太平洋の孤島に建設された、マッシブ・ダイナミクス社の極秘兵器開発プラント。
海風が吹きすさぶ深夜の搬入ゲートに、ダミー会社の偽装貨物船から降ろされた巨大な医療用コンテナが、重々しい音を立てて鎮座していた。
プラントの警備室では、退屈そうにモニターを眺めていた警備員が欠伸を噛み殺している。
「おい、フィリピンから届いた例の『医療廃棄物』のコンテナ。なんでこんな深夜に兵器プラントに運び込まれてるんだ?」
「さあな。上層部が裏ルートで安く仕入れた生体パーツの材料だろ。どうせ中身はスラムの死体だ、朝まで放っておけ」
警備員たちがコーヒーに手を伸ばした、その瞬間だった。
――ドゴォォォォンッ!!
プラントの分厚い防爆ゲートが、内側からの凄まじい爆発によって吹き飛ばされた。
モニターの映像が激しく揺れ、警備員たちが慌ててコンソールにしがみつく。
「な、なんだ!? 搬入ゲートで爆発だと!」
もうもうと立ち込める爆煙の中から、ギギギ……という不気味な金属の駆動音と共に、『それら』は姿を現した。
全裸の肉体に、粗悪な鉄パイプや剥き出しの油圧シリンダーをボルトで打ち込まれた、醜悪なサイボーグの群れ。サグラダ・メディカルが送り込んできた、百ドルの量産型兵士『
「ヒィッ……! な、なんだあいつら! 人間か!?」
「撃て! ゲートを突破されるぞ!」
プラントの防衛システムが作動し、壁面に設置された自動機銃が一斉に火を噴く。
50口径の重機関銃の弾幕がサイバーサイコたちの肉体を引き裂き、粗悪な義手を吹き飛ばし、腹部に風穴を開けた。
普通なら、即死するか激痛で叫び声を上げて倒れ伏す致命傷である。だが、彼らは
脳の痛覚と恐怖を完全に焼き切られた彼らは、自身の内臓がこぼれ落ちようと、腕が千切れ飛ぼうと、一切の表情を変えることなく全速力で突撃を再開した。
「バカなッ! 頭を撃ち抜かれるまで止まらないぞ!」
「弾が足りねえ! 数が多すぎるッ!」
五百体もの狂気の群れが、防衛ラインを文字通り物理的な『数の暴力』で押し潰していく。
弾切れを起こした自動機銃に群がり、粗悪な鉄の義手で力任せに銃身をへし折り、立ち塞がる警備員たちをただの肉の塊へと変えていく。
プラントの最深部、司令室。
施設長である男は、モニターに映る信じられない惨劇を見て、怒りで顔を真っ赤に染め上げていた。
「フィリピンの成金企業め……! あんなゴミ山の鉄クズみたいなオモチャで、我がマッシブ・ダイナミクス社を潰せると思っているのか!」
施設長は通信機を掴み、怒鳴り声を上げた。
「地下で待機している防衛部隊を出撃させろ! 全員、完全武装の最新型義体だ。あの薄汚い鉄クズどもに、世界最高のサイボーグ技術というものを叩き込んでやれ!」
命令を受け、プラントの地下から数十名の防衛部隊がエレベーターでせり上がってくる。
彼らは数日前に旧ラボで全滅したスパイ部隊と同じ、数千万ドルをかけた最新のカーボン装甲と人工筋肉を纏った最精鋭であった。
サイバーサイコたちの粗悪な義足とは比べ物にならない、洗練されたしなやかな動きでアサルトライフルを構え、迎撃の陣形を敷く。
「撃て! ゴミはゴミ箱に返してやれ!」
防衛部隊の隊長が命令を下そうとした、まさにその時だった。
――ブツンッ。
突如として、プラント全域の照明が完全に落ちた。
赤色の非常灯だけが不気味に回転する中、防衛部隊の兵士たちの動きが、まるで電源を抜かれたロボットのようにピタリと停止した。
「……ん? おい、どうした! なぜ撃たない!」
隊長が部下たちを怒鳴りつけるが、部下たちの顔には極度の混乱と恐怖が浮かんでいた。
「た、隊長……! 義体が、自分の身体が……全く動きませんッ!」
「システムが勝手に再起動を……な、なんだこの警告表示は!?」
兵士たちの視界を覆うディスプレイが、真っ赤なノイズに染まり、見たこともない奇妙な言語の文字列で埋め尽くされていく。
そして、施設のスピーカーから、ひどく楽しそうな少年の声が響き渡った。
『いやあ、驚くほどスッカスカなセキュリティだね。そんなザルみたいなファイアウォールで、よく世界の最先端なんて名乗れたものだ』
司令室の施設長が、震える声で叫ぶ。
「な、何者だ! 貴様、どうやって内部ネットワークに入り込んだ!」
『どうやって、って? 先日そっちが送り込んできたスパイ部隊のリーダー君の頭の中に、俺の特製ウイルスを仕込んでお土産として送り返しただろう? 君たちの本国サーバーがそれを受信した瞬間、俺のために最高に広い裏口が開いたのさ』
スピーカーの向こうで、クスクスという愉快な笑い声が聞こえる。
サグラダ・メディカルが開発した、対象の電子頭脳から施設OSまでを内側から完全に掌握する悪魔のハッキング技術『
『五百体のサイバーサイコは、ただの目眩ましだよ。そっちの優秀な防衛部隊を引っ張り出すための、ね。……さあ、ここからは俺の指先一つで、君たちの自慢の技術を全部ぶっ壊してあげる』
マニラ首都圏、巨大ラボのメインコンソールルーム。
白衣の青年は、特注のキーボードをまるでピアノの鍵盤でも叩くかのように、極めて優雅な手つきで弾いていた。
壁面のモニターには、太平洋の向こう側にあるマッシブ社のプラントの内部映像と、システム制御コードが滝のように流れている。
「さて、まずは彼らの義体のコントロール権限を俺が頂こうか」
青年の指先がエンターキーを叩いた瞬間。
モニターの中で完全に硬直していたマッシブ社の防衛部隊の身体が、彼ら自身の意志とは全く無関係に、ギギギ……と不自然に動き始めた。
「な、なんだ!? 右腕が、勝手に……ッ!」
「やめろ! 銃口をこっちに向けるな!」
最新型のサイボーグ兵士たちは、絶叫しながら互いに銃を向け合った。
彼らの脳は正常に機能し、恐怖を感じている。だが、彼らの身体を構成する機械の四肢は、すでに青年の書いたコードの奴隷と化していた。
ダダダダダダッ!
無慈悲な銃声が響き、防衛部隊は
数千万ドルをかけた世界最高の防衛システムが、青年の指先一つで、ただの同士討ちの喜劇へと成り下がったのだ。
「ああ、素晴らしい。わざわざこちらの手を汚さなくても、勝手に敵が自滅してくれる。……ついでに、プラントの自動防衛タワーのターゲット識別も反転させておこう」
カチャカチャとキーボードを叩き続ける。
プラントの壁面に設置されていた機銃がぐるりと向きを変え、今度はマッシブ社の研究員や警備員たちに向かって火を噴き始めた。
一方的な虐殺だった。
残ったサイバーサイコたちが施設を物理的に破壊し、ゴースト・ハックによって乗っ取られたセキュリティが内部の人間を殺戮していく。
巨大な軍事プラントは、わずか十数分で完全な地獄へと変貌した。
「さて、と。破壊活動はこのくらいにして……本命の仕事を始めようか」
青年はココアを一口啜ると、モニターの画面を切り替えた。
そこに表示されたのは、マッシブ・ダイナミクス社が保有する膨大な研究データと、顧客リスト、そしてスイス銀行に隠された裏金の口座情報である。
物理的な施設を破壊するのは、ただの派手な花火にすぎない。
本当の企業テロリズムとは、相手の財産と情報を根こそぎ奪い取り、社会的な息の根を完全に止めることだ。
「さあ、世界の最先端の軍事データと、莫大な資金をいただきます。……これだけあれば、リカルドさんも少しは胃薬を飲む回数が減るんじゃないかな」
冷たい照明の下。
フィリピンの地下から放たれた目に見えない電子の牙が、世界の裏側で大国の軍産複合体の心臓を、音を立てて喰い破っていた。