俺がダミー会社名義で買い取った、うらぶれた小さな町工場。その地下に極秘裏に構築した広大な
メインモニターには、俺の『実家』周辺の広域マップと、点滅する複数の赤いターゲットマーカーが表示されている。
『ボス、警告です。ご実家から半径五百メートル以内に、極めて不自然な動きを見せる個体群を検知しました。現在、計六名。彼らは互いを監視しつつ、共通のターゲット――すなわちボスの特定を急いでいます。現状、ご実家の正確な位置までは絞り込めていませんが、この区画を重点監視対象に設定したようです』
「……マジかよ。あいつら、俺がわざわざドイツ語の再テストまで受けて『しがない大学生』を演出してやったのに、そこまで辿り着いたのか?」
俺はコントローラーを放り出し、画面に映る、皮膚の色に似せた超小型レシーバーを仕込んだ「作業員」を拡大した。
「チッ、これだから勘のいい大人は嫌いなんだよ。……これ以上放っておくと、実家の回線にバックドアを仕掛けられたり、最悪、庭に盗聴器を埋められたりするな」
俺は深く椅子に腰掛け、指を鳴らした。奴らを物理的に消すのは簡単だが、それではかえって「ここに何かがいる」と世界に宣伝するようなものだ。もっとスマートに、かつ徹底的に、あいつらの「居心地」を悪くしてやる必要がある。
そんな策を練り始めた時、デスクの隅に放り投げていたスマホが震えた。画面には『母さん』の文字。
「はい、もしもし」
『ちょっと学! あんたまた工房に引きこもってんの!? 夕飯、ハンバーグなんだから早く帰ってきなさい!』
スマホから漏れる大音声に、俺の背筋が反射的に伸びる。
世界を揺るがす天才科学者(笑)にとって、これ以上の優先事項はこの世に存在しない。俺はジャービスに監視の継続を命じると、地下ラボの超高速昇降機に飛び乗り、地上のダミー工房へと浮上。工房の隅に停めていた俺の
数分後、実家の食卓には俺の好物であるハンバーグが並んでいた。
ごく普通の平和な夕食の光景。だが、向かい合って座る親父の顔は、どこか浮かない様子だった。
「学、最近この辺りで不審な連中がうろついているらしいから、夜道には気をつけろよ」
「不審な連中? ……例えば、どんな?」
俺は平静を装いながら、ハンバーグに箸を伸ばす。
「なんでも、見かけない業者の車がずっと停まっていたり、作業員が電柱を熱心に調べていたりするんだと。母さんもさっき、買い物帰りにスーツ姿の外国人に道を尋ねられたって言ってたよ。なんだか、この辺りを随分詳しく探っているみたいでねぇ」
「……へぇ、物騒だね。俺も、寄り道しないで帰るようにするよ」
父さんの言葉に、俺は口の中の肉を無理やり飲み込んだ。
――あいつら、母さんにまで接触しやがったのか。
胃の奥が冷たくなるような、静かな怒りが湧き上がるのを感じる。あいつらは大きな間違いを犯した。俺を特定しようとするのは勝手だが、この「平和な食卓」にノイズを混ぜた瞬間、それは排除すべき『害虫』へと昇格したのだ。
夕飯を終え、再び工房の地下ラボへと舞い戻った俺は、モニターの前に座るなり笑みを浮かべることさえ忘れてコンソールを叩いた。
「ジャービス。日本政府への『協力要請』への返信、今すぐ実行する。餌は予定通り、ダウングレード版のサイバー防壁だ」
『……畏まりました。返信のタイミングを計る必要は、もうないと判断されましたか?』
「ああ、方針変更だ。日本政府を『最強の番犬』として今すぐ躾ける。あいつらに実家周辺の『不審者一掃』を最優先タスクとして叩き込ませろ。俺の日常を汚すゴミ掃除を、税金で盛大にやらせてやるよ」
俺の指が、光速の演算と共に世界を書き換えていく。これまでは遊びだった。だが、ここからは『防衛戦』だ。俺の平和なオタクライフを脅かす奴らには、情報支配という名の地獄を見せてやる。