科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後二十八の手

 

 

 

 実家からバイクで数十分。人里離れた山間にひっそりと佇む古びた作業場、その地下数百メートルには、現代科学を数世紀は先取りしたオーバーテクノロジーの結晶が広がっている。

 掘削ナノマシンが気まぐれに拡張を続けた結果、今や一つの都市すら飲み込みかねないほど巨大化したこのジオフロントの最深部で、俺こと「学」は、ゲーミングチェアに深く沈み込みながら、虚空に浮かぶ無数のホログラムを見上げていた。

 

「よし、今日も我が地下帝国は異常なし、と。……それにしても、最初は秘密基地のつもりだったけど、これもうちょっとした異世界だよな。広すぎて、たまに自分がどこにいるか分からなくなるわ」

『ボスの快適なオタク生活を維持するには、この程度の設備は最低限必要かと。現在、第四層に設置された小型常温核融合炉が安定稼働を続けており、この広大な施設に無限の電力を供給しています。排熱も岩盤内の熱変換システムで完全に処理されているため、地上からはただの冷たい山にしか見えません』

 

 相棒であるAI、ジャービスの報告を聞きながら、俺は手元のコーラを一口啜った。

 資金面についても、幼少期に放流したアプリの売上や黒川テックのライセンス料が、世界中の複雑なルートを経由してクリーンな金として口座に流れ込み続けている。もはや一生どころか、人類が滅ぶまで遊んで暮らせる額だが、金があることと「安全であること」は別問題だ。

 

 現在の悩みの種は、俺の盾として機能している「黒川テック」の不自然な規模の小ささだった。

 

「ジャービス、やっぱり黒川テックを今のまま放置するのは危ないな。常温超伝導やら空間投影やら、世界をひっくり返す技術を出してる会社が、都内の雑居ビルでアンドロイド五十人がカタカタやってるだけってのは、流石に無理があるだろ」

『仰る通りです。各国の情報機関も「技術の源泉がどこにあるのか」と、その薄っぺらな実態に疑念の目を向け始めています。現状、彼らにとって黒川テックは「解析不能なブラックボックス」であり、恐怖と好奇の対象です』

「そうなんだよ。だから、もっと『普通の巨大企業』っぽく肉付けするぞ。まずは日本政府に身元を保証させた、超一流の研究職と営業職、法務のプロを中途採用でかき集めてくれ。俺が放り投げるオーバーテクノロジーを、現代の技術水準に翻訳して世界に売るための『通訳』として働いてもらうんだ。エリートどもを忙しく働かせて、俺への追及を逸らす壁になってもらう」

 

『承知いたしました。学様が開発した技術を、あえて「数千人の専門家が心血を注いだ研究成果」としてパッケージ化するわけですね。非常に合理的なカモフラージュです。では、物理的な生産拠点の建設も並行して進めますか?』

「ああ。世界各地の適当な過疎地を買い叩いて、最新鋭のオートメーション工場をいくつかぶっ建てろ。中身は俺が遠隔操作する無人工場でもいいけど、外見は『世界を牽引する巨大メーカーの心臓部』として、誰が見ても納得する圧倒的な規模にしてやるんだ。物理的な実体と、そこで働く生身の人間。この二つのレイヤーを重ねることで、俺という真のソースへの迷宮を完成させる」

 

 俺は空中に新たな工場のパース図を描き出し、満足げに頷いた。

 これで黒川テックは、単なる謎の集団から、名実ともに世界を支配する巨大メガコーポへと脱皮する。

 盾が分厚くなったところで、次はこの平和な日常をもっと怠惰にするための「おもちゃ」の検討に入るとしよう。

 

「さて、次はどんな技術で世界をひっくり返してやろうか。……常温超伝導のライセンスだけで、今頃世界中の特許庁はパンクしてるだろうけど、止まるつもりはないぞ。俺をもっと楽にさせてくれる実用的なやつがいいな」

『でしたら、物流革命などはいかがでしょう。学様の大好きな海外限定のフィギュアや、真夜中にふと思い立ったジャンクフードを、注文から数分で実家まで届けるためのシステムです』

「……それだ! 天才かよ! 最高じゃん、それ!」

 

 俺は身を乗り出し、ホログラムの設計図を次々と展開していった。

 反重力ホバーと量子暗号通信を搭載した、超音速の自律型配達ドローン網。成層圏をマッハで飛行し、目的地の上空から誤差数ミリの精度で荷物を投下する。これがあれば、俺は実家の自室から一歩も出ずに、世界中のあらゆる資源を手にすることができる。

 

『……またしても、学様の極めて個人的で小市民的な欲望のために、世界の航空インフラと物流業界が崩壊の機に瀕するのですね。航空法など、もはや過去の遺物となりそうです』

「いいんだよ、便利になるんだから。黒川テックの次期主力事業は『グローバル超高速配達サービス』に決定だ。ジャービス、ドローンの空力計算とプロトタイプの試作、あと世界規模の管制AIの構築を急げ」

『Yes, sir. ……おっと、ボス。そろそろ地上へ戻らないと、お母様から「夕飯が台無しよ」という、核戦争より恐ろしい通知が入るお時間です』

「うわっ、マジか! それは一番まずい。急ぐぞ!」

 

 俺は慌ててコンソールをスリープさせると、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 どれほど世界経済を弄び、科学の常識を泥遊びのように書き換える絶対的な存在であっても、実家の夕飯のルールだけは物理法則よりも絶対的なのだ。

 

 地下からリニアエレベーターで地上へ浮上し、工房の隅に鎮座する愛車へと飛び乗る。

 光学迷彩と静音航行モードを搭載した、文字通りの「隠密機」であるバイクを夕闇に走らせ、俺は「天才科学者」から「ただの大学生」へと意識を切り替えた。

 

 実家の玄関を開けると、キッチンから食欲をそそる香ばしい油の匂いが漂ってくる。

 

「ただいまー。……ん、今日はいい匂いするね」

「おかえり学。あんた、またあの工房に引きこもってたの? ほら、今日はあんたが最近ハンバーグに飽きてるみたいだったから、特注の厚切りトンカツにしたわよ。揚げたてが一番美味しいんだから、早く座りなさい」

 

 食卓に置かれたのは、俺の顔ほどもある巨大なトンカツだった。

 母さんの「たまには変化を」という、少し強引だがありがたい親心。

 

「お、いいじゃん。やっぱり肉は揚げ物だよな。……ん、美味い。この衣のサクサク感、最高だわ」

「だろう? 母さん、わざわざ隣町の有名な精肉店まで買い出しに行ったんだぞ。なんだか最近、家の周りのパトロールが手厚くて、買い物に行くのも安心だって母さんも喜んでたぞ」

 

 親父が笑いながらソースをかける。

 その「手厚いパトロール」の正体は、俺が日本政府に提供した超高度セキュリティの対価として配置させた、公安警察の精鋭部隊だ。

 国家の至宝を保護するための厳重な警備が、一介の主婦の「トンカツの買い出し」を全力で護衛している。このあまりに不釣り合いでシュールな光景こそが、俺が望んだ「究極の平和」だった。

 

 俺は揚げたての肉を口いっぱいに頬張り、白飯を掻き込みながら、次に出す「世界を壊すおもちゃ」の構想を愉快に練り始めた。

 






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