科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの五十九手

 

 

 

 マニラ首都圏、大統領府の地下に設けられた最高機密の非常事態指令室。

 数ヶ月前まで希望に満ちたスピーチで国民を熱狂させていたホセ・フェルナンド大統領の顔は、今や死人のように蒼白に染まり、目の下にはひどく濃い隈が刻み込まれていた。

 

 彼の目の前の巨大なスクリーンには、ラ・サグラダ・マノという一介の医療企業が、アメリカの超巨大軍産複合体『マッシブ・ダイナミクス社』を合法的に買収したという、悪夢のような国際ニュースが映し出されている。

 

「……長官。我々は、とんでもない化け物をこの国の懐で育ててしまったのかもしれない」

 

 フェルナンド大統領が、血の気の引いた唇を震わせながら呟く。

 彼の横に立つ国防長官(先代が『不慮の事故』で死んだために急遽昇進した真面目な男だ)もまた、絶望に満ちた顔で頷いた。

 

 サグラダ・メディカルが提供する技術は、確かにフィリピンの治安を劇的に改善した。

 だが、その力はあまりにも強大すぎた。警察機構はすでにあの『LANDMATE―P(ランドメイト・ポリス)』と犯罪予測AIなしでは機能しなくなり、今や世界最大の軍需産業すらも彼らの掌の中に落ちてしまったのだ。

 このままでは、フィリピンという国家そのものが、一個の巨大企業の所有物として完全に飲み込まれてしまう。大統領の清廉な正義感が、かつてない強烈な警鐘を鳴らしていた。

 

「大統領閣下。奴らが完全にこの国を乗っ取る前に、物理的に排除するしかありません。サグラダの本社ビルを軍の特殊部隊で急襲し、幹部連中を国家反逆罪で拘束するのです」

「……やれるのか? 警察はすでに奴らの手先と同然だぞ」

「問題ありません。我が国軍の精鋭部隊には、サグラダの技術を解析して独自にカスタムした最新の義肢と、神経加速装置が配備されています。奇襲をかければ、確実に奴らの首を落とせます」

 

 国防長官の力強い言葉に、大統領は重々しく頷き、震える手で『出撃』の承認サインを書き込んだ。

 

 自分が悪魔にインフラを売り渡したという事実に、彼はまだ気づいていない。

 軍の装備に組み込まれた技術の根幹すらも、最初からサグラダ・メディカルの手のひらの上にあるという、絶望的な真実にも。

 

 

 

 同じ頃、マニラ郊外の軍事基地。

 出撃命令を受けた国軍の最精鋭部隊『レッド・イーグルス』の隊員たちは、物々しい武装を身に纏い、大型の強襲輸送ヘリへと次々に乗り込んでいた。

 

 彼らの肉体は、一般の警官とは次元が違う。

 四肢の欠損を補うという建前で導入された軍用の最新型義体(サイボーグ)パーツが、隊員たちの腕や脚を銀色に鈍く光らせている。視界には高度な戦術HUDが展開され、部隊全員のバイタルや射線がリアルタイムで共有されていた。

 

「これより、目標であるサグラダ本社ビルへ向かう。相手は企業の私兵だ、軍の恐ろしさを叩き込んでやれ!」

 

 隊長が部下たちを鼓舞し、ヘリのローターが爆音を立てて回転し始める。

 彼らは自分たちの最新装備に絶対の自信を持っていた。この鋼鉄の腕と、リンクされた完璧な戦術ネットワークがあれば、どんな敵の要塞だろうと数分で制圧できると信じて疑わなかった。

 

 

 

 一方、ラ・サグラダ・マノの本社ビル最上階。

 広大なメインコンソールルームの扉を乱暴に開け放ち、金庫番のリカルドが血相を変えて飛び込んできた。

 

「おい、サイエン! 大変だ、軍が動いたぞ! 大統領府から直接の出撃命令が出たらしい、完全武装の強襲部隊がこっちに向かってる!」

「……やれやれ。あの綺麗事ばかりの若き大統領も、ついに自分の足元が泥沼だってことに気づいたのかな。ちょっと遅すぎたけどね」

 

 特注の白衣を羽織った青年は、リカルドのパニックなどどこ吹く風といった様子で、ソファーに寝転がりながら携帯ゲーム機でパズルゲームのコンボを繋いでいた。

 

「呑気にゲームなんかしてる場合か! 相手は警察のポンコツとは違う、軍の最精鋭だぞ! カルロスの私兵部隊で迎撃するにしても、本社ビルが戦場になっちまう!」

「迎撃なんてしないよ。あんなの、指先一つで十分さ」

 

 青年はゲーム機をぽいっと放り投げると、のっそりと起き上がってメインコンソールの前に座った。

 

「いいかい、リカルドさん。軍の連中が使っている最新の義体や戦術ネットワーク。あれを構築しているのは、俺たちが警察や自社用に提供している統合OSの派生型、『SOP-Gov(ソップ・ガブ)』だ」

「……ああ。軍が俺たちの技術をパクって、独自に軍事用にカスタムしたOSだろう? それがどうした」

「パクったんじゃない。俺がわざと()()()()()()()()()()()()()()流してあげたんだよ。彼らは自分たちで開発した安全なOSだと思い込んでいるけれど、そのコアシステムは完全に俺のサーバーと直結している」

 

 青年がコンソールのキーボードをカチャカチャと叩くと、巨大モニターに、今まさに基地を飛び立とうとしている軍の強襲ヘリの映像と、それに乗っている隊員百名全員の詳細な生体データがズラリと表示された。

 

「彼らの義体も、警察のランドメイトと同じように、極微量の維持薬……NEUROPOZYNE(ニューロポジン)がないと神経接続が崩壊する仕様になっている。ただ、軍のプライドを傷つけないように、薬の成分を軍用レーションや専用のサプリメントに偽装して卸してあげていたんだけどね」

「……まさか。お前、軍の連中の神経まで最初から人質に取っていたのか」

「人質だなんて人聞きの悪い。俺はただ、彼らの健康管理システムを善意で一手に引き受けてあげていただけさ」

 

 青年は極めて爽やかに、悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「さて。軍隊という巨大な暴力装置が、俺たちのような善良な企業に銃口を向けるというのなら……悲しいけれど、こちらも『経済的な措置』をとるしかないよね」

 

 

 

 マニラ郊外の軍事基地。

 強襲ヘリがまさに空へと飛び立とうとした、その瞬間だった。

 

 ――ピーッ! ピーッ! ピーッ!

 

 ヘリに乗り込んでいた隊員たちの視界を覆う戦術HUDが、突如として一斉に真っ赤な警告色に染め上げられた。

 

『警告。サグラダ・メディカル社からの、今月分のサプリメント(維持薬)の納品がキャンセルされました。

 ただいまより、神経同調率の低下予測シミュレーションを実行します』

 

「な、なんだこの警告は……!?」

 

 隊長が戸惑いの声を上げた直後。

 彼の右腕の義体から、唐突に「感覚」が消え失せた。

 

 いや、ただ動かなくなったのではない。生身の神経と機械を繋いでいたリンクが強制的に乱され、切り落とされたはずの右腕の断面から、焼け火箸を突っ込まれたような強烈な()()が脳髄を直接殴りつけてきたのだ。

 

「あ、ア、アァァァァァァッ!!」

 

 隊長は絶叫し、その場に蹲った。

 異常は彼一人ではない。ヘリに乗り込んでいた百名の精鋭部隊の全員が、義肢のコントロールを失い、激痛と禁断症状に苛まれて床を転げ回っている。

 彼らは銃を構えることすらできず、自分の喉を掻きむしり、よだれを垂らして痙攣を繰り返していた。

 

「だ、誰か……薬を……! 腕が、俺の腕が千切れるッ!」

 

 地獄のような悲鳴が、無線のオープンチャンネルを通じて大統領府の指令室にまで響き渡る。

 彼らはここに至って、初めて思い知らされたのだ。

 自分たちが誇っていたこの強靭な機械の身体は、国家のものでも、自分自身のものでもない。その命綱は完全に、一介の企業にすぎないラ・サグラダ・マノの掌の上に握られていたということに。

 

 彼らは文字通り、企業が首輪の紐を少しだけ()()()()()だけで、一発の銃弾も撃つことなく完全に無力化されてしまったのである。

 

 

 

「ああ、可哀想に。維持薬の供給停止を示唆する『シミュレーション』の信号を流しただけで、脳が勝手に錯覚して禁断症状を起こしちゃったみたいだね」

 

 ラボのコンソールルームで、青年はモニターに映るのたうち回る兵士たちの姿を見下ろしながら、クスクスと楽しそうに笑い声を漏らした。

 彼らが反逆する意志を持った瞬間に、彼ら自身の身体が悲鳴を上げてそれを拒絶する。これこそが、暴力に頼らない完全無欠の支配構造である。

 

「……信じられねえ。軍隊を、ボタン一つで壊滅させやがった」

 

 リカルドが、腰を抜かしたようにソファに崩れ落ちる。

 

「だから言っただろう? 俺たちに銃を向ければどうなるか、一番よく分かっているのは彼ら自身の『身体』なんだって。……さて、これであの若い大統領も、自分が誰の首輪に繋がれているのか、はっきりと理解してくれたはずだ」

 

 冷たい照明の下、白衣の青年の瞳の奥底で、国家という枠組みすらもただのオモチャとして弄ぶ、底知れぬ狂気が静かに瞬いていた。

 

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