三本の新作ゲームが、世界中の開発者たちのプライドを粉々に粉砕してから数日。俺は地下秘密基地のドレッシングルームで、全身を覆う漆黒の液体金属に身を包んでいた。
ナノマシンによって形成されたチタン合金風の外骨格スーツ。顔面は継ぎ目のないフルフェイスマスクだが、俺の表情に合わせて形状が微細に変化する。
「ジャービス、準備はいいか。伝説のアプリ開発者Kの、13年ぶりの生存報告といこうか」
『万全です、ボス。専用サイトへのアクセスは現在、三万人を超えたところ。ちょうどいい熱気ですね』
午後十時丁度。独自配信サイトの画面が切り替わり、玉座のような椅子に深く腰掛けたメカメカしい怪人の姿が世界に放たれた。
「……あー、聞こえるか。テスト、テスト。マイクの感度は良好だな」
:うおおおおおおおおお!!
:本物のKか!?
:なんだそのスーツ、カッコよすぎだろ!!
:独自サイトのくせに画質が頭おかしいレベルで綺麗なんだが
:FPSの物理演算について説明しろ!!
画面横のチャット欄が、俺の動体視力でも追うのがやっとの速度で流れ始める。俺はわざとらしく椅子を回転させ、カメラを真っ直ぐに見つめた。
「落ち着けよ。……いや、こっちの名前の方が馴染みがあるかな?」
俺が指を鳴らすと、背後のモニターに掲示板で見慣れたあの名称が浮かび上がる。
『天才科学者(笑)』
:!?!?!?!?!?
:嘘だろ!? あの工作ニキがKだったのかよ!!
:パワードスーツとゲームが繋がった……
:人類終了のお知らせ
:オムニ社のエンジニアが発狂してて草
数瞬の静寂の後、チャット欄が爆発した。俺は手元でホログラムを弄びながら、ボイスチェンジャーで重厚に変えた声で笑う。
「驚いたか? ま、お前らの低スペックな脳みそじゃ、これらを結びつけるのにも一苦労だったろうな。今日は新作三タイトルの解説……というか、お前らが不可能だって喚いてる物理エンジンの仕組みを、少しだけ種明かししてやるよ」
:種明かしきたあああ!!
:Bullet Realistの跳弾計算、あれどうやってんだよ
:Infinite FrontiersのAIが賢すぎて怖い
:Abstract Dungeonの30階層が突破不能なんだけど!!
俺はチャットの中から、技術的に鋭い質問や、単なる悲鳴をいくつかピックアップして画面に固定した。
「まずはBullet Realist。チャットで『跳弾計算はスクリプトだ』って言ってるアホがいたな。おいおい、そんな安っぽい手品と一緒にすんなよ。本物の計算を見せてやる。お前らは空気抵抗をただの定数として扱ってるだろ? 俺のは違う。弾丸の回転によるマグヌス効果、大気の粘性によるレイノルズ数の変化までリアルタイムで計算してる」
:レイノルズ数をリアルタイムで……?
:演算負荷どうなってんだよ
:【速報】某大手メーカーの開発主任、絶望のあまりモニターを殴る
:複素数で処理してるってマジ!?
俺は配信画面の横で、リアルタイムにコードを書き換え始めた。画面内のテスト環境で、数千発の弾丸が複雑な反射を繰り返しながらも、フレームレートを一切落とさずヌルヌルと動き続ける。
「律儀に総当たりで計算するから重いんだよ。この項を複素平面に飛ばして、ラグランジュ点から逆算すれば一ミリ秒で終わるだろ? ほら、こうやってな。……次、Infinite FrontiersのAIについて。あいつらが勝手に飯食ったり喧嘩したりするのが不思議か? お前らが使ってるような『もしAならBをする』みたいな古臭い条件分岐でAIを語るなよ」
:条件分岐じゃない……?
:じゃあどうやって動かしてんだよ
:NPCに「お前はデータだ」って言ったら泣かれたんだが
:こいつ、配信しながら新しいアルゴリズム構築してやがる……
俺はマスクのLEDを、相手を馬鹿にしたような「煽り顔」の形状に変えて続ける。
「俺が組んだのは、周辺環境の情報を報酬系にフィードバックさせる自己組織化マップの拡張版だ。つまり、あいつらは『空腹だからパンを盗む』んじゃなくて、『腹が減った不快感を解消するために、最も成功確率の高い行動を過去の学習から選択してる』だけ。これくらい、独学の小学生でも思いつくレベルだろ?」
:小学生に謝れwww
:世界中のAI研究者が死んだ目をして配信見てるぞ
:独学(笑)
:Abstract Dungeonの30階層の攻略法を教えろ!!
チャットの熱量は上がる一方だ。中には有名大学の教授や、巨大IT企業のエンジニアらしきアカウントも混ざっている。
「30階層か。あそこはゼータ関数の零点の配置を応用してるから、お前の脳みそが素数の並びを直感的に理解できてないだけだ。もう少し数学の勉強をしてから出直してこい。……あ、オムニ社の開発チームの皆さん。君たちが三年かけて開発した最新エンジン、俺のこの配信中に書いた100行のスクリプトより遅いよ? 恥ずかしくないの?」
:名指しで煽られてて草
:オムニ社の株価、一瞬で3%下がったぞ
:ゼータ関数をゲームのギミックに使うな変態
:天才すぎて話が半分もわからん
俺は椅子に深くのけぞり、足をコンソールの上に投げ出した。この圧倒的な承認欲求の充足。世界中のトップエンジニアを公開処刑する悦びは、何物にも代えがたい。
「ま、精々頑張って解析してくれ。俺がこのゲームに仕込んだ真実に、誰が最初に辿り着けるか楽しみにしてるよ。ヒント? 無理無理、お前らにはまだ早い。……それじゃ、俺は明日ドイツ語の再テストがあるから、今日はこの辺で」
:ちょ待てwww
:ドイツ語の再テストとかいう生々しい理由やめろ
:神が単位のために落ちるのかよ
:リチャードさんのパスワード暴露は!?
俺は最後に、カメラに向かってニヤリと笑った。
「あ、オムニ社のリチャードさん、見てる? 13年前のバックドアのパスワード、まだ変えてない場所あるよ。そろそろ気づけよ、おじいちゃん。じゃあな」
それだけ言い残して、配信をブッタ斬った。真っ暗になったモニターの向こう側で、世界中の数万人が、椅子に縛り付けられたような衝撃で動けなくなっているはずだ。
「はー、気持ちいい!! ジャービス、見たか!? あの絶望と畏怖が入り混じったチャットの奔流!」
『ええ、最高に悪趣味な配信でしたよ、ボス。オムニ社のリチャード氏は、今頃ショックで寝込んでいるかもしれません。Xのフォロワーも爆増中ですね』
俺は重厚なナノスーツを解除し、スウェット姿の冴えない大学生へと戻った。地下秘密基地に、寂しくドイツ語の単語を読み上げる俺の声が、虚しく響き渡る。
「不規則動詞とか、誰が決めたんだよクソが……」
世界を掌の上で転がす絶対的な天才でありながら、俺は一文字も頭に入ってこない教科書と格闘し始めたのだった。