科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後十の手

 時が経つのは早いもので、俺が山奥のトタン屋根のボロ小屋の地下に、某SFアニメのジオフロントも真っ青の超巨大プラントを構築してから、かなりの月日が流れた。

 

 表向きは「工作と機械いじりが大好きな、ちょっと手先の器用なオタク学生」という完璧な仮面を被り続け、俺は無事に高校を卒業。現在は実家から通える範囲にある、ごく普通の理系大学に通う十八歳の大学生である。

 

 十八歳。すなわち、親の同意なしで様々な契約ができ、何よりバイクや車の免許が取れる年齢だ。

 

 これまでは休日の昼間に自転車でえっちらおっちらと山道を数時間かけて登るか、親が寝静まった深夜に自室のパソコンから遠隔操作でナノマシンやMARK43を動かすしかなかったが、今は違う。俺は堂々と中型二輪免許を取得し、バイト代で買ったという建前の中型バイクで、深夜だろうが早朝だろうが自由に秘密基地へと通えるようになった。

 

 ちなみに俺の愛車は、見た目こそ市販のスポーツバイクにアニメの美少女ステッカーをベタベタと貼り付けたキツめの痛車だが、中身は完全にイカれている。ナノマシンに精製させた常温常圧超伝導ケーブルを用いた超高効率モーターと、反重力ホバーユニットを搭載した、現代の物理法則を嘲笑う純然たるオーパーツである。

 

 ガワを痛車にしておけば、深夜の山道でタイヤを数センチ浮かせながら音もなく時速二百キロでカッ飛んでいても、誰も「未来のオーバーテクノロジーだ」なんて疑わない。ドライブレコーダーに映り込んでも、精々「ヤバいオタクの幽霊が出た」と地元のオカルト掲示板が少しだけ盛り上がるくらいである。完璧なカモフラージュだ。俺ってばマジで天才かもしれない。

 

 そんな自画自賛を胸に、俺はいつものように光学迷彩と認識阻害のステルスフィールドを抜け、地下のメインコントロールルームへと足を踏み入れた。

 

「おはよう、ジャービス。お留守番ご苦労さん。サーバーの冷却系に異常はないか?」

『おはようございます、ボス。すべて正常に稼働中です。本日の道中はいかがでしたか? 相変わらず、あの痛々しいステッカーの貼られた二輪車で物理法則を無視した暴走を?』

「痛々しいとはなんだ、俺の嫁だぞ。それに反重力ホバーのおかげで振動もないから、乗り心地は最高なんだよ。まあ、大学の駐輪場に停めると冷ややかな目で見られるのが唯一の欠点だけどな」

 

 壁一面に鎮座する疑似ツリーダイアグラムの演算筐体が青白い光を放ち、スピーカーからジャービスの呆れたような英国紳士ボイスが響く。

 

 この数年間でジャービスの学習は完全に仕上がっており、今や俺のくだらない冗談やオタク特有の早口にも完璧な皮肉で返してくる、最高の相棒となっていた。俺一人では到底管理しきれない莫大な地下施設のシステム制御も、すべて彼が完璧にこなしてくれている。

 

「で、頼んでおいた社長のメンテナンスは終わってるか?」

『ええ、抜かりはありません。都内のダミーオフィスにて、現在も滞りなく事務作業をこなしております』

 

 メインモニターの一部が切り替わり、都内の雑居ビルの一室が映し出される。

 

 そこに座ってパソコンのキーボードを叩いているのは、オーダーメイドのスーツに身を包んだ、三十代前半の彫りの深いイケメンだった。呼吸に合わせて胸が上下し、時折瞬きもする。どこからどう見ても完璧な人間だ。

 

 だが、こいつは人間ではない。俺がダミー会社『黒川テック』の実働部隊として作り上げた、超高性能アンドロイドである。

 

 ベースフレームの構造には某アクションゲームのアンドロイドの設計思想をデチューンして採用し、外装の人工皮膚および循環器系には疑似血液を循環させている。触温覚も完全に再現しており、仮に刃物で切られれば赤い血を流す。日常生活において彼が機械であると見破ることは、現代の医療機器にでもかけられない限り不可能だ。

 

 俺がやりたいのは、世界征服でも億万長者になることでもない。ネットの海に完全匿名で超技術を放流し、現代の天才どもが「なんだこの変態的な構造は」と驚愕してレスバするのを見てニヤニヤする、ただの悪趣味な暇つぶしだ。

 

 このアンドロイドの黒川は、その俺の個人的な遊びで発生する特許の管理や、企業からの問い合わせに対応するための単なる集金装置であり、俺への追跡を断ち切るための盾に過ぎない。俺が匿名で技術を投下して一部の界隈がザワついた後、誰も知らないような弱小ダミー会社のホームページに、シレっとあの技術のコアパーツが商品として追加される。

 

 世間的な認識は「匿名のヤバいオタクが凄い技術を公開したと思ったら、よくわからない無名企業がいつの間にかその特許を押さえていた」という形になるわけだ。わざわざ記者会見なんて大仰なことはしない。ただ淡々と、しかし確実に、界隈の常識の裏側を書き換えていく。

 

「よし。俺が表に出ずにコソコソ遊ぶための最強の布陣だな。それじゃあ、そろそろ第一弾の餌を撒いてみるか」

『承知いたしました。ボスのその、己の平穏な日常と陰湿な悪戯を満喫するためだけに世界最高峰の技術を無駄遣いする姿勢、私はAIながら深く敬意を表します』

「褒めても美少女アニメの特装版ブルーレイは買ってやんねーぞ」

 

 俺はコンソールの椅子に深く腰掛け、手元のキーボードを引き寄せた。俺の目の前には、株のトレーダーも真っ青の六面マルチモニターが展開されている。

 

 ここからが本番だ。俺の脳内にある数百世紀分の科学技術データベースから、現代の医療工学をギリギリ数十年ほど飛び越えるレベルのサイボーグ義手の基礎理論をピックアップする。

 

 そのまま出すとオーパーツすぎて誰も理解できないし、何より魔法のアイテムだと思われて胡散臭がられる。だから、現代の秋葉原やネット通販で買える安価なサーボモーター、塩ビパイプ、市販のマイコンボードなんかを使って、見た目は限界まで泥臭く、しかし中身のリンク機構とプログラム制御だけは異常に洗練された代物にデチューンを施した。外装にはわざと不格好なはんだ付けの跡まで残してある。

 

 俺がアクセスしたのは、日本の巨大匿名掲示板群の中にある、ロボット工学やDIY愛好家が集まる専門板だ。もちろんIPアドレスは数十のプロキシサーバーを経由し、ジャービスの疑似ツリーダイアグラムによる暗号化を何重にもかけている。日本の警察のサイバー部隊が束になってかかってきても、絶対に俺の現在地には辿り着けない。

 

 俺は新規スレッド作成の画面を開き、キーボードを軽快に叩いた。いかにも素人の工作自慢といった、ふざけたスレッドタイトルを入力する。コテハン(固定ハンドルネーム)の欄には適当な文字列を打ち込んだ。

 

 本文には簡単な挨拶と共に、神経接続を可能にするサイボーグ技術の基礎中の基礎となる設計図の一部とCADデータを共有リンクで貼り付けた。

 

 そして一番の目玉として、実際にMARK43の技術をデチューンして組み上げた無骨な金属アームの動作テスト動画のURLを載せる。動画の中のアームは、卓上に置かれた生卵を殻にヒビ一つ入れることなく極めて滑らかな動きでつまみ上げ、別の皿へと移動させる。そして直後、横に置かれていた厚さ五ミリの分厚い鉄板を掴み、まるで紙切れのようにグシャリと握り潰してみせるのだ。

 

 現代の義手では絶対にあり得ない、繊細な触覚フィードバックと異常なトルクの両立。

 

「よし、投稿完了っと」

 

 エンターキーを力強く叩き、スレッドが専門板の一番上に表示されたのを確認する。

 

 俺は椅子をくるりと回転させ、手元にあった小型冷蔵庫からコーラの缶を取り出してプシュッと開けた。炭酸を喉に流し込みながら、一番大きなモニターに映し出されたスレッドの画面を凝視する。

 

 こんなもん、最初の住人の反応を見てニヤニヤしながらレスバするのが一番楽しいに決まっている。オタクにとって、自分の作ったオーパーツを掲示板で披露する時間というのは至福の時なのだ。

 

「ジャービス、スレッドの自動更新ツール回しといて。レスがついたら音鳴らしてくれ」

『Yes, sir. すでに監視を開始しております。……おや、さっそく反応がつき始めたようです』

「よしよし、どれどれ」

 

 

 

【DIY】ホームセンターの部品で神経接続の義手作ってみたけど質問ある?【サイボーグ】

 

1:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

秋葉原とホムセンの部品で義手作ってみた。ちょっと動かしてみたから評価よろ。

市販のマイコン使って神経接続で動くようにC言語でプログラムも組んでみたわ。

(CADデータとソースコードの一部のURL)

(生卵をつまんで鉄板を握り潰す動作テスト動画のURL)

 

2:名無しのジャンカー ID:cX5n1LwS

スレタイ見てワクワクして開いたのにクソみたいなフェイク動画かよ。

お前CG職人か何かか?

 

3:名無しのジャンカー ID:p9Z4kL1m

ワイヤーと市販サーボでこの滑らかさは草。モーターのトルク計算どうなってんだよ。

てか生卵のあとに鉄板握り潰すとか物理的にあり得ねえだろ。CGの出来はいいからハリウッド行けや。

 

4:名無しのジャンカー ID:t2Y8vBc0

お前らアホか、URL踏むなよ。こんな素人丸出しのスレタイでソースコード置いてるとかどうせウイルスだろ。ブラクラ踏むぞ。

 

5:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

>>2 >>3

CGじゃねーよ。証拠にCADデータの一部置いといたから、見れる環境あるなら開いてみろ。モーターの配置とか全部実機の通りだから。

>>4

ビビってんなら仮想環境で開けばいいだろ。

 

6:名無しのジャンカー ID:h7Q1xZp3

はいはい、構ってちゃん乙。誰がこんな怪しいファイル開くかよ。

 

7:名無しのジャンカー ID:h7Q1xZp3

暇だったから仮想環境でCADファイル開いてみたぞ。ウイルスじゃなかったわ。

……ていうかこれ、マジでなんなんだ? 関節のモジュール配置、現代のセオリー完全に無視してるだろ。

物理的に干渉して動かなくなる配置じゃねーか。>>1は機械工学の基礎も知らねえのかよ。

 

8:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

>>7

よく見ろ、クリアランス0.02ミリ確保してるだろ。

動かなくなるんじゃなくて、動作時の逆トルクで意図的に干渉させて負荷を分散させてんだよ。シミュレーターで回してみろ。

 

9:名無しのジャンカー ID:m4D0fH6n

は? 逆トルクで負荷分散? 何言ってんだこいつ。

ちょっと待て、今SolidWorksでシミュレーター回す。

 

10:名無しのジャンカー ID:R9j2kW5c

おい、スレ主。これお前が本当に一人で考えたのか?

俺、某旧帝大でロボット工学専攻してる院生だけど、この数式……頭おかしいだろ。

なんでこんな変態的なリンク機構で、シミュレーター上だと一切干渉せずに流体みたいに動くんだよ!? 計算ソフトぶっ壊れたかと思ったわ!

 

11:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

>>10

旧帝大の院生さんチィーッス。うん、休日の暇つぶしにホムセンのガラクタ組み合わせて一人で作ったよ。

プログラムのノイズ除去にちょっと手間取ったけどね。

 

12:名無しのジャンカー ID:R9j2kW5c

嘘つけボケ!! こんなの個人で作れるわけねえだろ!!

どこの重工メーカーの開発部の漏洩データだ!? トヨタか!? カワサキか!?

ていうか、この神経接続のバイパスコード、どこの論文からパクってきた!?

 

13:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

>>12

論文? いや、適当に自分で一から書いたけど。

現代の義手の制御コードって無駄なフィードバックループ多すぎてキモいじゃん? だからC言語ベースでもう少し直感的に動くように書き直しただけ。

 

14:名無しのジャンカー ID:b2N6vC1x

おいおいマジかよ……俺もCAD開いたけど、このリンク機構キモすぎる。芸術品通り越して狂気だろ。

>>13

書き直しただけ、じゃねえよ! なんだよこの七十行目の引数! 脳波の電気信号のノイズ除去アルゴリズム、こんなシンプルな処理で完全に消せるのか!?

 

15:名無しのジャンカー ID:o0P3qR5s

動画の鉄板握り潰すところ、よーく見たら手首のモーターが逆に回転して反動を完全に相殺してる……。

マジでフェイクじゃねえのかこれ。誰か3Dプリンターで出力して検証してくれよ!

 

16:名無しのジャンカー ID:y5T8uI4o

今大学の研究室のプリンター回し始めた。朝までにはパーツ揃うから、モーター買ってきて組み上げてみるわ。

もしこれがマジで動いたら、日本のロボティクス業界の常識終わるぞ……。

 

17:名無しの工作員 ID:v8K2m0Pq

みんな楽しんでくれてるみたいで何より。

まあ休日の工作の成果発表みたいなもんだから、好きに解析したり組み立てたりして遊んでくれ。

俺はそろそろ大学のレポートやらないとヤバいから落ちるわ。じゃあな。

 

18:名無しのジャンカー ID:l1K6jH9g

おい待てクソスレ主!! 逃げるな!!

このソースコードの二百行目以降が欠けてるじゃねえか! 核心部分隠してんじゃねえぞ!

 

19:名無しのジャンカー ID:e4W2sX7z

ふざけんな戻ってこい!!

お前ら、徹夜でこれ解析するぞ。絶対にフェイクじゃない。俺たちは今、とんでもないバケモノの遊びに巻き込まれてるんだ。

 

20:名無しのジャンカー ID:g8F1vK4m

これ絶対どこかの企業が裏で糸引いてるだろ。こんな個人レベルで出てくる技術じゃねえって。

とりあえず俺も解析班に混ざるわ。寝不足確定だなクソが。

 

 

 

 モニターの向こう側で、日本のトップクラスの頭脳を持つギークや院生たちが、俺の残した「デチューンされた残飯」に群がり、口汚く罵りながらも必死になって解析を進めている。

 

「あー、最高。プライドの高い理系オタクどもが俺の作ったおもちゃで発狂してるのを見るの、マジで気分がいいわ」

 

 俺はマルチモニターに流れる弾幕のような書き込みを眺めながら、ニヤニヤが止まらなかった。たった一つのふざけたスレッドが、専門家たちの常識を木端微塵に粉砕していく。

 

「ジャービス、とりあえず今のところの反応はどうだ?」

『上々ですね、ボス。現在、このスレッドのURLが外部のSNSや他の技術系まとめサイトなどにも次々と転載され始めています。アクセス数は二次関数的に増加中。また、一部のユーザーがボスのIPアドレスを特定しようと攻撃を仕掛けてきています』

「へえ、いい度胸だ。釣れた連中のIPはどうなってる?」

『すべて逆探知をかけ、ダミーのIPアドレスをよくわからないB級映画のファンサイトに無限ループさせるお遊びプログラムを返しておきました』

「性格悪いな、お前。最高だよ」

 

 深夜の地下秘密基地に、俺の極めて悪趣味で楽しげな笑い声が響き渡る。

 

 しばらくすれば、この技術のコアモジュールを販売するダミー会社『黒川テック』の古臭いホームページに彼らは辿り着くだろう。そして、国内の名だたる大企業から黒川社長のもとへ、血眼になった問い合わせが殺到するはずだ。

 

 世界を裏から静かに揺さぶる天才技術者としての最高の愉悦と、愛する家族との退屈で幸せな日常。その両方を完璧に守り抜くための俺の二重生活は、今まさに最高のスタートを切ったのである。

 

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