科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの五十五手

 

 

 

 

 マニラ首都圏の最下層、陽の光すら届かない薄暗いスラムの地下深く。

 かつてサグラダ・メディカルの初期拠点として使用され、現在は完全に放棄されたはずの『旧ラボ』の分厚い防爆扉の前に、五つの透明な歪みが音もなく降り立った。

 

 アメリカの巨大軍産複合体、マッシブ・ダイナミクス社が誇る非合法の義体(サイボーグ)暗殺部隊。

 彼らは周囲の景色に完全に溶け込む『OPTICAL CAMO(オプティカル・カモ)』を起動したまま、指先から極小のハッキングケーブルを伸ばし、旧ラボの電子ロックにあっさりと侵入した。

 

「――こちらアルファ。外郭ゲートの突破に成功。内部に生命反応および熱源反応なし」

「了解した、アルファ。速やかにメインサーバー室へ向かい、コアデータを回収しろ。抵抗する者がいれば、すべて排除して構わん」

 

 本国からの冷酷な命令を電脳通信で受信し、部隊長であるアルファは無音のまま頷いた。

 

 拍子抜けするほど簡単な任務だった。

 この数ヶ月で突如としてSF映画のようなオーバーテクノロジーを次々と発表し、世界中の軍事企業をパニックに陥れているサグラダ・メディカル。その技術の根幹が眠っているはずの旧施設だというのに、警備用ドローンの一機すら飛んでいない。

 やはり、所詮はスラム上がりの成金企業なのだ。どれだけ優れた兵器を開発しようと、防諜やセキュリティのノウハウは三流のギャングと大差ないらしい。

 

 アルファたちは一切の足音を立てず、暗視フィルターの視界で迷路のような地下通路を進み、あっという間に最奥のメインサーバー室へと到達した。

 

 部屋の中央には、青白いLEDの光を放つ巨大なサーバー群が鎮座している。

 アルファは自身の腕の装甲を展開し、データ抽出用の端子をサーバーのメインコンソールへと直接突き刺した。義体の視界に、莫大なデータファイルがダウンロードされていくプログレスバーが表示される。

 

「よし、ビンゴだ。サグラダの技術データ、すべて頂いて――」

 

 アルファがほくそ笑んだ、その瞬間だった。

 

 ――プァァァァァァン!!

 

 突如として、旧ラボの地下空間全体に、まるで遊園地のパレードの始まりを告げるような、極めて陽気で間抜けなファンファーレが鳴り響いた。

 

「な、なんだッ!?」

 

 同時に、背後の分厚い防爆扉が、物理的な重低音を響かせてガシャンと完全に閉鎖される。

 ロックの解除コードを打ち込もうとするが、アクセス権限ごと完全に弾き出されていた。

 

『やあやあ、ようこそはるばる海の向こうから! マッシブ・ダイナミクス社のエリートスパイの皆様!』

 

 部屋の四隅に設置されたスピーカーから、ひどく愉快そうな、まだ声変わりも終わっていないような少年の声が響き渡った。

 

「チィッ……! トラップか! 全隊、戦闘態勢!」

「隊長、データ抽出が止まりません! いや、これは……向こうからこちらに、逆に何かを送り込んできています!」

 

 部下の悲鳴に近い声が響く。

 アルファが慌てて腕の端子を引き抜こうとするが、端子部分は強力な電磁ロックでサーバーと完全に癒着してしまっていた。仕方なく、アルファは自身の左腕を肘から()()()()()()()して、後方へと大きく跳躍した。

 

『ああっ、もったいない。せっかく俺が作った特製のコンピューターウイルスを、君たちの電脳に直接プレゼントしてあげようと思ったのに』

 

 スピーカーからの呑気な声と共に、天井の排気口からシューッという音を立てて、大量のピンク色のガスが部屋中に噴射され始めた。

 

「毒ガスだ! 呼吸フィルターを完全密閉しろ!」

 

 アルファが叫ぶが、部下の一人が不思議そうに首を傾げた。

 

「隊長、このガス……有毒成分が一切含まれていません。ただの着色された煙です」

「なんだと?」

『うんうん、君たちみたいに身体の半分を機械にしてる連中に、神経ガスなんか撒いても意味がないからね。……そのガスはね、君たちが着ている迷彩服のポリマー繊維だけを、綺麗に溶かすための特製スプレーなんだよ』

 

 直後、アルファたちの全身を覆っていた完璧な透明の迷彩が、ジューッという嫌な音を立ててドロドロに溶け落ちた。

 あとに残されたのは、派手な蛍光ピンク色に染め上げられた、極めて滑稽で目立つ姿の五人のサイボーグ兵士たちであった。

 

「な、バカな……! 一着数千万ドルの迷彩が、ただの塗料で……!」

『さあ、隠れんぼはおしまいだ。ここからは楽しい()()()()()()()を始めようか!』

 

 少年の楽しげな宣言と共に、旧ラボの床と壁が、まるで巨大なルービックキューブのように凄まじい地鳴りを立ててスライドし始めた。

 床が割れ、壁がせり出し、五人の部隊は一瞬にして分断され、それぞれが全く別の閉鎖空間へと隔離されてしまう。

 

「くそっ、こちらアルファ! 各員、現在位置を報告しろ!」

 

 アルファは通信を試みるが、強烈な電磁波ジャミングのせいでノイズしか返ってこない。

 彼が落とされたのは、壁一面に無数の小さな穴が開いた、真っ白な通路だった。

 

『第一ステージ、スタート!』

 

 壁の穴から、一斉に自動追尾型のガトリング砲がせり出してくる。

 アルファは舌打ちをし、自身の人工筋肉をフル稼働させて凄まじい速度で通路を駆け抜けた。背後で無数の弾丸がコンクリートを削り取るが、彼の最新型の義体スピードには到底追いつけない。

 

「ハッ、所詮はお遊びのトラップだ! この程度の自動砲台で、俺を殺せるわけが――」

 

 言いかけたアルファの足元で、何かがパチンと弾けた。

 それは、床に敷き詰められていた極小のマイクロカプセルだった。中から飛び出したのは、強烈な粘着性を持つ特殊なポリマー樹脂。それがアルファの足の関節にべっとりと張り付き、急激に硬化する。

 

「なっ……!? 足が、動かん!」

 

 最新型の人工筋肉が悲鳴を上げ、モーターが焼き切れる嫌な臭いが立ち込める。

 どれだけ強靭な装甲を持っていようと、関節の駆動部を物理的に固められてしまえば、ただの巨大な鉄くずにすぎない。

 

『はい、アルファ君は時間切れでーす』

 

 スピーカーからの無邪気な宣告と共に、背後から追いついてきたガトリング砲の弾幕が、身動きの取れなくなったアルファの背中に容赦なく降り注いだ。

 対物ライフル用の徹甲弾が、自慢のカーボン装甲を紙のように貫き、彼の電子頭脳を完全に粉砕する。

 

 

 

 一方、別の通路へと落とされた副官のブラボーは、必死の形相で薄暗いダクトを這い進んでいた。

 

「隊長がやられた……! なんだここは、まるでゲームのデストラップの詰め合わせじゃないか!」

 

 すでに部下の二人は、通路に仕掛けられたレーザーグリッドと、天井から降り注ぐ溶解液によって文字通り溶かされて死んだ。

 自分たちが誇っていたサイボーグとしての圧倒的な戦闘力など、この悪意に満ちたカラクリ屋敷の中では何の役にも立たない。ブラボーはただひたすらに、出口らしき光を求めて這いずり回るしかなかった。

 

 ドンッ、とダクトの蓋を蹴り破り、ブラボーは広い研究室のような部屋へと転がり落ちた。

 

「はぁ、はぁ……っ! よし、ここは安全なはずだ」

 

 だが、その安堵は数秒で打ち砕かれた。

 部屋の天井に、何かが()()()()()()()のだ。

 

 それは、人間の成人男性ほどのサイズを持つ、四足歩行の異形の怪物だった。

 皮膚は完全に剥がれ落ちて赤黒い筋肉が剥き出しになっており、両生類のような長い舌が口からだらりと垂れ下がっている。そして何より目を引くのは、両腕の先から伸びる、日本刀のように鋭く巨大な『爪』であった。

 

「ひぃっ……! な、なんだこのバケモノは!」

 

 ブラボーが背中のアサルトライフルを構えるよりも早く、天井の怪物が弾かれたバネのように跳躍した。

 

 ――スパーンッ!

 

 甲高い金属音が鳴り響き、ブラボーの視界が大きく傾いた。

 何が起きたのか理解するのに、数秒の時間を要した。彼の右半身が、最新型のチタン合金の装甲ごと、肩から腰にかけて綺麗に()()されていたのだ。

 

「あ、ア、アァァァァァッ!?」

 

 あり得ない。生物の爪が、軍事用の合金装甲をバターのように切り裂くなど、物理法則を完全に無視している。

 だが、サグラダ・メディカルが造り出した生体兵器『LURKER(ルーカー)』の異常に発達した筋繊維と、単分子カッター並みに研ぎ澄まされた骨格の爪は、いとも容易くそれを現実のものとしていた。

 

 床に崩れ落ちたブラボーの顔面を、ルーカーの巨大な爪が無造作に貫く。

 世界最強を自負していたサイボーグ部隊は、突入からわずか十分足らずで、ただのオモチャのようにあっけなく全滅したのである。

 

 

 

 巨大ラボのメインコンソールルーム。

 モニター越しに、スパイ部隊の凄惨な最期を鑑賞し終えた青年は、満足げに深く息を吐き出して立ち上がった。

 

「いやあ、素晴らしいショーだったね。彼らの義体の駆動データ、視覚センサーのスペック、そして何より『未知の恐怖に直面した時の脳波の乱れ』まで、完璧に採取できたよ」

「……お前さん、本当に趣味が悪いぜ。あんな悪夢みたいな屋敷、どうやって作ったんだ」

 

 カルロスが、冷や汗を拭いながら葉巻を噛みちぎる。

 ただ敵を殺すだけなら、爆弾でも仕掛けておけば一瞬だ。だが青年は、わざわざ迷路を作り、毒ガスを撒き、バケモノを放って、彼らを徹底的に絶望させながら弄り殺したのだ。

 

「せっかくの素晴らしい素材なんだから、限界まで負荷をかけてデータを取らないともったいないじゃないか。……それに、これでマッシブ・ダイナミクス社も思い知ったはずだよ」

 

 青年は手元のキーボードを叩き、全滅したスパイ部隊のリーダーの電脳に仕込んでおいた()()()の送信ボタンを、ひどく軽やかな手つきで押し込んだ。

 

「自分たちが最先端だと思い上がっていた技術が、俺たちの前ではただの時代遅れのポンコツにすぎないということをね」

 

 送信されたのは、スパイ部隊が全滅するまでの間抜けな記録映像と、マッシブ・ダイナミクス社の本国サーバーを焼き切るための、ささやかな報復のコンピュータウイルスである。

 

 世界の企業戦争における、絶対的な技術格差。

 フィリピンという小国から世界へ向けて放たれた強烈なカウンターパンチは、世界の裏社会に、これまでにない巨大な嵐を巻き起こそうとしていた。

 

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