俺は、自宅の地下数百メートルに位置する
地上では誰もが
「……よし、ジャービス。常温超伝導の歩留まりも完璧だな。今日はガンガンいくぞ」
『承知いたしました、ボス。SF作品に登場する科学技術の現実化テストですね。本日のメニューはいかがなさいますか』
スピーカーから響くジャービスの声には、呆れと期待が半々に混ざっている。
俺は空中にホログラムの数式を展開し、それを指先で弾いてパラメーターを調整した。
「まずは『攻殻機動隊』から、『
『メタマテリアルを用いて光を迂回させる技術ですね。しかし、カメラとプロジェクターを用いた既存の技術では、どうしても視差や遅延が生じますが』
「だからカメラなんて使わない。先日作ったソリッドライトの格子構造を応用して、対象の周囲の空間そのものの『屈折率』をリアルタイムで書き換える。光も赤外線も、対象を滑るように迂回して背後へ抜ける仕組みだ」
俺は作業台の上に置いてあったコーラのペットボトルに、小型の発生デバイスを取り付けた。
スイッチを入れた瞬間、コーラが景色に溶け込むようにフッと
「ほら見ろ。赤外線センサーでも可視光でも完全に透明だ。これで夜中にポテチを食ってても、親に見つかる心配はない」
『……光学兵器を無効化する究極のステルス技術を、夜食の隠蔽に使うのは世界でボスくらいですよ』
「実用性が第一だろ。次いくぞ、『BLAME!』の最強武器、『
『重力子を直進させ、目標を極小の重力崩壊で押しつぶす兵器ですね。しかし、重力子を人為的に発生させて直線状に束ねるなど、恒星の縮退レベルのエネルギーが必要ですが』
「そこは空間の
俺は拳銃サイズの無骨なデバイスを手に取り、地面に設置してある分厚いチタン合金の装甲板に狙いを定めた。
引き金を引くと、音も光もなく、ただ空間が歪むような陽炎だけが一瞬走った。
『……お見事です、ボス。チタン装甲板から背後の岩盤まで、直径一ミリの完全な円柱状の穴が、深さ七十メートルにわたって貫通しています』
「よしよし、出力調整は完璧だな。これなら、提出用のレポート用紙にバインダー用の穴を開けるのが一瞬で終わるぞ。いちいちパンチで穴開けるの面倒だったんだよな」
『……紙と一緒に地球の裏側まで穴が貫通しないよう、くれぐれもご注意ください』
ジャービスの呆れ声に肩をすくめながら、俺は次の数式をホログラムモニターに呼び出した。
「次は防御兵器だ。『マクロス』の『
『機体のエネルギーを一点に集中させ、着弾点にのみ強固なエネルギーシールドを展開する技術ですね』
「ああ。常に全身をバリアで覆うのは非効率すぎる。だから、飛来する物体の運動ベクトルを量子レーダーで予測し、衝突するコンマ一秒前、その座標にだけ超伝導相転移による空間の硬化を発生させる」
俺はおもむろに、手元にあった重さ一キロの鉄のレンチを真上に放り投げ、自分の頭上に落ちてくるのを待った。
レンチが俺の頭に直撃する直前。
空中に青白い六角形の小さな光の盾が
「完璧だ。これで雨の日に外を歩いても、雨粒が当たる場所にだけ極小のバリアが張られるから、傘を差さずに全く濡れずに歩けるぞ」
『……絶対防衛網のシステムが、ただの『見えない傘』ですか。各国の軍事機関が知ったら涙を流して崩れ落ちますよ』
「俺にとっては濡れないことの方が重要なんだよ。よし、最後は王道中の王道、『ドラえもん』の『
『アインシュタイン=ローゼン橋を三次元空間に固定し、出入り口を形成するわけですね。しかし、マクロな人体を無傷で通過させるための事前の緻密な座標計算は終わっているのですか?』
「わかってる。空間の曲率テンソルを弄って、『ここ』と『あそこ』の距離を一時的にゼロにする。出入り口のフレームはソリッドライトで固定した。……よし、座標指定、一階の居間!」
俺が指を鳴らすと、ラボの中央に眩く光る長方形のドアフレームが出現した。
フレームの向こう側には、見慣れた実家の居間の風景が広がっている。
「……成功だ。一階へのショートカット開通! これで階段を上り下りする手間が省けるぜ」
俺は意気揚々と光のドアを潜り抜けた。
直後、ソファでお茶を飲んでいた母さんと、バッチリ目が合った。
「……あんた。今、何もない空間からヌルッと出てこなかった?」
「……っ! 錯覚だよ母さん! 最近テレビの画質が良いから目が疲れてるんだ! 帰還プログラム作動!!」
俺は慌てて光のフレームに飛び込み、ドアの設定を解除してラボへと逃げ帰った。
「あっぶねー! サイボーグか宇宙人かと疑われるところだった……」
『人類の常識を覆す神の如き力を持っていながら、なぜ毎度毎度、お母様一人に怯えなければならないのでしょうか』
「……実家暮らしのオタクには、アインシュタインの相対性理論よりも、親の常識の方が絶対的なルールなんだよ。さ、気を取り直してピザ頼むわ」
秘密基地の地下深く。
俺とジャービスの密かな自由研究は、既存の科学という名のおもちゃを、今日も木っ端微塵に粉砕し続けていた。