科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後三十の手

 

 

 

 世界を揺るがす黒川テックが発表した中途採用の募集要項は、学術界と諜報機関の両方に、未曾有のパニックと絶望をもたらしていた。

 公開された「研究職」の必須スキル欄には、既存の物理学を根底から覆すような、人類の到達点を数段飛び越えた条件が平然と並んでいたからだ。

 

「……なんだこれは。既存の熱力学第二法則を否定した上で、新しいエネルギー保存の数式を組み立てろ、だと? そんなもの、現時点の物理学では魔法と呼ぶしかないはずだ」

 

 ある名門大学の若き天才物理学者は、課題の末尾に添えられた「解法の手がかり」を目にした瞬間、脳を直接焼かれるような衝撃を受けていた。

 それは理論というよりも、世界の真理そのものだった。結局、この異常な高みを提示した選考を突破できたのは、全世界でわずか数名。

 彼らは研究員として採用されたが、その実態は、学が提示する超理論を必死に咀嚼し、現代技術へと翻訳するための生徒に近い。黒川テックの研究室は、選ばれし天才たちが自らの無知を思い知らされる、世界で最も過酷な教室へと変貌していた。

 

 一方で、この聖域に不純な動機で踏み込もうとした連中は、文字通り門前払いを食らっていた。

 某国の情報機関の極秘会議室では、責任者が顔を真っ赤にして部下を怒鳴りつけている。

 

「どういうことだ! 最高ランクのスパイを十人送り込んで、一人も書類選考すら通らないとは!」

「報告します。提出した偽造経歴書ですが、受理されたコンマ数秒後には『論理的矛盾を検知』という一文と共に突き返されました。指紋、網膜パターン、さらには過去のSNSの投稿履歴の整合性まで、一瞬で地球規模の照合が行われたようです。……あそこは人間が審査していません。悪魔がサーバーに住み着いています」

 

 国家の威信をかけて用意した完璧な偽者たちは、黒川テックの入り口に触れることすら許されず、次々とブラックリストに放り込まれていった。

 

 そんな緊迫した上層部の状況とは裏腹に、日本政府のコネ等で採用された一般従業員たちの関心は、もっぱら社内のビジュアルに向けられていた。

 都心に構えられた黒川テックのオフィスに、最近新しい警備会社が導入されたのだが、その質が異常だったのだ。

 

「なあ……あの警備員さんたち、モデルのオーディション会場と間違えてないか?」

「黒川セキュリティだっけ。全員がCGみたいな美男美女だよね。制服もどこのブランドだよってくらいオシャレだし」

 

 休憩室で営業職の女性たちが声を潜める。

 ニーアオートマタをモデルにしたアンドロイドたちは、その美貌と圧倒的な異質感によって、早くも社内の都市伝説と化していた。

 

 山奥のラボでは、学がコーラを片手に、それらの騒ぎをマルチモニターで楽しげに眺めていた。

 

「よしよし、研究職も数人は確保できたな。あいつらには俺の理論を少しずつ教育して、黒川テックの看板を支える本物の盾になってもらう。俺が全部やるのは面倒だし、有能な手下は多いに越したことはない」

『ボス、採用された研究員たちの脳波をモニタリングしていますが、全員が知の快楽と絶望の狭間で凄まじい数値を記録しています。学習効率は極めて良好です』

「いい傾向だ。彼らが俺の理論を現代の製品に落とし込んでくれれば、俺はもっと遊ぶ時間が増える。……で、警備会社の方は?」

『一般社員の間では美しすぎる警備員として拡散が始まっていますが、公安が裏で情報統制に動いています。黒川セキュリティの装備は全て独自規格で統一されており、外部からのスキャンは一切受け付けていません』

 

 学は、ホログラムに映し出される巨大企業としての形を整えた黒川テックの全景を見つめ、満足げに笑った。

 研究職の天才たちが理論を支え、アンドロイド軍団が物理的な守りを固め、日本政府がゴミ掃除をする。

 

 迷宮はさらに深く、高く構築された。この厚い壁の奥底に、ただの大学生が一人でコーラを飲んでいるなどと、今や世界中の誰も想像すらできないだろう。

 






 今回はここまで、また明日
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