに爽やかな酸味と、その奥の甘さが舌へと染み入っていく。匂いを嗅げば、芳醇な香りで鼻腔が満たされる。

 素直に美味いと思った。

 

「結構なお手前じゃねぇか」

「ふ、そうだろう?」

 

 出来栄えには本神も自信を持っているのだろう。ヘルメスは得意げに微笑むと、自分の分の紅茶を注ぎ、優雅にカップに口を付ける。

 容姿の良さも相まって、絵になっていた。

 

「ディーとこうやってお茶をするのは半年ぶりだねぇ……ラキアで別れて以来だ」

 

 ディーがそのまま砂糖を入れず、ちびちびと味わっていると、ヘルメスがしみじみと言った。

 ラキア──宗主国とも呼ばれる、多数の属国を従える地上最大の版図を誇る国家。

 ディーの支援者(パトロン)でもあり、特別に騎士服(みぶん)を授けた国でもある。

 

「そうだな、俺がラキアの要請を受けて留まるのを決めて、それっきりだ」

「本当だよ。主神(おや)として眷属(こども)に会えないのは寂しくて辛かったよ」

 

 ディーは曖昧に頷く。

 寂しいには全く同意しないが、ヘルメスがいればと思った事は何度もある。

 ヘルメスはこれでも、天界で有数のトリックスターとして名を馳せていた神だ。

 ディーが共に各都市を巡っている時も、その狡猾さや計算された立ち回り、味方を増やしつつ敵を炙り出す手腕は如何なく発揮され、大いに助けられた。

 

「それで?今回俺を呼び出したのは、それが理由じゃねぇだろうな?」

 

 ディーはヘルメスにじとりとした視線を向け、本題へと切り込んだ。

 今回の呼び出しは、いつも飄々としている彼らしくなかった。

 

 ──お願いします。一切理由を聞かずについて来てください。

 

 二日前。ある都市でグールに変質した人間の対処をしていたところに、急に派閥の団長であるアスフィがやって来たのだ。

 久しぶりに会った美少女から、挨拶もそこそこに懇願(抱きつかれて上目遣い)され、気づけば頷いていた。

 超特急で準備を済ませたせいで相棒がダウンしてしまったが、おかげでもう迷宮都市(ここ)にいる。

 そのせいでまだ、呼び出された理由を何も知らないのだ。アスフィに聞こうにも、疲れによる睡眠と大事な用事(ヤキュウケン)に夢中で聞くのを忘れてしまっていた。

 

「いやいや、まっさかぁ。寂しいからってそれはナイって」

 

 ヘルメスはナイナイと手を振る。

 

「ディーをオラリオに呼んだのは、勿論【来訪者(ストレンジャー)】絡みでだよ」

「俺を呼ぶって事は、そォだろーな」

 

 ディーはふん、と鼻を鳴らす。

 これでも、来訪者対策の第一人者という自負があるのだ。

 己がヘルメスの派閥に身を寄せているのも、来訪者対策という目的が一致したからにすぎない。

 

「──グールっているでしょ?今回ディーを呼んだのはそれ絡み」

「グールだァ?」

 

 ディーは眉を顰める。

 グールは確かに、来訪者によって齎される被害の一つだ。永遠に悪夢の中に囚われた者の、意識無き身体に入り込んで成り代わる屍肉喰らい。

 

「俺はグールの対処は前に教えたぞ?オラリオでもしっかり対策出来てるって、オメーが手紙で言ってたじゃねぇか」

 

 グールは恐ろしいが、対処自体は簡単だ。永遠に悪魔に囚われるのも、すぐさまそうなるのではなく、段階がある。

 何らかの理由でグールの因子が体内に入り、悪夢を見る様になるのが第一段階。そこから慢性的な眠気、血管の青変、肌色の変化、昏睡と少しづつ悪化していくのが、グール化の特徴だ。

 グール化は言ってしまえば、死ぬ代わりに化け物に乗っ取られる伝染病の様なものだ。正しい処置をすれば助かるし、手遅れでも斬って燃やせばいい。

 

「確かに前はそう報告したんだけど、最近はちょっと毛色が違ってさ?教えられた対策ではもちそうにない子達が増えてるんだ」

 

 ヘルメスはそう言うと、悩ましげにスプーンで紅茶をぐるぐるとかき混ぜ始める。

 ディーは首を傾げる。確かにそれは大変だとは思うが、ラキアでの【来訪者】対策で追われていた己を呼び付ける程の事とは思えない。

 不満が顔に出ていたのか、ヘルメスは苦笑いを浮かべた。

 

「うんうん、ディーの言いたい事は分かる。俺は忙しい、手紙で言え、だろ?」

「分かってるじゃねぇか」

 

 というか、以前はそうしていた。

 

「それがそうもいかなくて……ぶっちゃけちゃうと、構成員がピンチの派閥に呼び出されて、虐められたの」

「ハァ?」

 

 どちらかといえば虐める側のこの男が?

 

「オレも苦渋の決断だったよ……来訪者対策の伝手、あんだろ?ってカワイこちゃん達に囲まれて、ディーを呼ぶって約束しちゃった♡」

「……アスフィが言ってた一切理由を聞くなって、それ?」

「えへへ♡」

「ざけんなカス!カーース!死ね!」

「あっあっ!ひどいっ」

 

 それは虐めではなく接待(ハニトラ)というのだ。

 ディーは長机の下から覗く愚か者の足をげしげしと蹴飛ばし、怒りのままマカロンを鷲掴みにして貪る。

 ラキアからの出発の時に、一体どれほど嫌味を言われた事か。何十億ヴァリスもの報酬を貰っておいて飛んだのだから当然ではあるが、こちらとて丸投げで行くつもりはなかった。

 何なら、もう少しで報酬が追加されたので、めちゃくちゃ留まりたかった。

 許してよぅ、と情けなく泣き真似をする姿を眺めながら、程よく冷めた紅茶を一気飲みしてマカロンを流し込む。

 甘味のお陰で、すうっと落ち着いてくる。

 

「っはぁー……そんで?」

「へ?」

「俺は何すればいいんだ?手伝ってやるから、ホントの事を言ってみろ、コラ」

 

 ディーは足を組んでヘルメスをジロリと睨む。

 少なくとも、接待程度で転がされる男ではないのは知っている。

 案の定、ヘルメスはぱっと顔を上げると、いつもの胡散臭げな笑みに戻る。

 

「やっぱ気付いちゃう?これが(おや)眷属(こども)の絆ってやつかな?」

「アホ言え、アスフィにおねだりされたからだ」

 

 間違いなく、あの時のアスフィは本当に助けを求めている様に見えた。

 おっぱいを押し付けてくるなんて、プロポーズか一生のお願いのどちらかしか考えられない。

 主神(バカ)のやらかしが原因なら、もっと態度が違ったはずだ。

 

「秘密にする時点で、本来は俺に断られる想定だったんだろうが……まぁ、来た以上はやってやるから、言えよ」

「よっ!ツンデレ!」

「五十倍にして返せカス」

「あうちっ!?」

 

 このこのぉと、囃し立てるヘルメスの額に角砂糖を投擲する。

 アスフィには元からデレで、ツンなのはヘルメスにだけだ。理由は可愛くて、可愛くないから。

 ヘルメスは少し痛そうに額をさすったあと、ピンと指を立てる。

 

「ディーにお願いしたいのは、アストレア・ファミリアからの依頼──リュー・リオンの治療さ」

 

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