科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの五十四手

 

 

 

 

 深夜のマニラ湾。重く黒い波が打ち寄せる寂れたコンテナ埠頭に、音もなく「歪み」が上陸した。

 

 それは、周囲の景色を不自然に屈折させて歩く、五つの透明な人影だった。

 光の反射を制御し、視覚的に完全に周囲の風景へと溶け込む、現行の軍事技術ではまだ理論上の産物とされているはずの超技術。

 その透明な迷彩服を纏ったまま、彼らは足音一つ立てずに港湾の警備網をすり抜けていく。

 

「――こちらアルファ。上陸地点の確保に成功した。これより、ターゲットの旧研究施設へと向かう」

 

 部隊のリーダーが、喉の奥に埋め込まれた通信インプラントを通じて、遠く海を隔てた本国へと無音の報告を入れる。

 彼らは、アメリカの巨大軍産複合体『マッシブ・ダイナミクス社』が非合法に飼っている、企業お抱えの産業スパイ兼・暗殺部隊であった。

 全員が肉体の半分近くを人工筋肉やカーボンフレームの義体(サイボーグ)に置き換えており、痛覚はブロックされ、視神経には常に戦術データが流れ込み続けている。紛れもなく、表の歴史には決して姿を現さない、現行の人類において最強クラスの戦闘集団だ。

 

「……それにしても、納得がいきませんね、隊長」

 

 背後を警戒していた副官が、同じく無音の電脳通信でぼやいた。

 

「我々のような最精鋭が、なぜ東南アジアのいち新興企業……それも『医療福祉企業』などの調査に駆り出されるのです? 我々の基本装備である『OPTICAL CAMO(オプティカル・カモ)』の稼働コストだけでも、中規模な国の軍事予算が軽く飛ぶというのに」

「油断するな。本国の上層部は、あのサグラダ・メディカルという企業に尋常ではない焦りを感じている」

 

 隊長は、視界の隅にサグラダ・メディカルの製品データを呼び出した。

 マニラ市警が使用しているという、あの無骨な白黒の重装甲フレーム。そして都市全体を監視する異常な演算能力を持ったAIネットワーク。

 

「あの企業が数ヶ月で市場に流した技術は、どれもこれも技術体系の進化ツリーを完全に無視している。まるで、SF映画の小道具がいきなり現実世界にドロップしたかのような異常性だ。上層部は、サグラダの内部に未知のオーバーテクノロジーの源泉――あるいは、我々を超える天才的な狂人が潜んでいると睨んでいる」

「その技術の根幹データを盗み出し、ついでに開発チームの頭に鉛玉をぶち込んでこい、というのが今回の任務ですか。……大企業もエゲツないことをしますね」

「それが企業戦争というものだ。行くぞ、相手は所詮、スラム上がりの成金企業だ。我々のこの姿にすら、絶対に気づけまい」

 

 透明な五つの影は、光学迷彩の機能を最大限に出力し、音もなくマニラの夜の闇へと溶け込んでいった。

 彼らは自分たちこそが最先端の軍事技術の結晶であり、誰にも見つかることなく任務を完遂できると信じて疑っていなかった。

 

 ――彼らのその姿が、はるか上空を飛ぶ一匹のハエ型ドローンによって、極めて鮮明なサーモグラフィーと電磁波センサーで()()にされていることなど、知る由もなかったのである。

 

 

 

 巨大ラボのメインコンソールルーム。

 壁面の巨大モニターには、マニラ市街を軽快な足取りで進む五つの赤い人影が、恐ろしいほどくっきりと映し出されていた。

 

「いやはや、驚いたね。まさか本当に実用化して実戦投入してくる連中がいるとは。やっぱり大国の軍産複合体ってのは、資金力と執念のケタが違うな」

 

 特注の白衣を羽織り、十代後半へと成長した長い手足をデスクの上に投げ出しながら、青年は愉快そうにモニターを見上げていた。

 その顔つきは少年時代の無邪気さを残しつつも、よりシャープで洗練された、どこか冷酷な刃物のような美しさを備え始めている。

 

「おい、坊主……じゃなかった、サイエン。あれは一体なんだ。監視カメラの映像には何も映ってねえのに、サーモグラフィーにだけ人間の形が熱源として浮かび上がってやがるぞ」

 

 後ろのソファで葉巻を咥えていたカルロスが、眉をひそめてモニターを睨みつけた。

 

「彼らは光学迷彩を着ているんだよ。光を曲げて景色に溶け込む、SFやスパイ映画でよくある透明マントさ。……まあ、熱源までは誤魔化しきれていないし、歩くたびに空間の歪みが出ているから、俺から言わせれば『下から数えた方が早い程度の粗悪品』だけどね」

「透明人間、だと? 冗談じゃねえ、そんなふざけた兵器を持った連中が、俺たちのシマに勝手に入り込んでるってのか」

 

 カルロスの左目に埋め込まれた義眼が、戦闘モードの赤い光を瞬かせる。

 

「俺がランドメイトの部隊を連れて直接ひき潰してくる。どこぞの企業のスパイか知らねえが、ナメられたもんだぜ」

「ストップ、ストップ。カルロスさんたち表の部隊が動いたら、大騒ぎになってしまうじゃないか。せっかく海を越えて遊びに来てくれたお客さんだ。俺が直々に()()()()()()()()をしてあげるよ」

 

 青年はクスクスと笑いながら、コンソールのキーボードを軽やかに叩いた。

 画面が切り替わり、彼らがかつて拠点として使用していた、スラムの地下深くにある『旧ラボ』の設計図が表示される。

 現在、サグラダの主要な研究施設は本社ビルの地下や別の秘匿施設に移されており、その旧ラボはとうの昔に放棄されているはずの場所だった。

 

「連中は、俺たちの技術の根幹データが欲しいらしい。だから、旧ラボのメインサーバーにダミーの極秘データを入れて、わざとセキュリティに隙間を作って誘い込んでおいたんだ」

「……なるほど。あの薄汚い地下室に、透明なネズミどもを誘い込むってわけか」

「そういうこと。相手は身体の半分を機械に作り変えた、かなり高価で優秀なサイボーグ兵士みたいだからね。貴重な生体データがたっぷりと取れそうだよ」

 

 マグカップに入った甘いココアをすすりながら、青年の瞳の奥で嗜虐的な光が踊る。

 

「彼らは自分たちが世界の最先端だと信じて疑っていない。そういう連中が、自分たちの常識がまったく通用しない()()()()()()に直面した時、一体どんな悲鳴を上げるのか……考えただけでワクワクするじゃないか」

 

 フィリピンという一国を完全に掌握した死の商人のパレードは、新たなフェーズへと移行した。

 国を相手にした政治ゲームの次は、世界の最先端を自負する巨大軍事企業との、血で血を洗う企業戦争。

 だが、それは青年からすれば、自分の作ったオモチャ箱に新しい虫が迷い込んできた程度の、極めて愉快な娯楽でしかなかった。

 

「さあ、歓迎の宴の準備をしよう。……絶対に生かしては帰さない、恐怖のデストラップハウスの開演だ」

 

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