科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後十三の手

 

 

 

 海外の専門掲示板に投下したパワードスーツの余波は、俺の想像を遥かに超える規模で世界中の裏側を駆け巡っていた。

 

 あれから数週間。ダミー会社である『黒川テック』の古臭いホームページの問い合わせフォームには、名だたる世界的企業や各国の研究機関から、連日のように何万件ものスパムじみたオファーや技術提携の打診が殺到している。

 

 もちろん、俺はそれらをすべてジャービスに丸投げし、悠々自適な大学生活を満喫していた。大学の学食の唐揚げ定食は安くて美味いし、家に帰ればお母さんの温かいご飯が待っている。この平穏な日常こそが俺の至宝なのだ。

 

 そんなある日の深夜。

 

 俺は愛車の痛車バイクを飛ばして山奥の地下秘密基地に赴き、メインコンソールの前に深く腰掛けていた。

 

「ジャービス、専門板の様子はどうだ? 俺が残したパワードスーツのソースコード、あの変態エンジニアどもはどこまで解読できた?」

『現在、全体の約十二パーセントといったところです。連日徹夜で有志の解析班が動いていますが、やはりハードウェアの制限をソフトウェアで無理やり突破するあの非線形アルゴリズムに苦戦しているようですね』

「くっくっく、いいぞ。まだまだ遊べるな。黒川テックとして表向きの製品発表はしていくけど、あの掲示板へのゲリラ的な技術放流は一生続けるつもりだからな。あそこでプライド高い連中とレスバして発狂させるのが一番楽しいんだし」

 

 俺は手元のコーラを煽りながら、モニターに流れる掲示板のログを見てニヤリと笑った。

 

「いずれ俺がもっと大人になって自由な時間が増えたら、個人チャンネルでも立ち上げて、動画投稿や生放送でリアルタイムにオーパーツ作りながら連中を煽り散らすのも面白そうだな。絶対バズるぜ」

『ボスのその悪趣味なエンターテインメント精神には恐れ入ります。……ところでボス、黒川テックへの物理的な接触を試みるエージェントの数が、昨日からさらに増加しています。都内のオフィス周辺は、現在各国の諜報員たちの見本市のようになっていますよ』

「まあそうなるわな。連中のスパイ活動に対して、うちの『社員たち』のボロは出てないか?」

『はい。全員、完璧に人間のオフィスワーカーとして機能しています。昨日も諜報員の一人が我が社の営業部長を尾行していましたが、彼は新橋の居酒屋で焼き鳥を食べながら「最近社長の無茶振りが酷い」と二時間愚痴をこぼしたのち、偽装された自宅アパートへと帰宅しました』

 

 ジャービスが淡々と告げたその内容は、控えめに言って常軌を逸した技術の無駄遣いである。

 

 俺が表舞台に出ないための最強の盾、黒川テック。この会社を法的に、そして物理的に完璧な存在にするため、俺は地下プラントのナノマシンをフル稼働させ、黒川社長と同じスペックの『超高性能アンドロイド五十体』を追加で製造したのだ。

 

 年齢も性別も体格もバラバラに設計された彼らは、人工皮膚と疑似血液を持ち、食事も睡眠も(システム上の排熱とアイドリングとして)行う。彼ら五十人のアンドロイドは、俺とジャービスがハッキングして捏造した戸籍や住民票を基に、実際に都内のアパートやマンションを借りて生活し、毎朝満員電車に乗って黒川テックのオフィスに出社している。

 

 彼らはデータ上でも物理的にも、きちんと日本で生まれ育ち、学校を卒業し、黒川テックに就職した人間なのだ。ジャービスのサブAIが個別にパーソナリティを管理しており、それぞれが「今日のランチ美味しかった」だの「仕事疲れた」だのといった日常の呟きをSNSに投稿し、休日は趣味に興じている。

 

 国から見れば真面目に税金を払う優良企業であり、スパイが物理的に尾行してもただの平和な日本のサラリーマンの日常しか見えない。ネットの特定班がどれだけ血眼になって探しても、完璧に偽造されたデータと、現実に生活している(ように見える)アンドロイドたちに行き当たるだけで、その奥の山奥に引きこもっている俺には絶対に届かないというわけだ。

 

「よし、法的な壁と物理的な盾は完璧に機能してるな。それじゃあ、そろそろ次のフェーズに移行するか」

『次のフェーズ、ですか。以前仰っていたフルダイブ型VRの発表でしょうか』

「いや、パワードスーツの次にいきなりフルダイブは技術の飛躍が大きすぎる。いくらなんでも胡散臭さが勝つし、世界がパニックを起こす。フルダイブ技術は、俺が裏で作ってる『超技術を使ったアプリゲーム』をリリースして、ゲームクリエイターとしての正体を明かす時まで温存しておく」

 

 俺は六面マルチモニターの一つに、新たな設計図のCADデータを呼び出した。

 

「今回はその中間だ。物理世界とデジタル世界の境界を曖昧にする、とびきりのインターフェースをお披露目してやる」

 

 画面に映し出されたのは、卓上サイズのスタイリッシュなプロジェクターのような機械だった。

 

「名付けて『黒川式・空間投影型触覚ディスプレイ』。映画のアイアンマンとかマイノリティ・リポートでよくある、空中に浮かぶホログラムを操作するやつだよ」

『なるほど。しかしボス、ただの空間投影であれば現代の技術でもプロペラ型のLEDディスプレイなどで擬似的に再現されていますが』

「俺がそんなチャチなもん作るわけないだろ。この装置の肝は『触覚』だ。義手やパワードスーツで培った超音波の指向性制御と局所磁場発生技術を応用して、空中に投影したホログラムに物理的な抵抗を持たせる。空中に浮かんだキーボードを叩けばカチャカチャと指先に反発が来るし、ホログラムの粘土をこねることもできる」

『……なるほど。完全なオーパーツですね。物理的なモニターやコントローラーという概念が、この世から消滅することになります』

「そういうこと。ジャービス、黒川社長のスケジュールを押さえろ。明日の夜、黒川テックの公式ホームページで、全世界に向けてこのホログラム装置のオンライン発表会を行う」

 

 

 

 翌日の夜、日本時間午後十時。

 

 俺は予告通り、実家の自室でベッドに寝転がりながら、スマホの画面を開いていた。イヤホンからは、ジャービスが裏でモニタリングしている全世界のトラフィックの状況がリアルタイムで報告されてくる。

 

『ボス。ストリーミングの待機人数が、すでに五千万人を突破しました。IPの構成を見るに、アメリカの巨大IT企業や、日本の重工メーカー各社、さらには各国の諜報機関からのアクセスも確認できます』

「くっくっく……釣れる釣れる。あのパワードスーツ騒動から、世界中が黒川テックの一挙手一投足に注目してたからな」

 

 俺がポテトチップスをかじりながら笑っていると、時間ちょうどにスマホの画面が切り替わった。

 

 黒川テックの質素なホームページ上に、高画質のライブ配信の映像が映し出される。真っ白で無機質なスタジオの中央に、オーダーメイドのスーツを完璧に着こなしたイケメンが立っていた。俺が創り上げた最高のアンドロイド、黒川社長だ。

 

「全世界の皆様、初めまして。黒川テック代表取締役の、黒川です」

 

 アンドロイドの口から、ジャービスの演算によって最適化された、落ち着きとカリスマ性に満ちた声が響き渡る。

 

「先日、我が社の開発チームに所属する気まぐれなエンジニアが、ネット上で少々お騒がせをいたしました。義手やアシストスーツの技術……あれらは我が社の基礎研究の、ほんの副産物に過ぎません」

 

 その言葉に、世界中のモニターの前で何万人のエンジニアが「あれが副産物だとふざけるな」と叫んで椅子から転げ落ちただろうか。想像するだけで笑いが止まらない。

 

「本日は、我々黒川テックが本当に目指している未来のインターフェースを、皆様に一つだけお見せしようと思います」

 

 黒川社長が指を鳴らすと、彼の目の前に置かれていた黒い箱型のデバイスから、淡い青色の光が空中に放たれた。

 

 光は空中で複雑に交錯し、やがて極めて高精細なV8エンジンの立体ホログラムを形作った。ただの映像ではない。どの角度から見ても完璧な立体として存在する、完全な空間投影だ。

 

「ここまでは、皆様もSF映画などでご覧になったことがあるでしょう。しかし、我々の技術はこれだけではありません」

 

 黒川社長は、空中に浮かぶエンジンのホログラムに向かって手を伸ばした。

 

 カツッ。

 

 マイクが、硬いものを叩いたような微かな音を拾う。黒川社長の指先は、ホログラムの表面でピタリと止まっていた。まるで、そこに本当に見えない金属の塊が存在しているかのように。

 

「『ソリッド・ホログラム・システム』。超音波と局所磁場の干渉を利用し、空中に投影された光のオブジェクトに、完全な物理的抵抗力と触覚フィードバックを与えます」

 

 黒川社長がホログラムのギアの一部を指でつまみ、横にスライドさせると、カチカチという心地よい音と共にエンジンのパーツが空中で分解された。

 

「このように、空中に浮かんだキーボードで文字を打つことも、仮想の粘土を素手で造形することも可能です。重さ、硬さ、温度すらも、皆様の指先に完璧に再現いたします」

 

 黒川社長が淡々と解説する裏で、俺のスマホの画面には、世界中のSNSや技術系フォーラムの反応が滝のような速度で流れ始めていた。

 

『嘘だろ!? 空間投影だけでもヤバいのに、触れるだと!?』

『超音波の触覚フィードバックは研究されてるが、あんなにピタリと指が止まるほどの反発力を空中で作れるわけがない! どんな出力だ!』

『おい、これがあれば物理的なモニターもキーボードも全部いらなくなるぞ……!』

『ゲーム業界の人間だが、今すぐ会社辞めたくなった。こんなの出されたら、コントローラー作ってるメーカー全部倒産するだろ……』

 

「ひーっ、腹痛い。みんな大パニックじゃん」

 

 俺はベッドの上で転げ回りながら、コーラを飲んで喉を潤した。

 

「本製品のコアモジュールは、来月より医療機関および提携企業向けに優先的にライセンス提供を開始します。……我々黒川テックは、人類の進化をあと数十年だけ、早送りさせていただきます。本日はありがとうございました」

 

 完璧な一礼と共に、ライブストリーミングは唐突に終了した。

 

 直後、俺のイヤホンからジャービスの少しだけ焦ったような声が響いた。

 

『ボス。黒川テックのサーバーに、ストリーミング開始前の数万倍のトラフィックが殺到しています。大半は各国のマスコミ、企業からの問い合わせですが……一部、サイバー攻撃による強行突破を試みている国家機関のIPも確認できます』

「想定内だ。ジャービス、ダミーの防壁で適当に遊んでから、全部北極圏の気象観測サーバーにでもループさせておけ」

『Yes, sir. 世界中が、我々が落とした特大の爆弾の処理に追われて発狂しています。まさにボスの思い描いた通りの喜劇ですね』

「ああ、最高のエンターテインメントだよ」

 

 俺はスマホをベッドに放り投げ、天井を見上げて清々しい溜め息を吐いた。

 

 これで黒川テックというダミー会社は、ただの謎の企業から「世界の常識を支配する神の企業」へと昇格した。各国の政府すら手出しできない特許の城壁と、物理的に生活している五十体のアンドロイド社員という完璧な身元の裏側で、俺は完全に安全な場所から、この最高の悪ふざけを満喫し続けることができる。

 

「さてと。明日は一限から物理の講義があるんだった。……現代の古典物理学を学ぶのも、オタクとしては風情があっていいよな」

 

 俺は電気を消し、布団を被って目を閉じた。

 

 世界を裏から静かに揺さぶる絶対的な天才としての愉悦と、明日の大学の講義を気にする普通の大学生としての退屈な日常。その二重生活は、いよいよ誰にも止められない領域へと突入していた。

 

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